ダーク・ファンタジー小説
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- 霊伐者
- 日時: 2022/04/01 17:37
- 名前: 紗由紀 (ID: HQL6T6.Y)
「ねぇ、紘」
陽菜が僕を呼んでいる。
陽菜は僕の幼馴染兼彼女で、小学生の時から高校生になった今まで、ずっと仲がいい。
「なに?」
僕は陽菜に対して優しく問う。
「紘は、私のこと好き?」
この質問は、陽菜が僕に対して最近よく言う言葉だった。
何をそんなに確かめたいのだろうと疑問に思ってしまうのだが、僕は決まってこう言う。
少しはにかみながら。
「大好きだよ」
肝試しと恋花火 ー第1話ー
「なあなあ、紘ぉ〜もう夏休みだしさ、肝試しとかしようぜ!」
僕の友人、悠はそんなことを呑気に話していた。
「きちんと勉強もしろよ…」
「まあまあ、やりたいじゃん、肝試し!」
キラキラと輝いた目で此方をみるので、こちらも断れなくなってしまう。
「この学校さ、七不思議があるっぽいんだよ」
「…ふーん」
「興味なっ!」
悠はその後も楽しげに七不思議とやらについて語っていたが、僕にはどうでもいいことだった。
「なんなら陽菜とか連れてけばいいんじゃね?」
少し反応してしまった。
そのことについてからかわれていたが、僕の目には友達と話をしている陽菜の姿しか映っていなかった。
「肝試しデート!やろうぜ!1週間後な!」
「…あ、待てよ!」
そう言った時にはもう遅く、悠は他の友達と話し始めていた。
これは、断れないパターンだな、と僕は察した。
なので、そのことについて陽菜に話してみたが、「面白そう」と言っていたので、そのまま肝試しに参加することになった。
「七不思議その1!音楽室のピアノが勝手に鳴る!」
司会進行のような役割をしている悠は、やはり輝いた目で僕らにそう話していた。
「…メジャーっちゃメジャーだよな」
「何それっ!面白そう〜」
陽菜は陽菜で普通に楽しそうだから、僕はまぁいいかと済ませている。
ふと、陽菜の手にキラリと輝くものを感じた。
「それ、キツくないか?」
それは、僕が小さい頃に陽菜に夏祭りであげた子供用の玩具の指輪だった。
玩具だと言うのに、陽菜は僕とどこかへ行くとなると必ずその指輪をつけて行く。
余程気に入っているのだろう。
「いいのいいの。紘がくれた初めてのプレゼントだし」
そう言って指輪の密かな輝きのように笑ってみせるのだった。
「お前らぁ〜イチャついてないで七不思議!行くぞー」
ふと悠からのそんな声に僕らの目的に気がつく。
「はいはい」
「レッツゴー!」
天真爛漫な陽菜の笑顔を見て、ここに来てよかったと思った。
来年には大学受験だし、楽しめるのも今だけだから。
僕らは早速、音楽室へ歩みを進めた。
「やっぱり駄目かぁー」
最初に落胆の声を漏らしたのは悠だった。
「七不思議なんてねぇのかなぁー」
「まあ、科学的根拠もないしな」
「少しは夢を見させてくれよぉー」
今、5個分の七不思議を確かめてみたが、そこには明かりの少ないいつもの教室の光景が広がっているだけだった。
最初こそ希望を持っていたものの、やはりそういうものは噂なのだろう。
「まあまあ、まだ2個あるからさ」
陽菜はそう言って慰めようとしていたが、悠の落胆の気持ちは拭えなかったらしかった。
「気を取り直して6個目いくぞ」
「え、紘の方がやる気じゃん」
呆気にとられた顔をしている悠を尻目に僕は歩き出していた。
「七不思議6個目!夜9時になると現れる廊下の魔物!」
僕の発言でやる気を取り戻したのか、悠は張り切って話し始めていた。
「今8時58分だから、あと2分だな」
「うわぁ〜楽しみだなぁー」
悠は再び輝きを取り戻した(むしろ先程よりも輝いている)目で廊下を見ていた。
「ちょっと悪いけど…私、ちょっと行ってくる」
「え、見ねえのかよ!」
「ごめん!すぐ戻るから!」
陽菜はそう言って走っていった。
「あと1分なんだけどな…」
「まあ、たぶん大丈夫っしょ」
悠はそう言いながら廊下を見ていた。
釣られて僕も廊下に視線を向ける。
そこには何の変哲もない廊下があった。
魔物なんて出て来なさそうな、いつもの廊下だった。
僕らはこの間、何も言うまでもなくその魔物について思いを馳せていた。
