ダーク・ファンタジー小説
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- 謝って済むのなら【一部グロ注意】
- 日時: 2022/04/01 14:53
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇のプロローグ】
謝って済むなら警察はいらない。
誰しもが一度は聞いたことがある言葉だろう。
謝罪は決して免罪符なんかではない。
謝ることで自分の罪を軽くする。正確にはそう思い込んでいるだけ。
つまり、ただの自己満足に過ぎない。
謝罪では決して被害者の鬱憤を晴らすことはできない。
あなたは罰を受けるしかない。
この言葉の大まかな意味である。
しかし、あなたは知っているだろうか。
この言葉を盾にして、相手に罰を、何度も何度も、永久に尽きることの無い憎しみが消えるまでただひたすらに要求する。
それはもう、あなたが喰らった苦しみよりも遥かにおぞましい、強靭で、あまりにも根深い矛となんら変わらないのだと。
少女、双神劇 鈴蘭は、そんな最凶の矛に幾度となく苦しんだ。
罪の大小関係なしに、理不尽な罰を何年と受け続けた。
もう彼女の心に、希望や光は残されていなかった。
だが、救済は突然に訪れる。
彼女は手にいれてしまった。
彼女の最も欲していた力を。
さあ、復讐を始めよう。
哀しみの連鎖を繋ぐ時が来た。
作者:緒宵 蒼
目次:1話 >>1 2話 >>2
3話 >>3 4話 >>4
5話 >>5
随時更新
- Re: 謝って済むのなら ( No.1 )
- 日時: 2022/03/17 22:26
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇1~神様の芸術~】
今夜は特別美しい夜だ。
紺青に染まる星空は、街並みを巨大な影で覆った。
その余りにも輝いた絵画の中では、何一つ欠けることのない真ん丸の月がよりいっそう存在感を増している。
満月は今宵を照らす。
月の光を浴びた桜が優しい春風と共に宴を催す。
近くの川では屋形船が走り、人々は桜の舞踊りを肴に酒をたしなむ。
太陽の光には描くことのできない神秘的な光景。
光と景で光景と言うように。
かつて、藤原氏の栄えた平安時代では、影は光を意味したように。
影と光は混ざり合うからこそ美しい。
それは人間だって同じはずだ。
影しか無ければ、ただ陰鬱なだけ。
光しか無ければ、ただ明朗なだけ。
優しくて残酷なもろい存在が人を惹き付けるのだ。
少なくとも、『彼』はそう思っていた。
彼自身も、同様に二面性を持ち合わせた人間であり、そんな自分に魅力を感じてさえいた。
どうして、神様は人間に多くの感情をお与えになったのだろう。
彼はその問いにこう返す。
それこそが、神様の芸術なのだと。
パレットに乗った様々な感情を混ぜて、複雑な心模様を真っ白なキャンバスに描く。
絵の具と違い、混ぜすぎて汚くなることはない。
重要なのは組み合わせだ。
家の自室の開いた窓から夜景を眺め、今日も彼は『彼なりの芸術』について思索にふけていた。
目を閉じ、両手を広げ、深呼吸をする。彼が思考を始める前のルーティーンだ。こうすると、体中を風が巡り、頭が冴える。
だが、今日はいつも以上に冴えすぎていた。
口元を邪悪に引きつらせた後は、子供のように無垢な笑いが溢れ出す。
彼は新たな芸術を手にいれた。
そして、彼の芸術をキャンバスに描いた。
そのキャンバスは人間だ。
彼の芸術が写し出されたそれは、今頃、鮮血を浴びているだろう。
想像するだけで背中にゾクゾクと寒気と快感が走る。
彼は、彼の芸術が彩られたキャンバスの一人、双神劇 鈴蘭をまた想う。
- Re: 謝って済むのなら ( No.2 )
- 日時: 2022/03/18 11:58
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇2~月は見た~】
