ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 共犯おにいさんといっしょ
- 日時: 2022/11/30 22:09
- 名前: 暗 海津波 (ID: hpvIgKEu)
夏は死体を埋める季節です。
------------
くら みつは と読みます。
久しぶりに小説を書くので頑張りたいと思います。
あらすじ
山に死体を埋めていると、殺し屋のおにいさんに出会い、死体遺棄を手伝ってくれた。お兄さんはこの死体は誰なのか気になるらしい。
死体の正体を知りたい殺し屋が教師になったり死にたがったりして高校生とその死体の正体を知っていくお話。
------------
もくじ
■プロローグ>>1
□1話>>2
■2話>>3
□3話>>4
■4話>>5-6
□
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.1 )
- 日時: 2022/11/13 12:59
- 名前: 暗 海津波 (ID: .Y/VNxAC)
■プロローグ
「──ッ、──!」
人間の体の脆さとしぶとさを同時に体感している。
体の上に乗り上げて、鼻と口を塞ぐと、そいつは呼吸ができなくなる。そうするとどうなるか。しばらくしたら死ぬ。死にたくないから藻掻いて、必死に手を振りほどこうとする。
組み敷いた彼は、目を見開いて手足をバタバタさせて必死に抵抗してるのに、上手く行かなくて弱っていく。手の甲にはみみず腫れと血の跡が沢山残って痛む。
苦しそう。可哀想? いいや、当然の報いだろう。血走った目で見上げてくるのもいい気味だった。
ビクッと四肢が数回跳ねて、それから動かなくなる。
殺した。人を殺したにもかかわらず、妙に頭は冷え切っていた。
やることは多い。爪垢も証拠になるらしいから、死体の爪の先の肉をハサミで切り落とした。バラバラに捨てれば、証拠は残らないだろう。
予め用意していたブルーシートとロープで死体を包み、ボストンバッグに詰め込んだ。
住んでいる場所がかなり田舎なので、20分も歩けば山に辿り着く。ヤモリのお爺さんが所有する私有地の山だったと思うが、なりふり構っていられない。
夏の蒸し暑い夜。一人の高校生が人を殺した。でも、その事実が明るみになるのはもう少し先のこと。
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.2 )
- 日時: 2022/11/13 17:41
- 名前: 暗 海津波 (ID: yL5wamFf)
□1話
夏の早朝は比較的涼しい。日中のベタつきが嘘のような透明の空気の中。
僕が必死に運ぶのは人の死骸だった。
この山には底なし沼がある。深泥池(しんでいいけ)なんて呼び名を聞いた覚えがある。
そこに落としてしまえば楽だったかもしれない。でも、そうしなかった。
死体は埋めようと思ったから家から大きなスコップを持ってきて、少し明るくなってから埋める場所を探した。
山道から少し外れたところなら人通りも少ないはず。石が多くない山の斜面を見つけると、スコップで穴を開ける。
繰り返していると、息が切れた。重たい土をどけていく。木漏れ日が差し込む中。汗ばんできて暑かった。
「そこ、あんまりオススメしないよ」
突如人の声がして、僕は大きく肩を跳ねさせた。
思わず顔を上げると、若い男がビニール袋を片手にこちらを見ていた。
誰だ。なんでこんな早朝に人が。夜中のうちに埋めておくべきだったか。
思案しつつ、傍らにおいてあったボストンバッグを横目に見る。チャックを全開にしていたから、青いビニールシートとロープが、男の位置からでも確認できただろう。
「あ、え、」
