二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.29 )
- 日時: 2012/02/06 21:51
- 名前: 麻香 (ID: WgY/GR3l)
04 § 悪ノ娘 §
【レイ】
「さぁ、ひざまずきなさい!」
ラキティアナ国、中央広場にて————
幼い少女の命令が響き渡る。と、同時に民衆たちは膝を折り、地に伏せる。
老若男女の民衆たち。その全てが自分に頭を垂れているのが面白くて仕方ないようで、少女の顔からは笑みが消えない。
彼女はラキティアナ国を治める、齢十四の王女なのだ。
小さな王女を見つめながら、レイはふぅっと溜息をつく。
ニヤニヤと笑いながら、王女は再び叫んだ。
「最近ね、王宮の食糧が少なくなってきてるの。今までの2倍の税金と食糧を納めてちょうだい」
民衆たちは悲鳴じみた声をあげた。
なにせ今年は雨が少なく、米や麦もほとんど採れなかったのだ。
ガヤガヤと民衆たちは議論を始め、やがて1人の女が前に進み出た。
貧相な服を着て、今にも泣きそうな顔の中年の女だった。
「王女様。わたくしたちには、もうお金も食べ物もございません。どうかお許しください‥‥‥‥」
王女は女の全身を舐めるように見回す。
女は両手を合わせ、神に祈っていた。
その様子を見て、王女は、笑う。
「あなたの気持ちは、よぉく分かったわ」
人々と女の表情に、安堵が浮かんだ。
「では、王女様————」
「この女の首をはねなさい。王女に逆らうなんて、無礼にも程があるわ」
「!」
広場はシンと静まった。
王女の脇から2人の兵士が飛出し、女の腕を掴む。
その時になって、呆気に取られていた女が、初めて悲鳴をあげた。
「お待ちください!王女様!イリアナ様ぁっ!!」
「うるさいわね。さっさと連れて行きなさい」
女は必死で抵抗したが、日頃から訓練している兵士2人にはかなわない。兵士はどんどん女を引きずっていく。
民衆たちは恐ろしげな視線で女を見るが、助けようとはしない。そんなことをすれば、次は自分の首が飛ぶからだ。
‥‥‥いや、1人だけ飛び出した人間がいた。
「母さんを放してよ!母さんっ!」
どうやらあの女の娘らしい。
娘は女を助けようと兵士に飛びついたが、すぐに邪険に振り払われ、地面に叩きつけられる。
娘が痛みに呻いている間に、女は処刑場行きの馬車に押し込められた。
そのやりとりを見ながら、王女はあくびを1つして、民衆たちに告げた。
「じゃあ、税金と食糧、よろしくね?」
そして愛馬のジョセフィーヌにまたがる。
レイは慌てて走り寄り、ジョセフィーヌの手綱を取った。
レイは、王女と同じ十四歳の少年。
王女こと、イリアナ=ラキティアナの召使。
そして、彼女の、双子の弟。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.30 )
- 日時: 2012/02/08 21:24
- 名前: 麻香 (ID: WgY/GR3l)
王宮、王女の自室————
集会を終えたイリアナは、そこでドレスアップを楽しむ。
鏡の前に立ち、メイドに何百着のドレスを手渡され、胸の前に合てていく。
やがて1つのドレスが気に入ったらしく、隣室でメイドに手伝われながら着替えた。
全体的に黄色のドレス。胸の部分に黄色い薔薇のドライフラワーがあしらわれ、金髪のイリアナによく似合う。彼女はさらに金髪を上へ結い上げ、ポニーテイルにした。
イリアナは満足そうに、鏡の前で一回転。
いつもと変わらない一日。ついさっき人を処刑したことを忘れてしまいそうな。
そんなイリアナの近くに控えながら、レイは絵画のような風景にしばらく見とれていた。
☆★☆★☆
イリアナとレイは、期待の中、教会で生まれた。
国中の誰もが待ち望んだ瞬間。
父王も出産室の廊下で、今か今かと待ち構えた。
そのままイリアナだけが生まれていれば、全て丸く収まっただろう。
イリアナとレイが双子であったことが、全てを狂わせた。
もちろん最初のうちは、たくさん可愛がられて育てられた。
だが、そこで王座の相続問題が持ちあがる。
姉であるイリアナ。男であるレイ。どちらが王に相応しいか。
国民たちはイリアナ派とレイ派で真っ二つに割れ、お互いに戦いを繰り返す。その戦いに巻き込まれ、父王と母である女王は死んだ。
結局イリアナ派の国民が勝ち、イリアナは幼くして王座につく。
そして「レイ=ラキティアナ」は死んだことにされ、歴史から抹消された。
だが実際は殺されず、大臣の養子となって王女側近の召使をしている。
レイは養父からそのことを聞いているが、それ以外の者は誰も知らない。イリアナさえも。
顔も声も全てが同じなのに、たった少しの差で引き裂かれてしまった、双子。その2人は今、全く違う道をそれぞそ歩んでいる。
☆★☆★☆
協会の鐘が国中に鳴り響く。
午後3時、つまり15時だから、15回。
美しい音を残して消えていく音を、きっちり15回聞いてから、イリアナは顔をほころばせた。
「あら、おやつの時間だわ」
イリアナの胸の上で、彼女がどんな服に着替えようと絶対に取ろうとしない、朱色のペンダントが小さく跳ねた。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.31 )
- 日時: 2012/02/09 21:46
- 名前: 麻香 (ID: WgY/GR3l)
イリアナは、そのペンダントの意味を覚えているだろうか。
————これ、あげるっ!
あれはまだレイ達が幼かった頃。
あの時は、これから起こる王座を巡った争いのことなんて全く知らずに、ただ無邪気に笑っていた。
————わたしはあかいの、レイはあおいのね!
小さな手が差し出した、小さな蒼いペンダント。
幼いイリアナは笑いながら、自分の朱いペンダントを握りしめていた。
安物のペンダントだったけど、今まで貰ったどんなプレゼントよりも嬉しかった。
————このペンダントは、わたしたちがどんなにはなれてても、ちゃんとつながってるよ、ってあかしなの!
自分のペンダントと同じくらい頬を赤くして、無邪気な笑顔を見せる彼女。
もしもイリアナとレイが王家の血をひいていなかったら、この笑顔もまだあったのだろうか。
もしもあの争いが無かったら‥‥‥
「久しぶりにブリオッシュが食べたいわねぇ」
凛とした声が、レイを現実に引き戻した。
イリアナが、フォークでマドレーヌとミルフィーユを突き刺しながら、レイを見ていた。
「ブリオッシュ‥‥‥ですか?」
「えぇ。そういえば、ミルフォニア国に、すごく美味しいブリオッシュを作る婦人がいるって聞いたことがあるわ」
ミルフォニア国は、すぐ隣の小国だ。
小さい割にはオシャレな国で、人ロの3割がパティシエやデザイナーだ。
この国とは仲が良い。
「レイ。今すぐミルフォニア国に行って、その婦人にレシピを聞いてきてちょうだい」
「は‥‥?今、ですか?」
「早く〜!」
かくして、レイはミルフォニア国に出かけることになった。
☆★☆★☆
ミルフォニア国は、何故か緑の髪の人が多い。
人通りの多い所に行くと、どこか深いジャングルに迷い込んだような錯覚を覚える程だ。
ブリオッシュが得意な婦人、はすぐに見つかった。
かなり有名なようで、通行人に質問をすると、ほとんど即答で名前を教えてくれた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
婦人こと、シルヴィアナ・マーラは自ら迎えてくれた。
この国では珍しい桜色の髪を肩まで垂らし、ふんわりとした笑顔が好感を持たせる。
「わたしのブリオッシュを王女様が食べたいなんて、光栄だわ」
良い香りのする紅茶を出して、シルヴィアナは微笑んだ。
「すみません。ちょっと急ぎでして‥‥‥」
「そう。‥‥ミリア〜、ブリオッシュを持ってきて〜!」
シルヴィアナが使用人の名前を呼ぶと、はぁい、と厨房から元気な声がした。
それからすぐに、菓子の入った籠を持って、使用人の娘が駆けてくる。
「お待たせいたしましたぁ!」
その時、生まれて初めてレイは、一目惚れ、というものをした。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.32 )
- 日時: 2012/02/11 17:12
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
ブリオッシュを持ってきたミリアという娘は、とても活発そうな娘だった。
この国伝統の緑の髪を長く伸ばし、ツインテールにしている。
キラキラした隻眼で、その下に淡い桃色の頬。
どんな人にも優しく接する元気な娘に見えるのに、触れれば壊れてしまいそうな儚げな雰囲気を合わせ持つ。
「奥様のブリオッシュは、すっごく美味しいんですよぉ!食べてみてください!」
普通なら、使用人が主人の客に話しかけるなどありえない。
だがミリアには、それを不愉快にさせない何かがあった。
ミリアが籠の中から、ブリオッシュの乗った皿を取り出す。
「これは‥‥なんですか?」
香ばしそうなブリオッシュの上に、輪切りにした果物のようなものが乗っていた。
真っ黄色に光っていて、甘い香りを放つ、レイの国では見かけないものだった。
「これはパイナップルという果物をシロップで煮込んだものなの。南国の果物で、確かにラキティアナ国では見たことがないわね」
シルヴィアナが丁寧に説明した。
勧められるがままに食べてみると、まず酸味が舌を衝く。
だが後から来たシロップの甘味と、ブリオッシュ独特の風味が、酸味をほどよく抑えていた。
「美味しい‥‥‥」
思わず本音を出すと、シルヴィアナとミリアはけらけらと笑った。
「わたしは本当はパイナップルを乗せていなかったんだけど、ミリアが教えてくれたの。ブリオッシュとパイナップルはすごく合うんですよ〜、って。そしたら本当に美味しくて」
「やだぁ!奥様のブリオッシュが美味しかったんですよぉ!」
主人と使用人というより、女友達のように見える。
笑っているミリアに名残惜しさを感じながら、レイは立ち上がった。
「そろそろ帰ります。王女様が糖分を欲しがって騒いでいるでしょうから」
「あらあら。じゃあ、さようなら」
「また来てくださいねぇ!」
レイはお土産のパイナップル入りブリオッシュを持って帰路に着きながらも、頭からはミリアの笑顔が離れなかった。
☆★☆★☆
ラキティアナ王国、王宮。
イリアナの自室に行ってみたが、イリアナは不在。代わりにイリアナ側近のメイドが掃除をしていた。
「イリアナ様はどちらに?」
聞くと、メイドは機械的な口調で答えた。
「先程、カイン様がお忍びで来られたんです。お二人で乗馬をしに、庭に行かれました」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.33 )
- 日時: 2012/02/11 11:11
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: r4kEfg7B)
初めまして!悪ノシリーズが好きな伊莉寿という者です!!
文才がお有りなんですね!!すごいと思います、話にすんなりと引き込まれました。
私もこんな風に書けたらな、と思ってしまいます…文才が無いのでどうしようもないのですが^^;
これからも応援していますっ♪
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.34 )
- 日時: 2012/02/11 17:11
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
悪ノシリーズ大好き仲間がまた増えました♪
私は文才無いですよ〜。もっとすごい小説を書いてる人はたくさんいます。
応援ありがとうございます!飽きっぽい私ですが、悪ノシリーズだけでもちゃんと終わらせるよう、頑張ります!