あかりの灯る幻想的な夜の街並みからは少し離れた路地裏。
生ごみの鼻を貫くような蒸れた腐敗臭が染み渡り、暗くじめじめとした哀愁が立ち込める。
それだけでも十分近寄りがたい雰囲気を放ち、人通りは全くと言っていいほど無かった。
その路地裏から広がる閑静な住宅街。
時刻は午後十時。
ほとんどの子供は既に床についており、部屋の電気は消え、月光だけが一人取り残される。
何も無い、何事もない、月の加護を受けた世界。
いつもならそうだった。
だが今宵は、いつもと違う劇を月に見せている。
月は見た。三人の演者を。
月は見た。一人の少女と二人の青年を。
月は見た。一つの亡骸を。
月は知った。その死体は、青年の一人であったと。
「お、お前お前お前ぇぇええぇ! なんなんだよ、ふざけんなよ! いきなりなんなんだよ!」
もう一人の青年は、要領を得ない雄叫びを少女に放ち、街を無理やり目覚めさせる。
だが無理はなかった。
それは本当に突然だったのだから。
二人の男、太郎と湊は夜の街を徘徊して、壁に落書きをする常習犯だった。
あまりに平和ボケした日本で、悪行をなすことで自分達は恐れられる。
人々は見えない自分達を感じてくれている。
それは自身の存在の証明とも言えた。
胸を貫くその快感は忘れられない。
もっと、もっと味わいたい。もっと恐れられたい。
自分達は今、国を敵にまわしている。
抑えられない高揚感が彼らを覆い尽くす。
快感に取り憑かれた二人は、今日もまた、静まる街に訪れた。
今夜の標的はこの路地裏だ。
太郎と湊は両手に持つ、小さなロゴが入った黒色のバッグから、四、五本のスプレー缶を取り出す。
太郎はまず赤色のスプレーを壁の左側に、放った。
もう一本、もう一本、もう一本……。
いくつものスプレー缶を使って書かれたたった一つの漢字。
それは『死』。
濃く、太く、そして汚ならしく書かれたその言葉は、人々により強い恐怖を感じさせるだろう。
壁の真ん中から右側にかけて湊が黒のスプレーで作り上げた言葉と合わせて見る。
死してつぐなえ
ドクン
二人の胸が高鳴る。
俺達はやってやった。
これでさらに俺達という存在が知らしめられる。
お互いに意地の悪い笑みを向けあい、彼らは逃げる準備をする。
彼女はその時現れた。
- Re: 謝って済むのなら【一部グロ注意】 ( No.3 )
- 日時: 2022/03/20 18:17
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇3~月影の美少女~】
「こんなとこで何してるの?」
突然の人声に太郎と湊は思わず振り返った。
だが、声の主が少女だと分かると、すぐに安堵する。
今は夜中であり、さらに彼らのいる場所は電灯のあかりが届かない路地裏のため、少女の外形は捉えにくい。
ただ、首もとに赤いリボンの付いた、まだ新しい真っ白なセーラー服に見を包むのが見てとれることから、彼らは少女を学生と判断した。
「何って俺ら、壁にお絵描きしてたの。君は塾帰りかなぁ? こんな夜遅くに男二人に声かけたら何されるか分からないよ」
太郎がそう言うと、湊が続いて下卑た笑い声を少女に浴びせた。
相手が少女であるということが彼らの心と態度をでかくしているのだろう。
さらに、彼らは壁への落書きという悪戯を為した直後であったため、若干の興奮状態にあった。
だからこそ二人はすぐ気づかなかった。
こんな夜中に少女が何も持たず、手ぶらで街を歩いている不自然さに。
少女は男達に近づく。
太郎の視界の影から、少女は姿をあらわにした。
そのとき、太郎の体中の脈が激しく波を打つ。
美しい。
そう、少女はあまりにも美しかった。
目元のまつげは一本一本均等に跳ね、ハッキリと開いた圧のある瞳が太郎の目を離さない。
鼻も曲がることのない綺麗な一本筋を描いており、その下の唇は程よい膨らみを保ちつつ、伸び縮みがなめらかであり、ほのかに苺色を染めている。
それらを調和させる端正で混じりけのない白い顔。