心臓がバクバクと煩かった。死体を埋めることがバレただろうか。でも、ビニールシートとロープだけ見て、それが死体だとわかるだろうか。否、何をしているかなんてわからないはずだ。
「な、なにか用ですか?」
とりあえず発しただけの声すら震えた。スコップを握る手も震えてしまっている。これでは怪しまれても仕方がないかもしれない。
「埋めるんでしょ。それ」
男は特になんてこと無いような口調で、傍らのボストンバッグを指差した。血の気が引く。僕はどもって「あ、あ、いや、」とか変な声しか出ない。
「埋めるとしたら、このへんじゃ雨が降ったときに土が流れて中身が見えちゃうと思うよ。オススメの場所を教えるから、私についてくるといい」
彼は今度は後方を指差しながらそう言った。
埋めることがバレている。冷や汗が止まらなくて指先が冷たくなっていた。
「……」
僕が押し黙っていると、男は首を傾げてる。
「もしかして重くてしんどいかい? 持ってあげようか、それ」
「も、持つって。結構です」
「無理しなくていい。遺体一つ運ぶのも骨が折れるだろう?」
息を呑んだ。心臓が口から出そうなほど緊張する。この人は、これの中身が人間だと理解している。
「あ、け、警察に……」
「あはは。通報しないから安心してくれよ。それに私も警察は怖くてね。多分君と同業者だからさ」
「どうぎょう……?」
「そう。私は殺し屋だよ。人を殺して給料を貰って生活している。今日は仕事で出た廃棄物を捨てに来たんだ」
言いながら、彼はビニール袋の中に手を突っ込んで摘むと、何かを取り出した。
薄っぺらいそれが、最初はなんだかよくわからなかった。というよりは、理解することを脳が拒んでいただけかもしれない。
彼の指と同じ色のそれは、紛れもなく人間の耳だった。
ひ、と息を呑んで後ずさる。殺し屋、というのは冗談ではないらしい。
彼は僕の行動に目を丸くした。
「なんで怯えてるんだ。君は死体一つ分で、僕はただ切れ端一つ見せただけなのに。……ああ、もしかして、同業者ではなかったかな。一般の方の死体遺棄かな?」
「そもそも、どうしてあなたは僕が死体を所持してんなんて思うんですか、これはただのビニールシートです、よ」
「挙動不審すぎる。もう少しマシな言い訳を考えなよ。そんなの、見たら一目瞭然だろう? と、言いたいところだけど、真面目な回答をするならにおい、かな。死臭だよ。慣れていると、鼻が効くようになるからね」
再び僕は黙り込んでしまった。
「それで話を戻すけどね。そんな適当なところに死体遺棄されたら殺し屋として困っちゃうんだ。そこじゃすぐ見つかる。それで山自体が全体的に捜査されて、私の隠してる死体まで暴かれてしまう可能性だってあるんだよ。だからもっとマシなところに隠してほしい。私も手伝うから。さ、足側持ってあげるよ」
「え、ちょっと」
僕がスコップ片手にワタワタしていると、彼は近づいてきてボストンバッグに触れる。
「おい勝手に触るな!」
近くまで来てようやく彼の容姿をしっかり見て、思わずたじろぐ。細身で背が高く、流行りのおしゃれな髪型の、どこにでもいる普通の男に見える。顔立ちだって普通の大学生か、もう少し年上くらいに見えるのだ。街ですれ違ったり、電車の中で出会っても違和感の無いようか容姿。それが殺し屋だとか、ビニール袋の中に人の耳を入れているのが酷く異質だったから。
「“勝手に”はこっちの台詞だな。私の殺し屋家業の邪魔をしないでほしいよ」
不満げに眉をひそめる。職業は美容師です、と自己紹介されたほうがしっくり来そうだから、やはり信じられない。
とはいえ、ビニールシートの中身を言い当てられたことも、僕のしようとしてることを暴いた上で動揺しないところも、本当に慣れているのだろう。
「君、早く頭側持ってくれるかい。……ああ、今気付いたけど君、若そうだね。高校生?」
「まあ」
「そう。君のような若い子が犯罪者なんて、嘆かわしいねえ」
