ダーク・ファンタジー小説

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.1 )
日時: 2021/01/10 14:33
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

序章【雪夜を駆け抜ける】

 ほぉーほぉーと母喰鳥ふくろうが鳴いて不気味な霧が掛かるそんな墨のような闇の中を彷徨う影が一つ。

 「血ガ足リナイ……モット、モット……ッッ」

終わることのない喉の渇きに吸血鬼は苦しそうに喚き欲望を溢した。
 腐敗した継ぎ接ぎの手をよろよろと動かし、獲物を探すもそれらしい声も匂いもせず。
ただ吸血鬼は垂れてきた唾を呑んだ。
 

 ふと、若い女の甘い香りが吸血鬼の鼻孔をくすぐった。吸血鬼は獲物が近くに居ると高ぶった感情を隠しきれず一心不乱に手を動かし足を動かし、涎を垂らす。

 掴んだ細い手首に興奮しながら吸血鬼は醜く鋭い牙のある口を開いた。
 「血ッッ!! コレダ、オマエノ血!!」
奇声を上げながら首に噛みつこうとするも腹部から焼けるような痛みが走る。
 痛イ痛イと醜く五月蠅く泣き叫ぶ吸血鬼が見た最期の光景は女ではなく男が笑って銀製のナイフを懐にしまう所だった。

 吸血鬼は朝日が昇るまで考え続けた。何故自分は男を女だと勘違いして襲おうとしたのだろうか、どんなに空腹でも男と女は間違えないのにと。


 醜い吸血鬼は雪と一緒に地面に降り積もった。



 
 その影が自分を殺そうとしていることには気づいていて、親を信じベッド下にずっと隠れていた少女は後悔する。
 あの時、ドアを開けなければ。あの時、親を姉を、止めていればと。

 「出ておいで~此処に居るって分かってるんだよ!! お母さんもお父さんもお姉ちゃんもきみのこと、待ってるよ~」
愉快愉快とまるでかくれんぼをしているように飄々とそう告げる未知の生態、そう吸血鬼に少女は込み上がってきた恐怖、焦燥、涙、固唾、何もかもを呑み込んだ。
ぎゅっと瞼を閉じ、口元に両手を押し当てる。

 暫く声がしなくなり居なくなったのかと安心しきり、瞼を開いた瞬間、少女は言葉を失い「あぁ……ッ!!」と声を上げてしまう。
両親、それからたった一人のかけがえのない姉の死体が此方を見つめるように転がっていたのだ。

    「みぃつけた」

くす、そう小さく微笑する声が聞こえた。
少女はがたがたと小刻みに震えあがる。手から滲み出る汗が、止まらない嗚咽、殺されるという恐怖が少女を襲い狂う。
 

 家族は自分を護る為に此奴に殺された。死にたくない、殺される。


 生きたい、と願い祈って視界の端に見えた銀製のナイフを見つければ手を伸ばし取ったその時、自分を隠すように護っていてくれた影がベッドが取り払われる、風が自分の前髪にぶわっと触れるのが感じた。

 初めて家族を殺した者の顔を見た少女は唾を呑み、「おや僕を待たせていたのはこんなにカワイ子ちゃんだったのか!! ならゆーるそ!」そう言いころころと楽し気に喉を鳴らす得体の知れない人間のようでそうじゃない者。

 夜に煌めく銀髪に目が冴え渡る真っ赤な瞳。白い肌、口元に見える先の尖がった牙。所々と服にある赤い跡。

 「怯えちゃって、可愛いね……その表情、凄く美味しそうだよ……! 今、べてあげるから。直ぐに家族のところに逝けるよ」
音を立てて舌舐めずりをし噛み締めるように呟いた一言とにたぁっと猫のような微笑に少女は粟立った。
 「いやぁあッッ!! 死にたくない死にたくない死にたくない!!!」
嫌だと叫ぶ少女を楽しむように見ていた吸血鬼は向けられた銀製のナイフに目を見開かせた。
そしてまた神経を逆なでする微笑を浮かべ「ふふ、可愛い。僕、立ち向かう子ってだぁいすき」と怖がりもせず軽やかに近付いてくる吸血鬼に少女は後退った。


 己を強い力で抱き締めてきた吸血鬼は向けられたナイフに自ら刺され、積み木のように崩れ落ちた。






 また遊ぶように。ほら楽し気に。弄ぶように、恐怖を煽るんだ。



 「嗚呼、ほら……はやく、逃げな……大人に、なって……僕を、ころしてみなよ……」
あははと力なく笑った吸血鬼に呆気を取られた少女は眉を顰め、金魚のように口を開閉させた。
 「迎えに行くよ、きみのこと、見てるから………十八歳になったら……きみを、……喰らいに行く、から」
宣告された殺しに少女は居ても立っても居られず愛した家族と育んだ思いである大好きな家を飛び出した。




 外は、雪が花弁のようにちらちらと舞っていた。雪が降り積もった地面を少女はただ必死に走って走って、頬を掠める風の冷たさにも感じなくなるぐらいに。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.2 )
日時: 2021/02/19 21:34
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

◇第一章 【誓い】
一話:「イザック・ミシェル」

 晴れることがないと言っているかのような分厚い雲が太陽を隠し、薄い霧が行く道をも隠す。まるで出口の見えない迷路の中に居るような気分になってくるのは普通なことらしい。
湿度の高い空気に気がやられそうになる者も居ることが有名なこの世界には人間の血肉を喰らう吸血鬼が地下都市を作り夜には人を攫い襲うのだった。
生きる人間らは恐怖に怯え大切な者を失う者も多くそういう者らの頼みの綱としてバンパイアハンター、と言う者が国家公務員、言わば自衛隊員として職業化したのだった。


 店の路地裏。黒いローブを羽織って顔を隠した男は奥の奥にある扉を軽くノックをした。
「合言葉は?」
ヴァンパイアハンターが職場として集うこの場の受付人と思われる者が男に向かってドアの隙間からそう言った。

 合言葉は「銀鉱石」。由来は吸血鬼を滅することが出来る銀製ナイフから。人類だけが知ることが出来ず国家から配布された合言葉だ。だがこうやって確認するのは人間に扮した血を欲した吸血鬼が過去何回かやってきたからだと聞いている。

