ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

花鳥風月
日時: 2023/05/15 12:09
名前: t (ID: QNWf2z13)

1
昨日のことが、気がかりだった。
私は会社員だ。40才手前、務める会社で社会人として有益な活動をしてきた。まるで無駄がない。遊びもほとんどしないし、酒やギャンブルに溺れることもなく、誠実で勤勉な生活を送ってきた。
しかし、昨日、今までの真面目な日常に水をさすような出来心があった。
私がいつものように会社から帰ろうと電車に乗り、降りて家路を歩いていた。すると、角を曲がるときに自転車とぶつかった。女性が転倒した。私が「大丈夫ですか」と駆け寄ると、女性は大丈夫です、とすぐに立ち上がったが、私はすぐに気づいた。ウーバーイーツと書かれた入れ物が、倒れた自転車の横に投げ出されていたのだ。おそらくこれを誰かに届ける途中だったのだろうと気付くと、私はすぐにスマホを取り出し、警察に電話した。
それから1時間ほどで私は家に着いた。やってしまったことの重みを体感していた。女性は拒否したが、食品の弁償をした。そして届け先の人にも私自ら電話し、謝罪した。女性は再び食品を店に取りに戻り、それを私は見届けた。
警察でもケガが2人とも無かったことから、すぐに後にできた。それからは重い足取りで自宅に帰った。
昨日の話しだ。

Re: 花鳥風月 ( No.1 )
日時: 2023/05/15 13:46
名前: t (ID: QNWf2z13)

2
昨日のことを改めて考えながら、私は電車に揺られ、会社に向かっていた。あの女性にケガはなかった。しかし、時間の浪費をさせてしまったことに対して心から申し訳ないという気持ちだった。翌日になっても、今までこういう事例に遭遇したことがなかったから、それについて考えこんでいた。
会社に着くと、窓を開けた。私の他にちらほら社員が携帯を触ったり、本を読んだりしている。窓の外の景色を見ながら、考えにふけった。

仕事も無事終わった。やるせない感じでこなした仕事だった。先輩の飲み会の誘うをあえて断った。まだ乗り切ではない。1人で会社を後にした。
昨日のようなどんよりした天候だった。夕陽がまだ空に浮かんでいる。そのわずかな光がうっすらと道路を照らす。そこをゆっくり歩く。
そして、その場所に着いた。昨日の事故現場だ。法的処理はもう終わったはずなのに、再びここに来てしまった。この角を曲がろうとした時に・・・

私は、目の前の光景に驚嘆した。
そこに居たのは、昨日の女性だった。長い黒髪の、スポーティーな服装。昨日のままのような気がした。私と目が合うと、女性は無表情で私に話しかけた。
「昨日、私とぶつかった人ですよね?また会うなんて・・・」
私はすかさず頭を下げた。
「昨日は、本当に申し訳ありませんでした。それにしても、何故、この場所へ?」
私が言うと、女性は視線を下に向けた。
「私、実はあなたとぶつかった時に死んじゃったみたいなんです」

Re: 花鳥風月 ( No.2 )
日時: 2023/05/15 14:08
名前: t (ID: QNWf2z13)

3
数日後。
私は車を運転していた。日曜日の午前、道路は込み入っている。しかし、それでも良かった。予定はまだ先だったから。
快晴である。久しぶりに太陽を見た気がする。街に彩りがあるだけで何故か心も暖かくなるような気すらした。ハンドルを握りながら、車を進めて行く。
後ろの座席から声がする。
「今からでも、考え直してくれませんか。私のことは気にしないで下さい。本当に。私は何も思ってませんから。むしろ運命だったと・・・」
女性はそこにいた。しかし、私の目にしか姿は映らない。
「いや、もう決めたことだから」
私は車をひた走らせた。

数時間後、とある街に来た。車から降りると、ドアを閉める。後部座席にいた女性は、車からすり抜けて、外に出てきた。
それじゃあ、行くか。
自然に囲まれたその場所は、ネットで調べた所だった。誰も通らない、いわゆる過疎街だ。辺りを見回しながら、足を進める。後ろから女性が言う。
「本当にやめて下さい。私はそんなの望んでません」
しかし、私はもう決めていた。あり得ないのだ、私が生きていくのは。
私は、この身をもって、罪を償う。
方法を考えていたらベストな選択が浮かんだ。高いビルから飛び降りる。人がいない場所だと迷惑も最小限に抑えられる。
目的のビルまで来ると、外階段を登った。10歩目くらいのところで、再び女性が話しかけてくる。
「やめて下さい、本当に・・・死ぬのだけは・・・」
私は振り返り、
「私が生きるのは許されない。人を殺しておいて、生きるなんてあり得ないんだ。私は死ぬ」
と言った。

Re: 花鳥風月 ( No.3 )
日時: 2023/05/15 15:46
名前: t (ID: QNWf2z13)

4
「あなたは何も悪くない。ぶつかったのもわざとじゃない。事故なんですよ。だから、あなたが死ぬ必要ないですから」
女性が後ろから言うが、私は無視し、そのまま階段を上った。
最上階まで来た。目の前に広がるのは、自然に囲まれた街並みだ。夕方、太陽はまだ空にある。陽光が自身を照らす。そして、下の方を見た。50メートルはあるだろうか。この高さから落ちれば、流石に死ぬ。
私は覚悟を決めた。
「待って下さい、やめて下さいーーー」
女性が声を荒らげるが、私は決心した。10秒後に飛ぼう。我ながら、真面目に生きたし、何ら悔いのない人生だった。
5秒後、
階段をかけ上がる音がした。
私は我に帰ると、誰かが来たのかと後ろを振り返ろうとした。
しかし、振り返る前に、私は誰かに背中を押された。
真っ逆さまに、ビルから転落した。
何が起きたのか分からなかったが、とっさに、「まあ、いいか」と思えた。結局、死ぬことに変わりはないのだから。
そのまま、落下した。


天井が視界に入る。見たことない、見覚えのない室内の天井だ。眠っていたのか?目を完全に開けると、辺りを見回した。私は今、どうやらベッドの上に横になっているようだ。そして、見る限りここは病院だ。それに気付くと、部屋に入ってきた看護師が私が目を開けているのに気付いた。
「目覚めましたね!今、主治医を呼んできます」

医師の話しによると、私はビルから突き落とされたらしい。一命をとりとめ、1ヶ月間も意識が戻らなかった。打った所が致命傷を避けていたらしく、奇跡的に助かった、と。
誰が突き落としたんですか、という疑問を投げようとした時、警察が数人病室に現れた。
数分間、警察は私に経緯を説明した。警察が言うには、私はお金目当ての通り魔にビルから突き落とされ、財布を奪われた。犯人は逃走したが、防犯カメラの映像などからすぐに逮捕された。
警察に「何故、あのビルへ行ったんですか?」と言われたが、私は、思い出せなかった。記憶がとんでいるようだった。私はどうして、行ったこともない、閑散としたあの場所へ自分の車で向かったのだろうか。

数ヶ月後、私はリハビリを終え、自宅に帰ることができた。後遺症もない。
鳥の鳴き声がする。今まで仕事に追われ興味を持ったことが無かったが、改めて聴くと、とても心地のいい音であると感じた。
明日から仕事復帰か、とベランダの窓を開けた。ゆるやかな風を受けながら、気力が次第に強くなるのを感じた。そして、1羽の小さな鳥が、私の右肩に止まった。
驚いてその鳥を見た。鳥は少し声を発すると、空へ飛び立っていった。


Page:1



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。