「……あんただって、若いじゃないですか」
「あはは。10歳くらい上だよ、多分」
せーの、と掛け声にあわせて死体を持ち上げる。死後硬直もすんだ死体は、二人掛かりといえどもずっしり重い。
おも、と思わず声を漏らすと、男は薄く微笑んで、
「それが命の重さだね」
なんて言ってきた。
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.3 )
- 日時: 2022/11/14 22:07
- 名前: 暗 海津波 (ID: yL5wamFf)
■2話
山を降りて、公園の水飲み場で土に汚れた手を洗い流す。爪の間まで入り込んだ汚れは落ち難い。血も土もそこは共通している。
「あの遺体は何処の誰なの」
私の質問に、高校生は答えなかった。冷たい目でこちらを見上げて「関係ないじゃないですか」と言い放つ。殺し屋相手に怯むこともなくそう言えるのは、彼が既に死に携わる人間になってしまったからなのか。
「そうか。なら、君の名前くらい教えてくれてもいいだろう?」
「名前を聞くときは自分から名乗るものですよ」
「そうだね。私はトキワ──ああ、これは殺し屋としてのコードネームのようなものだけどね」
高校生は小さく首を傾げている。
「偽名ってこと?」
「まあ、そういう呼び方もあるんじゃないかな」
「この自己紹介は本名じゃなくてもいいってことですね。じゃあ俺、じゃなくて僕はイヅチです」
「イヅチくんね。それは名字と名前どっち……そもそも本名なの?」
「さあ?」
くす、と薄く笑む表情はいたずらっぽく、歳相応の子供らしさを感じる。こんな子が、死体遺棄。嫌な事実である。
イヅチくんの格好は白いワイシャツにスラックスという、おそらく近所の高校の制服姿である。所々に泥の汚れがついてしまっていた。特に履いているスニーカーが泥まみれ。死体遺棄とは、50kg近い肉を運搬し、180cm近い物が十分隠れるほどの穴を掘らなければならない。結構な重労働だ。制服は死体遺棄作業に適しているとは言い難いだろう。
どうしてこんな格好で。ブルーシートとロープに遺体を詰め込めるくらいのボストンバッグ。それにスコップまで用意した人間が、服装だけ失敗する理由はなんだろうか。
「そういえばイヅチくん。高校生ならそろそろ学校の時間なんじゃないかい?」
「……そうですね。でも、そういう気分になれないので、今日はサボっちゃおうかな」
暗い表情で言う。殺し屋と平然と話すため、人の心がないのかと思っていたが、しっかり心身へのダメージは蓄積されていたらしい。
当然か。死体に携わって平気でいられたら、殺し屋への就職を勧めていたところだ。
「あまり学校を休むのはおすすめしないね。あの遺体とどのような関係かは知らないけど、学校を休むってことは、何かあったということになる。アリバイを作るためにも登校は必要なことだよ」
「さ、流石殺し屋。でも服が泥だらけな時点で怪しまれるんじゃ……」
「通学路に派手に転べそうな場所はあるかい。おっちょこちょいな君はそこで転んでしまった、そして応急手当するために一度帰宅したため、学校に遅れたってことにしたらいい」
イヅチくんは目を丸くしている。
「本当に、本職の人はそれらしい口実を考えるのが得意なんですね。助かります」
「まあね。家まで送るよ。色々あって疲れただろうからね」
言いながら、スコップとボストンバッグを持ってあげて歩き出す。
公園から家までの道中、イヅチくんは家のことを少しだけ話してくれた。両親は共働きだから、帰宅しても家には誰もいないだろう、とか。学校では優等生してるから、遅刻してくるだけでも珍しがられてしまいそうだとか。
「優等生は人殺しなんてしないと思うけどね」
私の軽口に、彼は笑みを引きつらせた。
「そういうトキワさんは、学生時代どんな子でした?」