 男は唇を静かに開き「銀鉱石」と言えば、扉は開き、受付人の顔が見えるようになる。

 薄紫色の蛍光灯で照らされた職場内はバーのような雰囲気の曲が流れていた。天井床共に目の錯覚が起こるモノクロの幾何学模様だ。多くのバンパイアハンターが酒を呑んだり相談をしあいながら依頼を選んだりしている。
 柄の悪い金目的で就いたような男や華奢な青少年、可愛らしい少女、そして色気漂う女性、老人……様々な人間が居る。

 何時も通り吐きたくなるようなむぼったい甘い匂いに男は顔を顰め蒸し暑いとばかりローブを脱いで腕に掛ける。



 「今日は遅かったじゃねぇか、“ブランクネス”」

ブランクネス改めイザックは薄笑いを浮かべてしまう。呼ばれてから何年も経つのにも関わらずまだ慣れない呼び方に虫唾が走るときがたまにあり今がそうだ。
 「今回も百通以上は送られてきたぞ、誰のを受けるんだ? 天才ヴァンパイアハンターさんよ」
受付人はどっさりと依頼用紙の入った籠を見せてくる。

 イザックはヴァンパイアハンターの中でも名の知れた者なのだ。
 ヴァンパイアハンターには通り名があって、それは任務中の行動や依頼への態度によるのものだ。“ブランクネス”と言う名は無表情から来ていてイザックは吸血鬼を殺す時でも表情を崩さないと言われているのだが普通に笑ったり困った表情を浮かべたりしている。
殆どは根も葉もない噂話によるものだ。

 「……お薦めは?」
すると受付人はイザックに顔を近付けて声を潜める。
「四十五万コロア貰える大目玉な依頼が入っている、貴族の家のお嬢さんを攫っただとよ」
四十五万コロア!!? と目を見開かせたイザックに受付人はニヒルな笑みを浮かべていた。
 



 「……それ、ほんとうか……だ、だって……四十五万だなんて……」
一家庭に配布されたのは百万コロア。その約半分を一人のヴァンパイアハンターに賞品として渡すことが出来るなんて普通じゃないとイザックは薄っすらと額から頬へと汗を伝わせた。
 イザックは迷うことなく口を開き言葉を発した。

 「受ける、絶対に受ける」
受付人は微笑を浮かべどっさりと依頼用紙の入った籠から用意してあったかのようにすっと取り出し、イザックの掌に乗せる。

 「今回は、手強そうだぞ。気を付けろ」

サングラスの間から不意に見えた澄んだ海のような深い紺青の瞳に吸い込まれそうになりイザックは息を呑んだ。
 「嗚呼」
健闘を祈る、と受付人は何時ものからかうような笑みに戻り手をひらひらと振っていた。イザックはその笑みに応えるように一礼した。腰を斜め四十五度にぴた、と綺麗に折ったものだった。


 すぅっと息を吸ってから依頼用紙を見つめ、ぐしゃぐしゃと音を立ててポケットにしまい込み、受付机にあった煙草を手に職場の扉を開ける。把手につけられた小さな鐘が静かに立てる音に見送られ、夜の帳が降りる中歩き出す。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.3 )
日時: 2021/02/04 21:05
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 ─────「娘を、どうか……か」
依頼用紙に付けられた顔写真を手に闇に包まれた街をイザックはかつかつとブーツを静かに鳴らしながら歩く。


 先程、依頼主である男爵夫婦に会ってきたが美しい親子愛を魅せられたような気がすると何だが嘘くさく感じていた。

 「……まさか、な」
いくら伯爵から成り下がったとしても娘を売るような、そんな行為出来るはずがないだろう。頭に過ぎった何度も見てきた、血生臭い光景にイザックは顔を最低な考えを掻き消すように激しく振る。



 「あらあらぁ“ブランクネス”じゃない! 大目玉の依頼受けたって風の噂で聞いたわよぉ~?」
歩いていたイザックに親し気に絡むグラマーな体型の色気漂う麗しい女性……ヴァンパイアハンターの頼み処を営む情報屋だ。

 彼女ならば男爵家のこの娘を知っているかもしれない。何しろ顔が何処まで通じているかの分からない情報収集の上手い者だし、居なくなったと男爵夫婦が騒いでいたのだから“かも”ではなく必ず知っているだろう。
 「男爵家の……娘が上階級吸血鬼に攫われたそうだ。お前は、知っているか」
妖艶な微笑を浮かべていたそう訊かれた瞬間、やたらと睫毛の長い瞳を獲物を逃がさない虎のように細めた。微かに甘い香りが風と共に鼻孔を擽る。

 「ふふ、そうね……十五万コロアで教えてあげてもいいわよ。四十五万コロア受け取るんだからそのくらい良いでしょ? 調べは奥のほうまでついてるんだから」
悪戯っ子のようにそう告げる情報屋に軽く圧倒されながらもイザックは頷き「分かった」とばかり短く返事した。
 
 情報屋は両腕を絡め尾いてきてと手招きをしながら家具が殆ど置かれていない業務用の机と椅子だけであるが多くのファイルが所々に積み上げられた少々汚部屋と称せる程の自店へと表情も変えず招き入れれば重々し気な面持ちで紅の差されぷっくりと柔らかそうな唇を開いた。




 ─────「この時間帯ってほら、《ミツバチ》が動き回るじゃない?」

イザックは眼を剥いてしまう。まさかついさっき過ぎった良からぬ考えが当たってしまうのかと。
 《ミツバチ》とは吸血鬼に金や待遇と引き換えに血を与える者でありそれは親に強制されてなる場合がある。

 「金に駆られたのか……」
 「裏を取って見ればあの男爵家の主人は借金が多くあったそうね。なんでも伯爵家だった頃に博打をしてたみたいで、そのせいで没落しちゃったとか」
頭が痛くなる事実にイザックは溜息を吐いた。その様子に情報屋はゆったりと笑い「あら? 何時もの悪い考えが当たっちゃった感じ?」と言う。
曖昧に頷いて続きを促せば小鳥のようにぺらぺらと喋る情報屋を見つめた。


