ダーク・ファンタジー小説

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心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編
日時: 2025/05/26 17:56
名前: 紅月麻実 (ID: OcJJl0ek)

これは──心を失った少女にまつわる 数多のデスゲームを描いた物語──
        〜年明けのニューイヤーゲーム編〜

序章
 時は令和十二年の年明け前。ある会場では、
 『死へのカウントダウン』が進んでいた………。

 東京 渋谷にある大型ショッピングモールの敷地内で、屋内外を使った大規模な大晦日の年明けイベントが開催されていた。会場はものすごく賑わっている。売店なども立ち並び、屋外に設置されたカウントダウンのモニターは赤く、きれいに輝いていた。
「お母さん! あっちの屋台のやつ食べたい!」
「ダメよ、今雨が降ってるんだから、傘持ちながらじゃ食べづらいでしょ?」
「え〜、じゃぁ、あの売ってるやつもらったら屋内に戻ろ! それならいいでしょ?」
「はぁ……全く仕方ないわね、買ったらすぐ戻るからね? 年明けイベントももうすぐ始まるし」
「やったぁ!」
親子は小走りで売店の方へ向かっていった。
 生憎の天気で雨に濡れたイベントスペースは水たまりを作り、外と屋内を行き来する参加者たちは、屋内の床をキュッキュと音を立てるがそれでも賑わっていた──このイベントが、どんなものかも知らずに。
「お集まりの皆様! 今年も残るところあと数分。年が明けましたら私共が考えた『ゲーム』で忘れられない始まりを迎えましょう!!」
名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、喋る狼の着ぐるみ。
 ではなくて、本物のニホンオオカミだった。だが、会場の誰もその事実に気が付かない。いや、ごく一部の人間は知っているが、言ったところで信用されるはずがない。
 他の参加者たちは「すっげぇリアル!」「中の人大変そう…」など呑気なことを言っているが、それも仕方がないだろう。そもそも動物が喋るという概念がない。しかし、正体を知っている一部の人間はもどかしくてたまらない。なんせ、今から行われようとしているゲームは『デスゲーム』であるということを知っているのだから……。
 そんな中、会場から逃げ出そうとする人影が2つ。
「くそっ、ゲートが閉まってやがるっ!あんのクッソ狼ぃぃ……」
「うっ…すん……」
一人は保護者らしきさっぱりとしたオレンジ髪の青年。もう一人はただ泣き続ける青いコートを羽織った12歳程度の少女。履いているズボンはダメージジーンズなのかどうかわからないほど破けており、血液と思しきものが付着していた。紫色の髪の毛はところどころザクっと切られたようなストレートロングだった。
 彼らもまた 例のデスゲームに巻き込まれた経験のある数少ない優勝者だ。
 青年はくたびれたシャツを整えながら、どうするかを試行錯誤する。
 少女は目を赤くして、小さな嗚咽をひっそりと繰り返していた。青年の服の端をぎゅっと掴んで離さない。引っ張られるのに気づいた青年は、優しげな顔で少女の頭を撫でた。
 その手のぬくもりを感じ取り、少女はひっしと青年に抱きついた。
 __少女の名前は紅月 雅。早い話が この物語の主人公である。

第二章 まずは見せしめから
 蘭はクソッと言いながらゲートのそばを離れる。このままではまたあのゲームに参加させられることになる。もはやそれはどうしようもないのだと、狼がカウントダウンを始める。
 10 9 8 7 6……
 会場にいる何も知らない参加者たちはワクワクした様子で雨によってなお煌々と輝くモニターの表示を見ている。どんなゲームが始まるんだろうと。
 会場にいる、何もかもを知っている者達は口々に言う。「最悪だ」と。
 数字が減っていく。どうしようもない諦めと、これから起こるゲームへの絶望。………、カウントなどできもしない。
 喉をゴクリと鳴らす。恐ろしくてたまらない。
 ゲームを楽しみにしている者たちとの空気のズレは、なんとも形容しがたいものだった。カウントが進むにつれて、ざわめきは静まっていく。反比例してカウントをする声は大きくなる。
 3!
 知っている者たちの顔面が恐怖に染まる。手を合わせ、祈りを捧げる。
 2!
 知らぬ者たちの顔面が高揚感に染まる。今か今かとスマホを携え──。
 1!
 オオカミが、不気味な笑みを浮かべる。
 0!
 ────その一瞬、静寂が、会場を支配した。
 オオカミは、いかにも楽しそうに、高々に言い放った。
 「ハッピーニューイヤー! は〜い、それではこれよりデスゲームを開催したいと思います〜! ルール説明はじめま〜」
オオカミが言いかけると、どこかから罵声が飛んできた。
「おい! ちょっとまってくれよ、デスゲームってなんだよ!! せっかくの年明けなのにふざけんなよ!!!」
オオカミはふざけた口調で言い返す。
「おやおや〜? 私、言いましたよね?『忘れられない年明けを迎えましょう』と。忘れられないでしょう?? デスゲームなんてやったら」
異議申し立てをした参加者は顔を真赤にし、怒りに身を任せてステージに乗り上がった。それもそうだ。こんなふざけたやつには、拳一発でもぶちこまなければ気がすまないだろう。彼は渾身の一撃をオオカミに食らわせ──
「ふ ざ け る なぁぁぁぁぁ!!!」
   