「君みたいな優等生だったよ」
「はは。今は殺し屋なのに?」
「そう。初めての仕事は中学生くらいのときだったから、本当に“君のような優等生”だったんだよ」
優等生が何か後ろ暗いことをするわけがない。だから、汚れた手を隠すためには何処までも普通のいい子でいなければならなかった。
イヅチくんの表情からついに笑顔が消え失せる。
「トキワさんは、どうして人を……」
「殺意を聞くときは自分から教えるものだよ、イヅチくん」
「……あの死骸、は…………」
言いかけて、黙り込む。道中の会話のなかで、彼は頑なに遺体の正体や関係性、殺した理由について話そうとしなかった。
そこまで隠されると、興味が湧いてくる。既に共犯者になってしまった男にさえ隠し通したい関わりがある、ということになるのだから。
「じゃあ、秘密主義なイヅチくんに、少しだけ私の話をしてあげよう。私はね、殺されたいから殺し屋の仕事を続けているんだ」
「え?」
「依頼があるから人を殺す。でも、僕は罪を重ねることが、本当はすごく嫌だ」
「そんな人がなんで、手を貸してくれたんですか。僕を手伝ったんだから、トキワさんはもう共犯者ですよ」
会話の途中だったが、イヅチくんが一軒の家の前で立ち止まる。表札に「珊瑚」と書かれている。サンゴイヅチくん。それが本名になるのだろうか。
イヅチくんが家の扉を開けたので、無理矢理家に入り込む。驚いて「な、なにして、」と声を上げようとした彼の口元を手で覆った。
「私みたいな、人を殺して生活してる犯罪者が、無償で高校生の手伝いをすると思ったかい? 共犯の弱みに付け込んで、無理なお願いをしようと思っていただけだよ」
「お金目当てですか……?」
「まさか。ちゃんとした職に就いた大人は高校生から金銭をせびったりなんてしないよ。お金より難しい、君にしかできないお願いをしたかったんだ」
「……流石犯罪者ですね」
軽蔑するような目でこちらを睨むイヅチくん。犯罪者に関しては君がそれ言うの? という感じであるが。
玄関で靴も脱がずに、私は話の続きを語る。
「私は殺されたいから人を殺している。つまりね、君に私を殺してほしいんだ」
イヅチくんは大きく目を見開く。
「死体遺棄をした。死に関わっている君になら、できるよね」
彼の両手を掴んで、自分の首に手を重ねさせる。夏なのに冷たい指の温度が少し心地よかった。
「む、無理ですよ! 特に恨みもない人を殺すなんて気持ち悪いし、そもそもうちで死のうとしないでくださいよ、あんたの死骸の処理どうすればいいんだよ!」
「あはは。後半についてはごもっともだけど、君は殺し屋の頼みをそんな簡単に断って平気かい?」
「は、脅しですか? 脅されたところで、僕はあんたを殺してなんかやらないからな」
「いいよ。もう一つのお願いを聞いてもらうから」
そう言って、私はイヅチくんの首を掴むと、床に押し倒した。皮膚の下、呼吸と脈の感触が手に馴染む。
「人に殺されたいから殺し屋になるって、よくわからないでしょ。でもね、自分の命も人の命も同じ重みなんだよ。私は、生命というものそのものを実感したいから殺されたいし、殺したい」
「僕を、殺すんですか」
強張った表情でこちらを見上げてくる。生き物が死を覚悟した瞬間の顔というのは、何度見ても気分の良いものだ。
「あはは。殺すんだったらあの山でさっさと殺してるよ。私は依頼に無い殺しはしない主義でね。でも、依頼だけじゃ、収まんないんだ」
自然と、指先に力が篭もる。息苦しそうに顔をしかめるイヅチくんを、じっと見下ろす。
「私のお願いは、生命を実感させてほしいってこと。もっと恐怖して。苦しんで。藻掻いて。……生きようと、足掻いてよ」
「なに、気持ち悪いこと、言って……」
