ダーク・ファンタジー小説
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- 鏡の国の君をさがして
- 日時: 2023/08/17 19:46
- 名前: ヨモツカミ (ID: n/98eUHM)
アリス、アリス。私にいい考えがあるの。
どうか、貴女を私に頂戴。そうしたら貴女に私をあげるから。
ねえ、素敵でしょう? きっと鏡の遊びももっと楽しくなると思うの。
それじゃあ、今から貴女は****。私はアリス。
少女達は、お庭で花を摘んで、お人形遊びをして、本を読んで、笑いあっていただけ。
二人でした秘密の約束も、ごっこ遊びも、鏡に映して空想した、物語の続き。
今日、女王様がお帰りになるそうだ。家臣も城も国もないけれど。この誓いは最高の悪夢の中で。命に変えても御守りしよう。
愛しき、アリスのため。
………………………………
そのうちリメイクするから、その時のためのプロットみたいなもんです。
- Re: 鏡の国の君をさがして ( No.1 )
- 日時: 2023/08/17 19:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: n/98eUHM)
長い、長い夢を見ていた気がする。もう思い出せはしないけれど。真昼の心地よい気温のうたた寝の中。母親の子守唄を聞きながら眠ったときの夢のように、穏やかな微睡み。
そこから現実に引き戻されたような感覚を覚えながら、少女はゆっくりと瞼を上げたのだ。
甲高い汽笛を聞いた。ガタンゴトン、と揺れを体に感じる。ああ、汽車の中だ。容易に想像がついた。向かい合わせの座席に腰を下ろした男と、窓の外を流れていく風景を見て、それがあまりにも彼女に馴染みの無いものだと気が付くと、完全に意識が覚醒した。
「えっ? ここは……?」
「目が覚めたんだねアリス」
アリス。自分の名前だ。だけど、彼女の名前を呼んだ、隣の座席に腰掛けていた、自分より少し年上の少女のことを、アリスは知らない。
釣り目がちの金色の目が特徴的な、落ち着いた感じの少女。猫っ毛の髪も相まって、なんだか猫みたいな印象。
そこまで不躾に観察していると、なんとなく見覚えがあるような気がしてきて、試しに脳裏に浮かんだ名前を口にしてみる。
「ダイナ?」
そう呼ばれると、彼女は満足そうに微笑んだ。
「うん、そう。おはよう。それからおかえり、アリス」
「おかえりなさい、アリス」
前の座席に腰掛けた帽子の男も、ダイナと同じように声をかけてきた。
「……ただいま」
アリスは、私、どこに帰ってきたんだろう、と考えながらも流れにならって返事をしてしまった。ここは家でもなければ故郷でもない。
窓の外をもう一度見る。チェス盤のように白と黒の連続した不思議な丘。それを過ぎれば、大きな赤い屋根のお城。庭には赤い薔薇の見事な庭園が広がっている。圧巻の景色を見送ったあとは森が続いた。木々の隙間に巨大なきのこの影が見えた。きのこの柄も、朱色に白い水玉模様なんて、まるで絵本の中で見たような現実味のない──とすれば、あんなに大きなきのこ、置物に決まっているわね。アリスは寡黙に納得する。
木々ときのこの隙間、金糸の髪が揺れていた。水色のエプロンドレス。その少女が振り返る。海色の青い瞳。汽車の速さでも、確かに目があった。ような気がした。
アリスは咄嗟に思った。あの子、知っている。誰。貴女は誰なの。
窓に張り付いて、過ぎ行く景色と少女を凝視する。待って。そう思ったところで汽車は止まらない。何処かへ向かって、アリスを乗せて進んでいくのみだ。
「どうしたの、アリス」
ダイナに声をかけられて振り向いた。
「知っている子がいた気がしたの。でもおかしいわ。私、ここに来るのは初めてなのに」
ダイナは小さく笑う。正面に座っていた帽子の男もつられたように笑った。男が口を開く。
「おかしなことを言うね、アリス。君はここに来たことがあるよ。向こうの生活が長くて忘れてしまったかな?」
「来たことが? 私、あんなチェス盤の丘も薔薇のお城もきのこの森も知らないわ!」
帽子の男は気の毒そうに笑うばかり。ダイナも困ったように微笑んでいた。
「ちょっとずつ思い出していけばいいよ。アリス。僕らの愛しいアリス」
ダイナはアリスの瞳をじっと見て、瞬きをした。
猫。そう、猫だ。猫が信頼する相手にだけやる仕草に似ている。つり目がちな金色の双眸に、細い猫毛。見れば見るほど、なんだか猫っぽいダイナ。