  実の娘にそんなことをさせる親が居るのか。




 狂ってると拳を作って強く握り締めていれば情報屋は息を吐いて、口を開く。
「………娘は拾ってきた子。噂によれば夜を彷徨っていた少女を偶然見つけて養子にしたらしいわ、まあ確かに自分の愛娘を吸血鬼にほいほい餌ですよーってやれるのって結構なことよねぇ」
 人間とは、醜く他人を蹴落としてまで。まだ幼い少女に屈辱的なことを強制するなんて、とイザックは同胞として恥ずかしいとばかりに目をあからさまに逸らせば情報屋は子供をあやすような表情で肩を擦り。

 「人間って言う者は、そう言う者よ。強欲で、無智で最低な奴らばかり、貪欲で謙虚で正義を持っている者は半数も満たないの。貴方は、後者になって」

 ゆったりと微笑めば「その子を、助けてあげてね」と言って何故か脳裏にこびれついて離れないあの女に見え離された手を掴まえようとしてしまい、短く声を上げてしまう。



 情報屋は薄笑いを浮かべて「さあ、帰った帰った。今日の営業はこれまで、さあさあ!」と強い口調で言っていても出入り口である扉へ押す力は優しく全てを包み込むような手にやはり似ているとイザックは想った。
 「ありがとな、教えてくれて。出来るだけ、してみる」
と告げれば颯爽と風のように、星明りが照らす夜へと消えていった。
 

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.4 )
日時: 2021/02/19 21:30
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 《ミツバチ》の紹介場と言えば此処しかない。多額の賃金を支払ってくれることで有名な此処しか。地下に続く階段を路地裏を進んでみれば見つける。看板からして怪しく露出狂の多いバーのようにイザック自身では思うが吸血鬼御用達、《ミツバチ》の集まる紹介場だと聞いていた。

 こんこん、何度叩いても出入り口である扉は開かない。イザックは苛立ったようにローブを被ったまま頭を掻き回せば「チッッ」と誰にとは言わないが開けもしない奴に自分は腹が立った、不機嫌であると伝えるかのように何度も、短く舌打ちをすれば諦めたように帰る。

 ……と見せかけて、イザックは思い切り木の扉に華麗で力強い蹴りをお見舞いし、無理矢理に貫いてするり、と入り込む。


 「あー入れないから蹴破っちゃったけど良いかな?」

 ばりばり、と凄まじい音を立てて扉を完全に木の葛にしてしまったイザックに恐怖を覚えたように崩れ落ちる人、そして従業員を見渡してにっこり慣れない作り笑いを浮かべて見る。
 「大丈夫か? えーっと……今日、此処に来たのは此方でお世話になってた……あ、写真は、そうそうこれこれ」
わざとらしく探してみてポケットから顔写真の付いてぐしゃぐしゃに変貌した依頼用紙を取り出せば、近くに崩れ込んであわやあわやと震えている紹介人に「この娘、見覚えないか? あるよな、だって長らく此処に通ってたんだからよ」と顔に押し付けて見せて。

 「ひッ、し、ししし知りません………ッ《ミツバチ》の子の情報は渡せない決まりに……ひぃいい!!!」
だんまりを決め込むつもりの紹介人の胸倉を掴み片手で起こしたイザックは眼を見開き喰われる寸前の雛鳥のようだと殺気に満ち溢れる金色の、満月のような瞳をたのし気に向ける。

 「馬鹿だな、裏は取れてんだよ」
 一人の少女がこそこそと出入りする写真を見せれば紹介人の肌は忽ち粟立ち、命の危機を感じた金魚のように開閉させれば「そ、そそその子を紹介した吸血鬼“様”なら………今夜、来る予定です……ッッ」と自分と言う恐怖に怯える紹介人を離せばイザックは黙る。

 「そ、じゃあ、夜にまた来るから」
ぱっと黒手袋をした左手をひらひらと振って、ぶっ壊した扉の残骸ざんがいまたぐ。ぽかん、と紹介人は目を奪われたようになっていれば「あ、お前さ」と思い出したように振り返りイザックは月のような眼を細める。


 「敵の事、敬称で呼ぶなよ。見苦しい……ま、お前のプライドが傷付くだけだから知らねぇけどさ」
吸血鬼を“様”付で呼ぶ紹介人を見苦しいと言えば、関係がないと言い切るイザックに紹介人は瞬きを繰り返した。

 「あ、あのッ」

 何か言わなくては、と俯かせた顔を上げたときにはイザックは深霧の向こう側へと消えていた。
 何時の間にか星の煌めく夜空から太陽の隠れた薄い蒼と変わっていた空をどうしたものか、紹介人は眩し気に見上げていた。

 数々の人間の反発の言葉。忘れもしない罵倒。全て聞き流してきた、けれども耳に残る《ミツバチ》を強制的にさせられている少女達のき声とかげが差してしまった表情。
 「………見苦しい、か」
どんなに汚い、人を傷付く、言葉でもなく上辺だけの優しい言葉ではない。他人事、関係がない。知らない、その言葉は初めて言われた言葉だった。

 その扉を壊されたとき、無情を貫き通していた紹介人の垣根を取り払われてしまったのだ。
不思議なヴァンパイアハンターだと素直に思う。
 《ミツバチ》の紹介場を見つけたら普通だったらついでに壊滅するのがヴァンパイアハンターだと思っていたのだがと紹介人は軽く頭を掻いて今夜を何故か首を長くして待っていた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.5 )
日時: 2021/02/19 21:40
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

◇第一章 【誓い】
二話:「レティシア・フォンテーヌ」


   ああ、神さま、何故、あなたさまは笑っているのですか?