掠れた声で反論する姿も良かったが、ただ、死に恐怖して必死で抵抗してほしかった。上から体重で潰すようにして、気道を押さえつける。息をしようと首の筋肉がひくつく感触が伝わってくる。
「く……う、ぅ」
酸素を少しでも取り込もうとして口をパクパクさせる姿は、陸に打ち上げられた魚みたいだった。更に強く締めると数回咳き込んで、苦しげに身を捩った。
イヅチくんは線が細いから、あまり強くやると骨を折ってしまいそうだ。名残惜しかったが、手を放す。
首元を労るように手を当て、大きく呼吸を繰り返して、泣きそうな顔をしている。突然殺されかけたら、普通はそういう反応をするだろう。
「あはは。怖かった? 依頼に無い殺しだから、殺さないって言ったのに」
「…………」
「イヅチくん、いい反応するねえ。人の弱みを握るの最高」
「気持ち、悪」
こちらを睨みつけられる姿が生意気で可愛かったから、もう一度彼の首元に触れた。それだけで怯えた顔を見せるものだから、本当に生命とは脆くて愛おしい。
「イヅチくんと出会えてよかった」
多分、彼にとっては最悪の出会いだろうけれど。
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.4 )
- 日時: 2022/11/20 20:13
- 名前: 暗 海津波 (ID: hBEV.0Z4)
□3話
「イヅチが遅刻なんて珍しいな。イタチも来てないから、双子揃って学校サボったのかと思ったよ」
クラスメイトに言われて、色々とバレてしまわないかヒヤヒヤしながらも、なんでもないことみたいに微笑む。
「あの辺、急勾配の坂あるでしょ。あそこでぼーっと歩いたら凄い転んじゃって、擦りむいたから一旦家帰って手当してきたんだ」
そう言って膝や掌に貼ったバンソーコーを見せる。
誰もそれを疑う様子は無かったし、僕はその日一日をまるで何事もなかったかのように過ごす事ができた。
人が死んだ日でも、誰も何も知らずに、誰も追悼を捧げることもなく時間は過ぎていく。僕自身も普通に振る舞うことができてしまっているのだから、物悲しい。
トキワさんはあのあと、「また会えるといいね」と言って何処かへ行ってしまった。本気で殺す勢いだったあの男のことを思うと、少し怖くなる。僕はもう会いたくなかった。
あんなことされるくらいなら、彼を殺す方を選んでおけばよかったのだろうか。断らずに、せめて振りだけでも。
一瞬頭の中でトキワさんの首を絞める妄想をして、気持ち悪いし怖くなる。死体遺棄した人間なら、人を殺すことに嫌悪感を抱かないと思っているのも頭がおかしいと思うし、なにより殺されたいとか殺したいを、本気の意味で使う人がいることが受け入れ難かった。
放課後、金髪のクラスメイトが話しかけてきた。校則違反の長くて明るい髪。顔を見なくても誰かわかる。不良のニシキだった。
「ああ、ニシキくん。どうかしたの」
「今日、トカゲもイタチも来なかった。お前何か知らねえのかよ。メッセージ送っても既読がつかないし」
トカゲというのは、ニシキと同じく耳にピアスを開けまくっていて、学校も平気でサボるヤンキー生徒なので、僕もあまり話したことがない。でも、イタチの方は僕の双子の弟だ。彼もトカゲやニシキとつるんで学校をサボることがあったから、今日いないことも然程気にしていなかった。
「二人でサボったのかと思ってたけど、違いそうなの?」
「サボんならおれも誘えよってなるだろーがよ。ったく、マジ今日退屈だったわ。クソが」
吐き捨てながらニシキは教室のゴミ箱を蹴り倒して、見かねた僕がそっと直す。
「お前、イタチと同じ顔してるから苛つくなァ」
「……でも中身は同じじゃないから、同一視しないでね」
困ったように笑いかけると、ニシキは舌打ちして、教室を出て行った。
イタチは彼やトカゲに絡まれていたのに、イヅチには絡まない。ほとんど容姿が同じなのに、彼らは何処で僕らを区別しているのだろうか。