パリィィィィィ……ン

その拳が、狼にあたった途端砕け散った。
「ぇ…? 何、何が起こったの……?」
「き、きえた…? 何が起こったんだ……?」
参加者たちは動揺する。しかし、狼はお構いもなくルール説明を始めるのだった……。
 ザーザー、と、静かに雨は降りしきっていた──。

第三章 ルール説明と役職について
狼のルール説明によるとこうだ。

 ・狼に触れられると、人知を超えたなにかによってガラスが割れるような音と共に消えてしまう。
 ・制限時間は十時間。
 ・制限時間まで生き残り続ければ優勝となる。
 ・脱落=死 ゲームが終わろうが、還ってくることはない。
 ・役職については、スマホに入れられたアプリから確認ができる。
 ・役職には固有のスキルがついてるものがあり、回数制限がついていなければ何回でも使用可能。また、常時発動しているものは解除不可となる。
 ・『イベント』というものが行われているときは狼は行動しない。
といったところだ。
 説明し終えたところで狼は陽気に声を上げる。どこかふざけた、こちらを見下すような目で。
「はいっ! なんか質問ある人いる〜?」
すると、真っ暗な会場の中で、可愛らしいワンピースを濡らしながら、ある女性が手を挙げた。陽気で、無害そうな彼女は、次の瞬間、こんな恐ろしいことを質問する。
「は〜い! 参加者同士で殺し合いはできますか?」
すると、オオカミはなんだか嬉しそうに答える。まぁ、そうだろう。ニンゲンを殺すことが大まかな目的なのだから。
「もちろん可能ですっ! これを機に、憎いやつをバンバン殺しちゃってください!!」
 質問によりスポットライトが当てられたその女性は、見るものをハッとさせるような美貌の持ち主だった。濡れたワンピースが淡く光り、ポツッと雫を落とす。アイドルでもやっていそうな可愛らしさがあった。
 だが、内容があまりにも恐ろしい。そのやり取りを見ていた他の参加者たちというと、傘を手にヒソヒソと小声で感想を言い合う。
「うっわぁ、あの人めっちゃやばいこと聞いてる……」
「マジカヨ、こえぇぇぇ……」
質問をした女性はかわいい顔で、あざとい仕草を交えながら、ナイフのような鋭い気配を振りまく。参加者たちは無害そうな彼女を本気でやばいと感じ、その顔を写真で撮り、耳を澄まし、距離を取る。これから行われるゲームで、絶対に出会わないよう対策を練るのだった。
 彼女はこれまで何度もこのゲームに参加している、いわゆる常連だ。細かいルールは毎回違うのでこうして質問をしている。
 ただし、これは自分の身を守るためでは決してない。
 彼女は、これまでいくつものゲームでさんざん人を殺してきた、
 