そのままダイナはアリスに顔を近付けてくる。何をされる。そう思ったが、ダイナはアリスの鼻先に自分の鼻先をツン、と当ててきただけだった。
猫だ。今のは猫の新愛の挨拶である。なんでこんなに猫っぽいことをしてくるのか。そんなことを考えると、不意にアリスの知るダイナが、元々猫だったのでは無いかという発想が湧いてくる。いや、だとすれば何故今のダイナは少女の姿をしているのか。
そんなことを思考しながらも、アリスは無意識にダイナの顎を撫でていた。ゴロゴロ。猫みたいに喉を鳴らして、何だかすべての疑問がどうでも良くなってくる。ダイナは猫だったが、今は人間の姿。まあ、そういうもんだろう。
「夢魔(ナイトメア)のくせに、猫に戻ったみたいだな、ダイナ」
帽子の男が、柔らかく目を細めながら言った。それが気に食わなかったのか、ダイナは牙をむき出しにして軽く唸り声を上げる。そう。空いた口から覗く歯並びが、どうにも獣っぽい。八重歯なんてレベルでなく鋭い牙を見て、アリスは強張った表情をした。
それに気付いた男は、ダイナの唇に人差し指を当ててシィ、と黙らせる。
「我らの大切なアリスが驚いているよ、ダイナ。せっかく人間の姿を型どっているのだから、今は少女らしい振る舞いで過ごしてはどうだ」
「うるさいな。ウィルは僕らにとって部外者なんだから、黙ってお行儀よく座ってなよ」
「部外者なんて。そんな冷たいことをお言いでないよ」
「あの」
アリスは二人のやり取りに言葉を挟んだ。二人の視線が集める。ちょっと居心地悪そうにしながら、アリスは続けた。
「沢山疑問があるから、何処から聞けばいいかもわからないんだけど……ええと、ダイナは何者? ウィル……さん? も、私とはどういう関係で? それにここは何処なの、どうして私はここにいるの。この汽車はどこを目指しているの」
「嗚呼、可哀想なアリス」
帽子の男は大袈裟に手振りをして言ってみせた。そうして、次はダイナが口を開く。
「アリスの疑問は最もだ。何も覚えていない、何も知らない君が、未来を案じるのは当然のことだよね。でもね、そんなに沢山質問するのは法律違反だよ」
「法律? 何処の?」
「さあ?」
ダイナも適当なことを言っているようには見えなかったが、発言に責任はない。アリスは少しだけムッとした。
「質問し過ぎが法律違反? ふざけたこと言わないで、私は目が覚めたらここにいたの。何もわからないの。それで私のことを知る二人がいたら、訊くでしょう。答えてくれたっていいと思うけど」
不満げなアリスの言葉に、帽子の男は呆れたように肩を落として言った。
「思考を放棄するのも法律違反だ、アリス。それに、何もわからない側として、その振る舞いは美しくないよ。法律以前にマナー違反だとは思わないかい」
「マナー……それは、そう、かも」
アリスはしおらしくなって、上目遣いに帽子の男を見た。
「じゃあ、教えて? 私、わからなくて不安になっちゃっただけなの」
「残念。ちょっとだけ自分で考えてみようか、アリス。私とて、愛おしいアリスに意地悪がしたい訳ではないのだが、考えてもらう必要もあるのだよ。すまないね」
再び、アリスはムッとした。
とは言え、実のところ、アリスはイケメンが大の好物であった。
帽子の男は、柔らかい表情を浮かべている。アリスはそれをじっと見つめた。まずは顔立ち。鼻筋は彫刻のようによく通り、まつ毛の長さ、薄い唇、整った男らしい眉、引き込まれそうな深緑の瞳は絵画のよう。左眼の下、頬の辺りに幾何学模様の文様が入っているのは不可解だが、とにかく顔面の整い方は、アリスの大好物である。更には座っている姿勢でもわかるくらいに脚がスラリと長く、スタイルが良い。長い指はグローブで覆われているものの、袖の隙間からチラリズムする手首の逞しさにときめかずにはいられなかった。
イケメンだから全部許す。アリスは脳内で独りごちるのだった。
- Re: 鏡の国の君をさがして ( No.2 )
- 日時: 2023/08/19 21:42
- 名前: ヨモツカミ (ID: rIp24gkO)
さて。自分で考えろと言われてしまっては仕方がない。アリスは辺りを見回して、立ち上がろうと──する前に、帽子のイケメンに訊ねる。
「ねえ、せめて自己紹介くらいは聞かせてくれてもいいんじゃないかしら。汽車の行き先もここが何処なのかも、ちょっとは考えてみるけど、貴方が誰かなのかは、このままだと『不審者』とか『誘拐犯』って事にしちゃうわよ」
アリスの発言に、帽子の男は唖然とした顔で固まってしまった。ダイナは二人の顔を見てクスクス笑っている。それをジト、とアリスは睨みつけた。