疑問に思いつつ帰ろうとしたとき、先生に雑用を任されてしまった。少し面倒に思いつつも断りきれなかった。人使いが荒いなと肩を竦め、その肩にスクールバッグをかけて職員室へ向かう。
任されたのは、授業で使ったプリントを運んでおいてほしい、ということだった。それくらい自分でやれと思う。これも、イタチは雑用を任されていることはなかったのに、僕には任せるのだから何が違うのか。
無事に職員室にプリントを届けて、今度こそ帰ろうとしたときに、「イヅチくん」と呼び止められた。誰だ、と思って振り返って息を呑む。
スーツ姿なので、教師だということはわかった。でも見覚えのある長身と髪型に、心臓が跳ねた。顔まで凝視して、どう見たってそれが今朝の殺し屋なのだから、状況を飲み込めなかった。
「と、トキワさん?」
「うん。トキワさんです。その後変わりないかい?」
「なんでいるんですか」
「驚いた? 副業で美術の教師始めて見た。いや、この場合あっちの仕事が副業なのかな。ところでイヅチくん、今から私は美術室でお仕事があるんだけど、今日来たばかりだから場所がわからなくてね。案内お願いできるかい?」
僕の色々言いたげな表情を見て、あえて無視してるらしかった。
しかし、校内で今朝のことを話題にするわけにもいかず、せめて人気の少ない美術室で話すことにする。
廊下を一緒に歩く際、トキワさんは「美術のおじいちゃん先生が腰が悪くて、授業ができないことが多いとかでね、代わりが必要になったんだって」等とペラペラ話しかけてきた。僕は内容がほとんど入ってこなくて聞き流すしかなかった。
「ここが美術室です……けど」
画材のにおいがする美術室で二人きりになって、やっと話を切り出すことができる。
「何で態々僕の学校に。まだ何か用が?」
「そうだよ。まだ話し足りなかったからね」
言いながら僕の首元に手を伸ばしてきて、その冷たい指先の温度に、少し体が強張った。
「痕、残ってないね。よかった」
「……僕はもう、話すことなんてないですよ」
「私にはあるよ。ねえ、あの遺体ってやっぱりこの学校の生徒なのかい? だとしたら、私は教え子が死んでるわけなんだけど。どうして、どうやって殺したんだい?」
思わず目を逸らす。
「関係ないでしょ」
「無いね。でも、気になる。君の担任から何となく生徒の話を聞いておいたけど、イヅチくんは本当に良い子で、さっきも嫌な顔一つせずにプリントを運んでくれた、とか。他の生徒との目立ったトラブルだってなかったって。そんな子がどうして人を殺したのか。興味がある」
「話すつもりなんか無いです」
冷たく言い放って、僕が美術室を出ようとすると、腕を掴まれた。
「君の手はもう、汚れている。そんな状態で何日も逃げ延びることができると、本気で思うのかい?」
「……!」
「一般的には人を殺して、そのまま生活するなんて無理なんだよ。それがまともな人間であれば尚更。罪の意識に怯え苦しみ続けることになる。まともじゃない奴は、私みたいに殺し屋になるか、何度も人を殺すシリアルキラーになるよ。……きみはどっちかな、イヅチくん」
トキワさんの顔をじっと見つめた。殺し屋のくせにまっすぐ僕を見る。多分、良心で言っている。優しい人なんだと思う。
「僕は、あなたみたいにはならないし、この罪も、手の汚れも、俺だけのものだ。いつか死体が見つかって、俺が咎められるならそれでもいい。見つからなくてあんた以外誰も知らないで、罪悪感に苛まれる日々が来たってそれでもいい。だから、あんたには関係無い」
ほとんど睨みつけるような目でトキワさんを見て、言いきって、途端に苦しくなる。
今日、確かに人は死んだ。俺はもう。いや、僕はもう戻れない。指先が震える。覚悟していたのに、事実を受け止めようとすると恐怖が全身に広がっていく。
でも、確かにこの罪は俺だけのものだ。
