ダーク・ファンタジー小説

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普通じゃないわたしが、普通の幸せを掴むまで。
日時: 2023/11/18 18:05
名前: 猫耳少女 (ID: UjpdDLCz)

 別に、愛されたかったわけじゃない。
 愛される努力もしてこなかったし、性格もいいとは思わない。「ヴィルヘルミーナ」なんて男みたいな名前も、男の中で育ってきた自分の粗雑さも好きじゃない。

 十七歳の夏に、正式な騎士になった。

 物心ついた時には騎士の養成学校にいた。貴族であれば誰でも無料で入れるからと、厄介払いするようにわたしを学校に放り込んだ親は、手続きを済ませた後、娘の顔もろくに見ず、「ときどき面会に来るから」と言ったきり、一度も会いに来なかった。

 家でもほとんど放置されていたし、新しい環境に馴染むのに必死で、大して悲しくもなかった。

 ———こんな薄情じゃなければ愛されていたのだろうか。

 そんなことを考えたのは、親の顔もぼんやりとしか思い出せなくなったぐらいの時だ。
 年下だろうが教官だろうが、「訓練」と言われれば容赦なく、木刀で相手を叩きのめすことに何の抵抗も覚えなくなったくらいの時だ。

 養成学校では、技術と引き換えに少しずつ女らしさ、人間らしさを忘れていった。

 最初に、人前で大声を上げて相手を罵り威嚇することを恥ずかしがらなくなった。
 次に、相手を素手で殴ること、木刀で叩くことに引け目を感じなくなった。
 最後には、自分より弱い者を虐げ、強い者には媚びを売って自分の立場を守るのが当然になった。

 だから不思議なんだ。
 「愛されない」ことがじゃなく。
 「愛される」っていう、普通のことがなぜ自分の身に起きるのか理解できない。

Re: 普通じゃないわたしが、普通の幸せを掴むまで。 ( No.1 )
日時: 2023/11/18 20:38
名前: 猫耳少女 (ID: UjpdDLCz)
プロフ: https://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=6430

             第一章 壱話「ダガーナイフの淑女」

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「待って、待ってください、私はそんなつもりでここに来たわけじゃ……!!」
 
 抗う少女の手首はかぼそい。
 それをがっしりと掴む男の拳から逃れる力もないのだろう。とらえられた腕が反抗できないようぐっと持ち上げられると、洒落たフレアスリーブが滑り落ち、白い二の腕が露わになった。

「嫌、やめて!!」

 欲望を満たす凶暴な快感を秘めて、男の狐のような金の瞳が愉悦にゆがむ。
 
 月も出ない夜の闇が、二人の姿をねっとりと包み隠して、薔薇園という名に相応しい優美な花と茨の壁に遮られれば、少女が声を振り絞ったところで気付く者は誰もいないのだろう。

「なんてことはありませんよ……お嬢さん。あなたはこの麻袋に詰められて、なに、半月ほど航海をするだけです。海の向こうの大陸で、せいぜい旦那方が可愛がってくれるでしょうよ、おれがほんの少しばかり味見をしたって、差しさわりないでしょう?」

 足元の袋を軽く蹴る。
 麻というには分厚い生地だ。人間一人はまるまる入りそうな大きさである。少女が怯えたように身を竦めると、男の背後で黙々と煙草をふかしている連れらしき相手が小さく舌打ちした。

「貴族の女は上玉なんだ。傷はつけるなよ」

 傷……小さな擦り傷さえ作らぬように、大切に大切に育てられる貴族令嬢にとって、それほど野蛮に聞こえる言葉はなかった。

 少女は大きく見開いた目から涙を零す。
 悲鳴をあげても誰にも聞こえないことはわかっていた。

「さあ、お楽しみの時間といこうか」

 空いている男の腕が少女の襟にかかる。
 引き裂かれる!! 彼女はまぶたを引き摺り下ろし、衝撃に堪えようと歯を食い縛ったーーー

「ーーーお楽しみのところ、悪いが」

 ガガガッ!!!!
 それは音というよりも鈍い衝撃。
 踏み固められた芝生が、紙粘土のようにえぐれ、土塊が火花さながら撒き散らされる……それを男が認識した次の瞬間、悲鳴と呻きが混じったような叫びが後ろから耳をつんざく。

