ダーク・ファンタジー小説
- Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.3 )
- 日時: 2024/09/10 17:16
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 3.出会い -
どこか虚ろな瞳で花壇の花たちを見つめる彼の横顔はまるで絵画に描かれたようで、同じ人間とは思えないくらい美しかった。
形の良い、涼し気なアイスブルー色の大きな目と薄い唇。透き通るような白い肌には、ほくろひとつない。まさに”綺麗”という言葉が似合う人だ。
「……さっきから何じろじろ見てるの」
あまりの美しさに思わず見惚れていると、いつの間にか彼がこちらを怪しげに見つめていた。
「…あっ、ごめんなさい」
私は彼に話しかけられて、ハッとした。思わず謝ると、彼が急に笑いだした。
「ははっ。何か君、面白い」
「へっ…?」
口を開けば何を言うかと思ったら、おかしなことを言われたので、迷わずきょとんとしてしまった。初対面で赤の他人に、面白いなんて初めて言われたので、驚いた。
「で、君も入学式サボったの?」
そんな私を差し置いて、どんどん話を進めていく彼。あまりの会話の速さに、頭が中々ついていけない。
「…あ、えっと…別にサボった訳じゃなくて」
「じゃあ何で保健室になんかいたの?」
「……ちょっと、具合が悪くなっちゃったので」
具合が悪くなったのは本当のことだが、彼にはあまり深いところまでは話さなかった。
「………ていうか、私いたの気付いてたの!?」
「まぁね。最初から気付いてたけど」
「最初からって…」
平然と話す彼を見て、私は心の中でため息をついた。というか…。
「まさか、私のことを知らない…?」
私はそう口に出して、すぐに後悔した。これじゃあ、ただの自意識過剰野郎ではないか。
「んー…君と会ったことなんかあるっけ?」
私は首を傾げる彼の様子から、すぐに察した。やはり、この人は私のことを知らないのだ。
「こんな人、初めて見たかも…」
自意識過剰だとは分かっているが、私は全国で知らない人は殆どいないと言えるくらい、知名度は高いはずだ。街を歩いていても、必ず数回は声を掛けられていた。
「えっ何、その目は。本当に君は誰なの?」
今度は彼の方がぽかん、としている。何だかその様子がおかしくて、少し笑ってしまった。
「…ふふっ。私は誰かって?」
では、今度は私が驚かす番。そう思って私は、その場でくるりと回った。その勢いで、春風に乗せられながらスカートがひらりと翻る。
「そう!私の名前は、世にも有名な天才ピアニスト 水瀬怜愛なのである!」
私は自分の方に指をさしながらそう言った。案の定、彼は呆気に取られてぽかん、としている。
「……初めて聞いた名前だなぁ。あと、そのキャラ付けなんなの」
「……さぁ」
驚いてくれたと思ったら急に冷たい目で見てくる彼の掴み所は、未だに理解できないみたいだ。
「てか、もう入学式終わったかなぁ」
花壇に再び視線を戻して、彼はそう言った。
「それより、あなたの方こそ入学式サボってたんじゃないの?」
ずっと疑問に思っていたことを聞くと、彼は図星とでも言うかのように肩をビクッと震わせた。
「…まぁ、そうかもしれないね。………嫌だったし」
「人のこと言えないじゃん」
「確かに」
そう言って彼はまた笑いだした。それにつられて、私も思わず吹き出す。
「まぁ、お互い様ということで」
私は手を叩くと、彼の手を引っ張って立ち上がった。
「私も本当は帰りたくないけど…一緒に戻ろう」
そう伝えると、彼の瞳が少し揺らいだ気がした。そりゃあ、今頃戻ったって嫌かもしれないけど、戻らないと色々面倒くさいだろうから。
「大丈夫。2人なら今更戻ったって、恥ずかしくないでしょ?」
私は無理やり彼の腕を引っ張りながら、教室へ向かった。
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偶然と、彼も私と同じクラスだったみたいだった。だから2人で一緒に教室に入った。それからはもう大惨事で。
クラスメイトには質問攻めされるし、先生には遅いと注意されるし、それはもう大変だった。
でも、それは彼も同じだったみたいで、丁度私の斜め後ろの彼の席にも、生徒がたくさん集まっていた。
「怜愛様、大丈夫だった!?」
「突然倒れて保健室連れて行かれてたから、すごく心配したんだよ!」
「てか”王子”とは一体どういう関係!?」
王子…?って誰のことだ。私は首を傾げた。
「あの…”王子”って、誰のことですか…?」
そう言った瞬間、その場の空気が固まった。私は急な状況に、1人困惑する。
「……まさか”王子”を知らない…?」
「多分…?」
私の返事に、周りにいた生徒たちは顔を青ざめた。
「…知らない人、初めて見たかも」
何かボソッと小さな声で呟かれたものなので、私はその言葉を聞き取ることができなかった。
「で、”王子”は結局誰のこと?」
私が改めてそう聞くと、その場にいた1人の女の子が代表して説明してくれた。
「”王子”っていうのは、さっき怜愛様が一緒にいた彼のことだよ。名前は蓮水陽向で、別名”蓮王子”。怜愛様と同じ、いわゆる有名人で、高校生で現役の画家をやってるの。それも、海外のベテランの画家が認めるくらいの画力で、絵の世界では知らない人なんていない、今1番注目されてる画家みたいだよ」
呪文のようにペラペラと言葉を流していくその人の口調は、まるでアナウンサーのようだった。
「へぇ、初めて聞いたかも…蓮水、陽向…」
1人でそう呟いた。すると先生に
「…いつまでお喋りをしているのかしら」
と、また注意されてしまったのだった。