「そっか。面白いね。うん、凄く面白い。決めたよイヅチくん。私はあの遺体と君のことを、全ての真相を暴くよ」
「は?」
トキワさんは、真剣な目をしていた。真剣におかしなことを言う人なんだ。
「それに、やっぱり君に殺されたいな」
「……本当に気持ち悪い人ですね」
僕がそう言うと、トキワさんは笑いかけて来て、そっと僕の頬に触れる。
「殺す真似でもいいんだよ。君がいい。そんな暗くてドロッとした目をする、君の殺意を向けられてみたいし、君の殺意の真相を知ってみたいんだ」
「だから、殺してなんかやらないって。僕はあんたに殺意なんかないんだから」
「だったら」
不意に首元にトキワさんの両手が伸びてきて、避ける暇もなく掴まれていた。
「私は君を殺す。だから、足掻いて?」
朝やられたときよりも手加減されていない。骨が軋むほど強く絞められて、声を上げることすらままならなかった。殺す気は無いのだと言われても、死ぬんじゃないかと思うくらい。
ほとんど呻くような声を上げながら、トキワさんの手を振りほどこうとした。抵抗するたびにもっと強い力が加わっている気がする。
視界が明滅し、意識が遠のく。体の力が抜けてきたとき、やっと開放された。
「げほ、て、めぇ、ゲホッ、教師のくせに、こんなことして!」
座り込んだまま怒鳴りつけたが、トキワさんはニコニコと笑っているだけだ。
「ああ、そうだったね。教員が生徒に暴力なんて、懲戒免職かも。君が死体遺棄なんてしてなければ、素直に私のこと告げ口できたのにね?」
「…………」
半分脅しだった。告げ口したら、僕の罪も告げ口するという。
「卑怯! 変態! 犯罪者! いい年した大人が高校生を玩具にして、気持ちわりーんだよ!」
「あっはは。稚拙な罵倒だ。それに……担任に聞いた君の印象とは随分違うような気がするけど。もしかして、猫被ってたの?」
「教師なんてのは所詮表面上のことしか見てないし、見ようともしないんだよ。俺、僕のことだってそうだ」
だから、わかった気になって何も分からない。分からないまま取り返しのつかないことになる。あの死体がそうじゃないか。
「トキワさん。やれんもんならやってみて下さい」
「え?」
「真相。暴いて下さい。少なくともあんたは、僕達のことを知ろうとしてくれてるから。全部わかったら、お望み通り殺してやるから」
僕が猫被りの優しげな笑みを浮かべると、トキワさんは愉快そうに目を細めた。
「あはは。いいね。ゲームみたいだ」
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.5 )
- 日時: 2022/11/30 22:06
- 名前: 暗 海津波 (ID: hpvIgKEu)
■4話
3日も経てば、殺し屋が教師をやっているなんて知らない無垢な子どもたちは、私を受け入れた。そして、3日も生徒2人の行方不明が続けば、その不安は波紋のように広がっていく。
「せんせぇ、来た瞬間にがっこーがこんなんで、気が滅入っちゃいますよねえ」
「橘さんもクラスメイトが行方不明なんて不安でしょう」
「えー苗字? 下の名前で呼んでくださいよ。ツグミちゃんって」
若い男教師であるだけで、女子生徒に好かれるのか、美術室によく遊びに来る生徒がいた。イヅチくんと同じクラスの女の子だ。彼らのクラス担任の先生は、行方不明者が出たということもあって、保護者への説明やら警察との話だので忙しくしていたため、その間に生徒の相手をする人材を必要としてきた。そこで、私がやりますと名乗り上げれば誰も私を疑うこともなく任せてくれた。
そうやってイヅチくんのクラスメイト達と話す機会が多かったお陰で、打ち解けてくれたのが彼女である。
「ツグミさんは、よく美術室に来ますね。美術がお好きなんですか」
「えー、ンフフ。せんせぇのことが好きなんですよ」