 叶えられるのなら願いたい。
助けて、と。
どうかあの家でも良いから此処から出して欲しいと。
救いの蜘蛛の糸を垂らして欲しいと、それがどんな糸であれ構わずわたしは掴むからと。



 『特別に美味なおまえには崇高なる家畜の証を与えようか』





 「いやぁあああああああぁあああッッッ!!!!!」
恐怖の夢から思わず叫んで飛び起きたレティシアは瞬きを繰り返し、「……ぁ、夢、じゃ……」と呟く。
ずくん、ずくんとやけに生々しく己の身体を鳴り響く鼓動と共鳴するかのように痛みの生じる箇所をレティシアは小汚い服の上から押さえ掴んで切れた息を整えようとする。


 「……どうしたのレティ、火傷が痛むの? 見せてごらん」
大きな声を上げてしまったからか同じ牢で過ごすリーベルが起き上がり眉を顰めながらレティシアの背中を服を捲って見つめた。

 「腫れは引いてきているみたい、水膨れが……潰れちゃったのかな……すぐにでも冷やして手当てしたほうが良いけど……」
それは無理だよね、ごめんね、と儚げに微笑するリーベルにレティシアは心を絞られるような痛みを覚え、肩をゆっくり落とした。《ミツバチ》を親に強要されている二人は自然と仲良くなり、一緒に吸血鬼の許に出向いたり同じ依頼を受けて居たりしていた。

 光を集めたような琥珀色の、髪にアクアマリンのような宝石の誰もを魅了するそんな綺麗で何もかもを映す瞳。華奢で小柄な体躯。唇はしっとりぷっくりしていて西洋人形のようだ。
 女の子のように可憐で美しい彼は吸血鬼達にレティシアの姉、いわば女だと勘違いされ同じ牢に入れられているのだ。それも女のように血が甘いからと吸血鬼が笑っていたのを憶えている。


 「許可もなく大声出してんじゃねェよ!! 家畜は黙って血を差し出せばいいんだよ、ああん!!?」
酒瓶を片手に見張り番である中階級吸血鬼が牢を強く足蹴りする。ただでさえ大きいだけの脆い鉄かどうかもわからない牢なのに衝撃を与えられたら一溜りもない。
息を呑んでいれば中階級吸血鬼は「こんなガキ共を世話してるっつうのに出世かいきゅうも上がんねェ……やってらんねェな」そう小言を言いながらまた定位置に戻っていく後姿を二人は見つめた。


 「ねぇ、憶えてる? 僕にきみが前に言ったこと」
リーベルに訊かれたレティシアは小首を傾げ背を擦りながら考えるも、結局諦めかぶりを振った。するとリーベルは小さく笑って「そっか、きみが憶えてるようなことじゃないよね」と言い真っ赤に荒れた手を絡めれば口を開いた。

 「二人でこのまま逃げちゃわないか、って言い出したんだよ。僕は、それをどうして逃げるんだって言ったんだよ。人間に優しい吸血鬼が存在しないって事実をきみに言われて僕は悔しくて悔しくてこの大人数が必要になる依頼を受けた。何だか危険だって引き留めにわざわざ見張りの厳しい家を抜け出して来てくれたきみの手を振り払って、僕は行こうとした」

 嗚呼、それがこの場に至ったきっかけになる。レティシアは自分をそうやって何時までも責め続けるリーベルを一瞥し、目線を下に落とした。
リーベルが事の発端となり引き留めに行ってしまった自分をレティシアは恨んでいる。しかし、この状況でリーベル自身をも自分を責め続けるのは間違っていると、自分も強引に手を取りこの場から離れていればと悪いことだって沢山あった。

 「あの時、きみの手を振り払わずに二人で逃げていれば良かったんだ、きみの言う事は正しいよ。人間に優しい吸血鬼なんか居ない………だから、きっと」

 


 “神さまなんて居ないんだろうね”




 「さあ、ガキ共、飯の時間だ!! しっかり『彼ら』に上等な血を与えさせてもらう為にたんと食えよ!! 皿何てものは何もねェそれはおまえ達が家畜だからだ!!」
中流階級吸血鬼達のけたたましい己自身を卑下する言葉で目が覚めたレティシアは眼を軽く擦りゆっくりと起き上がる。

 隣の牢の《ミツバチ》達の飯の供給が終われば吸血鬼はニヒルな笑みを浮かべてその真っ赤な血のような赤黒い双眸にレティシアを映した。

 「特に、お気に入りの多い嬢ちゃんには死なれちゃ困るからな、たんと食えよ!!」

 無理矢理手を突っ込んで口を開かせてどろっとした生温い吐きたくなるような液体を入れれば満足したように隣にその様子を見て、あわやあわやと怯えレティシアの背中を擦っていたリーベルを掴めば同じように接し不味い液体を流し込む。

 同じ牢で仲良くなったコレアと言う赤毛雀斑の少女に吸血鬼は供給をしようとし服を乱暴に掴んだ次の瞬間、コレアは何時ものように「痛い!」や「やめて!!」と可愛らしい小鳥のように喋らなかった。リーベルは眼を見開き、それが何なのか分かったようで咄嗟にレティシアの眼を自分の手で隠し、見えなくさせる。
 レティシアは何が起こったのか分からずけれども、何故か涙を流していた。






 冷たく小刻みに震えているリーベルの手が退けられた時には、コレアは居なくなっていた。
 「……ぁ、コッ、コレ、コレア……! わ、わ……わたしも同じように……いッい、嫌……」
彼女の座っていたひんやりと体温のない冷たい地面を触れ泣き喚くレティシアをリーベルは涙ながらに見つめ、宥めようとする。
震え上がったレティシアの赤と黄緑、青紫と痣や荒れから変色したガサガサの手を取り握れば、
「だ、大丈夫だよ。レティは、僕が必ず護り抜いて帰したあげる。此処を出られたら、二人で、暮らそう?」
リーベルは言った。自分も怖いはずなのにも、全部事を見たはずなのにもそう護り続けることを言ってくれたリーベルにレティシアは目を伏せた。

 彼はレティシアを身を挺してでも本当に今までずっと護っていた。レティシアよりも暴力を率先して受けて、血を吸われ、麻のようなぼろぼろ毛布までもレティシアに掛けていた。



 レティシアには、リーベルと言う光が居た。
それだけで彼女は、救われ前を向いて此処を出て一緒に暮らすと言う希望を胸に信じ続けた。




 光がなくなることを知らなかった彼女は。




 それは、脈絡もなく何の意味も理由もない死と言う恐怖。
レティシアはそれが紙一重だと気付くことになってしまう。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.6 )
日時: 2021/01/29 18:22
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