        ___害悪と呼ばれる存在だからだ___

彼女の正体を知るものは、かつてゲームに参加し、生き残った者たちのみ────。

第四章 害悪

 害悪とは、本来助け合うような場面なのに、相手の邪魔をしたり殺し合ったりするはた迷惑な奴らのことをいう。
 あるいは──

 「参加者いないかな〜」
ある近未来的な、それでいてどこか寂しげに光る街頭を背に、高校生ぐらいの女性が歩いていた。
 彼女の役職は『人狼』。人狼とは同じ役職以外の参加者を皆殺しにするとゲームを終了させることができ、残った人狼全員が優勝するという役職。そのため、彼女はさっさとゲームを終わらせるがために、人間を探して歩いている。その目は、はっきり言って死んだ魚の目のようだった。
 LED式の街頭は雨の中ぼんやりと輝き、それに照らさせた雨粒は、どこか儚げに揺らめいていた。それに照らされたものは、雨粒だけではないのだが。
 人影がぼんやりと映し出された。…………早速獲物を見つけた。と、彼女は猫のように素早く斬りかかる。
「……いたいた。グサッとね」
女性はいきなり手を伸ばし喉を突き刺した。刺された男はあふれる血に動揺していた。痛みすら感じないのか顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。『ヒュゥッ』ときれいな喉笛が静かに鳴り響いた。降りしきる雨に、赤黒い血の色が混ざる。
 その手に持っている鋏は、鈍くどんよりとした光を放っていた。
「これでようやく一人か〜、先が長いな〜」
無意識に鋏についた血を払う。彼女は、心底ダルそうに雨と混じり合ったその『水たまり』をびしゃっと踏みつけた。
「……人狼だ。間違いない。殺るぞ」
──人狼が、悪役ならば。
「いくぞ!! 人狼を逃がすな!!」
 かならず──。
「まずっ! 『狩人』!?」
──狩る者がいるのだ。
 『狩人』。人狼の役職を持つものをすべて殺し尽くすことでゲームを終了でき残った参加者全員が優勝となる。
 客観的に見れば、狩人の方を応援したくなるだろう。だが

人を殺している事実に変わりはない───

ところで、雨は静かに降りしきっていた。もうじき切れそうな街頭は、なおもぼんやりと、『被害者』を照らし出していた。

第五章 ゲームの危険性
 ゲーム開始から三分ほどがたったあと……
「はぁ……デスゲームなんて、誰が考えたのよ……」
湿った店内を歩き詰めながらかすかな血の匂いを嗅ぎ取って、ため息をつく少女が一人。
 彼女の名前は夜里 美空。中学二年生。彼女は小説を読むのが趣味で、デスゲームを題材としたものも読んだことがあるが、まさかほんとに実在しているなんて……。
「はぁ……」
彼女はもう一度ため息をつくと、目の前にあるものを凝視した。
「ぇ……………?」
目の前にあったのは、
 ───血まみれの日本刀───
「え、は? 待って待ってちょっと待って何? 何これ? 血? 血だよねこれ!? え、ぇ、ど、どどどうしよう、ひ、拾う?? 待って待ってどうし──」
あまりの衝撃に美空は混乱する。
 拾う、という選択肢が出てきたのは最悪のときに自分の身を守れるかもしれない、と踏んだからだ。だが、こんな血まみれの刀など持ちたくもない。しかし、どうしても血なまぐさい。
「え〜と。ま、まずは落ち着こう。深呼吸深呼吸……ぅ゙っ」
深呼吸しようとして、失敗した。それもそうだろう。血の匂いを嗅いでいるのだから。思わず顔をしかめる。むせ返るような血の香りについ吐きそうになりながらも必死で頭を回す。
「うぅ……まずった……。まぁ、いいや。気持ちの整理ついたし。えと、まずはこの血を拭こうかな、うん。こんなことになるなら武器は必要だし、血が付いてるのは嫌だし、ダイジョブダイジョブ、私がやったわけじゃないし」
……と美空は無理やり自分を正当化し、震える手を抑えながら持ってきていたハンカチで刀身についている血を拭う。もちろん使ったハンカチはその場に捨てる。気持ち悪い。
いつか誰かが通りがかったときに、なにか勘違いされるかもしれないが気にしない。
「……よし、ある程度拭えたかな……。あぁ、デスゲームってこっわ」
そうして、身を震わせながらしばらく歩いていると、思わず足を止めてしまった。なぜなら──
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 どこか遠くで、まだ幼い、子どもの悲鳴が響いていたからだった……。

Re: 心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編 ( No.1 )
日時: 2025/05/27 08:56
名前: 紅月麻実 (ID: OcJJl0ek)

第六章 人狼との衝突
 突然、男の子の悲鳴が聞こえてきた。距離はそう遠くもなさそうだ。どうやら屋外にいるらしい。こんな雨が降っているのに、と思ったらザーザーと降っていた雨はいくばかりかましになっていた。
 悲鳴を聞いた美空は、すぐさま助けなければ、と思った。一応、先ほど拾った刀もある。最悪の事態は避けられるかもしれないと思ったのだ。
「え!? 何、悲鳴!?? た、助けに行かなくっちゃ!!」
 しかし、そこで見たものは。