教卓の横まで来て、上目遣いでこちらを見つめてくる。高校生のくせに、色目の使い方をよく理解していて、最近の若い子はませてるなあなんて思う。
「はいはい、ありがとうございます。ただ、用もないのに美術室に来ないで下さいね」
「用、ありますよ? せんせぇとお話したいんです」
「先生はお仕事するために美術室にいますので、邪魔しないでいただきたいのですがね。困った子だ」
先生は、なんて。殺し屋のくせに。この生徒が私の正体を知ればどんな顔をするのか、少し悪戯心が揺れる。殺し屋のモットーは隠密だから、勿論簡単に打ち明けたりなどはしないが、恐怖する人間の顔を想像するのは心地よかった。
「ツグミさんは、行方不明の生徒たちとは仲が良かったんですか」
雑談のつもりで話題を振ったのだが、彼女は表情を強張らせた。何か関係があったのかもしれない。
「仲。良かったです」
「そうですか。それだと、寂しい思いをしているでしょうね。早く戻ってきてくれるといいですね」
「……せんせぇ。もしかしたら、イタチくんがいなくなったのは、わたしのせいかもしれないんです」
ほう、と目を丸くして、話の続きを促す。
「わたし、実は1週間前くらいにイタチくんに告白したんですよ。でも、振られちゃって。わたしを振るなんて許さない、死ね、呪ってやるーってずっと思ってたんです。だから……」
「呪いでイタチくんはいなくなったというのですか?」
イタチくんはイヅチくんの双子の弟だ。正直、そんなオカルトは関係なくて、イヅチくんの埋めていた遺体の正体がイタチくんなのではと思っている。
ツグミさんは、至って真面目な顔をしている。本気で呪いとか、自分のせいとか思っているのだろう。
宥めるために、彼女の肩に手を置く。
「呪いで人がいなくなるのは、少し現実的ではないでしょう。きっとあなたのせいではないですよ」
「呪いはありますよ」
美術室の扉が開く音と共に、そんな声が飛び込んできた。二人してそちらを見れば、ボブヘアの女子生徒が冷たい目でこちらを見ていた。
「あ、シオちゃん。迎えに来たの?」
ツグミさんに呼ばれた彼女は少し飽きれた様子で肩をすくめる。
「最近美術室に通い妻だね、ツグミ。トキワギ先生に目ぇつけてるの?」
「んー、ふふふ。人聞き悪いよぉシオちゃん」
トキワギ先生。私の教師としての名前だ。このシオさんという女子生徒もまた、イヅチくんのクラスメイトだったはずだ。
「シオさん、呪いというのは……?」
「呪い、あるんですよ。田舎だから。先生は東京から来たんでしたっけ。それじゃあ知らないかもしれないですね。深泥池の蛟様の話」
「みどろがいけ……みずちさま……?」
「学校の裏に山があるでしょう。あそこに底なし沼があって、沼に封じられてる蛟様を怒らせたんですよ、あの二人は」
「あの二人というのは、行方不明の?」
「そう。イタチくんもトカゲも、あの肝試しの日に蛟様を怒らせたんだ」
肝試し。何か神聖なものにイタズラしてしまったとか、そんな話だろうか。
ツグミさんが首を横に振っている。
「あの件とわたしの呪いは関係ないよ。わたしがイタチくんのこと好きすぎて、悔しくて神社の絵馬に死ねとか呪われろって書いたから……」
「ツグミは悪くないよ。そういうことにしないと、悲しくなるでしょ?」
「シオちゃん……」
ツグミさんのやった何かとんでもないことを聞いた気がするが、それは気にしないでおく。
シオさんは話を続けた。
「夜杜神社っていう、あの山のそばの神社。あそこで昔肝試しをしたんです。あの神社では蛟様を祀っているから、あの肝試しがいけなかったんだ」
「その夜杜神社の絵馬に書いちゃったから、だから、わたしの呪いも関係あるってば」
ツグミさんはなんだか、自分が呪ってしまったからイタチくんが消えたことにしたいようにすら見えた。
Page:1