「あと5秒」
僕は時計を見て、緊張のカウントダウンを始めた。
3、
2、
1……
沈黙が数秒間、流れた。
それは霊を待つ僕らにとって高揚感の高鳴りしか聞こえない時だった。
10秒程経った時。
「やっぱり駄目かぁー」
悠は諦めたように声をあげた。
「まあ、ここまで来たら駄目かもな」
「紘まで言うなよ」
今度こそ本当に落胆した声で悠は言っていた。
「もう辞めようかなぁー」
「まあ、切りは悪いけどいいんじゃないか」
そう言って悠は帰ろうとした。
「陽菜、忘れんなよ」
「…あ」
悠は完全に忘れていたという顔でこちらを見た。
「…後で陽菜に言う」
「…うわぁー!それだけはやめてくださいぃ〜!」
悠は必死に謝っていた。
僕が見ている陽菜は普通の優しくて明るい陽菜だから、そんなに怖いものかと言いたくなるのだが。
「どっち行ってたっけ?」
「こっち」
僕らは探検をするように陽菜を探した。
「陽菜、帰るぞー」
「どこだー?陽菜ー?」
何度も呼びかけるが、反応がない。
「まさか、帰ったか?」
「陽菜に限ってそれはないだろ」
色々話していたが、陽菜が見つからないため帰ることにした。
「…え……?」
ふと悠がそうか細く声をあげた。
振り向いた時になにかあったのだろうか。
そう思って僕も振り向いた。
そこには、人影が見えた。
「あっ……あれっ……」
悠は何か言いたげに口を動かしていたが、言葉にできていなかった。
「な、七不思議…」
「…え?」
まさか、あれが?
「な、七不思議の、ま、ま魔物は、四足歩行で、か、関節、を変な、む、向きに…う、動かす、お、女、の幽霊、だから…あぁ……」
その「魔物」をよく見てみると、四足歩行だった。
月明かりに照らされたその姿は、まさしく魔物と呼ぶに相応しいものだった。
けれど。
少し苦しそうにしている気がする。
それに…
「ぅあああああああああ!」
霊はそう叫んでいた。
けれど。
僕は、気づいてしまった。
その霊の指に光るものに。
「なに突っ立ってるんだよ!逃げるぞ!」
悠は今にも走り出しそうな勢いでそう言った。
「…なだ」
「…え?」
自分でも驚くほど小さい声で、僕は呟いていた。
けれど、霊はこちらへ走り始めている。
「「逃げよう」」
走って走って。
昇降口を塞いで。
僕らはなんとか逃げ切ることができた。
「はぁ、はぁ……あぁーめっちゃ走った…」
悠は息を切らしてそう言っていた。
確かに、こんなに走ったのは体育の授業でもないかもしれない。
「…あのさ」
「なに?」
「陽菜のこと、なんだけど…」
僕は話し始めた。
とても言い出しづらかった。
それが本当かはまだ定かではないし、確証が持てるものではなかったからだ。
でも。
僕は、たった一つの根拠を元に、彼にそれを伝えることとした。
「あの霊は……陽菜、だ」
自分でも言いたくなかった。
けれど、見えてしまったから。
あの霊の、指で輝く指輪の姿が。
陽菜がつけていた、あの指輪と同じ輝きが。
月明かりで一瞬、キラリと輝いたから。
その光は、希望とは正反対の光だったけれど。
それに、あの霊が着ていた服は僕らの学校の制服だ。
「………嘘、だよな…?」
悠は信じられないというような顔をした。
そりゃあ、そうだろう。
突然、自分の友達が七不思議の霊かもしれないなんて言われるのだから。
「まだわからない。けど……指輪、が…」
「…あ、それ俺も見えた」
ポツポツと言葉を紡いでは、僕らは現実を受け入れ始めた。
「やっぱり、あれは…」
受け入れた現実は、まだ本当かは知り得ないけれど。
僕はこれからその真意を知ることとなる。
「紘、おはよー!」
朝の昇降口に、明るい声が響き渡った。
これからある夏期講習のことを思うと少し嫌な気持ちにもなるが、その声を聞けばそんなものは吹き飛んだ。
その声元から、誰かは想像がついた。
「おはよう、陽菜」
陽菜の姿を確認できた。
良かった、と心の底から思った。
でも。
…仮にあの時、昇降口を閉ざした時にいたのが陽菜だとしたら、どうやって帰って来たのだろう。
「紘?」
「…あぁ、ごめん」
ついつい考え事をしてしまった。
少しの間、沈黙が流れた。
お互い、気まずくなってしまう
「っはよー、紘!……あれ、陽菜もいるんだ」
「いて悪い?」