 首をねじれば視界に連れが……いや、連れだったものが入った。地面に頭を庇うようにしてうずくまる左肩からはダガーナイフの柄が二本生え、奇妙に変形したその片足の上には、

「ヒッ……!!、あ、悪魔……」

 尖ったピンヒールひとつでしなやかな体の平衡を保ち、闇の中で溶けた黄金のような髪を夜風に靡かせる、ドレス姿の淑女が立っていた。

 男が次の一言を発する前に、淑女は跳躍してその胸板に片足を乗せ、信じられない力で男を地面に押し倒す。再び衝撃が頭蓋に伝わったかと思うと、淑女の手が喉を首輪のごとく押さえつけていた。

「女性に対して”悪魔”とはひどく失礼だと思わないか」

 穏やかな声は場違いなほど静かだった。

Re: 普通じゃないわたしが、普通の幸せを掴むまで。 ( No.2 )
日時: 2023/11/19 10:00
名前: 猫耳少女 (ID: 9ffIlNB/)
プロフ: https://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode

             第一章 壱話②「ダガーナイフの淑女」

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「女性に対して”悪魔”とはひどく失礼だと思わないか」

 女性にしては低めの、やわらかな声である。
 自分の喉元を猪のように圧迫するその手と、彼女の顔を見比べながら、男は謝罪しようと口を開閉したが、恐怖のせいか声帯を押さえられているせいか、言葉はひとつも出てこなかった。

「わたしにも名前があるんだ……ヴィルヘルミーナ・オライリーという名が」

 薄く笑ったその面差しは人形のように美しい。
 長い睫毛に縁取られた翠色の瞳はエメラルドを思わせ、高く整った鼻梁、花弁のような唇ーーー。男は人身売買に関わってきた長年の勘で、これまで取り扱ってきたどの商品よりも高値がつくだろうことを察した。

 だが、今はその鮮烈な美貌がかえって恐ろしさを煽った。

「カスパー・ヘルムース。あんたの名前だな?」

 がくがくと頷くたびに、男の顎骨が女性の手に食い込む。

「長い間、国境騎士団の手を煩わせてくれてどうもありがとう。おかげでわたしのような”影”までが駆り出されることになるとは思わなかった、”黄金のゴールデンホーク”の第一旅団長さん」

 黄金の鷹ーーー男が所属する人身売買組織の名だ。

 四か国に支部を持ち、騎士団や自警団の目を潜り抜けて、これまで王族から奴隷の子まで取引した人数は数万人に及ぶとも言われているが、それぞれの活動を別の団体のものであるように見せかけているがゆえに、その存在さえ知る者は少ない。