もちろん顔だけではなく、なだらかな肩から真っ直ぐに伸びた両腕はもちろんのこと、腰の艶やかな曲線美は前姿からも容易に想像することができ、丈の短いグレーのスカートから伸びる生々しい肉感を孕んだ長脚が色気を存分に放つ。
太郎と湊は渇いた喉で唾を思い切り飲み込んだ。
そんな二人を鋭い目付きで一瞥しながら、少女はその足取りを二人に向け続ける。
湊が話を切り出した。
「ねえねえ君、そんな怖い顔しないでさぁ、お兄さん達と楽しいことしない? きっと心も体も気持ちよくなるよ」
少女は二人の眼前で足を止め、湊の荒っぽい鼻息をよそに、言葉を紡ぐ。
「ここの所有者に許可は取ったの?」
「は?」
湊は思わず声を出す。
少女が何を言っているのか理解できない。
太郎も同じように首をかしげていて、そんな二人を見て、少女はさらに続けた。
「だからさっき、壁にお絵描きをしたと言っていたじゃない。ちゃんとここの持ち主に許可は取ったの?」
二人の青年は思わず吹き出してしまう。
少女にとってはその話題が続いているのかもしれないが、二人にはもうどうでもいいことだ。目の前の美少女しか眼中にない。
湊はいやらしい笑みを浮かべながら言った。
「そんなの知らねーよ。そもそも路地裏に所有者とかいんのぉ? それより俺らと楽しく遊ぼうよ」
湊は少女の肩に手を置き、優しくなで回した。
少女は表情一つ変えずに肩の手をはたく。
「つまり無許可で絵を描いたのね。それって落書きじゃない」
「きびしーっ。てか絵じゃなくて文字なん」
「『罰』ね」
……。
……え?
太郎は違和感を覚えた。
なぜなら、
少女の言葉を境に、湊の声が途絶えたからだ。
そして太郎はさらに気づく。
自分の着ている灰色のジャージに、『赤い何か』が付いていることに。
全身を寒気が襲う。
太郎はゆっくりと視線を移した。
「あ……」
そこには、喉をナイフで刺された湊の姿があった。
- Re: 謝って済むのなら【一部グロ注意】 ( No.4 )
- 日時: 2022/03/25 16:37
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇4~瞬間の死~】
──それは一瞬の出来事だった。
少女は肩に置かれた湊の手を左手ではたき、同時に右手を背中にまわす。
そして、セーラー服とスカートの境目に、右手を指先が上を向くように入れた。
すぐに手を抜くと、少女は『それ』を月光に晒した。
氷のように冷めた輝きを吐き、鉛一色を身にまとう。
濁りのない滑らかな刃は、月光を先端一点に集中させ、刃の鋭い切れ味を否応なしに知らしめる。
湊がそれをナイフであると認識したときには、既にそれは自身の喉元を貫いていた。
喉から出た血が空を飛ぶ。
美少女は湊を真っ直ぐに見つめる。
顔に返り血がついても何の反応も示さずに。
だが湊の視界には、闇しか映らなかった。
一瞬の出来事の後には静寂が生まれる。
「あ……」
太郎の唇から漏れたかすかな声が、舞台をまた動かした。
喉の中で刃を滑らせながら、少女はナイフを抜く。
「っが、ふぎィ……!」
地面に倒れこんだ湊は両手で喉を押さえつける。
だが、遅すぎる防衛本能はまるで意味をなさない。
今まで感じたことのない苦痛、むせかえる血の匂い、中に残る刃波の感触が急激に全神経を伝う。
少女は湊のわずかな意識を確認すると、今度は右手ごとナイフを突き刺した。
「はぐぁ!」
右手の骨と刃が擦れ、ぎぎぎと耳障りな音を立てる。
喉の神経を、茨のとげのような刺激が走る。
痛い 痛い 痛い痛い痛い
痛い痛い 痛い痛い
痛い 痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
生暖かい熱が胸から喉にこみ上げる。
この熱を悲鳴とともにさらけ出したい。
しかし少女の刃がそれを許さない。
喉でつっかえているナイフをさらに奥に押し込んだ。
「ふ……ぐ……」