「悪くはないけど…」
悠は顔を暗くさせた。
悠も昨日の事情を知っているためか、陽菜がここにいることに疑問を抱いているらしい。
「…あのさ」
「ん?なに?」
どうしても気になってしまって、僕は陽菜にそう尋ねてしまった。
「昨日、どうやって帰った?」
視界の中で、2人が驚いたような顔をした。
いや、正確には2人の「驚愕」は同じものではないけれど。
「…あ、そうだよ!昨日、私のこと置いて帰ったでしょ!」
「「…え?」」
どこか探していないところはあっただろうか。
いや、学校中はくまなく探したから、そんなはずは絶対にない。
「どこにいたんだ?」
「昇降口で倒れてた」
その返答で、僕らは顔を合わせた。
「紘、来て」
そう悠に呼ばれ、僕らは陽菜に先に行くよう伝え、人気のない場所へ向かった。
「紘はどう思う?」
悠は早速、僕に対してそう聞いた。
これまでの陽菜の話を思い出す。
昇降口で倒れていたという事実…
「…あると思う」
そのことを考えると、少しあるのかもしれないと考えてしまう。
「…俺、思ったんだけどさ…」
悠は更に声を小さくして、僕にだけ聞こえるように言った。
「陽菜が幽霊に取り憑かれてた、とかは?」
「…取り憑かれてた…?」
「だって、おかしいだろ。俺らは絶対あの昇降口から出て…その時にはあの霊の姿も見たんだから」
「…確かにな」
けれど。
今更ながら、あの出来事は全て幻覚だったとしたら?
あれは全部、僕らが一緒に見た夢だったとしたら?
そう考えてしまった。
「…でも、あんなこと有り得ないんじゃないのか」
そうして思ったことを、僕は知らず知らずの内に声に出していた。
「…そう言われると、何とも言えねえな」
そうして僕らは長い間、あの日の出来事について考えていた。
「紘!明日、花火大会行こうよ!」
夏期講習の後、陽菜は明るげにそう言っていた。
そういえば最近、電柱や壁に花火大会のポスターが貼られていた気がする。
あまり2人で出かけられていなかったし、陽菜が楽しそうだから僕は承諾した。
「楽しみだなぁ〜、紘と2人で見るの、中1の時以来だよね」
「そんなに前だったか?」
「そうだよ!私、ちゃんと覚えてるもんっ。紘はいつも友達と行ってたし」
僕は陽菜の言葉を聞きながら、明日で待つ思い出に思いを馳せた。
待ち合わせの時間よりかなり早く来てしまった。
もちろん、陽菜の姿はない。
早すぎたな、と自分の中で反省しながら、僕は陽菜のことを待った。
近くの公園にある時計を見ると、待ち合わせの時間まであと30分。
今から家に帰って戻っても時間が過ぎてしまう。
そう思って結局待つこととした。
ふと、肩に何かが触れた。
「ひーろっ!」
振り返ると、そこにはボクが今まさに待とうとしていた人がいた。
「陽菜、早いな」
「えへへ、楽しみでついつい…」
陽菜も同じ気持ちだったのだと知ると、とても嬉しかった。
「なに笑ってんの〜」
「いや、なんでもない」
そしてその感情は、顔として出ていたらしかった。
「行こうか」
そう言って僕らは花火大会会場へと向かっていた。
「花火、やっぱり綺麗だったなぁ」
陽菜は日常会話のように何度もそう言っていた。
それほど陽菜の心には深くきらびやかにそれは刺さったのだろう。
「夏と言えば花火だよな、やっぱり」
「うん。また来年も見たいな」
そう言って陽菜ははにかんだ。
「あ、でも来年の今頃は大学受験か…」
そう言っては顔を伏せた。
そんな表情の移り変わりを見て、僕はやはり顔が綻ぶ。
「花火くらいだったら息抜きに見に行っても許されるんじゃないか?」
「…確かに」
陽菜はご最もといったような顔をして僕を見ていた。
「あぁーあ、受験やだなー」
「まあ、お互い頑張ろうな」
「うん」
そう言って陽菜は笑っていた。
やっばり、陽菜の笑顔は綺麗だな。
…受験なんて嫌だな、と僕も思った。
きっと、陽菜に会える時間も少なくなる。
お互いに、「勉強があるから」と言ってどこかへ行くのも躊躇するようになるのだろう。
こんな幸せな時間も、うんと少なくなるのだろう。
だったら、受験なんてしたくないと思った。
けれど、これがたった少しの間の感情なら。
大人になってからは意味の無い選択となるのだろう。
「だからさ…」
気がつけば僕は、言葉を紡いでいた。