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.35 )
- 日時: 2012/02/13 21:32
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
カイン=フェンべルクは、海の向こう側にある国、フェンべルク国の王子。
フェンべルク国は島の上にある孤立した国だが、漁業が盛んで、この国とも同盟を結んでいる。
そしてカインは、数年前イリアナとの婚約が正式に決まった相手でもあった。
王宮と隣接している庭に向かうと、2頭の馬が走っていた。
白馬の方は、イリアナの愛馬のジョセフィーヌだろう。もちろん騎手はイリアナだ。
ジョセフィーヌと並んで黒馬を走らせているのは、やはりカインだった。
レイはそっと、王女を見守っていた兵士達の脇に立つ。
かなりの時間走らせていたのか、ジョセフィーヌと黒馬には、うっすらと疲労の色が見えた。
それに気づいたカインは馬を止める。
「もうこれくらいにしましょう、イリアナ様」
イリアナもカインに続いて馬を止めた。
頬を赤く染めながら、頷く。
「そうね。ジョセフィーヌもわたしも疲れちゃったし」
カインと一緒の時のイリアナは、いつも機嫌が良い。
イリアナはカインに手伝ってもらいながら、ふわりと地面に降りた。
その時、カインが声を低くしてイリアナに質問した。
「イリアナ様。あそこにいる者達で、1番信用できる者を呼んでください」
あそこにいる者達とは、おそらくイリアナを警護している兵士やメイド達のことだろう。
イリアナは困惑しながら、視線を走らせた。
「う〜ん‥‥‥レイ、来てちょうだい!」
「は、はいっ!」
突然名を呼ばれて驚きながらも、レイはカインとイリアナに駆け寄る。
カインはレイをちらりと見ながら、イリアナを連れて歩きだす。
ついて来い、ということだろう。
カインが来たのは、王宮の裏庭だった。
手入れされないので草は自由勝手に伸び、もちろんそんな所を警護する兵士などいない。
カインはイリアナに向き直ると、深呼吸を一つしてから、切り出した。
「婚約を、破棄してほしい」
冷たい風が、ざらりと首筋を舐めた。
イリアナの青い瞳が見開かれる。乗馬の時にあった、無邪気な笑顔は、もう無い。
「え‥‥なんで‥‥‥冗談でしょう、カイン様!」
「‥‥‥‥好きな人ができたんだ」
静かな裏庭に、イリアナの荒い息だけが響く。
レイは呆然と2人を見ていた。
「‥‥どんな女なの‥‥」
「名前はミリア。綺麗な緑の髪の。それ以上は‥‥言えない」
ミリア。綺麗な緑の髪。その子は‥‥知っている。その子は‥‥あの‥‥。
だが、考えるよりも先に、イリアナの悲鳴がこだました。
「わたしじゃ駄目なのっ!?」
「っ‥‥‥‥」
これだけ取り乱したイリアナは、初めて見た。
カインの腕をしっかりと掴む。その顔には、ただ、焦りと恐れ。
先ほどよりも大きな声で、イリアナは叫んだ。
「わたし、カイン様の為なら何だってする!カイン様が緑の髪がお好きだっておっしゃるなら、染めたっていいわ!わたしのどこがいけないの!?教えてよ‥‥お願いだから‥‥」
「‥‥‥」
イリアナはカインの手を握り、彼に近寄る。
そして、小さな頭をぴたりとカインの胸に着けた。
「‥‥わたしを‥‥‥捨てないで‥‥‥‥」
カインは苦しそうな顔をしながら、それでも彼女を抱きしめようとはしなかった。
2人の間に、いつの間にかできていた溝。誰にも分からないような小さなものだったのに、気がつけばそれは、とても埋められないような亀裂へと変わっていた。
そして。
「すまない‥‥‥」
カインの日に焼けた喉から発せられた、拒絶の言葉。
とても小さな声だったけど、どんな言葉よりも重く感じた。
イリアナはカインから手を離し、恐れるように2,3歩後ずさる。
カインは引き止めるように手を伸ばしたが、彼女はそれをすり抜けて王宮へと走っていった。
青い瞳からこぼれ落ちた涙が、真珠のように光っていた。
カインはしばらく立ち尽くしていたが、やがて背後で呆然としていたレイに声をかける。
「今のことを、全て上の者たちに話しておいてくれ」
上の者たちとは、すなわち大臣たちのことだろう。
レイは、イリアナとカインの破滅を見届ける“証人”として呼ばれたのだ。
レイは返事をしなかったが、気にすることなくカインは立ち去る。
空は、既に暗くなり始めていた。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.36 )
- 日時: 2012/02/15 21:26
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
レイはイリアナの自室の扉をノックした。返事はない。
躊躇ったが、そのままにしておくこともできず、意を決して中に入る。
部屋は荒れていた。
カーテンは引き裂かれ、椅子は押し倒され、荒らしでも通ったかのようだ。イリアナの好きな黄色い薔薇が入った花瓶も、床の上で割れている。
白い天蓋べッドの上で、毛布の塊がふるふると震えていた。
「イリアナ様‥‥‥」
呼びかけると、イリアナが毛布から顔だけ突き出した。
既に泣きはらした後らしく、目元は真っ赤だった。部屋で暴れた後なので、髪は乱れてポニーテイルの原型を留めていない。
部屋に勝手に入ったことで怒られるかもしれないと思い、レイは身構える。
「レイ‥‥‥わたしね、1つだけ苦手なものがあるの‥‥‥」
消えてしまいそうな、小さな声。
イリアナの苦手なものと聞き、レイは考える。
ピーマンはいつも残す。昆虫類も嫌いだと言っていた。苦手なものが、結構たくさんある気がする。
「わたし‥‥1人ぼっちが苦手なの。皆に嫌われちゃうのが怖いの」
意外な答えだった。
イリアナの側には、常に誰かがいる。1人になったことなど、無いはずだ。
「だからね、もしもわたしの命令を聞かない人が居たら、その人はわたしのことが嫌いなんだな、って思うの。だって、もしもわたしのことが好きなら、なんでも命令を聞いてくれるはずでしょう?」
イリアナは、無知だったのだ。
両親は幼い頃に死んだ。だから、愛された記憶がない。愛というものが分からない。
ただ知っているのは、昔話に出てくるような、国民に自由に命令ができる王様だけ。
「だから、わたしに逆らう人がいたら、頭が真っ白になっちゃうの。嫌われるのが怖いから。わたしを嫌いな人なんて、全ていなくなっちゃえって。わたしのことが好きな人だけ、いればいい、って」
数日前に、イリアナに許しを乞うて処刑された女を思い出す。
あの女は、このまま生活を続けたかっただけなのだ。自分の娘と一緒に。
だがイリアナには、それが分からない。
イリアナは、生活に困ったことがないのだから。金でも食糧でも、好きなだけ出てくると思っている。
無知は罪、という言葉があるが、良い例だった。
「レイは、ちゃんとわたしの命令を聞いてくれたよね。わたしのこと、好きだよね‥‥‥‥?」
突然名を呼ばれ、レイは少し動揺する。
イリアナの問は、質問というより懇願に聞こえた。
震えている小さな少女を、安心させてあげたかった。
「はい」
「‥‥‥そう」
イリアナは嬉しそうに微笑んだ。
それは今までの笑顔とは違う。まるで、母親の胸の中で安心して眠る赤子そのもの。
だが、その笑顔もまたすぐに歪む。
「でもわたし、カイン様には嫌われちゃったんだよね‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
カインはイリアナの必死の懇願を、拒絶した。
カインのことをずっと愛していたイリアナにとって、それは辛かっただろう。
「でもね、カイン様の首ははねたくないの。なんでだか分かんないよ。今までは、どんな人でも簡単に処刑できたのに。カイン様だけは‥‥駄目なの。そんなわたしが嫌で嫌でたまらないのよっ!」
愛を知らないイリアナは、それでも人を好きになった。
だがイリアナは、人を好きになるということも知らない。
だから、カインに他人とは違う気持ちを抱いている自分が、理解できなくて腹立たしいのだろう。
その時、イリアナがぱっと明るい顔になった。
「そうだ!ミリアとかいう女を殺してしまえばいいのよっ!!」
「!!!」
「ミリアが、カイン様の気持ちをわたしから離させていたのね。なんてずるい女なのかしら!でも、ミリアを殺せばまたカイン様もわたしを振り向いてくれるわ」
ミリアの笑顔が浮かんだ。
あの子は、何も悪いことをしていない。殺したりなんて、してはいけない。
「すぐにミルフォニア国へ軍隊を向かわせてちょうだい」
でも、こんなに喜んでいるイリアナに、とてもそんなことは言いだせない。
なんとか諦めさせなければ。
「イリアナ様。ミルフォニア国は、緑の髪の者がとても多いのです。名前と髪の色だけでは、ミリアという娘を特定することは‥‥‥‥」
「あら、それなら大丈夫だわ。特定できないのなら、丸ごと潰してしまえばいいのよ」
イリアナは、くふっと笑った。
「ミルフォニア国にいる緑の髪の女は、全て殺してしまいなさい」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.37 )
- 日時: 2012/02/16 21:58
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
それから、数日後。
イリアナは予告通りミルフォニア国へ軍隊を向かわせ、惨殺を開始した。
標的は全ての緑の髪の女。幼女から老婆まで。
それを助けようとした男にも、容赦はなかった。
イリアナは満足そうに今日も菓子を食べる。
人々の嘆きや悲鳴など、イリアナには届かない。
彼女の心の中にあるのは、ただ、邪魔者が消えるという快感だけなのだ。
「イリアナ様っ!!」
その時、部屋に誰かが飛び込んできた。
ミルフォニア国へ情報収集に行っていた従者だ。
給仕をしていたレイは手を止めたが、イリアナは気にせず菓子を食べ続ける。
「何?」
「ミリアという女の居場所を突き止めました」
レイの心臓がどくりと鳴るのと、イリアナのフォークが止まるのは同時だった。
目線だけを動かして、イリアナは続きを促す。
「ミルフォニア国にはミリアという名の女は1人しかいませんでした。ミリア・ヴァーミリオンというのが本名で、シルヴィアナ・マーラ婦人の元で使用人として働いています」
「シルヴィアナ・マーラ?‥‥あぁ、あのブリオッシュの婦人ね」
鼓動がどくどくと早くなる。
とうとうミリアの素性がばれてしまった。
イリアナは、どうするだろうか。
「ミリア・ヴァーミリオンは今もシルヴィアナ・マーラ婦人の家にいるようです。兵は待機させていますが、どうしましょうか‥‥?」
「そうね‥‥‥。じゃあ、ミリアは生け捕りにして、ここへ連れてきて。徹底的に痛めつけて、なぶり殺してしまいましょう」
「はっ!」
従者はまた大急ぎで部屋を飛び出した。
居てもたってもいられなくなって、レイも駆け出す。
「レイっ!?」
イリアナの困惑した声が追いかけてきたが、それを振り切る。
あの従者はこれから馬に乗って、待機させている兵へイリアナの命令を伝えに行くのだろう。
なんとかして、それよりも早くミリアの元へ行かなければ。でないと。
「そうだ、ジョセフィーヌ!」
ジョセフィーヌは国1番の早馬だ。従者の馬も追い抜ける。
でも、それから、どうすれば良いのだろう‥‥‥?
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.38 )
- 日時: 2012/02/17 21:59
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
コンコンと扉を叩くと、一拍置いて娘が顔を出した。
縮れた緑の髪の、気の強そうな娘だ。おそらく使用人だろう。
「‥‥‥どちらさま?奥様は出掛けておられますが」
緑の娘は警戒心を剥き出しにして、じろりとレイを見上げた。
レイは深呼吸をして、話し始める。
「ミリア・ヴァーミリオンさんに話があります」
「ミリアに?」
緑の娘は品定めをするようにレイを見つめた。
シルヴィアナ婦人の家に来たのは良いものの、レイはまだ迷っていた。
ミリアをどうすればいいのか。
シルヴィアナ家にまではまだ魔の手は届いていないようだった。
もっとも、国の半分以上は既にラキティアナ軍が潰してしまったが。
「すみませんが、今この国はこんな状態なので、どなたも信用できま————」
「あ、レイさんっ!」
緑の娘の声を遮って、澄んだ元気な声が響く。
家の中を覗くと、やはりそこにはミリアがいた。
「ちょっとミリア!」
緑の娘が注意をしたが、ミリアはいそいそと扉を開けた。
「大丈夫よ。レイさんは」
☆★☆★☆
家の中にシルヴィアナの姿はなく、ミリアを含む3人の使用人がいるだけだった。
ミリアが残りの2人を紹介する。
さっき扉の所でレイに対応した、気の強そうな緑の娘はフィーラ・リーガル。
この家には昔から使用人として働いていて、シルヴィアナとも仲が良いそうだ。
今も窓の外を見ながら、辺りを警戒している。
もう1人、ミリアの影に隠れるようにして立っているのがセレシュ・フルーミア。
この国では珍しい白い髪で、フィーラとは逆にがたがたと震えていた。
「それで?ミリアに話ってなに。単純明快に答えて」
フィーラが窓に視線を走らせながら切り出す。彼女には、使用人じゃなくて探偵か何かの方が似合いそうだ。
レイが口を開きかける。
と、その瞬間にフィーラが叫んだ。
「あれ、ラキティアナ軍じゃない!?ついにここにも来たよっ!」
窓の外に、ラキティアナ国を象徴する黄色い旗が見えた。
(だめだ。ここにいたら。ミリアが殺されてしまう)
戦いに慣れたレイでさえも、焦る。
「フィーラ、どうする!?」
「逃げちゃだめよ!この屋敷をお守りしなきゃ!」
フィーラは果敢にも扉の前に家具を積み、バリケードを作り始めた。
(もう逃げられない。どうすれば良い?)