         吸血鬼何て、大嫌いだ。


 人間に優しい吸血鬼は居ると真剣な顔で言ったきみが嫌い、だった。
自分の命を大切にしなそうな、儚げなそんな雰囲気を放っていたから。

 だけど、そんなきみとだからこそわたしは前を向けたんだと思う。
生きて居たいと、ベルと一緒に居たいと。
幸せに暮らしてみたいと夢を見たんだと思う。

 きみが色となりわたしの世界を彩ってくれていた。
 きみがわたしを導いてくれる太陽で光で命だった、のに。


 
  きみが居なきゃ、この世界になど、意味なんかないよ。




 《ミツバチ》としての役割を曜日ごと各牢に入っている者達で代わる代わるする。今宵はリーベルとレティシアの給仕の日であった。


 _______「あの数々の部屋に通じる長い長い廊下の先に出口があるのは確実だよ」

唇に人差し指を当て、声を潜めて言うリーベルの言葉にレティシアは眼を見開く。それは本当なの、と声を出すのも忘れ口を金魚のように開閉するレティシアにリーベルは希望に満ち溢れた眼差しと深い頷きでその話が本当だと返す。

 「前の給仕の時にあそこから中級吸血鬼達が目隠しされた《ミツバチ》を入れているのを見たから。だから今夜の給仕の時、僕が吸血鬼を押し倒すからレティはその隙に逃げるんだ……!」
切実に、自分よりも先に逃げて欲しいと。レティシアの命の安全が第一だと。訴え掛けてくる瞳にレティシアは「それは……ッ!」と反論しようとするも唇を固く結んでしまう。
強い光に、抗えなかったのだ。
「わかったね、必ず遂行させよう。帰ろう、帰って二人で………暮らそうね」
それは、淡い夢。その夢が叶うと言う希望が見えてきた二人は互いの繋いだ手を握り締めていた。




 「………おい、そろそろ時間だ。出て来い」
冷淡な口調で命令されたリーベルとレティシアは視線を絡ませ、頷き手を繋いで脆く錆びれた牢をおぼつかない足取りで出る。

 その瞬、手枷を付けられ小汚い服の首元を無理矢理に開けられる。表情を硬くさせ恐怖が襲い掛かって来るもその瞳は強い光を放っており。中級吸血鬼を鋭く食って掛かるような、すぐにでも飛び掛かって来そうな眼差しで突き刺していた。

 
 「……この先から、おまえは左から四番目の『ダイヤ』さまの部屋に。片方は左から五番目の『ジョーカー』さまの部屋に、行けよ」
部屋の名前は左から順に『ダイヤ』『スペード』『クローバー』『ハート』『ジョーカー』になる。部屋が別れており、その番号が大きくなるほど吸血量が多い上級吸血鬼になるらしいが、そんなこともうこれから逃亡を遂行させようと目論んでいるレティシアとリーベルには関係がないことであった。




 漆黒のタイルで覆われた床と壁に毎度吸い込まれそうになるレティシアは息を呑み、その時を待った。幻想的な天井に映し出された星々に心奪われそうになるリーベルは緊張から無意識に喉をごろごろと鳴らしてしまう。


 ______“ いち、に、の…… ”

ぱくぱくと金魚のように口を開閉させた必死の合図にレティシアは気付き足を後方に回し、走る準備をする。リーベルは合図を打ちながら手を握り締め拳を作る。

 「さんッッッ!!!」 
リーベルの大きな声にレティシアは一瞬、びくり、と驚くも走り出す。リーベルは案内役吸血鬼を身体の全体重を掛けた体当たりで押し重心を崩させ、倒そうとする。

 「きッ、貴様ッッ、よくや……」
苦しみ藻掻くような言い表すことも出来ない悍ましい声に背筋を凍らし足が竦み転びそうになるも何とか耐えたレティシアは華麗なるリーベルの逆転に眼を奪われてしまっていた。
 仲間を呼ぼうとしていた案内役吸血鬼の顔を飛び蹴りし、切羽詰まった野獣のような硬い表情で歯を食いしばって全身の力を集中して見えた。それは勇敢でレティシアにとって大きく頼もしく映ったことだった。


 そのまま拘束のされていない足で吸血鬼の手を踏んで動きを封じ込め、険しい顔つきのまま踏んではいない右足で服を詮索する。
手枷の鍵を探しているのかと気が付いたレティシアは恐る恐る近付き「内ポケットの方は?」と訊けばリーベルは傷付いた足先を器用に動かす。「はなせッ! この家ち……ッ」暴れ出す吸血鬼を前に戸惑っているレティシアにリーベルは冷めた表情で「僕が封じ込めてるから鍵を抜き取って、はやく」と促す。
 促されたレティシアは吸血鬼の内ポケットに手を入れるだけでも緊張し手が震えてしまい冷や汗を額から頬に掛け伝いばっくんばっくんと鳴り響く胸の警鐘を無視しその鍵を見つけ出す。

 「……貸して、今レティの手枷、とったげる」
枷で拘束された手首は使い物にはならないと二人共分かっている為、指先を慎重に動かし裏の鍵穴に差し込む。かしゃり、と音が響き手枷がとれる。この音は二人にとって希望の光の鐘でもあったろう。

 自分達の取った手枷を使い吸血鬼を完全に拘束し、鋭利な牙の見え言葉を発し自分らの逃亡の道を妨害すると考えられる五月蠅い口にリーベルは布切れをはめ込んで案内役吸血鬼が持っていたナイフやら銃を懐にしまえば満足気な表情で立ち上がり言った。
「さ、敵はもういない。出口はすぐ其処だね、行くよレティ」
数歩先走ったリーベルに差し出された薄汚れ荒れた手をレティシアは取り強い力で握り返していた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.7 )
日時: 2021/02/07 15:22
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)






 「……簡単に吸血鬼の手から逃れられた感じがして、ベルは怖くないの? わたしは、凄く怖いよ」
血の気の引いて用紙のように蒼褪めた顔色の中、レティシアは色味もない朱の唇を閉じたり開けたりした。そんなレティシアに寄り添うように肩をぴたりとくっつけ優しいレティシアの膨大な恐怖心、焦燥何もかもを包み込んでしまうようなふんわりしっとりとした力で握り返すリーベルのアクアマリンのような、宝石のような美しく透き通った瞳には鋭利な自由と言う光が灯していた。

 「人間の子供二人が逃げ出すなんて考えもしなかったんだろう。奴らにとって僕らは所詮家畜であり弄ぶ玩具だったんだ、舐められてたんだよ。天狗になった吸血鬼達の鼻をこのまま無事に進んでへし折ってやろう」
生き生きと言うリーベルにレティシアは頷く暇もなかった。



