ダーク・ファンタジー小説

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.5 )
日時: 2021/02/19 21:40
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

◇第一章 【誓い】
二話:「レティシア・フォンテーヌ」


   ああ、神さま、何故、あなたさまは笑っているのですか?





 叶えられるのなら願いたい。
助けて、と。
どうかあの家でも良いから此処から出して欲しいと。
救いの蜘蛛の糸を垂らして欲しいと、それがどんな糸であれ構わずわたしは掴むからと。



 『特別に美味なおまえには崇高なる家畜の証を与えようか』





 「いやぁあああああああぁあああッッッ!!!!!」
恐怖の夢から思わず叫んで飛び起きたレティシアは瞬きを繰り返し、「……ぁ、夢、じゃ……」と呟く。
ずくん、ずくんとやけに生々しく己の身体を鳴り響く鼓動と共鳴するかのように痛みの生じる箇所をレティシアは小汚い服の上から押さえ掴んで切れた息を整えようとする。


 「……どうしたのレティ、火傷が痛むの? 見せてごらん」
大きな声を上げてしまったからか同じ牢で過ごすリーベルが起き上がり眉を顰めながらレティシアの背中を服を捲って見つめた。

 「腫れは引いてきているみたい、水膨れが……潰れちゃったのかな……すぐにでも冷やして手当てしたほうが良いけど……」
それは無理だよね、ごめんね、と儚げに微笑するリーベルにレティシアは心を絞られるような痛みを覚え、肩をゆっくり落とした。《ミツバチ》を親に強要されている二人は自然と仲良くなり、一緒に吸血鬼の許に出向いたり同じ依頼を受けて居たりしていた。

 光を集めたような琥珀色の、髪にアクアマリンのような宝石の誰もを魅了するそんな綺麗で何もかもを映す瞳。華奢で小柄な体躯。唇はしっとりぷっくりしていて西洋人形のようだ。
 女の子のように可憐で美しい彼は吸血鬼達にレティシアの姉、いわば女だと勘違いされ同じ牢に入れられているのだ。それも女のように血が甘いからと吸血鬼が笑っていたのを憶えている。


 「許可もなく大声出してんじゃねェよ!! 家畜は黙って血を差し出せばいいんだよ、ああん!!?」
酒瓶を片手に見張り番である中階級吸血鬼が牢を強く足蹴りする。ただでさえ大きいだけの脆い鉄かどうかもわからない牢なのに衝撃を与えられたら一溜りもない。
息を呑んでいれば中階級吸血鬼は「こんなガキ共を世話してるっつうのに出世かいきゅうも上がんねェ……やってらんねェな」そう小言を言いながらまた定位置に戻っていく後姿を二人は見つめた。


 「ねぇ、憶えてる? 僕にきみが前に言ったこと」
リーベルに訊かれたレティシアは小首を傾げ背を擦りながら考えるも、結局諦めかぶりを振った。するとリーベルは小さく笑って「そっか、きみが憶えてるようなことじゃないよね」と言い真っ赤に荒れた手を絡めれば口を開いた。

 「二人でこのまま逃げちゃわないか、って言い出したんだよ。僕は、それをどうして逃げるんだって言ったんだよ。人間に優しい吸血鬼が存在しないって事実をきみに言われて僕は悔しくて悔しくてこの大人数が必要になる依頼を受けた。何だか危険だって引き留めにわざわざ見張りの厳しい家を抜け出して来てくれたきみの手を振り払って、僕は行こうとした」

 嗚呼、それがこの場に至ったきっかけになる。レティシアは自分をそうやって何時までも責め続けるリーベルを一瞥し、目線を下に落とした。
リーベルが事の発端となり引き留めに行ってしまった自分をレティシアは恨んでいる。しかし、この状況でリーベル自身をも自分を責め続けるのは間違っていると、自分も強引に手を取りこの場から離れていればと悪いことだって沢山あった。

 「あの時、きみの手を振り払わずに二人で逃げていれば良かったんだ、きみの言う事は正しいよ。人間に優しい吸血鬼なんか居ない………だから、きっと」

 


 “神さまなんて居ないんだろうね”




 「さあ、ガキ共、飯の時間だ!! しっかり『彼ら』に上等な血を与えさせてもらう為にたんと食えよ!! 皿何てものは何もねェそれはおまえ達が家畜だからだ!!」
中流階級吸血鬼達のけたたましい己自身を卑下する言葉で目が覚めたレティシアは眼を軽く擦りゆっくりと起き上がる。

 隣の牢の《ミツバチ》達の飯の供給が終われば吸血鬼はニヒルな笑みを浮かべてその真っ赤な血のような赤黒い双眸にレティシアを映した。

 「特に、お気に入りの多い嬢ちゃんには死なれちゃ困るからな、たんと食えよ!!」

 無理矢理手を突っ込んで口を開かせてどろっとした生温い吐きたくなるような液体を入れれば満足したように隣にその様子を見て、あわやあわやと怯えレティシアの背中を擦っていたリーベルを掴めば同じように接し不味い液体を流し込む。

 同じ牢で仲良くなったコレアと言う赤毛雀斑の少女に吸血鬼は供給をしようとし服を乱暴に掴んだ次の瞬間、コレアは何時ものように「痛い!」や「やめて!!」と可愛らしい小鳥のように喋らなかった。リーベルは眼を見開き、それが何なのか分かったようで咄嗟にレティシアの眼を自分の手で隠し、見えなくさせる。
 レティシアは何が起こったのか分からずけれども、何故か涙を流していた。






 冷たく小刻みに震えているリーベルの手が退けられた時には、コレアは居なくなっていた。
 「……ぁ、コッ、コレ、コレア……! わ、わ……わたしも同じように……いッい、嫌……」
彼女の座っていたひんやりと体温のない冷たい地面を触れ泣き喚くレティシアをリーベルは涙ながらに見つめ、宥めようとする。
震え上がったレティシアの赤と黄緑、青紫と痣や荒れから変色したガサガサの手を取り握れば、
「だ、大丈夫だよ。レティは、僕が必ず護り抜いて帰したあげる。此処を出られたら、二人で、暮らそう?」
リーベルは言った。自分も怖いはずなのにも、全部事を見たはずなのにもそう護り続けることを言ってくれたリーベルにレティシアは目を伏せた。

 彼はレティシアを身を挺してでも本当に今までずっと護っていた。レティシアよりも暴力を率先して受けて、血を吸われ、麻のようなぼろぼろ毛布までもレティシアに掛けていた。



 レティシアには、リーベルと言う光が居た。
それだけで彼女は、救われ前を向いて此処を出て一緒に暮らすと言う希望を胸に信じ続けた。




 光がなくなることを知らなかった彼女は。




 それは、脈絡もなく何の意味も理由もない死と言う恐怖。
レティシアはそれが紙一重だと気付くことになってしまう。