「なんでそれが、おまえに……!?」

 驚きのあまり引きつるような声が男の喉を零れた。

「本気で露見しないと思っていたのならあんたは馬鹿だな」

 嘲りつつも、エメラルドの瞳には一切の隙が無い。
 男、ヘルムースの胸を踏みつける足も首をとらえた腕も、鋼のように揺らがない。

「取引された子供や買い取った旦那の中に、”影”が紛れ込んでいなかったとでも?そんなことをしなくても、数人絞めればすぐに吐いただろうが……」

「ーーー人身売買を、禁止する法律はない、そう、だろ?」

「許可されているのは、『本人の承諾或いは保護者の承諾を得た場合』で、『労働基準法を満たしている合法的な職業に従事する場合』かつ、『国外との取引は禁止』だ」

 もはや逃げ道はない。

 そう悟ったヘルムースの怯えた目に突然、熱が宿った。
 訝しみをこめて眉をひそめたヴィルヘルミーナは一瞬後、男の喉から手を離す。

「なっ……」
 
「今だ!!!!!!」

 ヘルムースは勝ち誇った叫びを放つ。

 黒絵具で塗りこめたような夜の空間を、凄まじい勢いで銀色の鏃が切り裂く。
 
 分厚いコルクボードに穴が開いたような衝撃音。

 赤黒い液体が、勢いよく芝生を残酷な斑模様まだらもように染め上げた。

Re: 普通じゃないわたしが、普通の幸せを掴むまで。 ( No.3 )
日時: 2023/11/19 18:10
名前: 猫耳少女 (ID: 9ffIlNB/)
プロフ: https://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode

             第一章 壱話③「ダガーナイフの淑女」

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 ーーータタタッ、と軽やかな足取りで芝生に飛び降りたのは、十五、六歳ばかりの青年だった。

 薔薇園に隠れる場所などなさそうなものだが、どこに身を潜めていたのか天狗のような身軽さだ。
 片手には短弓を携え、矢筒を背負っている。上背があるものの筋肉質ではなく、手足がひょろりと長いのが目立つ。

「ん」

 弓を持っていない方の手にぶら下げていたのは、ぐったりと力のない少年だった。
 青年より少し幼さの残る顔立ちからして、まだ子供といっても差支えないほどの年齢なのだろう。同じように矢筒を背負っているが、その手に弓矢はない。

「殺したのか?」

「吹き矢で眠らせただけ。そっちこそったの?」

 青年は顎をしゃくり倒れている男二人を示す。
 麻袋を抱え込むようにして地面にめり込んでいるのは、少女を売ろうとしていた連中だった。

「いや、気絶させただけだ。腰を射られただけだからヘルムースも息はあるな」
 
 ヴィルヘルミーナが落ち着いて答える。

「痺れ薬を仕込んであるから、しばらく寝ていると思うよ。それにしても、弓兵まで潜んでいるとは思わなかった」

「ああ、クルトがいてくれて助かった。この弓兵を吹き矢で撃って軌道を逸らさせたのか?」

「いや、そもそもヘルムースが合図したとき、この子は気を失った後だよ」

「はぁ!?あんたがわたしに向けて射たとでも?」

「ミミが飛び出したぐらいの時に、垣根の上のちょうど見えないぎりぎり、ぐらいの所でこの子が動いたんだ。だからまず吹き矢で撃って、それから俺がそっちに回って偽装した。ミミたちに向けて射たのは、女の子がすごく怯えてたから」

 ごらんよ、完全に忘れてただろ、とクルトが親指で示した先に視線をやると、ヴィルヘルミーナは思わず頬を赤くした。

「あ、あの、ごめんなさい、助けていただいてありがとうございます……」

 消え入りそうな声音で礼を述べたのは、栗色の綺麗な卷毛がとりわけ印象的な、うら若い令嬢だった。乱闘の間、ずっと薔薇の垣根に身を潜めていたらしい。逃げ出すこともできただろうに、その場に留まっていたのは、礼を言いたかったからなのか、恐怖で動けなかったからなのか。

