ダーク・ファンタジー小説

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.2 )
日時: 2021/02/19 21:34
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

◇第一章 【誓い】
一話:「イザック・ミシェル」

 晴れることがないと言っているかのような分厚い雲が太陽を隠し、薄い霧が行く道をも隠す。まるで出口の見えない迷路の中に居るような気分になってくるのは普通なことらしい。
湿度の高い空気に気がやられそうになる者も居ることが有名なこの世界には人間の血肉を喰らう吸血鬼が地下都市を作り夜には人を攫い襲うのだった。
生きる人間らは恐怖に怯え大切な者を失う者も多くそういう者らの頼みの綱としてバンパイアハンター、と言う者が国家公務員、言わば自衛隊員として職業化したのだった。


 店の路地裏。黒いローブを羽織って顔を隠した男は奥の奥にある扉を軽くノックをした。
「合言葉は?」
ヴァンパイアハンターが職場として集うこの場の受付人と思われる者が男に向かってドアの隙間からそう言った。

 合言葉は「銀鉱石」。由来は吸血鬼を滅することが出来る銀製ナイフから。人類だけが知ることが出来ず国家から配布された合言葉だ。だがこうやって確認するのは人間に扮した血を欲した吸血鬼が過去何回かやってきたからだと聞いている。

 男は唇を静かに開き「銀鉱石」と言えば、扉は開き、受付人の顔が見えるようになる。

 薄紫色の蛍光灯で照らされた職場内はバーのような雰囲気の曲が流れていた。天井床共に目の錯覚が起こるモノクロの幾何学模様だ。多くのバンパイアハンターが酒を呑んだり相談をしあいながら依頼を選んだりしている。
 柄の悪い金目的で就いたような男や華奢な青少年、可愛らしい少女、そして色気漂う女性、老人……様々な人間が居る。

 何時も通り吐きたくなるようなむぼったい甘い匂いに男は顔を顰め蒸し暑いとばかりローブを脱いで腕に掛ける。



 「今日は遅かったじゃねぇか、“ブランクネス”」

ブランクネス改めイザックは薄笑いを浮かべてしまう。呼ばれてから何年も経つのにも関わらずまだ慣れない呼び方に虫唾が走るときがたまにあり今がそうだ。
 「今回も百通以上は送られてきたぞ、誰のを受けるんだ? 天才ヴァンパイアハンターさんよ」
受付人はどっさりと依頼用紙の入った籠を見せてくる。

 イザックはヴァンパイアハンターの中でも名の知れた者なのだ。
 ヴァンパイアハンターには通り名があって、それは任務中の行動や依頼への態度によるのものだ。“ブランクネス”と言う名は無表情から来ていてイザックは吸血鬼を殺す時でも表情を崩さないと言われているのだが普通に笑ったり困った表情を浮かべたりしている。
殆どは根も葉もない噂話によるものだ。

 「……お薦めは?」
すると受付人はイザックに顔を近付けて声を潜める。
「四十五万コロア貰える大目玉な依頼が入っている、貴族の家のお嬢さんを攫っただとよ」
四十五万コロア!!? と目を見開かせたイザックに受付人はニヒルな笑みを浮かべていた。
 



 「……それ、ほんとうか……だ、だって……四十五万だなんて……」
一家庭に配布されたのは百万コロア。その約半分を一人のヴァンパイアハンターに賞品として渡すことが出来るなんて普通じゃないとイザックは薄っすらと額から頬へと汗を伝わせた。
 イザックは迷うことなく口を開き言葉を発した。

 「受ける、絶対に受ける」
受付人は微笑を浮かべどっさりと依頼用紙の入った籠から用意してあったかのようにすっと取り出し、イザックの掌に乗せる。

 「今回は、手強そうだぞ。気を付けろ」

サングラスの間から不意に見えた澄んだ海のような深い紺青の瞳に吸い込まれそうになりイザックは息を呑んだ。
 「嗚呼」
健闘を祈る、と受付人は何時ものからかうような笑みに戻り手をひらひらと振っていた。イザックはその笑みに応えるように一礼した。腰を斜め四十五度にぴた、と綺麗に折ったものだった。


