ダーク・ファンタジー小説

Re: 君がいたから、ようやく笑えた。 ( No.5 )
日時: 2024/09/10 17:23
名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)



 - 5.不思議な夢 -


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 夢を、見ていた。とても幸せな夢だった。

 いや、もしかしたらこれは………昔の私の記憶かもしれない。

「春が来た、春が来た。どこに来た。山に来た、里に来た。野にも来た」

 懐かしいメロディーを、小さい頃の私が歌っている。そのかたわらには母親がいて、笑いながら私の手を繋いでくれていた。

「花が咲く、花が咲く。どこに咲く」

 私が歌っているのを見て、母も一緒に歌い出した。

「山に咲く、里に咲く。野にも咲く」

 すると母が、私の目を覗きながら続けて歌った。

「鳥がなく、鳥がなく。どこでなく。夢でなく、笑ってなく。一緒になく」
「……あれっ?お母さん、歌詞違うよ」

 歌の歌詞に違和感を覚えた私は、お母さんにそう言った。するとお母さんは、目を細めて優しく微笑んだ。

「ふふっ、そうだね。でもね、この歌はお母さんのお母さんが、よくこうやって歌ってたんだよ」

 そう言って、お母さんは遠い何かを見つめるように、視線を前に向けた。

 確か私が丁度このくらいの歳の時に、祖母ががんで亡くなったのだ。母は、悲しそうな目をしていた。

「『笑ってなく』って、何だか変だねっ」

 子供だった私は空気が読めなかったのか、母のことなんて気にせずに、思ったことをすぐ口にしてしまっていた。

「…そうだね。でもね、鳥さんだって笑ったり涙を流したりするのよ」
「鳥さんが?」
「そう。誰だって、悲しかったり嬉しかったりする時は泣くでしょう?だからね、鳥さんも私たちと同じように泣くんだよ」

 そう言った後、母は目線を私の方へ戻して、こう続けた。

「怜愛も、これから生きていく中で、笑ったり泣いたり怒ったり、色々な感情を体験していくの。そんな中でもね、あなたは楽しいことだけじゃなくて、辛いこともたくさん経験していくと思う」

 母は言葉を口にしながら、私の前でかがんで真っ直ぐに私の目を見つめてきた。その瞳はすごく透明で、まるでビー玉のように綺麗な目だった。

「そんな中でも、あなたはたくさんのことを学んで、成長していく。そして辛い時は必ず、怜愛のことを支えてくれる人がきっと現れるから。鳥さんの仲間みたいに、一緒に笑って、泣いて、一緒に幸せを共にしていく人が、必ず現れるから。その時に、例えお母さんやお父さんが隣にいなくとも……」

 そこで突然、母の声が聞こえなくなった。言葉の続きが気になる一方、目の前は真っ暗になり、夢に映る私は中学生になっていた。



「お母さん、お父さん…!」

 目の前にいる私は、暗闇の中で1人泣きながら必死に叫んでいた。まるでその姿は、親鳥に置いてかれ、1人ぼっちになったひなのようだった。

「…っ」

 座り込んでずっと泣きぐしゃる、中学生の私。

 もう、あの頃の幸せは戻ってこないんだよ。夢の中にいる自分に、そう伝えてあげたかった。

 そんな色のない世界に、急に光が差し込んだ。私は顔を上げ、光が差す方へ視線を移す。

「1人じゃない。大丈夫だよ」

 光の中に急に誰かが現れ、その人は私に手を差し伸べた。

「色がないなら、自分で作って塗ってみればいい。1人で寂しいなら、誰かに寄りかかってみればいい」

 眩しすぎる光で顔は見えなかったが、その人は確かに、私に救いの言葉をかけてくれた。

「だから、一緒に行こう」
「………うんっ…!」

 私は誰かも分からないその人の手を取って立ち上がり、光の中へ消えていった。


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 -チュンチュン。

 朝の訪れを伝える小鳥のさえずりが窓の外から聞こえてきて、私は目を覚ました。ベッドから起こした体はなぜか制服をまとっている。おまけに変な夢を見たせいか、頬には涙が固まった跡があった。

 一瞬、なぜ制服を着ているのか疑問に思ったが、すぐに昨日のことを思い出して、1人で納得した。

 昨日は部屋でずっと泣いていて、そのままお風呂も入らずに、泣き疲れて眠ってしまったのだろう。

 私は布団を剥がして、ぐしゃぐしゃになった髪をくしでとかしながら頬の涙を拭った。

「色がないなら、自分で作って塗ってみればいい、か…」

 髪をゴムで結んで、鏡に映る自分を見つめながら、1人でそう呟いた。夢の中で出会った、あの人の言葉が今もなぜか心に残っている。

 あの人は誰なのか。そして母はあの時、なんて言おうとしていたのか。私は夢のことを考えながら、朝食を食べようと階段を降りた。


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 今朝はいつもより早く起きて、学校にも早めに来てしまったこともあってか、校舎には生徒が殆どいなかった。

