ダーク・ファンタジー小説
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.1 )
- 日時: 2024/09/10 17:09
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 1.春風 -
「……いってきます」
私は小さな声でそう言い、真新しい黒色のローファーに足を通した。そして、胸まで伸びた長い髪を1つにまとめる。
今日は入学式。この春から、晴れて私は高校1年生になった。
「いってらっしゃい。また後で、入学式行くわ」
これから入学式だというのに、そんなシュチュエーションには全く合わない母の無感情な声が背中を突き刺した。
別に来なくていい。というか、”あの人たち”になんて来て欲しくない。
私は母の言葉に返事もせずに、そのまま家を出た。
「はぁ…」
扉を閉めた後、私は深いため息をついた。さっきまで少しは意気揚々としていた気分だったのに、両親が来ると知った今では、完全に気分が下がっていた。
でも、そんな私の気持ちを振り払ってくれるように心地よい春風が髪を揺らす。
こんなことで落ち込むのも無駄だ。そう思った私は家を出て、学校に向かった。
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学校の最寄り駅から目的地まで、思ったより時間はかからなかった。そして気がつけば目の前には、青空を背景に古い校舎と大きな門が堂々とそびえ立っていた。
ここは、全国でも有数の芸術学校。また、この学校は入試試験がとにかく難しいことで有名だ。なので、ここの生徒は推薦で来た人が多数なんだそうだ。ちなみに私もその内の1人である。
両親の母校でもあるこの学校は、父が絶対に入れと無理やり入れさせられた。私の両親はこの学校で初めて出会ったらしい。まぁ、そんなこと全く興味などないのだけれど。
私はそんなくだらないことを考えながら、足を踏み出して門をくぐった。
自分のクラスを確認した後、私は清掃された綺麗な廊下を歩きながら教室へ向かった。
いざ教室の前に立つと、急に変な緊張感と不安が押し寄せてきた。私は心の中で深呼吸をした後、教室の扉を静かに開けた。
-ガラガラ。
扉を開けた瞬間、教室の中にいた生徒みんなの視線が私に集まった。
「ねぇねぇ、あの子ってもしかして…」
「えっ嘘でしょ」
「あんな美人だったの?初めて見た…」
周りから聞こえる囁き声を無視して、自分の席に座る。すると、私が席に座るや否や、数人の女子生徒が私の席に集まってきて、目を輝かせながら、その中にいた1人の女の子が話しかけてきた。
「……あの、あなたってもしかして…」
そして、恐る恐るこんな質問をしてきた。
「水瀬 怜愛さん、ですか…?」
「………はい」
短くそう返事をすると、周りにいた女子生徒が一気に騒ぎ出した。
「ほら、やっぱり!」
「すごい、怜愛様と同じ学校なんて夢みたい…」
「なんで?怜愛様はこの学校にいて当然でしょ」
「めっちゃ尊敬してます。あとでサイン下さい!」
「は、はぁ…」
何故私はこんなに周りに知られているのか、読者も疑問に思ったことだろう。自分自身が有名な誰かなのか、はたまた親が有名人なのか。
答えはを………その両方である。
「今度ピアノ聴かせて下さい!」
そう、私は有名なピアノ奏者なのだ。そして私の父は、海外にソロコンサートを開くほどの有名なピアニスト。母は芸能界を中心に活動する、偉大な作曲家だ。
そんな私たちはよく『天才音楽1家』と、メディアに取り上げられている。この人達は、それを見て私を知ったのだろう。有名な両親を持って生まれたら、誰だって自慢したがるのは当然だろう。
「お父さんとお母さん、入学式来るよね?」
「うわぁ、楽しみ!」
「いいな、自慢できる両親がいて」
しかし、私は違った。親を自慢したいと思ったことがないし、思いたくもなかった。
この人達は、私の気持ちなんて何も知らない。
両親の…………裏の顔すらも。