 すぅっと息を吸ってから依頼用紙を見つめ、ぐしゃぐしゃと音を立ててポケットにしまい込み、受付机にあった煙草を手に職場の扉を開ける。把手につけられた小さな鐘が静かに立てる音に見送られ、夜の帳が降りる中歩き出す。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.3 )
日時: 2021/02/04 21:05
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 ─────「娘を、どうか……か」
依頼用紙に付けられた顔写真を手に闇に包まれた街をイザックはかつかつとブーツを静かに鳴らしながら歩く。


 先程、依頼主である男爵夫婦に会ってきたが美しい親子愛を魅せられたような気がすると何だが嘘くさく感じていた。

 「……まさか、な」
いくら伯爵から成り下がったとしても娘を売るような、そんな行為出来るはずがないだろう。頭に過ぎった何度も見てきた、血生臭い光景にイザックは顔を最低な考えを掻き消すように激しく振る。



 「あらあらぁ“ブランクネス”じゃない! 大目玉の依頼受けたって風の噂で聞いたわよぉ~?」
歩いていたイザックに親し気に絡むグラマーな体型の色気漂う麗しい女性……ヴァンパイアハンターの頼み処を営む情報屋だ。

 彼女ならば男爵家のこの娘を知っているかもしれない。何しろ顔が何処まで通じているかの分からない情報収集の上手い者だし、居なくなったと男爵夫婦が騒いでいたのだから“かも”ではなく必ず知っているだろう。
 「男爵家の……娘が上階級吸血鬼に攫われたそうだ。お前は、知っているか」
妖艶な微笑を浮かべていたそう訊かれた瞬間、やたらと睫毛の長い瞳を獲物を逃がさない虎のように細めた。微かに甘い香りが風と共に鼻孔を擽る。

 「ふふ、そうね……十五万コロアで教えてあげてもいいわよ。四十五万コロア受け取るんだからそのくらい良いでしょ? 調べは奥のほうまでついてるんだから」
悪戯っ子のようにそう告げる情報屋に軽く圧倒されながらもイザックは頷き「分かった」とばかり短く返事した。
 
 情報屋は両腕を絡め尾いてきてと手招きをしながら家具が殆ど置かれていない業務用の机と椅子だけであるが多くのファイルが所々に積み上げられた少々汚部屋と称せる程の自店へと表情も変えず招き入れれば重々し気な面持ちで紅の差されぷっくりと柔らかそうな唇を開いた。




 ─────「この時間帯ってほら、《ミツバチ》が動き回るじゃない?」

イザックは眼を剥いてしまう。まさかついさっき過ぎった良からぬ考えが当たってしまうのかと。
 《ミツバチ》とは吸血鬼に金や待遇と引き換えに血を与える者でありそれは親に強制されてなる場合がある。

 「金に駆られたのか……」
 「裏を取って見ればあの男爵家の主人は借金が多くあったそうね。なんでも伯爵家だった頃に博打をしてたみたいで、そのせいで没落しちゃったとか」
頭が痛くなる事実にイザックは溜息を吐いた。その様子に情報屋はゆったりと笑い「あら? 何時もの悪い考えが当たっちゃった感じ?」と言う。
曖昧に頷いて続きを促せば小鳥のようにぺらぺらと喋る情報屋を見つめた。


  実の娘にそんなことをさせる親が居るのか。




 狂ってると拳を作って強く握り締めていれば情報屋は息を吐いて、口を開く。
「………娘は拾ってきた子。噂によれば夜を彷徨っていた少女を偶然見つけて養子にしたらしいわ、まあ確かに自分の愛娘を吸血鬼にほいほい餌ですよーってやれるのって結構なことよねぇ」
 人間とは、醜く他人を蹴落としてまで。まだ幼い少女に屈辱的なことを強制するなんて、とイザックは同胞として恥ずかしいとばかりに目をあからさまに逸らせば情報屋は子供をあやすような表情で肩を擦り。

 「人間って言う者は、そう言う者よ。強欲で、無智で最低な奴らばかり、貪欲で謙虚で正義を持っている者は半数も満たないの。貴方は、後者になって」

 ゆったりと微笑めば「その子を、助けてあげてね」と言って何故か脳裏にこびれついて離れないあの女に見え離された手を掴まえようとしてしまい、短く声を上げてしまう。



 情報屋は薄笑いを浮かべて「さあ、帰った帰った。今日の営業はこれまで、さあさあ!」と強い口調で言っていても出入り口である扉へ押す力は優しく全てを包み込むような手にやはり似ているとイザックは想った。
 「ありがとな、教えてくれて。出来るだけ、してみる」
と告げれば颯爽と風のように、星明りが照らす夜へと消えていった。
 