シュッ、グシッ グシュッ

 「え…………?」
そこで行われていたものは。
「〜〜〜!!!」
決して。
「ん〜? なんて言ってるのか聞こえないよ〜?」
刀程度でどうにかなるものではなかった。
 大学生ほどと思われる女性が一人 血まみれの刃物を持って佇んでいた。美空は、立ち位置的に何をしているのかがよく見えなかったため、怯えながらも話しかけた。
「え、え、え な、何してるんですか……?」
悲鳴を聞いて駆けつけた。何をしていたかなど想像がつく。声が上ずり、ついどもってしまう。
「ん? あ〜!見てたんだ〜、んじゃ、ついでに、」
だが声をかけた途端、笑顔で。
「君の命。もらってくね?」
気づいたときには、もう目の前で。
 (殺される…………!!)
美空は必死で目を閉じる。瞼の裏で影が動く。
 (こわい 怖い コワイ 恐い !!)
「死にたくない!!」
気がついたら声が外に飛び出していた。
 そんなとき、美空に駆け寄る影が2つ。片方は、ありったけの火をまとって突進をした。
「死にたくないなら死にものぐるいで抗えよバカタレエエェェ!!! <フレイム>!」
突然、瞼の裏が赤く焼けた。恐る恐る目を開けると、炎がぼうぼうと燃えていた。美空は何が起こったか、その一瞬では理解しきれなかった。
──何が起こったの?
心のなかで問いかける。彼の、熱い名台詞は、残念ながら聞こえていなかった。
「あっちち、いいきなり何?」
「お前は、人狼だな! 俺は『狩人』の恐山 蘭!! お前を殺しに来た!!」
その、問答無用な様子に美空は困惑する。
「ま、待ってください! なんでいきなり殺すになるんですか!? 話し合うとかないんですか!!?」
いきなり乱入してきた男……、恐山 蘭は切羽詰まった表情で美空の問に応じた。
「人狼ってのは簡単に言っちゃうと洗脳されてるんだよ。殺す以外の選択肢は、このゲームにおいて、無い。そんだけ、奴らの知能は馬鹿げてんのさ。ま、説明はあとっ! 火水度さんぶちまけて!!」
「おう! いつもどうりにな!!」
火水度と呼ばれたその人物は、即座にフラスコを取り出した。そのフラスコを、思いっきり『人狼』に投げつける。
 
パリィィィィィン!!


「うおっし、<フレイム>!」
するとどうだろう、炎の魔法なのか女性があっという間に燃えて灰になっていく。しかも、その断末魔が奇妙なのだ。
「うあぁぁぁぁぁ!! 寒い!!! 冷たい!!!! どうなっあ"あ"ぁ"あ"ァ"!!!!!」
 寒い。冷たい。どういうことだろう?全くもって理解不能だ。
 美空には理解が及ばず、思考回路がショートしそうになってしまった。……実は、美空の苦手教科トップに輝くのは理科なのである。
 「?????????」
美空は困惑していた。、まって、燃えてるのに冷たいってどういうこと???
「ふぅ、危ないとこだったな。大丈夫か?」
「あ、えっと」
「あぁ、俺は恐山 蘭、君は?」
美空はいきなり話しかけられて焦っていた。だって相手は殺人者。今、目の前で、人を業火で、骨も残らずやしてしまった人だ。いくら命の恩人だからといって、応じていいのだろうか?
「おい、蘭。今目の前で起こしたこと振り返ろよ、殺人だぞ? 警戒して当然だ」
一緒にいた、白衣のボサ髪男が話しかけた。蘭は「それもそっか」と納得する。
「ごめん、怖がらせちゃったよな。でも、こうしないと被害が増えるだけなんだ。俺だけじゃ人を殺すことができない。あれは火水度さんが作った薬品で、暑いと冷たいの感覚を逆転させる薬なんだ。燃料代わりに使ってるからめっちゃ燃えてたのは認めるし、やりすぎなのも認めるけど。こうしないと俺、なんにもできねんだ」
蘭は真剣な顔つきに変えた。
「信じてくれ、俺達は、少しでも被害を抑えるために活動している。恐いなら、名乗らなくってもいい。でも一つだけ、」
蘭は美空を勇気づけるように、語気を強くしていった。
「手段をじっくり選んでいたら、死ぬのは自分だ。覚えときな」
最後にそう言い残し、奥にいた少女と一緒に去っていく。
 先ほどから、段々と雨が勢いを増していく。傘をさして、ちょっとした林の方に歩いていった。
「死ぬのは自分……」
美空は、強く刀を握りしめた。刀身から、ポトッ、と雫が滴り落ちる。
 死にたくない──なら────。
「逃げるか、殺りあうしかない、ってこと」
できるだろうか? 自分に、人殺しなんて。
 いや、その迷いも断ち切らなくては。
 ──死んでしまう。
(そう………、これが、デスゲームなのね…………)
美空は、そう結論付けた。デスゲームが、いかに人の心を狂わせるか、いかに、自分たちが平和ボケしていたか。思い知らされたのだった。
 美空は、一旦建物内に戻ることにした。今の様子では、このあとさらに雨が激しくなるだろう。直感的に、建物の中にいるのは危険だと思ったので、傘だけ借りに行ったのだった。

