ダーク・ファンタジー小説

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記憶の欠片を拾う夜〈バットエンド版〉
日時: 2026/03/18 07:40
名前: すず (ID: zXm0/Iqr)

【ご挨拶】
皆さんこんにちは。記憶の欠片を拾う夜〈バットエンド版〉でございます。
コメディ・ライト小説の方に記憶の欠片を拾う夜〈ハッピーエンド版〉がありますのでよかったらみてみてください。




プロローグ
ここはどこ、僕は誰、記憶の欠片を拾う夜がやってきた。




主人公の名前は春樹、家族と旅行中、運転していた父親が誤って事故を起こしてしまい全ての記憶を失ってしまった。

そして今は病院で入院している。

記憶を失った春樹の心は暗闇だった。光は一つもない。

春樹の母親が言った

「あなたは春樹よ。」

「は…るき…」

「そうよ、春樹よ私のことはお母さんって呼んでね」

「お母さん?」

春樹は1日で「水」や「病院」などたくさんの言葉を覚えました。ですが物には名前があることを分かりません。

翌日、窓から見える大きな木を眺めていると、胸がチリりと痛んだ。

「きの…」

「そう、木ね」

お母さんさんが微笑む。その笑顔を見て、なぜか知らないはずの「木登り」という言葉が頭に浮かんだ。

でも、どうやって登るのか、誰と登ったのかは分からない。

その夜、夢を見た。真っ暗な車の中、隣で誰かが叫んでいる夢。悲鳴のような声。

目を覚ますと、汗でシーツが濡れていた。「お母さん」が隣で静かに眠っている。

僕の胸の中の暗闇に、小さな小さな「棘」が刺さったような気がした。

眠りについた母の寝顔と、刺さったままの「棘」。僕は静かにベッドを抜け出し、窓辺へ歩み寄った。

月明かりに照らされたその大きな木は、やはりどこか懐かしく、そしてひどく恐ろしい影を落としていた。

「……きぼり、?」

口の中でつぶやいてみる。途端、また胸が焼けるように痛む。

(あぁ、そうか。あの叫び声は――)

夢の中で僕を呼んでいたのは、お母さんじゃない。僕の隣にいた、もう一人の誰かだ。

僕は震える手で、窓の鍵に触れた。この場所から逃げ出したいような、

すべてを思い出してしまいたいような、矛盾した感情が胸を締め付ける。

背後で、寝ていたはずの母が寝返りを打ち、小さなため息をついた。

「……どこへ行くの?」

暗闇の中で、母の声が冷たく響く。その声には、さっきまで僕が感じていた「棘」の正体を知っているような、そんな響きがあった。

僕の手は、窓の鍵から離せない。

「この木…登ったこと、あるよね」

母がいつからそこに立っていたのか、わからない。背後に気配はなかったはずなのに。

月明かりが母のシルエットを白く縁取り、表情は見えない。だが、僕の心臓を直接掴んで握りつぶすような圧迫感がある。

「…ない」

声が震えた。僕が逃げようとしていた窓の外には、古い楡(にれ)の木が枝を広げている。

子供の頃、あの木の高い場所から一度だけ落ちて、大怪我をしたことがある。

その時の「棘」のような記憶が、今、胸に刺さっていた。

「嘘」

母がゆっくりと近づいてくる。スリッパの音が、僕の鼓動と重なる。

「あの時、あなたを呼んだのよ。私の声が聞こえたでしょう? ずっと…ずっと、その場所で待っていたの」

母の冷たい手が、僕の肩に置かれた。震える指が、僕の窓の鍵を回す。

カチリ、と硬質な音がして、窓が少しだけ開く。隙間から、冷たく湿った夜の空気が入ってくる。

「さあ、登りなさい。今度は落とさないわ」

母の声は優しくさえ聞こえたが、それが逆に僕を凍りつかせる。僕は逃げられない。僕の意志は、母の冷たい手に支配されている。

僕は操り人形のように、窓枠に足をかけた。

そこは、母の「棘」が待つ、終わりのない闇の深淵だった。

……窓枠にかけた足が、震えた。

恐怖で凍りついていたはずの身体が、脳の命令とは裏腹に、拒絶反応を起こしている。

冷たい闇が僕の意識を塗りつぶそうとする瞬間、視界の端に映った母の瞳に、僕の恐怖を見下ろす「悦び」を見た。

(……違う、僕は)

僕は爪が剥がれるほど窓枠を掴み、無理やり身体を外へ引き戻した。

「あら」

母の声から優しさが消えた。支配から逃れた瞬間、冷たい風が頬を刺す。

僕は母の手が伸びてくる前に、夜の庭へ向かって飛び降りた。

足首が砕けるような痛みを感じながら、僕は走った。棘の闇から、逃れるために。

「どこへ行くの?」

庭の角を曲がったところで、目の前に母が立っていた。

窓から飛び降りたはずなのに、なぜ? 幻影か、それとも現実か。

母は優しく微笑み、血のついた僕の手を掴んだ。凍りつくような冷たさ。

僕は悲鳴を上げ、その手を振り払って、再び走り出した。景色が歪んでいく。

この闇からは、決して逃げられないのかもしれない。

逃げ込んだ先の暗闇で、自分の影が意志を持って動き出すのを感じる。

振り払ったはずの母の冷たい感触が、指先から腕へ、そして全身へと広がっていく。

「もう、独りじゃないわね」

足元から這い上がってきた影が自分を飲み込み、意識が薄れていく。

最後に見えたのは、暗闇の中で自分と同じ顔をして微笑む、実体のない母の姿だった。

暗闇の中で、母の顔は歪み、やがてドロリとした黒い液体となって、僕の輪郭に溶け込んできた。

冷たかったはずの感触は、いつしか自分自身の体温に変わり、言いようのない安らぎを感じる。

独りぼっちで震えていた、あの寂しい部屋はもうない。

(ああ、これで……やっと)

自分の意識が母の意識と混ざり合い、視界が完全に閉ざされる。

次に目を開けたとき、そこにいたのは「僕」であり、また「母」でもあった。

鏡の中の私は、冷たい微笑みを浮かべたまま、空っぽの部屋の片隅に座り込んでいる。

「もう、独りじゃないわね」

そう呟いた声は、かつて私を縛り付けた、愛憎のこもった母の声だった。

声を出した瞬間、胸の奥から湧き上がる温かさと、凍りつくような孤独感が同時に襲ってきた。

混ざり合った視界が、ぐらりと歪む。

(……あれ、僕の記憶はどこ?)

鏡に映る私は、美しく、冷酷な、母そのものだった。私の意識が、母の「愛憎」という黒い泥に溶けていく。

「あはは、これで良いのよね」

私は誰もいない部屋に向かって、そう呟き続けた。






終わり


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