恐怖に怯えたセレシュが、小さな悲鳴をあげて座り込む。
ミリアが慌てて慰めた。
(ミリアは守りたい。でも、イリアナも守らないと)
友であるミリアと、双子の姉であるイリアナ。
2つを同時に守る方法。
(‥‥‥ミリア、ごめん。君の為だから‥‥‥‥)
レイはそっと、腰から短剣を抜いた。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.39 )
- 日時: 2012/02/20 21:43
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
「レイさん?」
最初に気づいたのはフィーラだった。
レイの強張った顔、そしてレイの手元の短剣を見て、眉根を寄せる。
「ちょっとなに?短剣なんか持って‥‥‥‥」
フィーラは、その短剣の先がミリアに向いているのが分かって、言葉を止めた。
セレシュはミリアの服を強く掴み、ミリアはセレシュを守るように抱きかかえる。
レイはじりじりとミリアににじり寄った。
「レイさん、なんで‥‥‥‥?」
「さてはあんた、ラキティアナ国のスパイね!?」
フィーラはミリアに近づこうとしているのだが、なにせ距離がある。
しかもラキティアナ軍も屋敷の前に辿り着いたようだ。扉をどんどんと叩く音がした。
「ミリア‥‥ごめん‥‥‥」
気が付くと、レイの口からそんな言葉が出てきていた。
汗で手がぬめり、短剣を取り落としてしまいそうだった。
ラキティアナ軍が、扉を突き破りそうな勢いで叩いている。
その時、ずっと震えていたセレシュが、動いた。
「来ないで‥‥‥っ!」
セしシュが服の下から取り出したのは、銀色に光るナイフ。
それを真っ直ぐにレイに向けているのを、ミリアでさえも驚いて見ていた。
先ほどまで怯えていた少女が、こんな行動に出るとは思わなかったのだ。
それにしても、なぜセレシュがナイフなど持っていたのだろう。
「殺すなら、わ、わたしを殺しなさいっ!」
セレシュの手はふるふると震えていて、人にナイフを向けたのが初めてだということは、誰の目にも明らかだった。
それでもミリアを守ろうと立ち上がった姿は、哀れで、物悲しい。
ミリアが、やめて、と呟くのが聞こえた。
それはレイとセレシュ、どちらに向けられたものなのか。
「ごめん‥‥‥そういうわけにはいかないんだ‥‥‥‥」
レイは諭すようにはっきりと言う。
「このままじゃミリアが虐殺されちゃうから‥‥‥そんなの見たくないから‥‥‥せめて‥‥安らかに‥‥‥‥」
ミリアを殺すのは嫌だ。でも、あの美しい顔が苦痛に歪むのなんて見たくない。
でもミリアを殺さなければ、今度こそイリアナの心が壊れてしまう。既にカインにぼろぼろにされてしまったのに。
2人の笑顔を守りたいから。
(僕は、悪にだってなってやる)
レイはまず、青い顔をしているセレシュに短剣を向けた。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.40 )
- 日時: 2012/02/21 21:39
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
カーン、コーン、と協会の鐘が鳴る。
それをきっちり15回聞いてから、イリアナは呟いた。
「あら、おやつの時間だわ」
ほとんど習慣と化したその言葉。
イリアナはさも嬉しそうに、後ろのレイに声をかける。
「ねえ、レイ。そういえば、この前頼んだブリオッシュがあったわよね?それを出してちょうだい」
「‥‥‥かしこまりました」
レイは急いで厨房に走り、ブリオッシュを入れた籠を取り出す。
ブリオッシュを皿の上に盛りつけると、濃いパイナップルの匂いが鼻を衝いた。
ミリアが好きだった、パイナップルのブリオッシュ。
それを王女の前に出すと、案の定イリアナは驚いた。
上から見て、横から見て、最後に匂いを嗅いでから、きょとんとした顔になる。
「これなに?この黄色いの」
「こちらはパイナップルという果物をシロップで煮込んだものでございます。南国の果物で、この国では珍しいものです」
「ふぅん」
イリアナは初めて鏡を見た子犬のような顔をして、おそるおそるそれを口に運ぶ。
「‥‥‥‥美味しい」
それを聞いて、レイの心がずきりと痛んだ。
数日前の自分なら、その言葉を聞いた途端に苦笑していただろう。
なぜならその言葉は、ミリアに勧められてブリオッシュを食ベたレイが呟いた言葉と、そっくり同じだったのだから。
「せっかく虐めようと思ってたあの女を、レイが先に殺しちゃったのは腹が立つけど‥‥‥まあ、こんな美味しいブリオッシュをくれたしね。多目に見てあげる。感謝しなさい」
「‥‥‥‥ありがとうございます」
イリアナは無邪気に笑う。
何も考えていないような顔で。
それを見ながら、レイの心はちくちくと痛んでいた。
数日前に起こった、ラキティアナ国の一方的な戦争。
それは突然始まり、また突然終わった。
それは、その戦争の主な目的を達成したからだ。
たくさん流れた紅色の血。その中には、あの娘の血も混ざっている。
王女の命令により、召使が殺した相手。
それは、召使の初恋の人。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.41 )
- 日時: 2012/02/24 21:17
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
それからまた、幾日か過ぎて。
休憩時間に、レイは庭を散歩していた。
レイは幼い頃から花や鳥を見るのが好きだった。
男っぽくない、とよく言われたが、それでも良い。
だから、よく勉強をサボってここに来たものだ。
双子の姉と共に。
見張り台の横を通る時、見張り台の上の2人の兵士が笑顔で手を振った。
レイも軽く会釈して通り過ぎる。
その時、ヒュン、と風を切る音がした。
男の短い唸り声。どさりと何かが落ちる音。丁度その場に居合わせたメイドが、声にならない悲鳴をあげた。
見張り台の下に兵士が倒れていた。
先ほどまで笑顔でレイに手を振っていた兵士。
胸から矢を生やし、その顔には既に生気はない。
見張り台の上に居たもう1人の兵士が、城壁の外を覗いて声を張り上げた。
「き、奇襲だああああぁぁぁぁぁっっ!!!」
☆★☆★☆
急いで王宮に戻ると、王宮は既に大混乱に陥っていた。
レイはそこに、自分の養父である大臣を見つけて問いかける。
「おじさん!奇襲の相手は‥‥‥‥っ!?」
「おぉ、レイか!」
大臣は安心したような顔を見せ、だが数瞬後にはいつもの業務用の顔に戻った。
「奇襲は国民たちによるものだ。この国のな」
「国民‥‥‥‥反乱、ですか?」
「うむ。まぁ、イリアナ様が国民にあのような態度をとっておられれば、いつかは起こると思っていたがな。首謀者は赤い鎧を着た女だそうだ」
赤い鎧を着た女。
戦といえば男をイメージするが、女が反乱を起こすとは。
大臣はレイに急いで命令を下した。
「レイ。お前は兵士をかき集めて王宮を守れ。わたしはイリアナ様にこのことを伝えてくる」
「わかりましたっ!」
☆★☆★☆
兵士たちを王宮の入口に固め、レイはとりあえず1番後ろに付く。
レイはそれなりに武術を心得ているので、いざとなれば最後は自分で守るつもりだった。
ふと、兵士たちの足取りが頼りないのに気づく。
そういえば彼らは、先日にミルフォニア国で虐殺をしてきたばかりなのだ。
しかも早馬ジョセフィーヌで数日前に帰ってきたレイとは違い、徒歩で帰ってきた彼らは昨日やっと到着した。
反乱の国民たちが来るのを待ち構えていたが、国民たちはなかなか来なかった。
国民はいつ来るのか、そもそも反乱なんて本当にあったのか、と兵士たちが噂を始める。
様子を見てこようとレイが1歩踏み出した時、入口にひらりと影が踊った。
兵士たちは武器を構えたが、人影を確認した途端、皆ぽかんと口を開けた。
入口に現れたのは、若い女だった。
それも鎧などは一切付けていない。赤い鎧を着た女、とは別人。
布を纏っただけ、というような踊り子の格好をしていて、こんな戦場には場違いすぎた。
女はつま先だけで立ち上がり、くるくると踊りながら入ってくる。
舞うというより飛ぶように軽やかな足取りで、両手に持っている布もそれに合わせて波打つ。
その美しさに圧されてか、兵士たちは慌てて道を開けた。
いや、道を開けているのではない。
彼女の前にいる兵士が、次々と倒れているのだ。
誰1人悲鳴をあげることなく。
レイが唖然と見ていると、やがて女はゆっくりと舞を止めた。
その頃には兵士たちは全て地に倒れ伏していて、レイと女だけが対峙していた。
「こんにちは」
女は形の良い唇を薄く開いて、声を出す。聞き覚えがある声を。
それだけではない。美しい桃色の長髪。すらりとした体系。そして、ふんわりとした笑顔。
これは。この女は。
「シルヴィアナさん‥‥‥?」
ブリオッシュが得意で、ミリアの主人でもある、
シルヴィアナ・マーラ婦人その人だった。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.42 )
- 日時: 2012/02/25 17:23
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
シルヴィアナは、相変わらずふんわりと笑っていた。
彼女は武器を何1つ持っていない。
なのに人々を恐怖させる不思議な威圧感。
「悪ノ娘、を狩りに来たの」
シルヴィアナが独り言のように言った。
そこに聞き慣れない言葉が混じっていて、レイは思わず聞き返す。
「悪ノ娘‥‥‥?」
シルヴィアナは、初めてレイを見つけたように、じろりと視線を走らせる。
「知らない?ここの王女様‥‥‥イリアナ様といったかしら‥‥‥が、国民からそう呼ばれているの。悪ノ娘って」
悪ノ娘。イリアナがそんなふうに呼ばれていたなんて。
イリアナが、悪。
「イリアナは悪ノ娘なんかじゃない!イリアナは‥‥何も知らないだけ‥‥‥」
「悪人は皆そう言うわ。こうなるなんて知らなかった、って。‥‥‥知らないんじゃない。知ろうとしないだけなの」
「っ‥‥‥‥」
まるで親や先生に叱られているような気分だった。
シルヴィアナの言うことは正論だ。だけど、反発しないではいられない。
反発しなければいけない。イリアナは悪ノ娘じゃない。
「イリアナは————」
突如、ヒュン、と矢が飛ぶような音がした。
レイのすぐ隣を通り過ぎて行った、シルヴィアナが放ったそれは、後ろの壁で弾かれて地面に落ちた。
振り返ると、そこには、細い針。
その瞬間に、全ての謎が解けた。
これは毒針だ。シルヴィアナは踊りながら、兵士の鎧のわずかな隙間に、これを打ち込んだのだ。
レイはまたシルヴィアナの方を見た。この女から目を離してはいけない。
だがその時には、一瞬で距離を詰めたシルヴィアナが目の前にいた。
「あなたを殺すのは、猫から牛乳を盗むより、ずーっと簡単」
シルヴィアナは持っていた布の隙間から、毒針を取り出した。
それをレイの首筋に当てる。刺しはしない。
「わたしが手をちょっと動かせば良いの。苦しまずにあの世に行けるわ」
レイの背筋を冷たい汗が伝う。硬直して動けない。
女性を、初めて怖いと思った。
シルヴィアナは怖がっているレイを弄ぶように、毒針でレイの首をなぞる。
「でもあなたをここで殺せば、王女様は簡単に捕まるでしょう。そんなの美しくないわ」
シルヴィアナはまたふんわりと笑う。
「王女様を命を張って助けようとする召使。うふふ、美しいじゃない」
レイの首筋から、毒針が離れた。
シルヴィアナはレイを一瞥すると、なんとレイに背を向ける。
だが、またレイを振り返った。
「そうだ。王女様の所に行くなら、早くした方が良いわよ。確かメルが王女様を捕まえに行ってるはずだから」
「‥‥‥‥?」
「知ってるでしょ?噂の、赤い鎧の女剣士。それがメル。わたしの相棒。わたしがここで兵士を引き付けている間に、メルが王女様を捕えるって作戦」
「!!」
しまった。シルヴィアナは囮だったのだ。
今この間にもメルという女剣士はイリアナの元へ向かっている。
そして、あそこに王女を守る兵士はいない。
思わず走りだしたレイの背中に向かって、シルヴィアナは呟く。
それはレイに聞こえたのか、聞こえていないのか。
「わたしはあなたを殺さなかったけど、あなたが王女を守ろうとするかぎり、メルはあなたを殺そうとするでしょう。せいぜい美しい散り方をしてちょうだい。悪ノ娘に仕える、悪ノ召使さん」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.43 )
- 日時: 2012/02/25 16:47
- 名前: ☆クロハ☆ (ID: RstPacfE)
うおー・・・なんかすごいなぁ・・・
なんていったらいいのかなぁ・・・なんか、すげぇ。
すみません。はじめましてなのに。><;
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.44 )
- 日時: 2012/02/25 17:25
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
初めまして!
褒めていただいて恐縮です。
また読みに来てくださいね^^
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.45 )
- 日時: 2012/02/25 17:59
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
レイは王宮の地図を全て把握している。なにせ14年も前からここで働いているのだ。
そのせいか、イリアナの部屋に着いた時には、まだ女剣士の姿はなかった。
勢い込んで部屋に飛び込むと、ベッドの上に座っていたイリアナがびくりとした。
まだ着替えを済ませていなかったらしく、薄い寝間着姿のまま。
たとえ双子の姉とはいえ、同じ年頃の少女なのだ。レイは目のやり場に困り、視線を泳がせる。
「あ、えーっと‥‥‥‥大臣がここに来たはずなんですが‥‥‥‥」
「大臣?‥‥‥‥あぁ、さっき逃げちゃった」
逃げた?大臣が?