きっとそれは、僕にとって未来を明るくするための約束だ。
「来年も、一緒にーー」
そう言いかけた時。
「内田紘だな?」
知らない声が後ろから聞こえた。
男の人の声だ。
「隣にいるのは綾乃陽菜で合っているか?」
何故陽菜の名前があがるのか、何故陽菜のことを知っているのか。
僕は恐ろしくなって、途端、陽菜を後ろへ行くよう促した。
「綾乃陽菜を此方へ渡せ」
そう言ってその男は招き入れるような手をした。
「何故陽菜を渡さなくちゃいけないんだ」
陽菜は何かしただろうか。
後ろにいる陽菜から、怖がっている気配を感じ取った。
きっとこの場で一番こわがっているのは陽菜だろう。
「危険だからだ」
「陽菜は何もしていない」
「何かをしたからこうなっているんだ。…まあそこの話は長くなるから聞かないでくれ」
そう言って男は此方へ渡せと歩み寄ってきた。
「陽菜、逃げろ」
けれど陽菜は、全く逃げようとしない。
怖がってしまって、足が上手く動かせないらしい。
「ーーこちら霊伐者。一昨日の人物と同一と思わしき人物を見つけました。名前、身長共に一致」
突如その人物は、耳元で何かに向かって話し始めていた。
「…霊伐者?」
その男は、「霊伐者」と言うらしかった。
『本当にそうか、確かめて』
「わかりました」
耳元でしていた会話は終了した。
と同時に霊伐者は、陽菜の方へと歩み寄った。
「陽菜に何をする」
「確かめるんだ。本当にそうか」
「やめろ」
僕はいつの間にか霊伐者の手をがっちりと掴んでいた。
「…離せ」
「嫌だ。絶対に離さない」
「…そうか。なら力づくで離す」
そう言って霊伐者は僕に向かって拳を振ろうとした。
(陽菜は渡さない)
そう思った後、僕の意識はプツリと切れた。
内田紘という男は、あまりにも頑固な男だった。
いくらこちらが「危険だから人を渡せ」と言っても言うことを聞かない。
仕方がないから、ここは力で勝負といこうとした時。
そいつは、俺の拳を手で受け止めた。
そんな馬鹿なことはない。
生身の人間には、1度として攻撃を止められたことはなかったのに。
「陽菜は…渡さない…!」
そう言って彼の目は見開いた。
その目は、先程までの俺を怖がっていた目とはかけ離れたものだった。
俺らが倒している、「霊」と同じような目だった。
そして彼は、攻撃を繰り出してきた。
速い。
なんとか受け止めたが、一般人とは思えないような力の有り様だった。
なんとかして、綾乃陽菜の証拠を捕まえなくては。
そう思い、僕は急速に綾乃陽菜の元へと向かった。
一昨日、霊感察知器の通報を受けた時点で、霊はもういなかった。
けれど、その情報から読み取るに、その人物は綾乃陽菜であると判明した。
とっさに彼女を捕まえ、思い切り彼女の顔に水をかけた。
「あ…」
まずい。
衝動的に水をかけてしまったが、こいつは…
「…ぅあああああああああ!」
鉄球の如く重みを持った声が、町中に響いた。
そう。こいつに水をかけると、こいつは「霊」となる。
それを知ったのは、霊感察知器の最初に示した場所だった。
そこが、「手洗い場」だったのだ。
それに、綾乃陽菜が移動したところには、滴り落ちた水滴があった。
つまり、綾乃陽菜に水をかけると「霊化」するのだ。
霊化とは、「霊になること」のことで、基本的には夜であることと、もうひとつの条件が重なると霊になる。
その条件が綾乃陽菜の場合、「水が顔にかかること」だったのだ。
そして、その霊をつくる者もいる。
それは「霊創者」だ。
この霊創者は、この世に1人しか存在していない。
その霊創者が人を殺すと、殺された人物は霊となる。
けれど霊は、昼間は普通の人間として過ごしているため、気がつく人は少ない。
それに、俺らのような霊伐者でない限り、霊を判別するのは困難だ。
ちなみに「霊伐者」は「霊を殺す人」のことで、別名「霊狩り」。
霊を殺すことを目的としている。
…そんなことより、この女のことをなんとかしなくてはいけない。
「ああああああああああああああ!」
叫び声をあげ、綾乃陽菜は内田紘の元へと向かった。
まずい。
先程と状況が違うとは言え、彼は生身の人間だ。
今すぐにでも人を殺してもおかしくはない。
「やめろ!」
けれど。
綾乃陽菜は違かった。
悪霊ではなかった。
いや……男の方の気配が、違う…?
