ダーク・ファンタジー小説

Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.4 )
日時: 2024/09/10 17:19
名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)



 - 4.限界 -

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「…ただいま」

 3人分の靴が並んだ狭い玄関は、相変わらず居心地が悪い。私はローファーを脱ぎ、黙って廊下に出ようとした。

 するとその時、父が大きな足音を立てて私の前にやって来た。

 あぁ。今日は相当父の機嫌が悪い。顔を真っ赤にした父の様子を見て、一瞬で悟った。

「なぁ、今日はどうして入学式で倒れたんだ?」

 胸ぐらを掴まれそうな勢いで、父が突っかかってきた。

「いつも言っているだろう?俺の娘なんだから恥じるような行動はするな、と。なのに何だ、あの情けない姿は。俺は見ていて、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかったんだぞ」
「…」

 呆れた。何だその理由は。というか大体、この人のせいで倒れたって言うのに、なぜ私が怒られないといけないのだろうか。

「…おい、何か言ったらどうなんだ?」
「……具合が悪くなっただけなのに、どうしてそんなに怒られないといけないの?」

 私は俯きながらそう呟いた。握りしめた拳が、わなわなと震えている。

「あ?そんなの決まっているじゃないか。お前は俺の娘なんだ。俺の威厳を守るためにも、お前にはしっかりしてもらわないといけないんだよ!」

 父の怒り狂ったその声は、段々と大きくなっていき、終いには髪の毛を引っ張られる羽目はめになった。

「大体なぁ、お前はいつから俺に口答えをするようになったんだ!誰のおかげで、こんなに有名になったと思ってる!」

 痛い、痛い。髪の毛を引っ張られているせいで、頭の皮膚に強い痛みを感じた。ブチブチ、と髪の毛がたくさん抜ける音がする。

 やめて、と言っても父は絶対にやめてくれない。むしろ、父の怒りを更に煽るだけだ。過去の経験から、私はそう確信していた。

「あぁ、お前も落ちたものだな。ピアノもできない、人の気持ちも分からない、言葉も通じない」

 父は乱暴に髪を掴んでいた手を、急に離した。その反動で、私は尻もちをつく。

みにくいやつだ。‪”‬父親‪”‬として情けない」

 父は私を思い切り睨みながらそう言い、そのまま去っていった。


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「ご飯を食べたら、早くピアノの続きをしなさい」

 何1つとして会話のない食卓。父の怒りはもう収まったのか、何かを叫び散らしてくることはなかった。そんな食器の音だけが鳴り響く沈黙の中で、母がそう言い放った。

「…」

 私は母の言葉を無視し、味噌汁を飲み切る。黙ったまま食べ終わった食器を片付け、自分の部屋に戻った。

 -ガチャッ。

 自分の部屋に入り、速攻でドアの鍵を閉めた。私はその場でうずくまり、気付けば1人泣いていた。今朝流した涙よりも、もっと大粒の涙が頬を伝う。

「…っ」

 あぁ、もう限界だ。こんな薄汚れた空気が流れている家なんて、1秒もいたくない。

 ‪”‬あの日‪”の父の姿をもう1度見てしまうだなんて、私はなんて不幸なのだろうか。


『‪”‬‪父親‪”‬として情けない‬』‬

 別に私のことなんて自分の子供とも思っていないだろうに、何で‪”‬‪父親だ”なんて言って、‬矛盾した怒りを私にぶつけてくるのか。

 意味が分からない。醜いのはどっちなんだ。

 気持ち悪い、気持ち悪い。あの人の顔を思い出すだけで、恐ろしいくらいの吐き気がする。

 あんな人なんて…早く死んでしまえばいいのに。

 ───あの時は、まだ知らなかった。

 まさか私のそんな願いが…もうすぐ現実になるだなんて。

 まだ何も知らなかった私は、その後1度もピアノを触ることはなく、ずっと1人で泣いていた。