なにをやっているのだ。
自分たちは命を賭けて王女を守るべきなのに。
「レイも、早く逃げた方が良いよ」
いつもの強気なイリアナの声とは違う声に、レイは驚いてイリアナを見た。
イリアナは窓の外をずっと見ていた。レイに背を向けて。
その背中はとても小さく見えた。
「わたしが全部悪いの。こんなことになっても、しょうがないわ」
「‥‥‥‥‥」
イリアナの声は震えていた。喉の奥からやっと絞り出したように。
今にも泣きそうな声を聞きながら、レイは思い出していた。
そう。こんなイリアナの声を、前にも聞いたことがあったと。
「わたしは、大丈夫‥‥‥」
数日前。イリアナが心の内を全て吐き出した時。
その時の言葉が、目の前にいるイリアナの声と重なって聞こえる。
————レイ‥‥‥わたしね、1つだけ苦手なものがあるの‥‥‥。
「怖くなんかないよ‥‥‥」
————わたし‥‥1人ぼっちが苦手なの。皆に嫌われちゃうのが怖いの。
「だから、レイだけでも‥‥助かって‥‥‥」
————レイは、わたしのこと、好きだよね‥‥‥‥?
あの時と全く矛盾する言葉。
どちらが本心なのかは、すぐに分かった。
だからレイは、まだ窓の外を見ているイリアナの背中に向かって、言った。
「嫌だ」
たとえ世界中の全てがイリアナを嫌いになっても、自分だけはイリアナを好きでいるから。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.46 )
- 日時: 2012/02/28 21:03
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
イリアナが身体を捩じってこちらを振り向いた。
あの時と同じく、目元を真っ赤にして。
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、レイはもう1度言う。
「イリアナを置いて僕だけ逃げるなんて、嫌だ」
初めてイリアナに敬語なしで接したが、イリアナはそれについて嫌そうな顔をしなかった。
本当は、イリアナも一緒に逃げたいのだ。国民に捕まったら処刑される。
殺されると分かっているのに怖くない人間なんて、いない。
「わたしが全部悪いの!わたしが逃げたら、国民たちはずっとわたしを追い続ける。そんなのは‥‥‥‥嫌なの」
一生付きまとう恐怖より、一瞬で終わる恐怖の方が良い。
イリアナはそう言った。
イリアナは皆に嫌われまいとしながら、結局皆に嫌われた。
知ろうとしないだけ、とシルヴィアナは言った。イリアナは、国民の苦労を知ろうともしない悪ノ娘なのだ、と。
イリアナは‥‥‥自分の双子の姉は、本当に悪なのだろうか。
その時、レイは思いついた。
イリアナは死なず、追われることもない方法。
イリアナとレイだから、できる方法を。
「1つだけ、方法があるんだ」
「‥‥‥‥っ!」
レイはイリアナのクローゼットへ走った。
勢いよく開けると、花畑のように鮮やかなドレスが広がる。
そのドレスに埋もれるようにして、子供が1人やっと通れるような、小さな穴が奥にあった。
それを確認してから、レイは手近にあったドレスを引っ掴んだ。
急いで自分の服を脱ぎ、そのドレスを着る。もちろんドレスなど初めてだったが、サイズはぴったりだった。
「レイ‥‥なにを‥‥‥?」
イリアナが困惑して問いかける。
それには答えず、レイは最後に髪飾りを付けてから、自分の服をつかむ。
それをイリアナに差し出した。
「‥‥‥‥‥?」
いきなり召使用の貧相な服を出されて、イリアナはますます困惑した顔になった。
その不思議なほど幼く見える顔に、レイは言う。
「クローゼットの奥に、王宮の庭へ続く穴があるんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
「この服を着て、そこから逃げて」
「!!」
イリアナはレイの意図を全て読み取ったようだった。
だがもう1度、確認するようにレイに聞く。
「レイは‥‥どうするの‥‥‥」
「僕は、ここに残る」
顔のよく似た双子。
その場合、2人が違う服装をしているだけで、人は簡単に騙される。
召使の格好をしていれば、イリアナは誰にも邪魔されることなく逃げることができるだろう。
そして国民たちは、王女の服を着たレイを捕まえ、処刑する。
どちらか一方を犠牲にすることで、もう一方が生きのびる。
だがイリアナは嫌悪の形相でレイに詰め寄った。
「そんなの嫌よ!わたしだってレイを置いて逃げたくないっ!」
イリアナがそう言うのは分かっていた。
だけど、イリアナには生きのびてほしい。
レイは胸元から、蒼色のペンダントを取り出した。
————このペンダントは、わたしたちがどんなにはなれてても、ちゃんとつながってるよ、ってあかしなの!
幼いイリアナは、そう言って笑った。
なにも知らない顔で。あの笑顔が、ずっと続けば良かったのに。
「イリアナ。これ、覚えてる?」
ふいにそう聞くと、イリアナはペンダントをじっと見た後、自分の胸元から同じペンダントを取り出した。
同じ形の、朱いペンダントを。
「わたしのと、同じ‥‥‥?」
イリアナは覚えていない。
でも、心のどこかに残っているはずだ。
自分と同じペンダントをあげた人を。このペンダントの意味を。
「僕たちが、どんなに離れていても」
少しヒントを与える。
イリアナはその言葉を自分の口でもう一度繰り返したあと、はっと顔を上げた。
その白い頬には、涙が伝っていた。
「ちゃんと繋がってる、って‥‥証‥‥‥」
そう。ちゃんと繋がっている。
たとえ、どんなに離れていても。
「でも、なんでレイがそれを知ってるの?その言葉は、わたしと、死んだわたしの双子の弟しか知らない‥‥‥はず‥‥‥‥」
レイは、笑ったまま答えない。
それだけで全てイリアナに伝わった。
レイとイリアナの、隠された過去を。
イリアナがレイにぎゅっと抱きついた。
温かくて、小さな小さな身体。
「さあ、もう行って。厩にいるジョセフィーヌに乗って逃げるんだ」
「‥‥‥うぅ‥‥っ」
イリアナがレイから身体を離す。
レイの持っていた召使の服と蒼のペンダントを受け取って、しゃくりあげながら、ふらりふらりとクローゼットの方へ歩いていく。
1度だけ立ち止まって、イリアナがレイの方を振り返った。
泣き濡れた、虚ろな目。
王女という仮面を被っていない、イリアナ自身がそこにいた。
だがそれも一瞬のことで、イリアナはそれ以上レイの側にいるのは耐えきれないように、クローゼットへ走った。
クローゼットの扉が大きな音をたてて閉まるのを、レイは黙って見ていた。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.47 )
- 日時: 2012/02/28 21:59
- 名前: 麻香 (ID: kws6/YDl)
クローゼットの扉が閉まって、数秒後。
入れ替わるようにして部屋の扉が開いた。
誰がそこにいるかは分かっている。レイは深呼吸をしてから、くるりと振り向いた。
予想通り、そこにいたのは赤い鎧の女剣士。
噂の赤い鎧は、女性のものとは思えないほど飾り気がないが、丈夫そうな品。
ボーイッシュなショートカットの女剣士・メルは、レイに剣の切っ先を真っ直ぐ向けていた。
「ラキティアナ国王女、イリアナ=ラキティアナ。国民たちの命により、貴様を捕えに来た!」
男勝りな口調でメルが言う。
本当にレイのことをイリアナだと思っているようだ。
特に抵抗するつもりはなかった。だが、レイは今、イリアナ=ラキティアナなのだ。
もしも、イリアナなら。
「わたしの部屋に勝手に入ってくるなんて。この、無礼者っ!」
レイはヒステリックに叫んだ。イリアナならば、そう言うはずだ。
勢いに任せて、さらに言い放つ。
「今すぐわたしの部屋から出て——————」
目の前を何かが通り過ぎた。シルヴィアナの毒針と、同じくらいの速さで。
驚いて身を引く間もなく、斬られた前髪がはらりと舞う。
レイに飛びつくように距離を縮めたメルが、剣で薙ぎ払ったのだ。
「貴様。そうやって母さんを馬鹿にしたうえ、同じ言葉でわたしを愚弄するかっ!」
「母さん‥‥‥‥?」
真っ赤になって興奮しながら、メルが言う。
「覚えていないのか?‥‥‥ふふ、そうだろうな。貴様にとっては、自分のたくさんの下僕たちの、たった1人でしかないのだから」
「‥‥‥‥?」
「先日、貴様が税の値上げを宣言した時だ。税はそのままにしてくれ、と貴様に懇願した女がいただろう。それがわたしの母さんだ」
思い出した。数週間前、広場でのイリアナの集会。
涙ながらにイリアナに近寄った女を、イリアナは、無礼だと言って処刑した。
その時、女を助けようと果敢にも兵士に飛びついた娘。それがメル。
「母さんは何も悪いことをしちゃいなかった!貴様の‥‥‥貴様のせいで、母さんは死んだんだっ!!」
メルの瞳が強い光を失って、潤む。
この娘は、数週間前まで普通の町娘だったのだ。
それが、親を殺されたことによって、剣を取った。
メルが武術の稽古をしている様子が浮かんで、レイは思わず同情しそうになった。
その時、新たな闖入者が現れた。
「どう?悪ノ娘は捕まったの?メル」
開けっ放しにされた扉の向こう。
薄い衣服を纏った、美しい踊り子。
「あぁ、シルヴィアナ。お疲れ様」
泣きそうな顔になっていたメルが、慌てて涙をぬぐう。
メルが笑顔を向ける、その相手。
婦人シルヴィアナ・マーラ。
「ふぅん、この娘が‥‥‥‥」
シルヴィアナが、つかつかとレイに近寄る。
そして額同士がくっつきそうなくらいに、顔を近づけた。
知らず知らずのうちに体が強張る。
「ん?」
レイの目をじっと覗きこんでいたシルヴィアナの瞳が、きらりと光った。
シルヴィアナの綺麗な唇が、薄く笑ったような気がする。
ばれた、と直感した。
シルヴィアナになら、ばれてもおかしくない。
だがシルヴィアナは黙って顔を離し、メルに聞く。
「で?この娘はどうするの?」
剣の手入れをしていたメルは顔を上げる。
「明日の午後三時、広場で公開処刑」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.48 )
- 日時: 2012/03/21 21:54
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
そして、翌日。
広場にはほとんどの国民が集まった。
なにせ今日は、悪ノ娘とまで言われた暴君王女が処刑され、国に平和が訪れる日なのだから。
広場の中央——数週間前、イリアナが集会を開いた場所——には、処刑場から持ち出された大きな刃、通称ギロチン台が設置されていた。
その台へと、レイは縄で引っ張られながら歩いていく。
人々は皆笑顔だった。
王女が君臨していたころには、決して見せなかった顔。
ギロチン台の一番近くには、メルとシルヴィアナがいた。
すれ違う時、目が合うとシルヴィアナはふんわりと微笑む。
喜びとも軽蔑ともつかないような、感情のない笑顔で。
ギロチン台に手足を縛り付けられ、レイは上を向く。
大きな刃が太陽の光を浴びて鈍く輝く。
これまで何人もの命を奪っていった刃。
レイは目を閉じた。
視力を使わない分、色んな音が聞こえる。
人々の歓声。野次。笑い声。人声に怯えて子供が泣き出す声。それを母親がなだめる声。
そして、レイ‥‥‥いや、イリアナ=ラキティアナに集まる視線。
時計は刻々と時間を刻む。
午後3時まで残り5分となった時、レイはふとある予感がして辺りを見回す。
予想通り、レイからやや離れた位置に、本物のイリアナがいた。
国民たちと違い、喜びの動作をしていないのですぐに分かる。
どこかで拾ったのか薄汚いローブを着て、フードを目深に被っていた。
そこから見え隠れする青い目は、何を訴えているのか。ここからは分からない。
午後3時まで、残り3分。
イリアナは相変わらず、ただ突っ立っているだけ。
だが、乾いたアスファルトの上に、ぽたりぽたりと水が落ちた。
イリアナがフードを目深に被り直す。一瞬だけ見えた目元は、真っ赤になっていた。
すぐにでもイリアナの側に行って、安心させてあげたかった。
イリアナは何も知らない。だけど、知ろうとしないんじゃない。知ることができなかっただけ。
だから教えてあげなくちゃ。
自分が起こした過ちが、どういう結果を招いたのかを。
午後3時まで、残り1分。
突然イリアナが片手を上げた。
その手の中に握られているものが、日光を反射してきらきらと光る。
それは、朱と蒼、2つのよく似たペンダント。
イリアナがレイに向かって何かを叫んだ。
だが、それは国民たちの歓声によってかき消されてしまう。
だが、イリアナの伝えたいことがレイには分かった。
あの対のペンダントの意味。2人だけの秘密。
————僕たちが、どんなに離れていても。
————ちゃんと繋がってる、っていう、証。
レイはイリアナに向かってにこりと笑う。
それを見て、イリアナもやっと少し笑顔を見せた。
死ぬのは怖くない。