 私は誰もいない教室に荷物を置き、暇だしせっかくなので学校内を散歩してみることにした。

 静まり返った廊下に出て、とりあえずこの階を散策してみようと、そこら辺を歩いた。しばらく廊下を真っ直ぐ歩いていると『第二音楽室』と書かれた教室が見えた。

 私は何となく、そこで足を止めた。この教室の扉は一部が透明なガラスでできているため、中を覗けるようになっている。興味本位で教室の中を覗くと、そこには綺麗に手入れされた大きなピアノがあった。

 私は無性にあのピアノを弾いてみたい、という衝動に駆られた。気付けば私の手足は動いていて、音楽室の扉を開けてしまっていた。

 -ガラガラッ。

 なぜか鍵は閉まっていなくて、スライドした扉はすぐにひらいた。

 当然、中には誰もいない。まぁ、いるはずもないのだけれど。

 私はほぼ無意識に、あのピアノに近づいた。

 そっとピアノの椅子に腰を掛ける。念の為、もう1度周囲に誰もいないかを確認し、私は鍵盤蓋を開けた。

 そして、鍵盤の上に指を構える。何を弾くかは何も決めていなかったけれど、今頭に浮かんだ曲を何となく弾いてみた。

 曲名は『春が来た』。あの時夢に出てきた、母と一緒に歌った曲だ。

 ソミファソラ、ソミファソド。ラソミドレ。

 幼い頃の感覚だけを頼りに、 旋律を奏でていく。

「……夢でなく、笑ってなく。一緒になく」

 気付けば、そう口にして歌っていた。

 そして、夢の中で歌っていた母を思い出す。段々、幼い頃の記憶がよみがえってきた。

 そういえばこの曲は、ピアノを初めて触ってから1番最初に弾いた曲だった。

 そんなことを思いながら、私はピアノを弾き終えた。まるで、幼かった子供の頃に戻ったような気分だった。

 幸せだった日々。でももう、あの頃には戻れないのだ。ある日突然現れた、枝分かれの道。そこで、私と両親は離れ離れになってしまった。私たち家族は、どこから間違ってしまったのだろう。

 もしあの時、道を間違えずに家族みんなで同じ方向を歩めていたら、どんなに良かっただろう。

 今思えばあのことを私は少し、いや、とても後悔していた。

 家族みんなで笑い合える日が、また戻ってくるだろうか。


 多分今のままじゃ、一生その日はやって来ないだろう。例えどんなに過去のことを悔やもうとも、結局はどうにもならないのだから。それならいっそ、自分から期待するのはやめよう。

 そう思っておきながら、反対に私の視界は滲んでいた。指を置いたままの鍵盤に涙がぽたぽたと零れて、涙の跡を作っていく。



「…春が来た、春が来た。どこに来た」

 すると急に、さっきまで弾いていた曲を誰かが歌う声が聞こえてきた。嘘だ。さっきまで誰もいなかったはずなのに。

 驚いて隣を見ると…そこには昨日出会った青年がいた。確か…蓮王子、だっけ?いつの間に隣にいたなんて、もはや自分が鈍すぎて笑えてくる。

 彼は私の方に近寄り、歌い続けた。

「山に来た、里に来た。野にも来た」

 私は彼に泣き顔を見られないように、速攻で涙を拭いた。

「君が歌ってた3番の歌詞、何か変だったね」

 そう言いながら蓮水はすみ君はピアノの鍵盤に触った。

「……母が、よく歌ってた歌詞なの」
「ふぅん」

 まるで興味がないかのように気だるけな返事をした後、彼は衝撃的なことを言った。

「じゃあさ、何か弾いてよ。弾き語りみたいな感じでさ」
「…えっ」

 弾き語り…?そんなことをしたこともない私は、思わずきょとんとしてしまった。

「はーやーくっ」

 そんな私のことなんか気にせず、急かしてくる彼。その姿はまるで、えさを欲しがっている子犬のようだった。

 それにしても、弾き語りなんて何を歌えばいいんだ。どうしようかと、私は焦っていた。

 すると私の中に、1つの曲が浮かんできた。ただし、この曲を弾いたことは1度もない。

 ええい、この際どうにでもなれ。私は半ば投げやりな気持ちになり、鍵盤に手を置いた。

 深呼吸した後、自分の感覚だけでゆっくりと前奏を奏でる。

 ゆったりとしたその旋律に、少し心が軽くなった気がした。弾いている曲は、私の‪”‬‪大好きな音楽家”‬が手掛けている、今自分の中で流行っているバラード曲だ。

「……離れてゆく幸せが、離れてゆく温もりが。戻ってきて欲しいだなんて弱音、誰にも見せずに隠してきた。暗闇に差した光の中で、僕は笑えるの?笑っていいの?光のない僕に、色のない明日に。────それでも」

 彼の反応など気にせずに、私は大好きなこの曲のサビを歌った。

「当たり前の毎日をちゃんと愛せるように。例えその日々が怖くて痛いものでも。君の隣で笑えるように、僕は今日も生きてゆく」
「…」
「………明日が怖くて怖くって。世界が嫌いで愛せない。────それでも。大切な人が離れていっても、君が手を繋いでいてくれるのなら。当たり前が当たり前じゃなくなっても、君がそばにいてくれるのなら。僕は今日も、歩んでゆくよ─────」

 私は歌を歌い終わり、静かに伴奏を終わらせた。