ダーク・ファンタジー小説
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.2 )
- 日時: 2024/09/10 17:13
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 2.裏の顔 -
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「新入生の入場です。大きな拍手でお迎え下さい」
盛大な拍手と共に、入学式が幕を開けた。ステージから見て真ん中らへんに保護者の席、後ろに在校生の席がある。
私はその保護者席の端で、まるで関心がないとでも言うかのように、相変わらず無表情のまま手を叩いている両親を見つけてしまった。目が合わないよう、咄嗟に前を向く。
『お前は俺の娘なんだから、常に上品でいなさい。不格好な姿など、絶対に見せるな』
小さい頃からずっと言われてきた言葉が、脳裏をよぎる。
別に私は、好きでこの家に生まれた訳じゃない。やりたくてピアノをやっている訳じゃない。
なのに、私の想いなんか気にも止めないで、”親”なんてものを気取っている両親が嫌いだ。大嫌いだ。
憎い、憎い。全部、全部、消えてしまえ。
そんなことを思っていると”あの日”のことを思い出してしまった。
やだ、やだ。今は入学式の途中なのに。最近はやっと”あの日”のことを思い出さずに済んでいたのに。
”あの日”の父の姿がフラッシュバックする。
『嫌だ?何が嫌なんだ。もう1度言ってみろ』
こっち来ないでよ。嫌だ、もうやめて。
お願いだから…もう、嫌…だっ……
私はそこで、意識を手放した。
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私が初めてピアノに触れたのは、2歳の時だった。音楽家である両親が、何か私にやらせたかったのだろう。
「これがドで、これがレって言うんだよ」
あの時はまだ、両親の手は温かかった。だから私は、調子に乗ってピアノを始めた。
「へぇ、これ楽しいねっ」
始めた当初は、もちろんピアノが楽しくて楽しくて仕方がなかった。毎日毎日、父にピアノを教わっては、弾いていた。
両親はピアノを弾く私を見守りながら、嬉しそうに笑っていた。多分この時の笑顔が、私にとって最後に見た両親の笑顔だろう。
そこから、私のピアノ漬けの日々が始まった。6歳の時に本格的にピアノを習い始め、小学校を卒業する頃には、ピアノコンクールの賞をたくさん取っていた。
世間から見たら『音楽家の子供なんだから、才能があるのは当然だ』と思われるだろうが、私は私なりに、血の滲むような努力をしてきたつもりだ。一日たりともピアノの練習を欠かすことはなかったし、父の期待には全て応えてきた。
しかし両親は段々、成長していく私に対して冷たくなっていった。笑顔を見せることもなくなったし、私が何かを成し遂げても、褒めてさえくれなくなった。
『コンクールで最優秀賞を取った?なんだ、そんなことか。そんなのできて当たり前だ』
『それより、早くピアノの練習をしなさい。1個賞を取ったくらいでそんなに騒がないでくれる?』
なんで、何も言ってくれないの?私は2人に喜んでもらいたくて、褒めてもらいたくて頑張ったのに。
いつしか私は優しかった両親を嫌い、大好きだったピアノも何のために弾いているのかすら、分からなくなっていった。
だから私は、あることを決心した。父にピアノをやめたいと、もっと色んなことをしてみたいと相談してみることにした。
「…私ね、ピアノをやめたいの。もう嫌、だから。もっと違うことをしてみたい」
父の仕事部屋に通してもらい、楽譜を読んでいる父に勇気を振り絞って、そう言った。
「……は?お前は何を言っているんだ」
ようやく顔を上げてくれた、と喜んだのも束の間、気付いたら鬼のような形相をした父の顔がすぐ傍にあった。
「嫌だ?何が嫌なんだ。もう1度言ってみろ」
あんなに怒り狂った父を、1回も見たことがない。そう思うほど、恐ろしい目だった。
「だっ、だから、ピアノをやめた……」
声を出した次の瞬間、派手な音と共に頬に大きな痛みを感じた。
「…っ」
あまりの痛さに、思わず頬を手で抑える。
「いいよ。もう1度言ってごらん?さぁ」
また殴られる。そう思った時には、もう遅かった。
-ガッ。
一体、どのくらいの時間私は殴られていたのだろう。気付いたら父の部屋に1人で倒れ込んでいた。体にはたくさんの痣が浮き上がっていて、唇は切れて血が出ていた。
あの日味わった血の味が、今でも忘れられない。気持ち悪かった。吐きたかった。あの日は、とにかくもう2度とピアノをやめたいだなんて言わない、と心に決めた日だった。
そこから何もなかったかのように、ピアノ漬けの日々が再開した。
ただ、あの日から1つだけ変わったことがある。それは、私が何か失敗をしたり、コンクールで賞を取らなかったりしたら必ず、ご飯を食べさせてもらえなくなったことだ。
どんなに才能がある人間にだって、どんなに完璧な人間にだって、必ず失敗はある。それを乗り越えて成長するのが、本来の人間という生き物だ。
なのに…私の両親はそれを許してくれなかった。失敗したら、口も聞いてもらえなくなるのが怖くて、また殴られてしまうかもしれないのが怖くてたまらなかった。
だから私は、ずっとピアノを続けている。失敗するのが怖いから、両親が怖いからピアノを弾いているだなんて、笑える話だ。────────
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目を覚ますと、私は保健室にいた。保健室独特のツンとした匂いが、鼻を掠める。
いつの間にか私は泣いていたらしい。頬を大粒の涙が伝っていた。こんなことで泣くだなんて、くだらない。あほらしい。
頬の涙を拭いながら辺りを見回すが、誰もいない。恐らく養護教諭は、まだ入学式に出席しているのだろう。
私はベッドから体を起こすと、音を立てないように、裏庭に繋がる出口から保健室を出た。
今から入学式に参加しても、変な目でこちらを見られるだけだろう。それならいっそのこと、裏庭でひっそり隠れていればいい。
そう思って裏庭にあるベンチに腰を下ろした。
すると、花壇の傍に…何やら人影が見えた気がした。咄嗟にばれないように息を潜め、人影の方に目をやった。
───そこには…息を飲むほど綺麗な青年がいた。