離れていても怖くない。
自分たちは、2人で1つの双子。
心はいつも、繋がっているから。なにも怖くなんかない。
人々の歓声に包まれながら、時計の長針が真上を差した。
ごーん、ごーん、と協会の鐘が鳴り響くのを、レイはきっちり15回聞く。
ギロチン台が罪人の首をめがけ、真っ直ぐに降下する。
レイは、刃が身体を貫く寸前、言った。
10年以上ラキティアナ国を治めた王女であり、悪ノ娘イリアナ=ラキティアナの最期に相応しい言葉を。
「あら、おやつの時間だわ」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.49 )
- 日時: 2012/03/01 21:37
- 名前: 麻香 (ID: JzqNbpzc)
【レイ】
僕の双子の姉弟へ
僕たちの歯車は、どこで噛み合わなくなってしまったのかな。
それまでちゃんと回り続けていた歯車は、どこかで間違ってしまった。
国民が革命を起こそうと、王宮に攻めてきた時か。
君が幼くして王女に即位した時か。
それとも、僕たちが双子で生まれた時か。
国民は、その出身国によって性格が違うと言われている。
カインのフェンべルク国ならば冷静、ミリアのミルフォニア国ならば温厚、そして僕たちのラキティアナ国ならば、単純。
単純と言われると少し嫌な感じもするが、本当のことなのだから仕方ない。
僕たちが生まれた時、国は2つに割れた。
王宮では毎日議論が繰り返された。
一時は、ラキティアナ国を西と東に分けて、僕たちにそれぞれ治めさせようという案が出たほどだ。
だけど、議論の結果を待つことなく、国民たちは動いた。
そう。極めて単純に、武力に頼ったのだ。
もしも僕たちが、王家に生まれていなければ、一体どうなっていたのかな。
それも、貧乏な農家なんかに生まれていたら。
君はきっと、気丈で美しい女性になったと思う。
気が強いくせに泣き虫だけど、皆を一つにまとめるのが上手な人に。
誰からも愛される人に。
それはそれで楽しかっただろう。
でも、僕はやっぱり今のままが良い。
君が完璧な人間だったら、僕が入り込む隙間なんてなかった。僕は不必要な存在になっていた。
君が完璧ではなかったから、神様は君を完璧にするために、僕たちを双子にしたんだ。
君がいたから、僕の居場所があった。
君は王女という仮面をはずすことができたけど、今よりもっと辛い立場になったかもしれない。
君の身体には、一生、重い枷と鎖が巻き付いているだろう。
でも、僕はずっと君を見ているから。
泣かないで。
どこかで、ずっとその華のような無邪気な顔で笑っていて。
もしも生まれかわれたら、その時はまた遊んでね。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.50 )
- 日時: 2012/03/02 21:55
- 名前: 麻香 (ID: vLlTyC08)
【セレシュ】
ここは、ミルフォニア国の端にある、大きな森。
そのほぼ中心には、千年樹と呼ばれる大木が立っている。
誰が植えたのか、どのくらい生きているのか、そもそも何の木なのかは誰にも分からない。
千年樹は、空を覆い隠すほど伸びた枝と、見る者を圧倒させる大きさから、その木の上には神が住む国があると言われていた。
その木の前に1人の少女が座っていた。
新雪のように真っ白で長い髪を惜しげもなく地面に垂らし、着ている貧相で黒ずんだ服が、彼女の血の気のない肌を強調させる。
少女は微動だにしない。他の者が見れば、生きているかどうかさえ分からなかっただろう。
動いているのは、早ロに何かを話す唇と、ひくひくと震える瞼のみ。
ただ、両手だけは何かに祈るように強く組まれていた。
森の中に完全に溶け込んでしまいそうなその姿は、聖女のようにも見えた。
「神様」
少女の口から、溜息のような声が漏れた。
その瞬間、閉じた目から零れ落ちた涙が手を濡らしたが、彼女はそれにも気づいてはいないようだ。
「わたし、もう‥‥‥‥嫌なんです」
少女の名前はセレシュ・フルーミア。
小さな村で生まれ育った、呪われた子供。
☆★☆★☆
セレシュは幼い頃、両親に捨てられた。
その理由は、彼女の白い髪。
緑の髪が多いこの国では、緑以外の髪は忌み嫌われた。
そして運が悪いことに、セレシュの捨てられた村には、彼女の他は全て緑の髪だった。
————見て。あの不気味な白い髪。
————ほんと。あんな髪で、よく外を出歩けるわよね。
容赦なくぶつけられる言葉。
彼女は、全ての人間が嫌いだった。信じられなかった。
呪われた忌み子。白い悪魔。毎日そう言われた。
————あんなのを村に置いといて大丈夫なのか?
————まぁ、髪の色が白いってだけで追い出すのはできないんだろ。あいつが悪事を働いてくれりゃ、一発で追放なんだがな。
どうして自分だけそんな事を言われなきゃならない。
好きで白い髪になったんじゃない。どうして皆わかってくれないのだろう。
こそこそと陰口を叩かれるより、いっそのこと殴られた方がマシだ。
————おかあさん。あのひと、かみがしろいよ。へんなの。
————こらっ、見ちゃ駄目よ。
人に見られるのが怖くなった。
もう、外にも出られない。出たくない。
そんな目で見ないで。嫌だ。怖い。怖い。嫌。怖い。どうして自分だけ!
憎しみを誰かにぶつけたかった。誰かに聞いて欲しかった。
だけど人々はセレシュの前を通り過ぎる。
誰も耳を貸そうとしない。誰も彼女をわかろうとしない。
そのまま、月日だけが過ぎていった。
暗闇に1人の少女を取り残して。
☆★☆★☆
「1人は寂しいんです。怖いんです」
消え入りそうな言葉で、セレシュは訴える。
彼女は、千年樹の上には神の国があるという伝説を信じていた。
だから毎日ここで祈り続けたのだ。
そうすれば、いつか自分の願いが神に届くと思っていたから。
「誰でも良いんです。わたしに、友達を‥‥‥心から信じることができる人を、くださいませんか」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.51 )
- 日時: 2012/03/03 16:00
- 名前: ☆クロハ☆ (ID: RstPacfE)
わー(^A^)早くつづきみたーいよン^^「あら、おやつの時間だわ」
がよかった(;A;)
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.52 )
- 日時: 2012/03/03 17:06
- 名前: 麻香 (ID: Oui0uBDf)
私も、その言葉は結構好きです^^
召使くんは、どんな気持ちでその言葉を言ったのかを考えるのが大変でしたっ
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.53 )
- 日時: 2012/03/04 14:05
- 名前: 麻香 (ID: Oui0uBDf)
セレシュは、祈るのをやめた。
なぜ、神は自分の願いを叶えてくれないのだろう。
毎日こんなにも祈っているのに。
中途半端な願い事なんかじゃない。
こんなにも切実に願っているのに。
村娘は、それぞれ必ず1人は友達を持っている。
なぜ自分は持っていないのだろうか。
その事実は、自分だけ世界から除け者にされているような思いにさせた。
自分は、この世界に必要ないのだ。
セレシュは服の中に入れておいたナイフを取り出した。
「今度こそ‥‥‥‥」
ナイフを自分の細い手首に突き立てる。
痛みは感じない。なにも感じない。
ただ、手首から赤い血が盛り上がり、腕を伝って地面に落ちるのを見ているだけ。
あともう少し。
ナイフの柄を押して、探く突き立てるだけで良い。
たったそれだけ。それだけで、嫌な現実から去ることができる。
虐められることも、嫌味を言われることもなくなる。楽になれる。
だが、セレシュは手首からナイフを離した。
血を拭いて懐に入れる。
「やっぱり、怖い‥‥‥‥」
生きているのも怖いが、死ぬのも怖い。
もしも死んでしまったら、どこへ行くのだろう。
天国へ行くのだろうか。生まれかわるのだろうか。
それとも、動くことも考えることもできない、ただの“無”になってしまうのだろうか。
なにもわからないのは、怖い。
だけど、生きていれば未来がある程度わかる。それはセレシュにとって幸福な未来ではないだろうが、なにもわからないよりは安心する。
その考えだけが、セレシュをこの世に留めていた。
「‥‥‥‥また、駄目だった」
セレシュは立ち上がる。
毎日これの繰り返しだった。
神に祈って、やはり無駄なことだとあきらめて自殺しようとして、でも明日なら願いが叶うかもしれないと思って、家に帰って‥‥‥‥。
同じことを毎日していて、まるで毎日がコピーされてるみたいだ。
やめたいけど、やめ方がわからなかった。
薄い服に付いた砂を払う。
もう日が沈みかけている。ここは森の中だから、夜になったら狼や熊が出るかもしれない。
「あら‥‥‥?」
その時、セレシュが見たもの。
道からやや外れた所に、黒い塊があった。
最初は誰かが古布を捨てたのかと思ったが、近づいてみるとそれは、セレシュが拝むこともできないような高価な布だとわかった。
黒い塊に見えたのは、その高価な布で作られた服を着た人間が倒れていたからだ。
「ちょっとあなた、大丈夫!?」
「うぅ‥‥‥ん」
セレシュがその人を抱き起すと、小さく呻き声が聞こえた。
よかった。生きている。
だが、その人の顔を覗いた途端、セレシュは驚いた。
華奢な身体。さらりと流れる緑の美しい髪。くっきり整った顔立ち。
まだセレシュと同じくらいの、幼い少女だった。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.54 )
- 日時: 2012/03/09 21:04
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
セレシュは少女を背負い、村に戻った。
自分の身体と同じくらいの少女なのに、とても軽い。
すでに暗くなっていた為、ほとんど人は出歩いていなかった。
村の端の、小さな小屋。それがセレシュの今の住居。
この白い髪のせいで働くことはできなかったが、セレシュを哀れに思った夫婦がこの小屋を貸してくれたのだ。
「ふぅ‥‥‥」
自分の狭いべッドに少女を寝かせ、セレシュは一息つく。
なぜ自分は、こんな子を拾ってきてしまったのだろう。食べるのは自分だけで精一杯なのに。
それでも放っておけなかった。あの場所にずっと居たら、凍死するか、獣に喰われてしまうだろう。
それに、あの千年樹のすぐそばで悪い行いをしたら、今度こそ神は自分を見捨ててしまうかもしれない。
セレシュは少女の寝顔を眺めた。
心なしか安心したように見える顔。見れば見るほど美しい顔だった。
そして、その、長い緑の髪。こんなに綺麗な髪は見たことがない。
光加減で、千年樹の葉のような新緑にも見えるし、芽吹いたばかりの芽のような若草色にも見える。
あの髪は、どんな手触りがするのか。きっと絹のように滑らかなのだろう。
自分とは全く違う髪。触ってみたい。
少女を見ると、すぅすぅと寝息をたてている。おそるおそるセレシュは少女の髪に手を伸ばした。
その時、少女が目を見開き、勢いよく飛び起きた。
「お、追手はっ!?」
「は‥‥‥えっ?」
追手。追手といったのだろうか、この少女は。
だがそれを聞き返す前に、糸の切れた操り人形みたいに、少女はくにゃりとベッドの上に倒れこんだ。
「あっ‥‥ちょっと!」
少女の顔を覗きこむと、少女はうっすらと目を開けた。
力のない瞳。小さな口が、吐息のような声を漏らす。
「‥‥おなか‥‥‥すいた」
☆★☆★☆
ほんの少しの米と塩とネギしか入っていないおかゆを持っていくと、少女はそれを受け取り、すごい勢いで口に運び始めた。
本当に、こっちが心配するくらいの食欲だ。
「病み上がりなんだし、あんまり食べない方がいいんじゃ‥‥‥」
「大丈夫っ!はぁっ、このおかゆ美味しいわねぇ!ほんのりとお塩が効いてて、お米の固さも丁度良くて‥‥‥‥きゃっ、あたしの大好きなネギも入ってるじゃないっ!もう最高っ!!」
おかゆを頬張りながらもこんなに喋ることができるのは、器用としか言いようがない。
先ほどの力のない姿など、どこかに吹き飛んでしまったようだ。
セレシュが半分呆れて見ていると、少女は慌てて茶碗を置いた。
「あ、ごめんなさいっ!助けていただいたのに、食べてばかりで」
少女はしゃっきりと正座をする。
その姿勢の良さは、身分の高さを思わせた。
少し恥ずかしそうにはにかんで、少女は元気な声をあげる。
「名乗り遅れました。あたしは、ミリア!助けてくれてありがとうございましたっ!!」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.55 )
- 日時: 2012/03/07 21:03
- 名前: 麻香 (ID: 2XDHCgd7)
