ダーク・ファンタジー小説
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- この地獄絵図が完成するまで
- 日時: 2024/12/31 17:55
- 名前: 兎里 (ID: Q8dIWKcE)
なぜ人間は、死んだこともないのに死を恐れるのだろう。
天国にも地獄にも行ったことがないのに、どうして“それ”があると決めつけるのだろう。
それは、誰も“死”を知らないからだ。
____一体、この世のどんなものを対価の天秤に掛ければ、“死”の後の世界を知ることができる?
- Re: この地獄絵図が完成するまで ( No.1 )
- 日時: 2025/01/01 15:22
- 名前: 兎里 (ID: Q8dIWKcE)
朝起きると、枕についている抜け毛が増えていたり、顔がむくんでいたり。
そんな小さなショックを受けながら人間の一日は始まる。
朝には太陽がのぼって、夕方には沈んで、夜には月が顔を出す。
毎日が誰かの誕生日で、毎日が誰かの命日だ。
世界で一日たりとも、誰かが生まれていない日はないし、誰かが死んでいない日もない。
そんなことわかりきっているはずなのに、なぜかこの世界には誰もいないと感じてしまう、俺のこの感情はなんなんだろう。
俺はニートだ。
すべてを汚い社会のせいにして、働きもせず、社会の役にも立たず。
ゲームのプレイ時間だけが日に日に増えていくだけの生活。
「そんな生活つまらないだろう」と言って真面目に社会に貢献するやつはたまにいたりいなかったりする。
けど、俺はそっちの人生の方がつまらないと思う。
世間のニートは、「本当は社会に出たかった」、「働きたいけどもう手遅れだ」だのなんだの言っているやつもいるらしい。
同じ人種でも思っていることは違うもんだな、とつくづく思う。
俺はたまに物思いにふけったりする日もあったりするけど、この生活は気に入っていないこともない。
なぜって?
そんなの決まってるじゃないか。
自分は疲れずに親の働きで飯を食う。
一度やり始めたらたまらないもんだよ、ほんとに。
俺は雪兎九十九。
親のスネかじり歴5年。
でもまぁ俺はまだマシな方だ。
だって世の中には死ぬまで親のスネをかじっているやつもいるんだ。
俺なんてそんな中で見たらまだまだ甘いってもんだろ。
- Re: この地獄絵図が完成するまで ( No.2 )
- 日時: 2025/01/01 15:21
- 名前: 兎里 (ID: Q8dIWKcE)
窓から夕日が差し込み、ゴミだらけの部屋をぼんやりと照らす。
部屋の中央に置いてある机には、エナドリと酒の空き缶の山。
すみっこにはゴミ袋が積み重なっており、そのまわりにはゴキブリらしき物体が三匹 蠢いている。
もうそんな状態が一年以上。
ニート暮らし初っ端は、俺自身も、部屋も、そんなに腐っていなかったはずなのに。
カップ麺の残骸とコーヒーで汚れた布団さえ、なんだかこちらをじっと見つめているかのようで気味が悪い。
ここは一応実家だ。
といっても、両親はだいたい海外出張なのでこの家は俺が独占しているに過ぎない。
五年前からこの部屋を使っているが、この状態を両親に一度も見られたことはない。
両親が家にいる時間はかなり少ないし、ペットも防犯カメラも設置されていないので、俺の生活は俺だけのものだ。
〈ごごごじをまわりました。よいこのみんなはおうちにかえりましょう〉
外からは毎日聞いている町内会の放送が流れている。
この町内放送を聞くと、嫌でも一日を無駄にした感じがして胸糞悪い。
でも、正直この放送には助かっている。
俺が晩餐を買いに行く時間のアラームとして使っているからだ。
深夜帯に目がギンギンの状態でコンビニに行ってしまうと、「あ、ニートなんだな」と思われてしまう可能性が高すぎる。
田舎であるここはコンビニも少ないし、店員と住民の親交も深い。
俺がニートだとバレてしまうと、エリートの両親が知らぬ間にあらぬウワサをたてられてしまうか分からんからな。
かといって、この中学時代のビロンビロンジャージでコンビニに行くわけにもいかない。
だから、まだきれいな状態を保っている高校時代のジャージに着替えて行くのが俺の日課だ。
顔面的にも、まだ老けた高校生を保つことができているはず。
誰とも会うことはないけど、スキンケアはちゃんと毎日やっているからな。
俺は手早く高校時代のジャージに着替えると、静まり返ったリビングを通って家を出る。
ちょうど夕日が沈む頃だ。
西の空は真っ赤燃えながら、東の闇に蝕まれていく。
200mほど歩くと、青い背景に白い牛乳瓶の看板が見えてきた。
俺はそこに入ると、エナドリとストゼロを三本、スナック菓子とカップ麺を二つずつと週刊誌とタバコを買った。
空はいつの間にか真っ暗になっていて、一等星らしき星がキラキラと輝いている。
レジの横にある肉まんがこっちをじっと見つめていたが、もう予算も残り少ないのでなんとか我慢した。
______俺は、一体いつになったらこの生活を抜け出せるのだろう。
- Re: この地獄絵図が完成するまで ( No.3 )
- 日時: 2025/01/03 15:19
- 名前: 兎里 (ID: Q8dIWKcE)
俺はこの生活を気に入っている。
でも、この生活を抜け出したいとも思っている。
夜の空は暗く、月が雲に隠れて見えないので、道路沿いにある街頭を頼りに歩いて家路を急ぐ。
普通に働いて、普通に友だちがいて、普通に暮らしたい。
もう一度言うが、俺はこの生活を気に入っている。
だが、普通に好きなことで働いて、普通に高校時代の友だちがいて、普通に嫁と子どもがいて。
そんな生活も送ってみたいとは思う。
こんな落ちこぼれクソニートには、多分一生かかってもかなえられない夢なんだ。
だから、俺はこの生活を気に入っている。
フリをしている。
そうでもしないと、この脆い心がすぐに崩れてしまいそうだから。
「ねぇ、キミ」
月が雲からはみ出した。
あたりは少しずつ明るくなって、地面ははっきりと見えるようになる。
目の前に立ちはだかっているのは、小さな黒い猫だった。
猫はじっとこっちを見つめて、チリンと首元の小さな鈴を鳴らす。
「毎日が誰かの誕生日で、毎日が誰かの命日だ」
「……は?」
そんな当たり前のこと、俺に言ってどうするんだ。
あたりが少しずつ暗くなった。
再び雲に隠れた月は、地上での明るさを失い、雲の上で光っている。
「だから、今日はキミの命日なんだ」
その言葉と共に、俺の目に映るものすべてが真っ黒に塗りつぶされていった。
歪んでいく視界の中で、最後に見えたものは、暗闇に飲み込まれそうなほどかすかに火のついたロウソクだった。
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