もう少しで出せるはずの雄叫びは喉元に溜まり続け、無意識の弱々しい音だけが小さく路地裏に響く。
──ナイフが押し込まれる。
「ふ……」
全身の血の巡りを鮮明に感じる。
真っ暗な視界に、『赤』が見えた。
──意識が遠のく。
「ひゅ……ぅ」
鼻から息吹が抜ける。
神経がはち切れそうだ。
──世界が白くなり始めた。
「…………」
喉の熱が冷えていく。
無を感じた。
だが、
──少女はそれを許さない。
「……うぐぉ!」
少女は無理やり押し込んだナイフを、喉奥を貫く前に、思い切り引き抜いた。
湊の意識は、強い痛みとともに途絶える。
少女は痛みを忘れて死ぬことなど許さない。
刃の先端からは赤いしずくが垂れる。
太郎は湊の死の一部始終を声一つ出さずに見届けていた。
──それは一瞬の出来事だった。
- Re: 謝って済むのなら【一部グロ注意】 ( No.5 )
- 日時: 2022/04/01 14:52
- 名前: 緒宵 蒼 (ID: hDVRZYXV)
【悲劇5~最後の救済~】
月夜の下で、太郎の裏返った悲鳴が響いた。
人気の無い路地裏とはいえ、このあたりは住宅街。きっと街の人間がこの惨状にすぐ気づいてくれるはずだ。
彼の視界の右側に見える一軒家の窓に光が灯る。それを境に、他の家の窓もまばらに光が色付けられていく。
とにかく今は少女から逃げなければならない。
路地裏から通りに出る道は一本のみ。
つまり、少女がその出口から離れている今この瞬間しか逃げるチャンスはない。
太郎は右左両方の眼球に血の筋を走らせながら、勢いよく出口へと向かう。
後ろから、水滴が地面を跳ねるような音がする。
しかし、おそらくそれは少女のナイフをつたう湊の血だ。
どうして俺達がこんな目に遭っているのか。
そんな疑問とともに涙が空を流れていく。
壁への落書きだってほんの些細な出来心からだった。
でも、やめられるわけがない。
朝、昼にこの街を歩くと聞こえてくるのだ。
女性や子供が、壁の赤や黒の文字に怯える声が。街を恐怖で覆う俺達に向ける、男性の怒声が。
その横を平然と通り過ぎる時の快感は何ものにも代えがたい。
自分の存在が特別に思えてくるのだ。
そうだ、落書きを始めたのは俺を認めてくれなかった周りの奴らのせいだ。
家族も友達も学校の先生もみんな俺をバカにした。
路地裏の出口に向かう最中、太郎の頭の中では過去の嫌な思い出が流れ出す。
そう、なんだか走馬灯のような。
いやこれは自分が故意に思い出しているものだと、彼はすぐに走馬灯を否定する。
まだ死にたくない。
出口はすぐそこ。今は深夜のはずが、出口が天国のように輝いて見える。
その光がなんとか彼の冷静さを保つ。
出口までもう残りわずか。
歯を食いしばっていた太郎の口からわずかに、ひきつった笑みがこぼれる。
そのときだった。
足元に何か、物の存在を感じると同時に、顔がアスファルトの闇に叩きつけられる。
彼は転んだ。
少女の仕業ではない。少女は太郎が逃げるのを余裕そうに眺めているだけだった。
ではなぜ転んだのか。
太郎は止まらない鼻血を右手でおさえながら、足元へと視線を合わせる。
「あ、あ、あぁ……」
それは──スプレー缶だった。
落書きの最中、太郎と湊はそれを適当に地面に放っていた。
使い切ったスプレー缶。
そんな価値のないようなものが太郎の希望を残酷に断った。
それさえなければ、『もう少し』長く生き延びれたのに。
少女がゆっくりと近づいてくる。
それに呼応して、頭の中を流れる今までの思い出が、より鮮明に、濃く映し出される。
それでも、彼は死に抗う。足を震えさせながら、左手を地面について後ずさりしていく。
そんな生にしがみつく彼に、神は最後の救済を与えたのだろう。
太郎の左手にアスファルトとは違う感触が広がる。
ここに来るとき持ってきた、黒のバックだ。
中には一本、赤のスプレー缶が入っている。
太郎はそれを手に取り、
──そして、
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