「ーーーいえ。申し訳ありません、ちょっと白熱してしまって」

「そもそも戦闘で白熱するほうがおかしいんだよ。いつもミミは戦い始めると本来の目的を忘れちゃうんだから、まあそこが可愛いっていうマスターの意見もわかrr」

「うるさいクルトお前は黙れ」

 賑やかにさえずるクルトの声をばっさりと切り捨ててから、ヴィルヘルミーナは優雅にスカートの裾を指先でつまみ、淑やかなカーテシーを披露する。

「ヴィルヘルミーナ・フォン・オライリー、爵位は騎士爵ナイトです。ユディット・フォン・エッカーマン伯爵令嬢でいらっしゃいますね?」

「はっ、はい。騎士様だったんですね!!」

 憧れに満ちた瞳を輝かせた令嬢……ユディットの視線をしっかりと受け止め、ヴィルヘルミーナは安心させるように頷く。

「ええ、エッカーマン嬢のお身柄は必ずご両親の元へお返ししますので、ご安心ください。その前に騎士団でしばし事情聴取に協力していただくことになりますが……」

「ミミ、身柄って人攫いをした盗賊みたいだよ」

「クルト、うるさい!!!」

 堪忍袋の緒が切れた、とばかりにヴィルヘルミーナが怒鳴ればクルトは大して反省もしていなさそうな顔で首を竦めた。

「……ともかく、わたしたちは正規の騎士団ではなくあくまで”影”、その存在が多くの人に知られることは我々の望みではありません。事務所にひとまずご案内しますから、そちらで少しお話をしましょう」

 ”影”。それは、皇国を裏側から支える、巨大な組織。
 彼らは誰にも知られず、どんな書物にも載っていない。
 しかし、歴史の立役者として常に暗躍し続けてきた。
 『一投必殺』のダガーナイフの淑女、ヴィルヘルミーナもまた、そのひとりだった。

Re: 普通じゃないわたしが、普通の幸せを掴むまで。 ( No.4 )
日時: 2023/11/19 18:13
名前: 猫耳少女 (ID: 9ffIlNB/)
プロフ: https://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode

              第一章 弐話「影は月の光に溶ける」

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 象が巨体を揺らして唸りを上げるような、腹に響く汽笛をとどろかせ、十隻近い商船団がゆっくりと港にすべり込んだ。

 船乗りたちと港の係員たちが、威勢の良いかけ声を掛け合いながら荷物を積み下ろしていく。

 桟橋の周りは、長い航海から帰ってきた夫や息子たちを待つ、船乗りの家族で賑わっている。

 漁港でもあるが、大きな貿易港でもあるこのグロリオーサ港では、数か月に一度、大陸を越えて取引をする大きな商団が帰港する。今日、ヴァイセンブルク暦で青葉月二十日は、ちょうどその日だった。久し振りに顔を合わせる家族が互いに喜び合うようすはとても微笑ましいが、もう一つ大きな出来事が、この港町で起こったばかりである。

 ーーー四半世紀にわたって悪事を働き続けてきた、人身売買組織「黄金の鷹」の一味がようやく突き止められ、騎士団による突入が行われたのだ。

 そして、数百人もの被害者を救出し、組織構成員はもちろんのこと複数の旅団長などのトップクラスの人間の捕縛に成功するという、輝かしい成果を上げた。



 一方、港から少し離れた岬に立つ、古びた灯台では。


「そろそろ、かねぇ」
 
 灯台の展望デッキの上、手摺に肘をついて、そう呟いたのは二十代半ばの長身の男だ。

 うなじで束ねた艶やかな黒髪は腰あたりまで届くほど長く、紫水晶のような眼差しはぞくりとするほど色っぽい。そうと言われなければどこぞの男娼と見紛いそうな佇まいだが、見る者が見れば、この男がどれほどの手練れかは一目でわかるだろう。

 指先まで整えられたその手には剣胼胝の痕があり、ゆるりとした格好のせいでわかりづらいものの肩幅もある。さらには、居眠りでもしそうなのんびりした気配にもかかわらず、どこにも剣を打ち込む隙が無いのだ。

「ええ」

 淡々と答えたのは、視線を外へやろうともせず優雅に紅茶を含んでいるヴィルヘルミーナだった。
 薔薇園の件では悪目立ちせず雰囲気に溶け込むロングドレス姿だったが、今は動きやすそうな乗馬服に身を包んでいる。

「エッカーマン嬢を助けた甲斐があったというものです。何しろ騎士団ときたら……”掃除”ひとつできないんですからね」

 意味深な言葉だが、男は何を考えているか読めない表情のままである。

「もうじきに、クルトが騎士団の詰所に着くころかな」

 その瞬間だった。

 固定されているはずの展望台のデッキが大きく揺れる。

 ーーー地面を引き剥がしたかのような轟音が、『海から』轟いた。


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