 込み上がって来た固唾を呑み込もうとした瞬、ナイフのように鋭利な刃物で頬を、足を、腕を髪を斬られるような痛みが突如、レティシアを襲う。
 「う、……あぁ……ッ」
刺すような痛みがじんじんと走る傷口をそっとこれ以上は痛くならないように気を付けなから触れて見れば目の前に広がったのは真っ赤な掌で。
鉄のような匂いに真っ黒か真っ緑が混ざったようなよくわからない血黒い色。
あの日と重なる。





              “ みぃつけた ”



 「ぁ……」
一声漏らせば何もかも蘇ってくる、苦々しく血だまりの思い出。それは幾日、幾年経っても忘れ難いあの日の事。白々しく輝く月を見ると思い出す。夜は何時も怖く、何かが襲ってきそうな感じがし寝付けない。
それでも自分はまだ、生かされている。

 あの吸血鬼が迎えに来る、18、と言う忌忌しい歳まで。薄笑いを浮かべた脳裏に焼き付いた吸血鬼の端正な顔。誰なのかもわからない夫婦に拾われ《ミツバチ》にされやっと見つけた心を許せる兄のような存在が出来たとしても、忘れられないのだった。蓋をしていた記憶が開かれれば、自分では制御の利かない恐怖に吞み込まれてしまう。

 「あぁ、いッッ、いい……いやぁあああああああああぁああああああ!!!!」 
レティシアは自分の耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。

 突然の出来事にリーベルまでも頭が追い付かないらしい。レティシアを傷付けたのは誰だと、唖然とした顔のまま後方を振り返ったり左右を確認するもそのような吸血鬼の影は見当たらない。
 視えもしない敵に深い恐怖心と焦燥がやっとリーベルの心にも芽吹いたのだろう。今度はその手をぐいっと強く引いて、走ることを促す。いやだいやだ、いたい、こわいよこわいよと繰り返すレティシアを悲し気な眼差しで一瞥するも走るよ、と再び手を力強く引く。走る足跡が真っ黒なタイル床について三つの音が鳴る。

 二つはリーベルとレティシアのぺたぺたとした足音。もう一つが……何者かが二人を狙って銃弾やナイフのような鋭利な刃、いや風のような実体のないもので床、壁、虚それから軟な肌を斬りつける音。
それは二人の希望の光を抱いた胸を切り刻んでいるようなものだろう。

 「哀れな仔羊、一部始終をこのあたしが見ていたことも知らずに。ああ、あたしのベル、貴方の血は絶品よ。聡明で、弱くて、可愛くて、何よりも血を吸う時にがくがく震えるのが堪らない……そんな貴方の血を無駄にこんなところで流したくはないわ」
あの闇のよりも深い黒の壁に囲まれた中で見えていたとすれば『ハート』の部屋の主だけだ。

 かつかつとヒールを鳴らして吊るされたシャンデリアから舞い降りた見目麗しい少女に二人は表情を強張らせ手を握り返していた。

 毛先だけカールされた桃色の髪にゆったりと細められる猫のようなつり目の真っ赤な瞳。色白の肌は赤ん坊のようにふっくらしていてレースや何やらをふんだんにあしらわれた薔薇のようなドレスが似合う天使のようで息を呑むのも忘れてしまう。 
それなのにも彼女が放つ雰囲気は殺気立っていて面白げに笑っていると言う事は愉しんでいるのだろうとリーベルは瞬時に察し、レティシアの手を握り締め、後退りをしようとしていた。

 「その子があたしに刺され殺され踏みつけられ血を吸われているのを見てから死ぬのと、その子に自分があたしに血を吸われ失血死するところを見せるの、ねえどっちがいい? ねえ答えなくちゃ、足を使えなくするわよ?」
囁く猫撫で声にリーベルは全身の肌を粟立出せる。この吸血鬼にだけは見つかりたくはなかった、危険だ今すぐ逃げなくてはとぐるぐると考えが頭を回る。レティシアは斬り付けられた傷から過去の苦々しい血に染まった思い出を想い出しがくがく震え涙を流していた。
そんな自分の護りたい子が泣いているのを見て「……どっちも嫌だ、僕は、いや、僕達は此処から出る」鋭い眼光を『ハート』主である幼い雰囲気のある吸血鬼に向ければ息を吸う。

 「レティ、今から僕が体を張ってあの吸血鬼を引き付ける。だからね、レティだけでも逃げるんだ」
振り向いて震えるレティシアの手に軽い口付けを落とせば、瞳に溜まった涙を優しく拭い、目線を合わせた。
「う、そ……いや、いかないで。どうして、いつもいつも……どっか行っちゃうの。出来ないよ、またそうやったら、こ、殺されちゃう……」
また、と言う言葉からリーベルを殺された姉に重ねてしまっているのであろうレティシアにゆったり微笑んだリーベルは言った。

 



 「思い出して。僕らは、此処を出て一緒に生きるんだろ?」


光の如く走り出したリーベルに圧倒されたレティシアは動けなかった。

 「あらあら、こわぁい目……すきよ、ベル。あたしを殺したいって言っているあなたが、すきよ」
向かい走って来るリーベルを受け止めるように両腕を広げた吸血鬼に走りながらついさっき、案内役吸血鬼から奪い取った拳銃を取り出す。
 拳銃を向け、弾丸を打とうとするが吸血鬼は一歩も動かず、すらりと長くきめの細かい色白の肌が見え隠れするブーツを履いた足で拳銃を持った手を強く強く蹴れば、拳銃を落とし、舞うかのようにくるっと一回転し、そのまま腰が立たなくなるぐらいに何度も何度もリーベルを殴りつけ。
 リーベルが吐き出してしまった血を見つめ人差し指で掬いぺろっと舐めれば「もったいなぁい」とけたけた笑い倒れ込んだリーベルをブーツのヒールで頬を踏みつける。

「ばかね」

「ばかは、そっちだよ……もうひとり、いること………わす……れて、る」

たどたどしい言葉に吸血鬼は首を傾げ、振り向けば、その真っ赤な瞳を剥いた。

 


 「死んで!!」

少女が銃を此方に向けて泣いている。その一瞬で全てを理解する。
リーベルを相手しているその隙に、パニック状態に陥っていたレティシアは自分を殺すことだけを考え落とした拳銃を手に持った。


 「ああ、……あなたたちは、二人で一つだったわね」
短くそう言った次、ぱぁああんッッと景気の良い音が鳴り響いた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.8 )
日時: 2021/02/20 14:01
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

