ダーク・ファンタジー小説

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.3 )
日時: 2021/02/04 21:05
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 ─────「娘を、どうか……か」
依頼用紙に付けられた顔写真を手に闇に包まれた街をイザックはかつかつとブーツを静かに鳴らしながら歩く。


 先程、依頼主である男爵夫婦に会ってきたが美しい親子愛を魅せられたような気がすると何だが嘘くさく感じていた。

 「……まさか、な」
いくら伯爵から成り下がったとしても娘を売るような、そんな行為出来るはずがないだろう。頭に過ぎった何度も見てきた、血生臭い光景にイザックは顔を最低な考えを掻き消すように激しく振る。



 「あらあらぁ“ブランクネス”じゃない! 大目玉の依頼受けたって風の噂で聞いたわよぉ~?」
歩いていたイザックに親し気に絡むグラマーな体型の色気漂う麗しい女性……ヴァンパイアハンターの頼み処を営む情報屋だ。

 彼女ならば男爵家のこの娘を知っているかもしれない。何しろ顔が何処まで通じているかの分からない情報収集の上手い者だし、居なくなったと男爵夫婦が騒いでいたのだから“かも”ではなく必ず知っているだろう。
 「男爵家の……娘が上階級吸血鬼に攫われたそうだ。お前は、知っているか」
妖艶な微笑を浮かべていたそう訊かれた瞬間、やたらと睫毛の長い瞳を獲物を逃がさない虎のように細めた。微かに甘い香りが風と共に鼻孔を擽る。

 「ふふ、そうね……十五万コロアで教えてあげてもいいわよ。四十五万コロア受け取るんだからそのくらい良いでしょ? 調べは奥のほうまでついてるんだから」
悪戯っ子のようにそう告げる情報屋に軽く圧倒されながらもイザックは頷き「分かった」とばかり短く返事した。
 
 情報屋は両腕を絡め尾いてきてと手招きをしながら家具が殆ど置かれていない業務用の机と椅子だけであるが多くのファイルが所々に積み上げられた少々汚部屋と称せる程の自店へと表情も変えず招き入れれば重々し気な面持ちで紅の差されぷっくりと柔らかそうな唇を開いた。




 ─────「この時間帯ってほら、《ミツバチ》が動き回るじゃない?」

イザックは眼を剥いてしまう。まさかついさっき過ぎった良からぬ考えが当たってしまうのかと。
 《ミツバチ》とは吸血鬼に金や待遇と引き換えに血を与える者でありそれは親に強制されてなる場合がある。

 「金に駆られたのか……」
 「裏を取って見ればあの男爵家の主人は借金が多くあったそうね。なんでも伯爵家だった頃に博打をしてたみたいで、そのせいで没落しちゃったとか」
頭が痛くなる事実にイザックは溜息を吐いた。その様子に情報屋はゆったりと笑い「あら? 何時もの悪い考えが当たっちゃった感じ?」と言う。
曖昧に頷いて続きを促せば小鳥のようにぺらぺらと喋る情報屋を見つめた。


  実の娘にそんなことをさせる親が居るのか。




 狂ってると拳を作って強く握り締めていれば情報屋は息を吐いて、口を開く。
「………娘は拾ってきた子。噂によれば夜を彷徨っていた少女を偶然見つけて養子にしたらしいわ、まあ確かに自分の愛娘を吸血鬼にほいほい餌ですよーってやれるのって結構なことよねぇ」
 人間とは、醜く他人を蹴落としてまで。まだ幼い少女に屈辱的なことを強制するなんて、とイザックは同胞として恥ずかしいとばかりに目をあからさまに逸らせば情報屋は子供をあやすような表情で肩を擦り。

 「人間って言う者は、そう言う者よ。強欲で、無智で最低な奴らばかり、貪欲で謙虚で正義を持っている者は半数も満たないの。貴方は、後者になって」

 ゆったりと微笑めば「その子を、助けてあげてね」と言って何故か脳裏にこびれついて離れないあの女に見え離された手を掴まえようとしてしまい、短く声を上げてしまう。



 情報屋は薄笑いを浮かべて「さあ、帰った帰った。今日の営業はこれまで、さあさあ!」と強い口調で言っていても出入り口である扉へ押す力は優しく全てを包み込むような手にやはり似ているとイザックは想った。
 「ありがとな、教えてくれて。出来るだけ、してみる」
と告げれば颯爽と風のように、星明りが照らす夜へと消えていった。
 

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.4 )
日時: 2021/02/19 21:30
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 《ミツバチ》の紹介場と言えば此処しかない。多額の賃金を支払ってくれることで有名な此処しか。地下に続く階段を路地裏を進んでみれば見つける。看板からして怪しく露出狂の多いバーのようにイザック自身では思うが吸血鬼御用達、《ミツバチ》の集まる紹介場だと聞いていた。

 こんこん、何度叩いても出入り口である扉は開かない。イザックは苛立ったようにローブを被ったまま頭を掻き回せば「チッッ」と誰にとは言わないが開けもしない奴に自分は腹が立った、不機嫌であると伝えるかのように何度も、短く舌打ちをすれば諦めたように帰る。

