ダーク・ファンタジー小説
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- 妖精偵察1
- 日時: 2023/02/11 01:02
- 名前: ふぁんたじー (ID: N8rGxu/h)
「おめでとうございます!」と、聞き馴染みの無い声が頭上から降ってくる。その声に釣られて顔を上げると、俗に言う"妖精"の格好をした人が居た。色は透き通るように白く、顔は整っているから、女性かと思った。しかしよく見ると、手がごつごつしていたり、喉仏があったから男性なのかもしれない。中性的な見た目をした"そいつ"はにこやかな笑みをこちらに向けている。まるで私が返事をするのを待っているみたいだ。
「あ、ありがとうございます…?」と困惑したような声を出す。"そいつ"は少し驚くような顔をして、私に幾つか質問を始めた。
「"ファルファデ"の頃の記憶は残っていないですか?」
ファルファデ、というワードに聞き馴染みがあった。しかし、それを何故知っているのかすら分からない。ただ、その単語を聞いた瞬間、まるで流れ星の尾を、一瞬掴んで逃してしまったような感覚に陥った。
「…残っていないです。」
「それなら話は早いですね!無駄に記憶が残っていると、ここの世界とあちらの世界のルール等が錯乱して、話が通じないことも多々あるんです。あ、名乗るのを忘れていましたね。僕の名前はティグレです。」
ティグレは更に説明を続けた。
「端的に言うと、貴方は元々"ファルファデ"という妖精でした。我々妖精は、毎月とあるテストの様なものを受けます。そのテストの点数が高かった者から更に選出し、人間界へ偵察に行くのです。そして、貴方はその偵察メンバーへ選ばれた、という訳なのです。」
ティグレの説明は、分かり易かったが、到底理解が追い付かなかった。私は私自身が置かれた状況に困惑していた。すると、ティグレは胸元の時計を見て、目を剥いた。
「ファルファデさん!人間界行の列車があと3分で発車してしまいます!付いてきてください!」と呼び掛けれ、我に返った。
ティグレの後に着いていくとあっという間に駅のホームに着いた。
ホームの黄色い線の内側に立って、列車を待っていると、ティグレが一枚の紙切れを渡してきた。
「これは、貴方が人間界へ行ったとき、どういう人間として生活するのか、プロフィール帳の様に細かく書かれたものです。困ったときは、公衆電話で下の番号へ電話してください。こちらの世界に繋がります。僕は貴方の担当なので、大抵の電話は僕が出れると思いますが、もし僕以外の人が電話に出ても、きちんと繋がってますのでご安心を。」
列車が到達した。私以外の人は勿論この列車には乗らないから、車内は貸切状態だろう。
ティグレは少し寂しそうな顔をしたが、「頑張ってね。」と声をかけてくれた。
ティグレの声に応じるように、力強く頷いて、列車に乗り込む。
「まもなく、人間界行きの列車が発車いたします。」という車内アナウンスと共に列車が大きく揺れた。景色がガラリと変わった。瞬きする度に景色が変わっていくのが惜しくて、移動中はほとんど目を瞑らなかった。一つ一つの光景が、はじめて見た筈なのに、どこか懐かしみを感じた。その感覚が愛おしくて、瞬きなどしてる暇は無かった。青い空と草原。小鳥たちが陽気に歌っている森。魚と水面がきらきらと反射して、まるで宝石のように見える海。海の匂いが鼻を突いて、何故か泣きたくなった。長い長いトンネルに入ったため、車内でティグレから貰ったメモを何回も何回も読んだ。とにかく、その情報を頭に叩き込んだ。
私の名前は、井上乃々華で、15歳。青原中学校三年生の、放送委員。家族構成は父、母、弟の四人。身長は159cm。彼氏は居ない。何回もメモに書いてある言葉を反芻して、覚えた。
列車が止まり、
「人間界、人間界。人間界へ到着しました。お降りの再は、既に人間の姿ですので、お気を付けて行ってらっしゃい。」と、特殊なアナウンスが流れた。
列車を降りると、今までのファンシーな雰囲気とは全く異なる、喧騒した駅のホームが広がっていた。
とにかく急いでいる人に、歩きスマホをする人。誰かと待ち合わせする人に、普通に歩いている人。私もその中に紛れ込まないと。コツコツと、パンプスの音が響く。聞きなれないこの音がなんだか心地よくて、無駄にならしてしまった。
行ったこと無い筈なのに、道を体が覚えているのは、やはり人の体を乗っ取ったからだろう。
あっという間に人気の無い住宅街へと着いた。そこの中央にある大きなマンションの隣の、少し背の低いマンションの最上階、8階の角部屋。
これからファルファデであり、乃々華の生活が始まる。
「ただいま!」と元気な声を出して家に入る。
妖精としての偵察頑張るよ、ティグレ。
そこには居ない筈のティグレとグータッチした様な気分になった。