三話:「彼岸に飾られた出逢い」

 喩え、この出逢いが自分が苦しむ枷で禍の起こる原因となっても、俺は。
この手を離さないだろう。






 ───────「どうしよう、ベル。いやよそんな風に笑わないで、ねえ!! ねえ!!」

起きてと血が付いた頬を優しく触れ、軽く何度も子供のように叩き胸倉を掴んで揺らす。そのレティシアの行動を見てははは、と掠れた笑い声を上げれば力なくレティシアの頭を撫でる。
 「ね、え………レティ、いつもみた……いにさ、笑ってよ」
途切れ途切れの言葉にリーベルの望む笑顔を浮かべられなかった。

 どうしてだろう、ああ、なんでどうして。
「出来ないよ……ベルが、手を引っ張ってくれなくちゃ、わたしは、笑えないよ!!」
瞳から一粒、二粒それから数え切れない程の大粒の涙を溢し唇を噛み、薄汚いお揃いの服を乱暴に掴んで言う。人房の綺麗な紫色の髪がリーベルの頬に当たり触れる。

 「生きて、生きてってば!! ベルッ!!」

 ひんやりとした冷たい温度が首に感じる。伏せてしまっていた瞳を開けば瞬きを繰り返し、無理だよと言うように魂此処に在らず、死の淵のような表情の失った瞳で見つめ返し。


 “ごめんね”


と口を動かした。あ、あああと声のならない言葉を吐けばふるふると被りを振って見せ。リーベルは、耐えきれなくなったのか口から血を吐いた。それが掌を侵食し真っ赤に染め上げる。

 ──────また血。血だ。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……あかくて、どろっとしてて生温かくて変な鉄みたいな臭いがしてこわいのこわいの。
 
 「いや、いや……や………」
堪らずパニックに陥り、勢いよく立ち上がり駆け出す。

 足が痛い。先程斬られた傷跡が痛い、頬が痛い。目が痛い。涙が止まらない。何も考えが思い浮かばない。

   “リーベルが居なくなったら、わたし、どう生きていけばいいんだろう”

 ──────「わたし………生きていけない……ッ!!」
 物凄い速さで走っていたからか立ち止まること、バランスを保つことが上手く出来なく転んでしまう。
「……ッ! う、うあ、……うあぁああぁああああああッッッべる、べるべるべるッッ!!」
ぎゅうぅうっと掌を握り、爪の跡が残っても、どんなに痛くても気にする余地はなかった。ただ、叫び続ける。
誰も助けてなんかくれない。リーベルを救おうとは大人はしない。吸血鬼は愉しむだけ。神も、天使も、悪魔も、何もかも。
 「だったら、だったら、わたしが貴方が、居た………証になる。絶対に、吸血鬼に、………復讐、してやる………」
復讐という名の刃を持った、レティシアは涙を堪えるように顔を顰め、息を吐いていた。


 「誰が泣き叫び、恐ろしい血肉を喰らうヴァンパイアに唾を吐いてると思えば……こんなにも雛鳥だとは」


考えもつかなかったな、と苦笑気味に近付いてくる男を見つけ、ひっと声を上げる。吸血鬼だと思ったのだろう、その表情は見事に固まっており可愛らしい小鼻だけがひくひくと恐怖に煽られるかのように震えていた。
そんな少女を前にして苦笑を浮かべた男は蜂蜜色の、まるで満月のような透き通っているのにも光のない何処か儚げで翳の感じる瞳をフードと野暮ったい艶めいた黒髪の間からレティシアに向けた。



 「レティシア・フォンテーヌ、おまえを救いに来たヴァンパイアハンターだ」

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.9 )
日時: 2021/02/20 14:12
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)




 ◇

 
 目の前の少女は自分の探していたレティシア・フォンテーヌに間違いないだろうとイザックは確信する。
印象深い全体的には鮮やかな紫だが一つ一つの髪の毛を見ていけばわかる銀の混じった髪と光の具合から変わる吸い込むような瞳の色。色白の華奢な体躯。男爵家夫婦、もとい伯爵家夫婦に彷徨っていただけで拾われただけのある可愛らしい容姿。

 「ヴァン、パイア……ハンター……? わたしを、救いに……?」

色味のなく艶のない青白い唇を静かに動かし掠れた声でそう言う。ああ、と短く頷いたイザックはレティシアを見つめ返した。
「……で、どうして………ッッ!! わたしを助けるくらいならリーベルを、リーベルを助けてよッッッ!! わたしはあの子が居なくちゃ……だってだってだって……どうしてよ……どうして、来るのが……」
何度も繰り返す。飽きずに、悔し気に、涙して床を拳で叩く。次第に手の甲は遠目でも分かるぐらい赤く赤く腫れてしまっていた。でも、その行為を決してイザックは止めることはせずただ眉根を顰めて、ずっと見つめていた。イザックの眼差しはとても哀し気なものだった。

 「おまえは、何がしたい。今、おまえはそのリーベルと言うやつの為に泣いているのか」

イザックはレティシアに不機嫌そうな顔でそう訊く。レティシアはぴたりとして俯いていた顔をイザックを見上げるような形で上げた。
 「わたし、が……した、い……こと? リーベルの為に、泣いてる……?」
自分でも何が何だかわからなくなっているのだろう。苦しそうに頭を抑え答えが出ないもどかしさを表すようにがりっと大きく音を立てて唇を噛む。

 「ああ、そうだ。おまえはこれから何がしたい。生きるとしてもこのまま《ミツバチ》としてあの家に金稼ぎとして居続けるのか……それとも」

目の前でへたりと座り込んでいる少女に言っていた口が閉じた。思いもよらない答え。自分の声を遮った鋭い切実な、声であり真面目なわからない、それが苦し気に悩んだレティシアの答えだった。

 「わからない、わからないの。リーベルが居なかったらわたしの存在意義はなくなる、だってだってだって!! リーベルがわたしの光だったから、リーベルと一緒に生きるのがわたしの、したいことだったから!! もう、わからない……リーベルが、居なくなったら、わたし……!!」