 ……と見せかけて、イザックは思い切り木の扉に華麗で力強い蹴りをお見舞いし、無理矢理に貫いてするり、と入り込む。


 「あー入れないから蹴破っちゃったけど良いかな?」

 ばりばり、と凄まじい音を立てて扉を完全に木の葛にしてしまったイザックに恐怖を覚えたように崩れ落ちる人、そして従業員を見渡してにっこり慣れない作り笑いを浮かべて見る。
 「大丈夫か? えーっと……今日、此処に来たのは此方でお世話になってた……あ、写真は、そうそうこれこれ」
わざとらしく探してみてポケットから顔写真の付いてぐしゃぐしゃに変貌した依頼用紙を取り出せば、近くに崩れ込んであわやあわやと震えている紹介人に「この娘、見覚えないか? あるよな、だって長らく此処に通ってたんだからよ」と顔に押し付けて見せて。

 「ひッ、し、ししし知りません………ッ《ミツバチ》の子の情報は渡せない決まりに……ひぃいい!!!」
だんまりを決め込むつもりの紹介人の胸倉を掴み片手で起こしたイザックは眼を見開き喰われる寸前の雛鳥のようだと殺気に満ち溢れる金色の、満月のような瞳をたのし気に向ける。

 「馬鹿だな、裏は取れてんだよ」
 一人の少女がこそこそと出入りする写真を見せれば紹介人の肌は忽ち粟立ち、命の危機を感じた金魚のように開閉させれば「そ、そそその子を紹介した吸血鬼“様”なら………今夜、来る予定です……ッッ」と自分と言う恐怖に怯える紹介人を離せばイザックは黙る。

 「そ、じゃあ、夜にまた来るから」
ぱっと黒手袋をした左手をひらひらと振って、ぶっ壊した扉の残骸ざんがいまたぐ。ぽかん、と紹介人は目を奪われたようになっていれば「あ、お前さ」と思い出したように振り返りイザックは月のような眼を細める。


 「敵の事、敬称で呼ぶなよ。見苦しい……ま、お前のプライドが傷付くだけだから知らねぇけどさ」
吸血鬼を“様”付で呼ぶ紹介人を見苦しいと言えば、関係がないと言い切るイザックに紹介人は瞬きを繰り返した。

 「あ、あのッ」

 何か言わなくては、と俯かせた顔を上げたときにはイザックは深霧の向こう側へと消えていた。
 何時の間にか星の煌めく夜空から太陽の隠れた薄い蒼と変わっていた空をどうしたものか、紹介人は眩し気に見上げていた。

 数々の人間の反発の言葉。忘れもしない罵倒。全て聞き流してきた、けれども耳に残る《ミツバチ》を強制的にさせられている少女達のき声とかげが差してしまった表情。
 「………見苦しい、か」
どんなに汚い、人を傷付く、言葉でもなく上辺だけの優しい言葉ではない。他人事、関係がない。知らない、その言葉は初めて言われた言葉だった。

 その扉を壊されたとき、無情を貫き通していた紹介人の垣根を取り払われてしまったのだ。
不思議なヴァンパイアハンターだと素直に思う。
 《ミツバチ》の紹介場を見つけたら普通だったらついでに壊滅するのがヴァンパイアハンターだと思っていたのだがと紹介人は軽く頭を掻いて今夜を何故か首を長くして待っていた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.5 )
日時: 2021/02/19 21:40
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

◇第一章 【誓い】
二話:「レティシア・フォンテーヌ」


   ああ、神さま、何故、あなたさまは笑っているのですか?





 叶えられるのなら願いたい。
助けて、と。
どうかあの家でも良いから此処から出して欲しいと。
救いの蜘蛛の糸を垂らして欲しいと、それがどんな糸であれ構わずわたしは掴むからと。



 『特別に美味なおまえには崇高なる家畜の証を与えようか』





 「いやぁあああああああぁあああッッッ!!!!!」
恐怖の夢から思わず叫んで飛び起きたレティシアは瞬きを繰り返し、「……ぁ、夢、じゃ……」と呟く。
ずくん、ずくんとやけに生々しく己の身体を鳴り響く鼓動と共鳴するかのように痛みの生じる箇所をレティシアは小汚い服の上から押さえ掴んで切れた息を整えようとする。


 「……どうしたのレティ、火傷が痛むの? 見せてごらん」
大きな声を上げてしまったからか同じ牢で過ごすリーベルが起き上がり眉を顰めながらレティシアの背中を服を捲って見つめた。

 「腫れは引いてきているみたい、水膨れが……潰れちゃったのかな……すぐにでも冷やして手当てしたほうが良いけど……」
それは無理だよね、ごめんね、と儚げに微笑するリーベルにレティシアは心を絞られるような痛みを覚え、肩をゆっくり落とした。《ミツバチ》を親に強要されている二人は自然と仲良くなり、一緒に吸血鬼の許に出向いたり同じ依頼を受けて居たりしていた。