「ダイナ。あんただって私、よくわかってないからね。いきなり鼻キスしてきた変態女兼多分元・猫みたいな認識よ?」
「にゃ……」
次はダイナが固まる番だった。それを見て、帽子の男が吹き出す。
「ははは、流石は私達のアリスだ。でも確かに君の言うとおり、自己紹介くらいはしないといけないかもね」
彼は言いながら帽子を脱ぐと、薄く微笑んで会釈した。
「私は町外れのしがない帽子売。名をウィリアムと申します。ダイナのようにウィルと呼ぶ者もいますし、イカレ帽子屋(マッドハッター)と呼ぶ者もありますね。……とまあ、このくらいで宜しいでしょうか」
「おっけーです! よろしく、ウィル」
アリスは今度はダイナの方を見た。
「僕は教えないよ? アリスが思う僕を考えてみて?」
「私の思うダイナを……? それでいいの?」
「それがいいんだ」
じゃあ、とアリスは考え込む。
「ダイナは、猫みたいに感じる、けど、今は女の子の姿をしてる。さっきウィルが今は人間の姿を象ってるって言ってたし、ナイトメアがどうのって言ってたから……ダイナは人間じゃない。だからつまり、ナイトメアっていうもの? なのかしら。猫はいつかナイトメアになったり? とか。私の妄想はこんなものね」
「うん。じゃあきっとそうだ」
ダイナは曖昧な返事をする。
「なんでそんな適当な幹事なの」
ちょっと不満に感じて、アリスは口を尖らせる。ダイナは平然と答えた。
「僕は夢魔(ナイトメア)。君の夢だよ。だから君がそう思うならその通りになる。夢は誰もが思う通りであり、またその通りではない存在だ。だから僕に僕を断言することはできない。……って説明で、なんとなくわかってくれたかな」
わからん。首を傾げるアリスを見て、ダイナは困ったような笑みを浮かべた。
「わかってもわからなくてもいいよ、僕のアリス。僕は君の騎士(ナイト)であり、アリスは僕の女王(クイーン)である。その事実だけは揺るぎないから、それでいい」
「ナイト? クイーン?」
「そう。僕らは騎士とお姫様なんだ」
そう言いながら、ダイナはアリスの手をそっと取ると、指先に口づけをした。その行為の意図も意味も、アリスにはわからない。説明を求めるような視線を送っても、ダイナはなんだか幸せそうに見つめ返すだけだった。
- Re: 鏡の国の君をさがして ( No.3 )
- 日時: 2023/08/20 17:32
- 名前: ヨモツカミ (ID: 5ySyUGFj)
まあいいか。わからないことは考えても仕方がないから、とアリスは辺りに視線を配る。汽車は相変わらず何処か見知らぬ景色の中を走行中で、止まる気配は無い。誰か運転手がいるから汽車は走るものである。運転手に行き先を聞けば答えは出る。
じゃあ行こう、とアリスは立ち上がろうとして、脚に力が入らずに床を転がった。
「いったぁ!」
床に這いつくばって、やはり脚が全く動かないことを知る。立てない。そうだ。
私は歩けない?
アリスは床を見つめて、息を殺した。床を踏みしめる。力が入らない。歩けない。歩けないのだ。いつからだっけ。歩けないのは。
「アリス、大丈夫かい」
ダイナはアリスの体を抱き上げて、席に座らせた。それから、ウィルの隣を指差した。
「君の車椅子、そこにあるから。移動したいなら押してあげるよ」
車椅子。アリスはダイナの指先を見る。確かにそこに、車椅子が止めてあって、自分は歩けないのだから、車椅子を使うのは当然だ。でも、どうもしっくりこないような気がするのだ。
私は車椅子なんて使っていたっけ。
考えるだけ無駄のように感じる。何故なら、動かない脚と車椅子には必然性しかなくて、アリスの記憶の混濁の方が不自然なのだから。最初から、アリスの記憶には信憑性がない。今、汽車に乗っていることも、ダイナやウィルのことに対しても。
私の記憶がなんかおかしいんだ。
そう考えるしかない。
アリスは釈然としない顔をして、ダイナを見る。
「じゃああの、車椅子……頼んでもいいかしら」
ダイナはアリスを車椅子に座らせると、彼女の望む行き先に連れて行く。道中、話をした。
「君の脚はさ」
脚。と言われてアリスは自分の脚を見下ろす。
「ハートの女王に盗まれたんだ」
「ハートの……女王に?」
「そう。ハートの女王さ。君が歩けないのはそのせい。だからこれから向かうのは、君の脚を描いてくれる絵師の元」
「……車椅子。止めて?」
キュ、とタイヤが床に擦れる音がする。
アリスはぐるりと振り返って、後ろで車椅子を押すダイナを見た。見たというより、睨みつけた。