ミリアは単に空腹だったのだろう。
食事を終えると、その足でちょこまかと家の中を物珍しそうに観察する。
家といってもこの1部屋だけなのだが。
「このカーテン、草を編んでできてるけど、セレシュが作ったの?」
「まあね」
「すごいじゃない!あ、この籠も草でできてるし、花瓶も木だわっ!面白〜いっ!」
生活用品が草や木なんて貧乏なのね、と言いたいのだろうか。
他の人にミリアと同じことを言われていたら、セレシュはそう思っただろう。
だがミリアは、他の人とは何かが違う。
子犬のように好奇心旺盛な一面もあるかと思えば、修道女のように清楚な一面もある。
それよりも、ミリアは何者なのだ。
綺麗に手入れされた髪や肌からすると、かなり身分の高い令嬢なのだろう。
だがミリアは、目覚めた時、確かに追手と言った。
誰に追われているのか。そもそもなぜ、そんな令嬢が人里離れた森にいたのか。
謎は深まるばかりだった。
☆★☆★☆
それから一週間が過ぎたが、ミリアはまだセレシュの家に居候していた。
セレシュはなんとなくミリアを帰したくなかったし、ミリアも帰るとは言わなかったのだ。
実を言うと、ミリアが居てくれると助かった。
ミリアは働き者で正直だし、いつもセレシュに優しくしてくれたのだ。
それにミリアと一緒にいると村人から嫌味を言われない。
セレシュを見つけて意地悪く目を光らせた村娘たちが、その後ろにいたミリアに笑いかけられて、ぽかんと口を開けて硬直してしまったのは、はっきり言って面白かった。
そのうちに、村人たち——特に若い男——が頻繁にセレシュの家を覗くようになった原因は、言うまでもなくミリアだ。
男たちはセレシュと目が合っても気まずそうに顔を背けるだけだが、ミリアを見ると顔を赤くして逃げ出すのにも、また苦笑した。
だが、ある夜。セレシュの家の扉が叩かれた。
少し警戒しながら扉を開けると、そこには年寄りの村長が立っていた。
慌てて家の中に入るように勧めたが、村長はそれをきっぱり断った。
ミリアが眠そうにべッドから這い出し、なにごとかとセレシュの橫に立つ。
「ミリア・ヴァーミリオンとやらに、この村を出ていってもらいたいんじゃが」
村長が古めかしい口調で言ったが、驚いたのはセレシュだけだった。
ミリアはいつもの笑顔とは違う聖女のような顔になり、じっと下を向いている。
きっとミリアは、いつか来るのだと覚悟していたことなのだろう。
その美しい横顔を、月光が白く照らした。
「‥‥‥‥なぜですか」
「いや、その、やはり見知らぬ怪しい者を村に留めておくなど、危険じゃろう」
村長は同意を求めるようにセレシュを見上げる。
だが、セレシュには村長の意図が全てわかった。
村長はミリアを追い出したいんじゃない。ミリアを追いだすことで、ある邪魔者を排除することこそが目的なのだ。
セレシュがミリアを好きなのは、誰が見ても分かる。
そしてミリアにとっても、セレシュは命の恩人だ。
この2人のうち、どちらか一方を引き離せば、もう一方がどんな行動に出るかは明確だ。
家の中に舞い戻り、草で編んだ籠に荷物を詰めていくセレシュを、今度はミリアが驚いて見ている。
村長が満足そうにしているのを見て、セレシュは自分の予想が当たっていたことを確信した。
セレシュは村長の前に堂々と仁王立ちになり、宣言する。
「ミリアを追い出すなら、わたしも村から出ていきます」
そっちがその気ならば、それでもいい。
大丈夫。ミリアと2人でならば、きっと大丈夫。
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.56 )
- 日時: 2012/03/12 21:04
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
セレシュとミリアは千年樹の前にいた。
村を離れる前に、一度だけこれを見ておきたかったのだ。
神が住むと言われている場所。セレシュが毎日祈り続けた場所。ミリアと出会った場所。
うっそうと茂った葉の間から漏れてくる木漏れ日が、地面でちらちらと踊った。
「‥‥‥‥ごめんね、セレシュ」
ミリアがすまなそうにセレシュを見上げる。
自分のせいでセレシュが村を出たことを言っているのだろう。
「いいの。もともとあんな村、大っ嫌いだったから」
セレシュは、ミリアを慰めるつもりで言った。
あの村を出たところで、なにも気にしていないことを伝えたかったのだ。
だが、ミリアから返って来たのは予想もしなかった言葉だった。
「‥‥‥‥よくないよ、そんな言い方」
「‥‥‥‥っ!」
あれだけ欲しかった友達が、急激に憎く思えた。
なぜミリアはあの村を許せるのか。
あの村は、長年セレシュを苦しめ続けた。それはミリアもわかっているはず。それなのに。
ミリアがあの村を簡単に受け入れられるのは、セレシュのことを友達とは思っていないからなのか‥‥‥?
「ミリアは、わたしのことを、どう思ってるの」
思いがけず尖った声が出た。
自分では止められないほどに、挙が震える。
「え‥‥?もちろん、友達だと————」
「嘘っ!」
ミリアがこちらを見て目を見開く。
セレシュは自分の頬に涙が伝ったのがわかったが、それを拭うのも忘れて叫んでいた。
「ミリアも、わたしの髪が白いことを馬鹿にしているんでしょうっ!?」
「‥‥‥‥」
「あなたはそんなに綺麗な髪だもの。わたしの髪なんて、きっとみすぼらしいわよね。だからあなたは、わたしのことを哀れに思って、わたしに優しくしてくるのよね。嫌なのよっ!そんな優しさがっ!!」
考えてみれば簡単なことなのだ。
緑の髪の人間が、白い髪の自分に優しくするなど、ありえない。
だけどミリアにとって、セレシュは命の恩人。
だから、仕方なくセレシュに優しくする。その心の裏では、全く違うことを考えて。
そんなこと、もっと早くに気づくべきだった。
憎かった。ミリアの綺麗な髪が。声が。その優しい笑顔が。
‥‥‥‥いらない。中途半端な優しさなんて、いらない。
その時、温かいものが額に触れた。
しゃがみこんでしまったセレシュを、ミリアが強く抱きしめていた。
その腕には、なんの躊躇いもない。
「大丈夫だよ」
耳元で優しい声が囁かれる。
嫌だって言っているのに。その人の良い声が。
だがその心とは対照的に、セレシュはミリアの胸に顔をうずめて泣いていた。
「セレシュは綺麗な髪。あなたにしかない色の髪。あたしは、セレシュが羨ましいよ」
「ひっく‥‥そ、そんなの嘘‥‥‥」
「嘘じゃないっ!人には、その人しか持ってないものがあるの。セレシュはそれに気づいていないだけ。‥‥‥いいえ、自らそれを遠ざけようとしている」
自分にしかないもの?
そんなのあるわけがない。
ミリアは完壁。自分にはなにもない。
「ミリアには‥‥うぅ‥‥わかんないよ‥‥‥」
「セレシュには、強さがある」
ミリアの額がセレシュの頭に触れる。
温かい。今まで感じたことのない感触。
「強さ‥‥?‥‥わたしが‥‥‥?」
「うん。セレシュは強いよ。あなたは、どんなに大きな波が来ても乗り越えられる。でもセレシュは、それを認めたくないんでしょう。自分が弱いと思ってる」
「‥‥‥‥っ」
今までぶつけられた醜い言葉。
小さいころから虐められていたから、自分はそれらの言葉と同じで、醜くて弱い人間だと思った。
それでいいと思った。
だが、今ミリアから聞かされた言葉がセレシュを混乱させる。
自分は、どちらを信じれば良い?
「大丈夫。迷うことなんてない。セレシュは、誰にもない、あなたにしかない強さを持ってるから。あたしは、そんなセレシュが大好きだよ」
ミリアの言葉は、まるでセレシュの心を見透かしているようだった。
透明で、綺麗で、誠実な言葉。
頬から涙が流れ落ちるたびに、悲しみも一緒に落ちていく。
後に残るのは、不思議な温かさ。
このまま泣いていたい。悲しみも痛みも全て消え去ってしまうくらい、ずっと。
また、ミリアの優しい声が聞こえた。
「あなたは、誰よりも素敵な人よ」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.57 )
- 日時: 2012/03/10 17:08
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
あまりのにぎやかさに、最初セレシュは驚きを隠せなかった。
深い森を越えたセレシュとミリアを待っていたのは、大きな町。
人々の笑い声、罵声、歓声が混じり合って、もはや雑音にしか聞こえない。
さらに、そこに通り過ぎる馬車の音や、古い樽などを持ち上げた時にする金具の耳障りな音までして、セレシュは耳を押さえた。
だがミリアは動じることなく、いつものように笑いながらセレシュの横を歩く。
どうやら彼女は都会育ちのようだ。
あてもなくぶらぶらと歩く。
そのうちに、セレシュはいくつかの発見をした。
意外なことに、町を歩いていて注目を浴びたのは、セレシュではなくミリアの方だった。
それもそのはず、この町には異国の人がよく商売をしに来るらしく、髪の色もさまざま。セレシュの白い髪も目立たない。
その点、ミリアはあの容姿だ。逆に周囲から浮いてしまっている。
そして、ミリアのことで一番困ったのが、これ。
「ねぇ君、暇だったら、ちょっとそこの喫茶店でお茶しない?」
町に入って数十メートルと歩かないうちに、若い男に声をかけられる。
ミリアは素直にとことこ連いて行ってしまうため、用心深いセレシュが止める、という作業は何度目か。
ミリアはお世辞にも用心深い娘には見えない。若い男の、恰好の標的になってしまうのだ。
「わあぁ、セレシュ見て見て!あそこで美味しそうなお肉焼いてるよっ!鉄の串に刺したお肉をぐるぐる回したら、あんなに脂が出るんだねっ!で、お肉用の甘辛いソースを塗って。あのソースって何が入ってるのかな?あたし的には、たぶんフルーツだと思うんだけど‥‥‥セレシュ、聞いてる?」
「〜〜〜〜っっ!」
元々セレシュは金銭をあまり持っていない。それはミリアも同じ。
今日の宿さえも危ない状態なのに、ミリアが横で余計な解説をしてくるのだ。
しかも妙に上手い説明のため、空腹には堪える。
悶絶しているセレシュの気持ちを知っているのかいないのか、ミリアは美味しそうな食材を見つけては、目をきらきらさせてコメントをする。
我慢の限界に達し、ちょっと黙ってて、と言おうとした時だった。
「こんにちは」
声がかけられた。
また若い男か、と適当にあしらおうと顔を上げると、予想外の人間が立っていた。
「突然で悪いんだけど、あなたたち、もしかして宿が無かったりする?」
「え‥‥‥あ、はい」
ふんわりとした笑顔。川のようにさらさらと流れる桃色の髪。
セレシュたちの前に立ちはだかるようにして立つ、不思議な雰囲気の女。
身なりからして、貴族かそれ以上の身分だろう。
それにしても、すごく勘の良い人間らしい。人の考えを見抜いているみたいだ。
「今ね、わたしの屋敷で使用人が足りないのだけど。あなたたち、働かない?タダで泊めてあげるから」
「はい」
思わず反射的に返事をしてしまった。
なんだろう。なぜかこの女には、有無を言わさぬ迫力がある。
ただの、華奢で綺麗な女、としか見えないのに。
女はまた、ふんわりと笑う。
「そう。ありがとう。わたしはシルヴィアナ・マーラ。あなたたちは?」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.58 )
- 日時: 2012/03/11 14:35
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
それにしても、どうしてシルヴィアナの使用人になると言ってしまったのだろう。
シルヴィアナの背中に連いて行きながら、セレシュは考える。
彼女とは初対面。どう考えても怪しい相手なのに。
シルヴィアナは人ごみの中をすり抜けるように歩いていく。
いや、人ごみの方がシルヴィアナを避けているようにも見えた。
貴族というものは、自分の権威を示すために、やたらに馬車に乗りたがる。
だがシルヴィアナは歩くのに慣れた様子だ。周りには彼女を警護するような者もいない。
シルヴィアナは下級貴族なのか、それともただの変わった人なのか。
「ここよ」
しかしシルヴィアナに案内されたのは、予想以上に広い屋敷だった。
これが王宮だと言われても驚かなかっただろう。
屋敷の窓なんかは効果なステンドガラスが使われているし、その庭も、普通の庭にあるものならなんでも揃っていた。
思わず門の前で立ち竦んでしまい、シルヴィアナが金の装飾が施されたノッカーを叩く。
すると思ったより早く扉が開いた。
「お帰りなさいませ、奥様」
すらすらと流れるような口調でシルヴィアナを迎えたのは、使用人らしき娘。
緑のふわふわした綿菓子のような髪は、幼い子供を思わせた。
気が強そうだが、顔いっぱいに笑みを浮かべている。シルヴィアナが帰って来たのがそれほど嬉しかったのだろうか。