第七章 コウモリの復習
 
タッタッタッ

 静かに、パサッという落ち葉の音が断続する。時々雨粒が傘を叩く。
「さっきので人狼は二人目か」
闇男が応じた。白衣の中にあるフラスコが歩くたびにぶつかり、カチャッという音を立てる。
「だな、何人いるかは聞かされてないし気ぃつけないと」
前は知らされていたんだがな……、しゃぁねぇよ、アッチにとってはただ不利になるだけだからな……、などと二人が話していると。
 前方の茂みの方から、ガサガサと音を立てて、四足歩行の、灰色の動物が現れる。
狼だ。濡れた体毛は重苦しく、その目は黄色く、かつ不気味に光り輝いている。
「おうおう、やっと見つけたゼ、ニンゲンよォ?」
「っ……!!」
「オオカミ…………!!」
蘭は敵意を込めて呟く。闇男は何やら薬品を用意しはじめた。フラスコをカチャカチャと鳴らし、忙しなく薬品なり手なりを動かす。その様子を見てオオカミはおどけたように言ってみせた。
「ヒョエー。殺意マシマシジャン!! ま、殺しゃぁしねぇよ、そろそろイベントの時間でなぁアナウンスかけに行くとこなんだここからだとちょっと遠くてなぁ………。殺してる暇ねぇんだ、通してくれ。…………通せ?」
「…………信用できるかよ」
蘭は冷たく言い放つ。オオカミは尻尾を立て、まるで急かすように早口で説明しはじめた。……少々息切れもしているようだ。
「あぁもう、二十分から三十分までイベントやるんだよ、(ゼェゼェ)こっからの距離が遠いんだよ頼むから通してくれよ! っておい!?」

ボフン!

突然、地面のあちこちから膨大な量の煙が吹き出した。どうやら、闇男が作っていたのは煙玉らしい。恐らく、オオカミを巻くためだろうが──
「うぅっおぉ! 煙多すぎだよゴホッゴホッ」
「わ、わりぃ狼まくんならこれぐらいでもしねえと、って思って……」
どうやら、煙が多すぎて動けなくなってしまったようだ。こんな中で動けると思ったのだろうか?
 焦げ臭い香りが辺り一帯に漂う。雨のせいでいっそう、その匂いが目立ってしまった。だが、そんなことは関係ない。雨粒によって煙が拡散、地面との境界がわからなくなる。足元がわからない。蘭たちはたちまち焦り始める。このままでは殺されてしまう……!
「多すぎだわ! つか狼は!?」
……見当たらない。息が荒くなる。ドクドクと激しく心臓が脈を打つ。脂汗が体にベッタリとまとわりつく。左を向く。いない。右を向く。いない。前にも、後ろにも、上を確認するもどこにもいない。
 一度、死の恐怖に震えながらも深呼吸をし、近くにはいないと理解した。ここでようやく安心する。闇男は腰が抜けたように座り込んだ。……雨でズボンが湿りすぐに立ち上がった。
 ………オオカミは闇男が作った煙玉に紛れてどこかへ逃げたらしい。よくもここまでの煙で逃げれるものだ。
「まぁ、助かったってことか……」
蘭は安堵のため息を漏らす。額の汗を拭う。蘭は後ろの二人を見やる。二人は静かに頷いた。
 この『ゲーム』で死なないために。
再び一行は歩き出した─────