「行き先! 教えてくれるならさっき聞いたとき教えてくれる!? なんで今なの? さっき言えやー!!」
「ごめん。法律がちょっと」
「その法律ってのも意味分かんないし! あんた私のこと困らせて楽しんでるわけ?」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあなんなのよ! ふざけんのも大概にしなさいよぉ!!」
怒りにジタバタする。ダイナは困ったように笑うばかりで、アリスが納得の行く説明はしない。
「このバカ猫! 手間かけさせて! まあ、最初っから言わなかったことも、まともな説明しないことももういいわよ、あんた達ってそういう面倒くさい性格なんだろうから!」
「ごめんね、アリス」
「別に許さないからいい! で? 脚を描くって何? ハートの女王って? 脚を盗まれたから私は歩けないの? さっきからわかんないことだらけ!」
「ああ、それも答えられない。鏡の国の法律で、考え無しに質問した者に答えを与えることは禁止されてるんだよ」
「ムキーーッ! 面倒くさいわね!」
「アリス、汽車には疲れて寝ている人もいるんだから、騒いじゃ駄目。法律以前にマナー違反だよ」
グギギ、とアリスは唸り声をあげる。
- Re: 鏡の国の君をさがして ( No.4 )
- 日時: 2023/09/27 21:52
- 名前: ヨモツカミ (ID: JPHNpDb7)
鏡の国。それはアリスが居た元の世界とは別の異世界。その名のとおり、鏡の向こうに広がる国なのだ。
ただし、鏡写しで何もかもが正反対とか、鏡に写したもう一人の自分が住むというわけでなく、独自の文化、住民。御伽噺のような不思議な世界が広がっている。
例えばアリスが質問したことにまともに答えてもらえなかったことも文化の一つらしく、けしてアリスの神経を逆なでして嫌がらせをしたかったわけではない。質問者が何も考えないままに答えを言ってはならないという法律があるのだ。
ダイナの前でアリスは自分なりに思考をこねくり回し、考えなしではないことを証明し、ようやくある程度知りたい情報を得た。そこでアリスが受けたストレスは相当なものであったのはまた別の話。
「で。行き先も運転手に駄々こねて聞いたからわかった。涙の湖ってところでしょ。そこが何なのかとか、私の脚とどう関係があるとかはもういい。ついてから分かればいいもんね」
「お疲れ様、アリス」
「誰のせいで疲れたと思ってんのよ!」
上半身だけひねってアリスは手を伸ばす。そうして後ろで車椅子を押していたダイナの頬を抓ってやった。みょん、と嘘みたいに伸びて柔らかくて、痛みに顔をしかめるダイナ。
「なにふるんらい、アいス。方頬だけ伸びひゃうから両方引っはって」
「そういう問題?」
ダイナの頬をみょんみょんと抓ってじゃれ合っていると、席で待っていたはずのウィリアムが歩いてきた。思った通り、立ち上がるとスラリと足の長さがよくわかる。アリスは車椅子に座ったままの姿勢のため、余計ウィリアムが長身に見えた。
「ウィリアムさん、どうかしたの」
「愛しのアリス。もうすぐ目的地に着くから、降りる準備をしなければだよ。汽車の旅はまた今度」
はーいと返事をして、ダイナも同じように頷き、車椅子を押す。
「もう少し汽車の旅をしたら、バタ付きパン蝶を食べられたかもしれないのだけれどね」
「なあに、それ?」
ウィリアムの言葉に耳馴染みは無く、アリスは首を傾げた。
「羽はバター付きのパンのスライス、身体はパンの皮、頭は角砂糖でできた蝶。だよ。クリームの入った薄い紅茶を用意すると、それを飲みに汽車の窓から入ってくるのさ」
「何それ……」
説明を聞いてももっとわからない。アリスは首を捻る。角砂糖でできているなら、きっと甘いのだろう。でも、蝶なら結局虫である。パンなのか蝶なのか。虫だとしたらあまり食欲はそそらない。
考え込むアリスを他所に車椅子は進み、気がつけば汽車を降りて肺いっぱいに外の空気が染み渡った。
「森?」
駅を出たところ、広がるのは一面の木々に、芝生。涙の湖と聞いていたが、あるのは鬱蒼とした緑ばかりである。
「もうちょっと進んだところに湖があるよ。その辺りの小さな村に、テニエルは居る」
ダイナが車椅子を押しながら言った。テニエル、というのは絵師の名前だろう。
「道中、似たような景色しか続かないから退屈かもしれないけど、我慢してね、アリス」
優しく声をかけて、ダイナはアリスの髪を軽く撫でた。
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