「ただいま、フィーラ。突然で悪いんだけど、あの子たちを使用人の部屋に案内してあげて。右の子がセレシュで、左の子がミリア。新しい使用人よ」
「新しい‥‥‥使用人」
「そう。‥‥わたし疲れちゃったから、先に休むわ」
屋敷に入っていくシルヴィアナに慌てて頭を下げ、フィーラという娘はこちらに手招きした。
そしてそのまま、シルヴィアナに続いて屋敷の中に入っていってしまう。連いてこい、という意味でいいのだろうか。
フィーラは広くて複雑な屋敷の中をどんどん進んでいく。
あまりに広すぎて、うっかり遭難でもしてしまいそうだ。
その中の一つの部屋にフィーラは入った。
セレシュも続いてみると、そこは結構大きな部屋だった。べッド、クローゼット、椅子、机、鏡などの生活必需品が、最初から用意されていたみたいに3つずつ並んでいる。
最後に入ったミリアが扉を閉めた途端、フィーラがぐるりとこちらを向いた。
視線と視線がぶつかり合い、若干ドキドキする。
なにを言われるのだろう。嫌味か、先輩ぶった命令か。
だが、フィーラは突然ミリアとセレシュに抱きついた。
「わっ」
「ひゃっ」
「あんたたち可愛いね!変な奴が使用人になりに来たらどうしようかと思ったけど!こんな可愛いなら大歓迎!うあぁん、もう、こうしてやるっ!」
フィーラはセレシュの髪をぐしゃぐしゃと撫でまわし、やっと離れた。
その口に、にやりと笑みが浮かぶ。
「わたし、フィーラ・リーガル。使用人はわたし1人だけだから天涯孤独だったんだ。よろしくなっ!」
いつもハイテンションなミリアも、驚いて目を白黒させている。
男勝りな口調。シルヴィアナと接した時とは態度が全く違う。
元々こういう性格なのだろうか。
セレシュは驚きでこの一言を言うのがやっとだった。
「よ、よろしく」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.59 )
- 日時: 2012/03/13 21:02
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
「こっちが応接室。ここが調理場」
フィーラはセレシュたちの一歩前を歩き、案内していく。
だがそんな一度に説明されても、よほど記憶力が良くないと覚えることなど無理である。
それよりも驚いたのは、この広い屋敷をシルヴィアナとフィーラの2人だけで使っているということだ。
さぞ掃除が大変なのだろうと思ったが、屋敷の半分以上は使用していないらしい。
一つ一つの部屋にはちゃんと家具が置かれていて、埃さえ掃えば宿屋としても機能しそうだ。
「ここは奥様のお部屋。ちなみに、奥様のお部屋と武器庫は立ち入り厳禁」
「げ、厳禁‥‥‥‥?」
厳禁と言われれば実行したくなるのが人間の悲しい本性。
だがシルヴィアナのことだ。規則を破れば、あのふんわりした笑顔で何をされるかわからない。
思わず色んなことを想像してしまい、ゾッとする。
「それにしても、シルヴィアナさんって謎多いのね〜」
窓から見える広大な庭に目をやりながら、ミリアが呟く。
つられてセレシュも覗きこみ、美しい庭に改めて感嘆する。
フィーラがミリアの言葉にぷぅっと頬を膨らませた。
「シルヴィアナさんじゃなくて、シルヴィアナ様!または奥様も可!そこんとこ重要っ!」
「は、はぁ〜い」
「分かれば良いんだ。分かれば。‥‥‥あ、そだそだ。あんたたち、このマーラ家についての古い噂知ってる?わたしはちっちゃい頃、よくお母さんに聞かされたけど」
マーラ家といったら、シルヴィアナ・マーラのことだろう。
だが、聞いたことがない。そもそも両親は物心ついた時からいない。
ミリアに目で問いかけてみたが、ふるふると首を振られた。
それを見てフィーラは満足そうににやりとし、彼女らしくないシリアスな口調で語り始める。
「むかーしむかし、ガクヴェンド・マーラという人がいました。ガクヴェンド・マーラはいつも笑っている優しい貴族で、町の人は彼のことが大好きでした。だけどある日、隣国から来た1人の兵士が、酔っぱらってガクヴェンド・マーラの恋人を殺してしまいました」
フィーラはここで言葉を切り、ちらりとセレシュたちを見る。
セレシュとミリアが話に引き込まれているのを確認すると、たっぷりと間を開けてからまた続けた。
「怒ったガクヴェンド・マーラは、一晩のうちに、兵士が来た隣国の人間を1人で全て殺してしまいました」
「「!!」」
この辺りの地域では、人口1万人以上の土地を「国」と呼ぶ。
もしもその話が本当ならば、そのガクヴェンド・マーラとやらは1万人以上を殺したことになる。
そんなことが可能なのだろうか。
「わたしもよく言われたんだ。悪いことをするとガクヴェンド・マーラが来るよ、って。あと余談なんだけど、ガクヴェンド・マーラが恋人の魂が無事に天国へ召されますように、って植えた木が、あの有名な千年樹なんだって」
千年樹という言葉に、体がびくりと震えるのを抑えられなかった。
あの神が住む木は、シルヴィアナの祖先が植えた‥‥‥?
「ま、わたしは奥様の迫力に魅せられて使用人になったんだ。家族の反対を押し切って、家を飛び出してきてやった」
フィーラはそこで真顔になり、また恥ずかしそうに笑った。
「大丈夫だって。奥様は、滅多に怒らないし」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.60 )
- 日時: 2012/03/13 21:56
- 名前: 麻香 (ID: PDUPGN/L)
そして、しばらく月日が過ぎて。
あれから色々なことがあった。
噂では、隣国のラキティアナ国に齢十四の少女が即位したとか。
海の向こうのフェンべルク国の王子が、その少女と婚約したとか。
噂好きのここの国民は、どこよりも早くそんな情報を入手するのが得意だった。
「パイナップル入れたいなぁ〜」
隣のミリアがそう呟くのを聞き、セレシュは卵を割る手を止めた。
手分けしてパン生地をこねていたフィーラとシルヴィアナも、ミリアを振り向く。
ちなみに、シルヴィアナがブリオッシュの達人だと最近知って、今日はその技を伝授してもらっていたのだ。
「ミリア、なにか言った?」
粉にまみれた手で、フィーラが額の汗を拭きながら聞く。
顔中が粉で真っ白になっても彼女は気にしないようだ。
「あ、うん。小さい頃に食べた、パイナップルをシロップで煮込んだものを載せたら、美味しいだろうなって」
「パイナップルっていったら‥‥あの南国の果物?」
「それ、それですっ!さっすがシルヴィアナさんは物知りぃ♪」
またシルヴィアナに「さん」付けしているのを聞いてフィーラが顔をしかめたが、シルヴィアナはまんざらでもないらしい。
苦笑しながら戸棚を探り始めた。
「パイナップルといえば、前に伯爵様からいただいたものが‥‥‥あった」
シルヴィアナが取り出したのは、見たこともない物だった。
オレンジと茶色の中間くらいの色をした皮には鋭い棘が生えていて、触れてみると結構痛い。
楕円形のその物体の頂上には、こんもりと緑の葉が生えている。
本当にこんな物が食べられるのか。
「う〜んとねぇ、確かぁ‥‥‥」
ミリアはパイナップルとやらの上下部分を切り落とし、皮と芯を取り除く。
その手際の良さに、セレシュとフィーラはおろかシルヴィアナまで感心して見入っていた。
次に砂糖水を鍋に入れ、パイナップルを放り込んで蓋をした。
その時、こんこんとドアノックを鳴らす音がした。
シルヴィアナがさっとエプロンをはずし、慌ててフィーラがシルヴィアナの髪を整えてやる。
どうやらシルヴィアナが直々に訪問者を迎えるらしい。
シルヴィアナとフィーラが応接室に行ってしまうと、セレシュたちはもうほとんど完成に近づいていたブリオッシュを仕上げにかかるのだった。
☆★☆★☆
しばらくして、パイナップルが煮えたらしい。
ミリアは熱いパイナップルを皿の上に並べ、待ちきれないのか団扇で扇いだり氷で冷やしたりし始めた。
やがてそれを、ミリアはセレシュに食べるように勧める。
「あ、美味しい‥‥」
「でしょでしょ?」
まだ完全には冷えていないらしく、生温かい。
だが独特の酸っぱさと苦さ、後から来る甘さがとても良く絡み合っている。
これは、バターと卵をたっぷり練りこんだブリオッシュには合うかもしれない。
その時、応接室の方から声が響いてきた。
「ミリア〜、ブリオッシュを持ってきて〜!」
シルヴィアナだ。
もしかしたら、先程の訪問者がブリオッシュを要求したのかもしれない。
ミリアは慌てて熱々のブリオッシュの上に、パイナップルを載せる。
「はぁい」
- Re: ボカロ ただ今[悪ノ娘]進行中! 【短編集】 ( No.61 )
- 日時: 2012/03/16 21:05
- 名前: 麻香 (ID: 8JrV/Llz)
ミリアがとことこ走っていった後を、セレシュは追いかける。
気になったのだ。ブリオッシュを頼んだ人物が。
シルヴィアナがブリオッシュを得意とするのを知っているのは、一部の上級貴族だけだ。
上級貴族を見たことがない者にとって、興味を持つのは仕方がないことだと思う。
「奥様のブリオッシュは、すっごく美味しいんですよぉ!食べてみてください!」
ミリアの元気な声が聞こえた。人前ではちゃんと「奥様」と言っているようだ。
だが、ミリアと対話しているその人物を見て、セレシュは驚きを隠せなかった。
それはまだ幼さが残る少年だったのだ。
最近の流行なのか、男にしては長めの髪を、頭の後ろで一つにまとめている。
少女のような華奢な身体だから、髪をほどいてそれらしい恰好をすれば美少女に見えないこともない。
あれはどこの誰なのだろう。
彼を警護するような兵士もいないし、良家の幼い子供が来るような場所ではない。
唖然としていると、いつのまにかセレシュの後ろに来ていたフィーラが話しかけてきた。
「あの子はレイ・シルフィードだ。なんでも、ラキティアナ国の王女側近召使らしい」
「王女側近!?あんな小さい子が‥‥?」
ラキティアナ国といえば、十四歳の王女が即位したことで話題の国だ。
その王女と同じくらいの歳の召使。普通なら、ありえない。
ブリオッシュを一口食べ、美味しい、と声を漏らしてミリアとシルヴィアナを大笑いさせている少年。
自分と同じ発言をした少年に、セレシュもつい笑ってしまう。
だが、目だけは少年から離せなかった。
他の人と違う、というのは意味もない恐怖を与える。
わずか十四歳で王女側近の召使となった異端の少年は、自分たちにどんな影響を及ぼすのか。
☆★☆★☆
「パイナップルのシロップ漬け、美味しかったねっ!他にもシロップに漬けれる物無いかなぁ?」
というミリアの発言で、セレシュとミリアは商店街を歩いていた。
すでに少年は帰った後。シルヴィアナから休憩をもらい、遊びに来たのだ。
夕刻の商店街は必然的に混むもので、人の声も一段と活気づいている。
「ぶどうとかいちごなんて美味しそうだねぇ〜」
「思いきって、キャべツとかネギとか」
「あっははっ!それはないよぉ!でも、面白〜いっ!」
ミリアが果物屋の林檎を手に取った。
林檎とシロップが連鎖した所を想像し、思わずため息を漏らしてしまう。
その時、人ごみを切り裂くかのように、小型の馬車が商店街に飛び込んできた。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.62 )
- 日時: 2012/03/16 21:46
- 名前: 麻香 (ID: 8JrV/Llz)
あまりに速いスピードに、人々は慌てて道の端に張り付き、唖然としている。
馬車は黒と金色で塗られた高級そうな雰囲気で、それを引く馬も、全て値段が高い白馬ばかり。
あの立派なシルヴィアナの屋敷にあっても驚かないような豪奢さだ。
「何なの、あれ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
ミリアが林檎をぐっと握りしめる。
その暴走馬車が道を突っ切ってこちらにやってきたので、セレシュたちは道の端で馬車が通り過ぎるのを待った。
しかし、馬車はセレシュたちの前をそのまま横切って行ったりすることはなかった。
馬車がたてた砂煙が消え去った時、目の前には黒と金の綺麗な車体があった。
目が埃で刺激されたが、それでもセレシュは驚きで目を閉じることができない。
馬車は、セレシュたちの前で急停止したのだから。
「‥‥‥‥‥」
沈黙。
聞こえるのは、急停止されて機嫌を悪くした馬がいななく音と、ミリアの珍しく荒い息遣い。
馬車の扉が勢いよく開き、太い腕が伸びてくる。
その指が掴んだのは、ミリアの肩。
「‥‥‥っ!」
気がつけば、黒い馬車が扉を閉めて走り去るところだった。
セレシュの隣は、誰もいない、なにもない、空白。
ただ、足元に転がる林檎だけが、これが夢や幻ではないことを示している。
一瞬の沈黙の間に起こった出来事。
セレシュは硬直していた。瞼さえ動かせない。
そんな。そんな。さっきまで隣にいたのに。
ミリアは、どこへいった‥‥‥?