12時20分 イベントを告げるアナウンスが始まった。やはり、少々息切れしたオオカミが話している。
イベント名は、
 『コウモリの復習』

「これより、イベント『コウモリの復習』をはじめまース。今から十分間空にコウモリが放出されマ〜ス。放たれたコウモリは役職が『コオモリ』の人だけ襲いまーす。殺すことはできますが、殺せるのは『コオモリ』の役職の人だけで〜ス。もし、殺すことができたら役職が『コオモリ』から『コウモリ』へと変わりまして、無限に空を飛べまース。あ、そうそう、コウモリは3回しか飛べないからね、あ〜モウケイゴMENNDOKUSAI★ 役職わかんねえぇよってやつ自分のスマホを見やがれルール聞いてなかったおバカさんのために言ってやってんだ感謝しやが」
しばらく罵詈雑言が続きそうになったところでイベントを告げるブザーが鳴り響いた_____。
                                                                                 
 「ねぇ、コオモリ、ってコウモリとなんか違うとこあんの?」
アナウンスを聞いて気になったのだろう。ある二人組のかたほうが話しかける。
「えっとね、コオモリっていうのは単なる名前なんだ。動物の分類的に言うならコウモリ、が正解なの」
へぇ〜と、感心したように話しかけた方はうなづく。その様子を見て、話しかけられた方はフフッと笑う。彼女の名前は、魅碧 瑠璃(みへき るり)。以前のゲームで生き残った数少ない優勝者の一人。ゆえに、瑠璃と一緒にいれば生き残れると踏んだその子はある意味で運が良く、ある意味で運が悪かった──。
 勝手についてきてはいるものの、お互い明るい性格で、話もある程度噛み合うので、瑠璃も楽しく一緒に歩いていたのだが、
 ───イベントが始まりそうもいかなくなってきた。
 先程から、やけにコウモリが多い。得意な魔法で蹴散らして入るものの、次から次へとやってくる。
「………ねェ、モしかシテ、君の役職『コオモリ』ダったリすル?」
─────空気が、一気に冷え切った。流石に何かに気づいたのだろう、少し怯えた表情でその子は自分の役職を確認した。そこに書いてあったのは──。
「『コオモリ』……」
嗚呼、まさか瑠璃は………。
「あぁ、そう…ばいばい」

バスンッ、ドドドドドドドドドッ!!

運良くその攻撃は回避できた、が、一緒に楽しく歩いていた『友達』に、こんなひどいことをするなんて、そんなっ……。
「うわ、全部外れちゃった!? 運がいいんだね〜ま、これでおしまいだよ」
瑠璃は心底楽しそうに言った。恐怖しながらその子は質問する。
「ま、待ってよ瑠璃! さっきまで楽しく話してたじゃん! イベントの時間はたったの十分だよ!?」
たった十分、されど十分。瑠璃にとって、その間命がさらされるのは──
「そうだけどさ、リスクを抱えたくないんだよね、ばいばい」
───『リスク』、なのであった。

ドォォォォォォォォォォォォォォン.......................

 会場全体に音が響き渡る。何事だろうか?
「あのサイコパスか、可哀想に」
闇男が応じる。
「あぁ、あの赤い魔法陣は間違いねぇ」
「コウモリが急激に去っていってるし、『コオモリ』の人と行動していたのかもな。人殺しの趣味があるくせに本性を出さないから……」
サイコパスというのは、人を傷つけ、苦しむさまを眺めて楽しむ人々のこと。全員が人殺し、というわけではないが瑠璃のようなものもいる。デスゲームというのは、そういった人を殺してもなんとも思わない害悪こそが生き残るのだ。しかし、瑠璃のように素を出さずに活動しているものも多くいる。鉢合わせたら、大変なことになるかもしれない……。
「あのクソ女ならやりそうだ。折を見て動き出そうぜ、こっちにまで向かってきたら困る」
 空にはコウモリがわんさか飛んでいる。およそ千匹といったところか。『コオモリ』の役職の人にとっては、オオカミが千匹に増えたも同然。殺すことができるにしろ、やる前にやられる。それなら、身を隠したほうが安全と言えるのだ。
「………よし、いまだ!急いで隠れ場所を探そう!」
会場は広く、気遣いなのか罠なのか、隠れられそうな場所はいくつかある。これまでにも、隠れられそうな箇所はいくつも見つけてきた。念の為もう一度言っておくが、このゲームが行われている場所はショッピングモールのようなところである。
「あの藪になら隠れられそうじゃないか?」
「いいな、あそこに隠れよう。俺がコオモリじゃなけりゃよかったんだが」
闇男が申し訳無さそうに呟く。
「しゃあねぇよ、こっちに役職を選ぶ権利なんてないんだから。むしろ、誰も『人狼』になってないことが奇跡なんだからよ」
蘭は闇男を励ます。
「そうだな……。やれやれ、お前に励まされるとかショックだわ」
「んだと!?もう一回言ってみろ!!」
「やだよ、絶対怒るし」
「んじゃ最初っから言・う・な!」
そんな茶番も、長くは続かず。後に、沈黙がその場を支配した。
第八章 臆病者