行き場を失った羊に、親鳥を亡くした雛鳥にそのままにしてイザックの満月のような瞳には映った。

この子は壊れてしまったのだ。
リーベルと言う存在を喪ってしまったせいで。光が陰に奪われてしまったから。


 “自分と何処か似ている”とイザックは写真や資料ではなく声、を聞いたときに直感的に思った。
出来ればこの子を自分が救い道を示してあげたいともイザックは本心から、思っている。

 けれども、イザックは一般の人間とは違う。

感情で動くことが許されない、特別な役職に就いている。
 吸血鬼を殺す者、ヴァンパイアハンターであるイザックは公平性と言うものに縛られている。自分の助けたい者が助けて欲しいと自分の声で言葉にしない限り助けられないのだ。
依頼されない限り、動くことも出来ないまるで牢に居る囚人のようなのだ。
 そういう生活を望みこの世界に足を踏み入れたのは自分だとしても、そんな手を差し伸べられない悔しさと未熟さに苛立ちを感じるのがイザックの弱さであった。


 ◇

 「とりあえず、わからないんだったらわからないでいい。関係が無いからな。俺はさっさとおまえをフォンテーヌ家に連れて行って報酬を貰い仕事を終わらせる。さあ、立て」

レティシアと早く別れなければならない、これは直感だった。何か嫌な予感がするとイザックは感じる。この少女はヴァンパイアハンターと言う職に就いている自分にとって大切なものを、ぐちゃぐちゃに掻き回し何もかも壊す、そんなような気がした。


 「やだ」

レティシアはすっかり泣き止み、その不思議な吸い込むような瞳をイザックに向け短く言っていた。あの家に帰るのは嫌だ、と。想像もしていなかったその言葉に、イザックは拍子抜けしていて「は?」と声を出し呆然と立ち竦んでいた。

 「おまえ何言ってんだ、自分のこの先が分からねえんだから家に帰るんだろ?」
「おまえじゃない、レティシアだもん」

どうでもいいこと言ってんじゃねえとイザックは顔を露骨に顰める。当のレティシアは小さな唇を尖がらがし腰に手を当てて顔を顰めたイザックを猫のように細められた瞳で睨んでいた。

 「おま……れ、レティシア、じゃあ何処で生活するんだ? フォンテーヌ家以外に何処に行く当てが……」
表情を引きつらせながらイザックは悪い予感を胸に抱きながら失笑を浮かべながらレティシアに訊く。レティシアは飄々とした顔で何でもない当然の事のように答える。
まさかな、と言う予感はすぱっと当たってしまう。
「貴方についていく、今決めた」
イザックは「は、ははは……」と力もなく笑い声を腹の底から押し出し口元をひくひく震わせる。

「まさか、本当に!!? はぁああ!!? どうして、何で!!?」
急に慌て声を大にし、両手で虚を斬りそう訊いた。どうして、何で俺についてくるんだと。

 そんな取り乱した様子を見たレティシアはほんの少し眉を上げ眼を見開き驚いたように表情を変化させるもののそれから人差し指をイザックへと向け、左右に動かし言った。勝ち誇ったように堂々と。


 「わからないんだからあの家に帰すんでしょ? 行きたくないし行く当てもない、だったら何がしたいって選択肢を与えてくれるようなことを言った貴方についていく。ヴァンパイアハンターの貴方となら吸血鬼に復讐できるでしょ」


反論の隙も無い言葉にイザックは口を噤み押し黙った。自分に似ていると何処か共感を覚え調子に乗って何て言う事を言ってしまったんだ、七、八分前の自分を恨み後悔する。

 ──────前言撤回だ。レティシアと俺は全然似ていない。むしろ真逆だ!!! 救いたいなんて馬鹿じゃないか!!

イザックは心の中で有りっ丈に叫んだ。

 何なんだこの図々しい程に真っ直ぐで頭の切れる少女は。出会ったこともない未知の生物を見るかのようにイザックは凝視してしまう。
 外見は幼い世間を何も知らない只泣いているだけしかできないような可愛らしい少女、では中身はどうか? 中身は世知辛い世の中を上手く生きることが出来る要領の良い出来過ぎた頭を持つ狡賢い悪魔のような天使とかけ離れている。

 「……さておき、貴方の名前は何? わたしの名前を知ってるのだから教えて頂戴よ、これから共に生きていくのに私だけ何時までも貴方、じゃ狡いわ」

ついていくことが決まったような口ぶりだった。レティシアは自分の名前をまるで嫌っているのだろうか、そんな言葉だとイザックは思う。

 ああ、そうか。名前の由来が「神の」だからか。
彼女の中で神や天使、悪魔なんて何らかの方法で助けてくれる存在何てないのだ。大切な大切なリーベルと言う人間を喪うことになってしまったから。
レティシアは言うだろう、神などが存在するのならばリーベルはいなくならなかった、と。
俺だって、その気持ちでいっぱいだと思うイザックは胸に残った傷と生々しい感覚を拭いきるように手を添え深呼吸した。

 「俺の名は……“ブランクネス”」

レティシアは瞬きを繰り返して「ブランクネス? それは」と考えるような顔つきで言った。ああ、その名前は自分の呼び名、であり本名ではない。ヴァンパイアハンターとしてタブーな事。本名を周りに明かさない。これは、守るべきことだった。

 「ねえ、ブランクネスって呼ぶのは長いからネスって呼んでいい?」

本名じゃないとこの少女も先程気が付いたはずなのにも笑顔を浮かべるレティシアをイザックは凝視し、何故だか感じる胸の温かさが心地良くてそれも何だか悔しくてイザックは「行くぞ」と口にする。

 「ねえ、ネス」

 またか、何だよと思いきれつつも振り返ってみればレティシアがこちらを向いて淑やかな微笑を浮かべながら手を差し出していた。
「手を貸してくれる? 力が出なくて立てないの」
イザックはつられて笑みを浮かべそうになり、慌てて堪え顔を俯かせ差し出された手を掴んだ。

 ほんのりと温かい、けれど冷たいそんな曖昧な体温が掌に乗せられ、イザックは瞬きを繰り返す。
これもまた、久し振りな感じ。誰かの手を掴んで握り、誰かを立たせるなんて、久し振りだ。
 
 「ありがと、貸してくれて」

しっかりとイザックを見つめて礼を告げるレティシアの前にすっと移動し、前を歩いた。今は良い、吸血鬼だとかレティシアの養親の家だとかそんなこと、考えなくて、良いのだ。