霊に、近いような気配が…?
綾乃陽菜は内田紘の元へと行き、共に俺と戦おうとしていた。
「…厄介なことになったな」
ポロリと独り言を漏らし、戦闘態勢に入った。
「あぁーあ、霊化させちゃダメだろ?渉」
上方からそんな声が聞こえた。
「仕方ないな、まだ慣れてないもんな。討伐」
そう言って慣れた様子でその人物は2人の元へと歩み寄った。
奉日本 仁。
霊伐者の中でもトップクラスの強さを誇る人。
俺よりもかなり年上だが、その少し上から目線な態度から俺はあんまり好きではないタイプだ。
「そこの君ら。ちょっと痛いけど我慢して」
そして、何かを刺していた。
2人はその場で倒れ込み、奉日本さんは2人を抱えて連れていこうとしていた。
恐らく、鎮静剤を打ったのだろう。
「え、殺さないんですか?」
「…2人とも、特殊なケースだからな。渉も感じただろ?内田紘からの霊の気配」
「…確かに、感じました」
「あれは、『偽霊化』だ」
「…?」
奉日本さんによると、「偽霊化」になるというケースはごく稀だと言う。
偽霊化とは、人間ではあるけれど、霊達にとっては人間と感じなくなるーーいわゆる「人間と霊の狭間」というところだ。
この力を利用して、悪霊をおびき寄せて殺すことが可能だとか。
また、女の方も「霊の力をコントロール出来る」らしい。
普通、人間が霊になった時、霊力をコントロール出来ずに暴走するケースが多い。
まだ未熟な能力だが、討伐に活かせば相当な戦力になるらしい。
そして、「偽霊化」と「霊力コントロール」が合わさると、かなり霊伐者側が有利になるらしい。
「霊創者を一刻も早く殺したい。…渉もそうだろ?」
「…そりゃあ、そうですよ」
「だったら今回は諦めな。お疲れ様」
そう言って奉日本さんはそそくさと走っていった。
その背中を見て、俺も早く強くなりたいと願った。
強くなって、そして…。
人を守れる人に、なりたい。
目が覚めると、見慣れない景色が広がっていた。
真っ白な天井。
動かない体。
…ここはどこだ?
「目が覚めたようだね、内田紘くん」
そしてまた、先日と同じように聞きなれない声がした。
「俺、奉日本仁。君、自分がどうなってたか知ってる?」
「…わからないです」
「偽霊化した」
「…?」
その人ーー奉日本さんから、これまでの出来事について話してもらった。
たまによくわからないところもあったが、概ね理解できた。
「ーーというわけで、君には霊伐者の試験を受けてもらう」
「…?」
「君と綾乃陽菜には、霊伐者になってもらう」
…え?