 光を集めたような琥珀色の、髪にアクアマリンのような宝石の誰もを魅了するそんな綺麗で何もかもを映す瞳。華奢で小柄な体躯。唇はしっとりぷっくりしていて西洋人形のようだ。
 女の子のように可憐で美しい彼は吸血鬼達にレティシアの姉、いわば女だと勘違いされ同じ牢に入れられているのだ。それも女のように血が甘いからと吸血鬼が笑っていたのを憶えている。


 「許可もなく大声出してんじゃねェよ!! 家畜は黙って血を差し出せばいいんだよ、ああん!!?」
酒瓶を片手に見張り番である中階級吸血鬼が牢を強く足蹴りする。ただでさえ大きいだけの脆い鉄かどうかもわからない牢なのに衝撃を与えられたら一溜りもない。
息を呑んでいれば中階級吸血鬼は「こんなガキ共を世話してるっつうのに出世かいきゅうも上がんねェ……やってらんねェな」そう小言を言いながらまた定位置に戻っていく後姿を二人は見つめた。


 「ねぇ、憶えてる? 僕にきみが前に言ったこと」
リーベルに訊かれたレティシアは小首を傾げ背を擦りながら考えるも、結局諦めかぶりを振った。するとリーベルは小さく笑って「そっか、きみが憶えてるようなことじゃないよね」と言い真っ赤に荒れた手を絡めれば口を開いた。

 「二人でこのまま逃げちゃわないか、って言い出したんだよ。僕は、それをどうして逃げるんだって言ったんだよ。人間に優しい吸血鬼が存在しないって事実をきみに言われて僕は悔しくて悔しくてこの大人数が必要になる依頼を受けた。何だか危険だって引き留めにわざわざ見張りの厳しい家を抜け出して来てくれたきみの手を振り払って、僕は行こうとした」

 嗚呼、それがこの場に至ったきっかけになる。レティシアは自分をそうやって何時までも責め続けるリーベルを一瞥し、目線を下に落とした。
リーベルが事の発端となり引き留めに行ってしまった自分をレティシアは恨んでいる。しかし、この状況でリーベル自身をも自分を責め続けるのは間違っていると、自分も強引に手を取りこの場から離れていればと悪いことだって沢山あった。

 「あの時、きみの手を振り払わずに二人で逃げていれば良かったんだ、きみの言う事は正しいよ。人間に優しい吸血鬼なんか居ない………だから、きっと」

 


 “神さまなんて居ないんだろうね”




 「さあ、ガキ共、飯の時間だ!! しっかり『彼ら』に上等な血を与えさせてもらう為にたんと食えよ!! 皿何てものは何もねェそれはおまえ達が家畜だからだ!!」
中流階級吸血鬼達のけたたましい己自身を卑下する言葉で目が覚めたレティシアは眼を軽く擦りゆっくりと起き上がる。

 隣の牢の《ミツバチ》達の飯の供給が終われば吸血鬼はニヒルな笑みを浮かべてその真っ赤な血のような赤黒い双眸にレティシアを映した。

 「特に、お気に入りの多い嬢ちゃんには死なれちゃ困るからな、たんと食えよ!!」

 無理矢理手を突っ込んで口を開かせてどろっとした生温い吐きたくなるような液体を入れれば満足したように隣にその様子を見て、あわやあわやと怯えレティシアの背中を擦っていたリーベルを掴めば同じように接し不味い液体を流し込む。

 同じ牢で仲良くなったコレアと言う赤毛雀斑の少女に吸血鬼は供給をしようとし服を乱暴に掴んだ次の瞬間、コレアは何時ものように「痛い!」や「やめて!!」と可愛らしい小鳥のように喋らなかった。リーベルは眼を見開き、それが何なのか分かったようで咄嗟にレティシアの眼を自分の手で隠し、見えなくさせる。
 レティシアは何が起こったのか分からずけれども、何故か涙を流していた。






 冷たく小刻みに震えているリーベルの手が退けられた時には、コレアは居なくなっていた。
 「……ぁ、コッ、コレ、コレア……! わ、わ……わたしも同じように……いッい、嫌……」
彼女の座っていたひんやりと体温のない冷たい地面を触れ泣き喚くレティシアをリーベルは涙ながらに見つめ、宥めようとする。
震え上がったレティシアの赤と黄緑、青紫と痣や荒れから変色したガサガサの手を取り握れば、
「だ、大丈夫だよ。レティは、僕が必ず護り抜いて帰したあげる。此処を出られたら、二人で、暮らそう?」
リーベルは言った。自分も怖いはずなのにも、全部事を見たはずなのにもそう護り続けることを言ってくれたリーベルにレティシアは目を伏せた。

 彼はレティシアを身を挺してでも本当に今までずっと護っていた。レティシアよりも暴力を率先して受けて、血を吸われ、麻のようなぼろぼろ毛布までもレティシアに掛けていた。



 レティシアには、リーベルと言う光が居た。
それだけで彼女は、救われ前を向いて此処を出て一緒に暮らすと言う希望を胸に信じ続けた。




 光がなくなることを知らなかった彼女は。




 それは、脈絡もなく何の意味も理由もない死と言う恐怖。
レティシアはそれが紙一重だと気付くことになってしまう。