 会場の空には、相変わらずコウモリがわんさか飛び交っている。そして、時折空から赤黒いものが落ちてくる。千匹ほどもいるコウモリたちに挑む無謀なものは、後を絶たない。時々落ちてくるものの正体──、それは、無謀にもコウモリに挑み無惨にも肉片となってしまった者たちだ。それでも、奇跡的にコウモリを殺せたものは役職『コオモリ』を襲いに行く様子もちらほら見られる。
 なぜこんなにも無謀なのに、自ら向かっていくのか。答えは簡単だ。

───死が恐い臆病者なのだ───。

 「はぁ、イベント長いなぁ……」
蘭が呟く。闇男が賛同する。
「だよなぁ………、こういうときだけ長く感じるんだよ、時間って残酷だよなぁ」
そう言いながら、藪の外を眺める。ぼとぼと何かが落ちていく。さぞ地面は悲惨なことになっているだろう。
「……………………………、この音やだ」
雅は少しだけ耳が敏感だ。ボトッとという音が聞こえているのだろう、耳を抑えて無言で悶えている。
「早く、終わってほしいな……」
雅は声のトーンを落として呟いた。

一方で
 「あぁ〜、ひ〜まだぁ〜〜、なんかおもしろいことないのか〜?」
そう呟くのは、休憩スペースでくつろぐ狼だ。イベント中は行動しない、というルールがあるので、仕方なくくつろいでいるのだが、早くイベント終わんねぇかなと、ただひたすら待ち続ける始末である。

コンコンッ

ドアがノックされる。
「だれだぁ〜? ドアなら開いてるぞ~?」
ドアが開く。誰もいない。
「ん?」
瞬間オオカミに影が覆いかぶさった。
「あ、しまっ」

プスッ ジューーー

いつの間にか謎の液体が注入されてしまった。
ドアから謎の人物が逃げていく。
「くそ!」
オオカミはムスッとしながら注射器を引き抜いた。だが、時すでに遅し。
「ぐ、あぁああっぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?????」
そのままオオカミは気絶する……。
 
 そして、地獄が終わる瞬間──12時30分が来た。
 優勝確定者4名、死亡者36名、残り参加者104名。
 それなりの仲間が逝ってしまった。このイベントで40人。他の何かで6人ほど消えてしまった。46人、約50人。
これは痛い。だがオオカミたちから見ると好成績と言えるだろう。イベントは一個や二個ではない。一つのイベントで50人が死ぬと考えるとたった三回で全滅だ。
 まぁ、ニンゲンはそこまで馬鹿ではないというのも知っている。イベントがどれほど恐ろしいか、それがわかった以上、次からは慎重に行動するだろう。
 『死』を恐れる臆病者と、『生』を大事にする賢いものとの間では、天と地ほどの差があった。
 12時30分。残り時間9時間30分。残り参加者104名。

Re: 心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編 ( No.2 )
日時: 2025/06/02 12:40
名前: 紅月麻実 (ID: OcJJl0ek)

コビペ大変なんで更新やめます。

Re: 心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編 ( No.3 )
日時: 2025/06/16 10:35
名前: 紅月麻実 (ID: OcJJl0ek)

全話見れます

1作目
novelcake.net/works/lite/?mode=view&log=3757&no=1

Re: 心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編 ( No.4 )
日時: 2025/06/16 10:42
名前: 紅月麻実 (ID: OcJJl0ek)

2作目
novelcake.net/works/lite/?mode=view&log=4552&no=1


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