「君と綾乃陽菜は、他の人とは違うものを感じる……もしかして、何かあったか?」
「……」
何かあった、のだろうか。
わからない。
僕らは、普通の幼馴染なはずなのだが。
「たぶん君は、綾乃陽菜が霊創者に殺された時の記憶が消されている」
「そうなんですか」
「という訳で、君の記憶を呼び起こす為に色々投薬していくから」
そう言われ、僕は点滴を刺された。
その瞬間、僕の中には確かなる「あの日」の記憶が蘇った。
いつも通りの会話を交わした帰り道のことだった。
僕らはいつも通り帰っていた。
いつも通り帰っていたはずだったのに、僕らはいつの間にか路上で倒れていた。
目を開くと、もう夜だった。
何故ここで倒れているのか、その前に何かあったか、僕は何も思い出せなかった。
ふと、ピチャリと音が鳴った。
僕の手を見た。
そこには、信じられないものがあった。
血がついていた。
何事かと思って起き上がったが、僕の傍では同じように陽菜が倒れていた。
「ひ、陽菜…?」
呼びかけても、陽菜は反応をしない。
「陽菜…陽菜っ、陽菜っ!」
暗闇の中で、僕は叫んだ。
誰かに届くように。
ふと、陽菜の背中に何かがあることに気がついた。
目を凝らして見た。
それを見て、ハッとする。
刃物だった。
「…は…?」
暑さとは別の、気持ち悪い汗が流れた。
反射的に、陽菜の首に触る。
一瞬、ヒヤリとした感触がする。
反対の手で触ってみても同じだった。
目の前で、確実的な「死」を感じたのは、これが最初だ。
「…嫌だ……ひ、な…死ぬなよ、陽菜、…陽菜ぁ!」
神様、どうかお願いだから。
こんなに優しくて明るい陽菜を、救ってください。
陽菜が誰かに殺されて死ぬなんて、あんまりです。
どうか、お願いだから…
「…ぁ……ぇ…」
「…!」
ふと、蚊のような小さな声が聞こえた。
それは間違いなく、陽菜の声だった。
「た……す、けっ……て」
苦しみを全て込めたような、そんな声だった。
そんな声と姿を見て聞いて、僕までもが切なくなってしまった。
「わかった。待ってろ」
震える手足で、僕は駆け出そうとした。
「無駄だよ。そいつはもう死ぬ」
ふと、後ろから知らない大人の声が聞こえた。
走ろうとエネルギーを貯めた足がふと止まる。
振り向くと、黒のロングコートに黒の大きめの帽子をかぶった男の人がいた。
「死ぬっていうか、霊になっちゃうねー」
「霊…?」
男はどんどん僕に近づいていく。
コツコツとなる足音は、恐怖への道標ようだった。
「ねぇ、君さぁ。一緒にいたならこの子、守れたはずだったよねぇ?」
感情のない声だった。
いや、1つ感情があるとすれば、それは「嬉しさ」だと思う。
僕を陥れようとするような、そんな声。
「なんで守れなかったんだろうねぇ?君、男の子なのに」
そう言って、僕のおでこに指を置いた。
「でも安心して。君の記憶を消してあげる。君は全部忘れる。楽になれる…」
そう言った言葉は、呪文のようだった。
次第に視界は薄れていき、意識も無くなっていった。
「…お前が死ねばよかったのに」
そんな声が聞こえた後、僕の意識はついに消えた。
「…大丈夫?」
現実に戻ったことを知らせるように、僕の視界にはまだ見慣れない景色があった。
そして隣には、奉日本さんがいた。
「あ、……はい」
返事に困ってしまい、なんと言えばいいかよくわからなかった。
少し挙動不振だったかもしれない。
「辛い記憶を思い出させてしまったかもな。すまない」
申し訳なさそうに奉日本さんは言った。
けれど、これは過去に僕に起こった出来事なのだから、しょうがないだろう。
「聞かせてほしい。どんな男がいた?」
奉日本さんはそう言って僕の目を見た。
恐らくだが、僕の記憶に映っていた人物は、「霊創者」なのだろう。
霊をつくることができる、というような発言をしていたからだ。
何より陽菜が霊になっているのは、それが原因だからだ。
「…黒のロングコートを羽織って、黒の大きめの帽子を被った男の人でした」
「なるほど…いつ頃の記憶かわかるか?」
いつ頃だっただろうか。
あの時は…確かあの時も、花火大会の帰り道だった。
とすると、季節は夏。暗かったから夜だったと推測できる。
後は…何年生の時の記憶だっただろうか。
陽菜の身長は今より随分低かった気がするから、最近の記憶ではないはずだ。
『楽しみだなぁ〜、紘と2人で見るの、中1の時以来だね』
ふと、陽菜のそんな声を思い出した。
中1の時。
あの時の光景と今までの推測を重ねると、一致しそうだ。
「たぶん、僕が中学1年生の時だから…4年前ですかね」
「…4年前?」
途端、奉日本さんは顔を俯かせた。
何か考え事をしているような顔だ。
「…それは危険だな。渉の言っている通りだ」
「…何がですか?」
奉日本さんはこちらを見た。
申しわけなさそうな、そんな顔だった。
「これから言うことは、綾乃陽菜には話さないでくれ」
「はい」
1つ、溜め息が聞こえた。
それは、奉日本さんから漏れ出したものだった。
「彼女は長く生きられない」
「………え?」