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.4 )
日時: 2021/02/19 21:30
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 《ミツバチ》の紹介場と言えば此処しかない。多額の賃金を支払ってくれることで有名な此処しか。地下に続く階段を路地裏を進んでみれば見つける。看板からして怪しく露出狂の多いバーのようにイザック自身では思うが吸血鬼御用達、《ミツバチ》の集まる紹介場だと聞いていた。

 こんこん、何度叩いても出入り口である扉は開かない。イザックは苛立ったようにローブを被ったまま頭を掻き回せば「チッッ」と誰にとは言わないが開けもしない奴に自分は腹が立った、不機嫌であると伝えるかのように何度も、短く舌打ちをすれば諦めたように帰る。

 ……と見せかけて、イザックは思い切り木の扉に華麗で力強い蹴りをお見舞いし、無理矢理に貫いてするり、と入り込む。


 「あー入れないから蹴破っちゃったけど良いかな?」

 ばりばり、と凄まじい音を立てて扉を完全に木の葛にしてしまったイザックに恐怖を覚えたように崩れ落ちる人、そして従業員を見渡してにっこり慣れない作り笑いを浮かべて見る。
 「大丈夫か? えーっと……今日、此処に来たのは此方でお世話になってた……あ、写真は、そうそうこれこれ」
わざとらしく探してみてポケットから顔写真の付いてぐしゃぐしゃに変貌した依頼用紙を取り出せば、近くに崩れ込んであわやあわやと震えている紹介人に「この娘、見覚えないか? あるよな、だって長らく此処に通ってたんだからよ」と顔に押し付けて見せて。

 「ひッ、し、ししし知りません………ッ《ミツバチ》の子の情報は渡せない決まりに……ひぃいい!!!」
だんまりを決め込むつもりの紹介人の胸倉を掴み片手で起こしたイザックは眼を見開き喰われる寸前の雛鳥のようだと殺気に満ち溢れる金色の、満月のような瞳をたのし気に向ける。

 「馬鹿だな、裏は取れてんだよ」
 一人の少女がこそこそと出入りする写真を見せれば紹介人の肌は忽ち粟立ち、命の危機を感じた金魚のように開閉させれば「そ、そそその子を紹介した吸血鬼“様”なら………今夜、来る予定です……ッッ」と自分と言う恐怖に怯える紹介人を離せばイザックは黙る。

 「そ、じゃあ、夜にまた来るから」
ぱっと黒手袋をした左手をひらひらと振って、ぶっ壊した扉の残骸ざんがいまたぐ。ぽかん、と紹介人は目を奪われたようになっていれば「あ、お前さ」と思い出したように振り返りイザックは月のような眼を細める。


 「敵の事、敬称で呼ぶなよ。見苦しい……ま、お前のプライドが傷付くだけだから知らねぇけどさ」
吸血鬼を“様”付で呼ぶ紹介人を見苦しいと言えば、関係がないと言い切るイザックに紹介人は瞬きを繰り返した。

 「あ、あのッ」

 何か言わなくては、と俯かせた顔を上げたときにはイザックは深霧の向こう側へと消えていた。
 何時の間にか星の煌めく夜空から太陽の隠れた薄い蒼と変わっていた空をどうしたものか、紹介人は眩し気に見上げていた。

 数々の人間の反発の言葉。忘れもしない罵倒。全て聞き流してきた、けれども耳に残る《ミツバチ》を強制的にさせられている少女達のき声とかげが差してしまった表情。
 「………見苦しい、か」
どんなに汚い、人を傷付く、言葉でもなく上辺だけの優しい言葉ではない。他人事、関係がない。知らない、その言葉は初めて言われた言葉だった。

 その扉を壊されたとき、無情を貫き通していた紹介人の垣根を取り払われてしまったのだ。
不思議なヴァンパイアハンターだと素直に思う。
 《ミツバチ》の紹介場を見つけたら普通だったらついでに壊滅するのがヴァンパイアハンターだと思っていたのだがと紹介人は軽く頭を掻いて今夜を何故か首を長くして待っていた。