「っ、ミリアぁっ!!」
我に返って馬車の去っていった方向を見たが、そこは既に人で埋め尽くされていた。
やはりいない。ミリアが、消えてしまった。
泣いたって叫んだって、どうすることもできない場所へ行ってしまった。
どうしよう。どうすればいい。なにをすればミリアは戻ってくる。
‥‥‥わからない。
自分は、無力だ。
セレシュが呆然と立ちつくしていると、腕になにか温かいものが触れる。
いつのまにかセレシュの横に、たくましい黒毛の馬がいた。音さえたてずに。
騎手がセレシュに声をかける。その顔は逆光で見えなかったが、青い髪をしていることだけはわかった。
「乗れ」
「え‥‥‥?」
セレシュが反応するよりも速く、青髪の男はセレシュを鞍に引きずり上げた。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.63 )
- 日時: 2012/03/18 14:43
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
青髪の男が黒馬を突然走らせ、セレシュは思わず男の腰にしがみつく。
この男は誰。自分をどこへ連れて行くつもりなのか。
だが馬に乗ったことのないセレシュはどうすることもできない。
ただ、上下に激しく揺れるのを必死で耐えていることしかできなかった。
しばらくして前方に見えてきたのは、見覚えのある黒と金の馬車だった。
今も高速で走っているあの馬車は、ミリアを誘拐した馬車。
と、いうことは。この青髪の男は、ミリアを。
「あ、あなたっ‥‥‥ミリアをっ、助けてくれるのっ‥‥?」
馬の振動に舌を噛まないようにしながら、セレシュは男に問う。
青髪の男は答えない。ただ、その腰に付けていた鞘から長剣を引き抜いた。
長剣は白銀に光り輝き、青髪の男の綺麗な顔を映していた。
「‥‥‥‥‥‥っ」
男は馬車の横に黒馬を走らせ、無言で長剣を振るう。
何事もなかったかのように思えたのは一瞬で、一拍置いて馬車の扉が真っ二つに斬れ、地面に落ちた。
「っ!ミリアっ!!」
「セ、セレシュ‥‥‥!?」
丸見えになった馬車の中に、ミリアが立っていた。
馬車に乗っていた、ミリアを馬車の中に引きずり込んだであろう複数の人間が、唖然として黒馬にまたがった青髪の男とセレシュを見る。
見たところ、ミリアは縄で縛られたり傷を負ったりはしていない。無意識のうちにセレシュは安心の吐息を漏らしていた。
だが、ここからが問題だ。
セレシュはミリアに手を伸ばす。
「ミリア、手っ!」
ミリアはセレシュの意図に気づき、慌てて馬車から身を乗り出して手を伸ばす。
だが、届かない。触れそうで触れることのできない距離。
セレシュは青髪の男に叫んだ。
「ねぇ、もっと近づけないのっ!?」
「これ以上は危険だ」
「っ」
役立たず、という言葉を慌てて呑み込む。そんなことを言っている時ではない。
驚いて固まっていた誘拐犯たちが、我に返って立ち上がる。
ミリアが捕まってしまう。
タイムリミットは、あと数秒。
なんとか。なんとかしなければ。
「ミリア、跳んでっ!!」
「えっ!?」
ミリアが驚愕の声をあげた。
馬車は猛スピードで走っているのだ。もしもセレシュがミリアを受け止められなかったら、大怪我をする。
命の危機までにはならないだろうが、恐怖というものは人の行動を制限する。
だけど。それでも。
「わたし、初めて人を信じることができたっ!あなたなら、ミリアなら信じられるの!あなたがいなきゃ嫌っ!!だから、わたしを信じて‥‥‥っ!」
セレシュは一気にまくしたてる。
受け止められる自信はない。そんなものはない。
だけどミリアを失いたくない。自分の、初めての、親友。
「‥‥‥うん」
ミリアが頷いた。
誘拐犯たちがミリアの背後に迫る。このスピードの馬車から跳ぶことなど無理だとわかっているから、余裕の表情だ。
だが、その腕がミリアの身体を捕まえる直前、ミリアが、跳んだ。
「セレシュっ!」
美しい跳躍。
緑の髪がゆらゆらと舞う。
セレシュの伸ばした手に、ミリアの手が初めて触れる。
無我夢中でセレシュはそれを掴み、抱き寄せた。
温かい感触。髪が、鼻をくすぐる。
ミリアが強張った顔で、でも嬉しそうに笑った。
「‥‥‥‥えへへ」
「‥‥‥‥ふふ」
言葉はない。だが、距離はこんなにも近い。
馬車の方から驚きの声があがる。
青髪の男はくるりと踵を返し、人通りの多い町の中心へと黒馬を走らせた。
☆★☆★☆
「ミリアを助けていただいて、ありがとうございました」
シルヴィアナが男に頭を下げると、男は恥ずかしそうにはにかんだ。
町娘が見れば悲鳴を上げて卒倒しそうなほど整った美しい顔。
ここはシルヴィアナの屋敷。
あの出来事があった後、セレシュとミリアは男に屋敷まで送ってもらったのだ。
事情を聞いてもシルヴィアナはあまり表情を動かさなかったが、フィーラはわんわん泣いてミリアに抱きついていた。
「いえいえ、僕は馬でセレシュさんを送っただけですよ。ミリアさんとセレシュさんはすごくお互いを信じあっているんですね。まさか走っている馬車から跳ぶとは」
「本当に無茶な娘で。‥‥‥でも、まさかあなたがフェンべルク国の王子だったとは驚きました」
シルヴィアナがふんわりした笑顔を男に向ける。
そう。男は最近ラキティアナ国の王女と婚約したことで有名な、フェンべルク国王子カイン=フェンべルクだったのだ。
その王子に「役立たず」と言いかけたことを思いだし、セレシュは赤くなって俯く。
「では、僕はこれで。また暇な時に来ます」
そう言って立ち上がった王子がミリアに向けた顔。
町を歩く若い男がミリアに声をかける時と同じ。
耳の辺りが少し赤くなった、さわやかな笑顔。
まさか、ミリアが王子まで虜にしてしまうとは。
すでに慣れたこととはいえ、今回は一国の王子。
突然狂い始めた歯車にセレシュが気づいた時には、すでに後戻りできない状態になってしまっていた。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.64 )
- 日時: 2012/03/21 21:03
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
夕日が山の端に差しかかり、辺りが真っ赤に染まる。
この時間は大空を占領するのはカラスらしく、他の鳥の声は聞こえてこない。
そろそろ気温も下がり始める頃だが、セレシュとミリアは、屋敷のバルコニーで夕日を眺めていた。
「綺麗だね‥‥‥」
「うん‥‥‥」
ミリアの青い瞳に赤い夕日が写り、複雑な色になる。
セレシュたちがこのバルコニーで夕日を見るのは、毎日の日課だった。
一番心が安らぐ時。一時ゆっくりミリアと話ができる時。
「ねぇ、セレシュ」
ミリアが独り言のように声を出す。
その声と顔からは、なにを考えているかはわからなかった。
「あのね。あたし‥‥‥‥家出してきたの」
一瞬なにを言われたのか考えてしまう。
家出という言葉とミリアが結びつかない。
「家出って‥‥‥ミリアが?」
「そ。あたしの家、資産家なんだ。あたしはお嬢様ってわけ。ふふ、似合わないでしょ」
ミリアは曖昧に微笑んだ。
家出とミリアは結びつかなくても、お嬢様とミリアは容易に結びついた。結構似合っている気がする。
そのことを伝えると、ミリアはまた笑った。苦笑いのような、なにかを諦めているような顔。
「でも、あたしは嫌いだった。家も、生活も」
「そうなの‥‥?でも、暮らしに困ったりはしなかったでしょう?」
「まあね。困らないかわりに、暇だったの。毎日同じだった。ひらひらしたドレスを着て、男の人と食事して、作り笑いをしてるだけ。いつも同じことを繰り返すから、自分が生きているのかどうかもわからなかった」
なにも言えなかった。
それは昔、セレシュ自身が感じていたことだったからだ。
繰り返される毎日。つまらないだけの人生。
「あたしって誰なのかな。あたしが生きてることに意味ってあるのかな。‥‥あたしは怖くなった。自分が消えてしまいそうだった。この繰り返される地獄から逃げ出したかった。だから、家出したの」
「‥‥‥それで」
「うん。お腹が減って、倒れたところにセレシュが来た」
自分とミリアは、同じだったのだ。
完壁に感じていたミリアは、自分と同じ。
生まれた時から鎖に繋がれて、抜け出そうと無我夢中にあがいた人間。
「あたし、死んだっていいと思った。なんの未練もなかったから。でも、セレシュが来てくれて嬉しい、とも思ったの」
「‥‥‥‥」
「でもね、あたし、生きてて良かったって思う。セレシュと一緒にいて、すごく楽しいんだ。あたしは人間なんだ、ちゃんと生きてるんだって、初めて感じたもの」
その時に笑ったミリアの顔は心から楽しそうだった。
生きる喜びを知った人間は、強くなる。
「あたしにとって、セレシュは輝いて見えた。あたしと同じ世界に生きてるのに、セレシュはどんな色にも染まっていない綺麗な人だったから。あたし、セレシュを見習いたい。‥‥‥だから、明後日くらいに、家に帰ろうと思うの」
「!!」
驚きを隠せないセレシュに、ミリアは背中を向けた。
「本当はね。この前あたしを誘拐した人たち。あれ、あたしの家の人よ。お父様が、あたしを連れ帰るために命じたらしいわ」
「‥‥‥‥」
「あたし、もうこんなことが起こってほしくない。起こってはいけないの。だから、お父様にちゃんと伝えてくるわ。あたしの帰る場所は、あたしをちゃんと見てくれるセレシュの隣だ、って」
ミリアは、やっぱり強い。
改めてセレシュはそんなことを思った。
生きている意味がわからなくてふらふらした人間が多いこの世界で、ミリアはちゃんと前を向いている。
ミリアが資産家の娘だって容姿が綺麗だって関係ない。
大切なのは心だ。自分の長所に酔って、中身がない人間はただの人形でしかない。
「さ、もう暗くなってきたし、あたし、寝るねっ!おやすみ〜っ!」
ミリアの笑顔がぱっと輝く。
走り去っていく親友の背中に手を振り、セレシュは呟いた。
「うん、おやすみ。また明日‥‥」
お金がなくてもいい。自分が美しくなくたっていい。
ただ、こんな些細な幸せがずっと続いていれば良かった。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.65 )
- 日時: 2012/03/19 22:13
- 名前: みーあー。 (ID: 0T2ECwzo)
とっても面白かったです!まさか、そんな展開になるとは・・・!
続きがすっごい楽しみ〜〜〜〜〜〜!
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.66 )
- 日時: 2012/03/20 21:44
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
初めましてっ!
たくさんの意外な展開を作りたくて、話が長びいてますね。
もうこれ短編って言えないな‥‥‥
いつ終わるか全くわかりませんが、また見に来てやってくださいwww
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.67 )
- 日時: 2012/03/22 21:04
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
翌日。
セレシュは、一人で市場に来ていた。
昨日ミリアの話を聞いて、自分でもなにかミリアにしてあげたくなった。
ミリアは明日、家に帰る。家出してきた娘にとって、それはとても怖いことのはずだ。
だから今夜、フィーラと示し合わせてサプライズパーティーをすることにした。
ミリアを元気づける為に。
「なににしようかな‥‥‥」
フィーラが屋敷を綺麗に掃除し、その間にセレシュが買い出しをする。
ちなみにシルヴィアナは留守だ。彼女は時々、誰にも告げずに旅行に行くことがある。
もちろん、どこへ行くのか、いつ帰ってくるのかも不明だ。
八百屋を眺めていると、ふとネギが目についた。
そういえばミリアが、初めて会った夜にネギが好きだと言っていたのを思い出す。
「すみません。ネギを一つください」
「はいはい」
八百屋の女将が愛想よく笑った。白い髪の自分にでも優しく接してくれるから、大きな町は好きだ。
ネギという言葉に、鍋を連想する。そうだ、今日は鍋にしよう。
「じゃあ、あとは白菜と椎茸と—————」
そう言い終わらないうちに、背後で悲鳴があがった。
振り返るのと同時に誰かがもたれかかってくる。
慌てて受け止めると、それは長い緑の髪をした女性だった。
その胸は赤く染まっていて、すでに息をしていない。
「っ!いやぁっ!」
反射的に手を離すと、その女性はずるずるとセレシュの足元に崩れ落ちる。
目の端に、黄色い旗が写った。鎧を着て武器を持った、たくさんの人々。
あれは‥‥たしか齢十四の王女が治める、隣国のラキティアナ国の軍隊だ。
なぜ、ここに。
ラキティアナ軍の先頭にいた男が銃を構える。
パン、と破裂音がした一瞬後、セレシュの隣で野菜の品定めをしていた婦人が倒れた。
そして、地獄が始まった。
☆★☆★☆
「ラキティアナ軍が市場で国民を虐殺してる!?」
フィーラの甲高い声に、セレシュはこくりと頷く。
ミリアに支えてもらっているとはいえ、足が震えて、今にも座りこんでしまいそうだった。
「そんな‥‥‥セレシュは大丈夫だったの?」
「‥‥‥‥」
また頷いた。
突然やってきたラキティアナ軍は、買い物に来ていた国民たちを銃で次々に撃っていった。
だが、狙われるのはなぜか緑の髪の女性だけ。セレシュに銃が向けられることはなかった。
それでセレシュは、危なっかしい足取りで屋敷へ逃げ帰ってきたのだ。
「‥‥‥理由はわかんないけど、それじゃあたしとフィーラが危ないのね」
ミリアが呟く。
そう。なぜか狙われている緑の髪、つまりミリアとセレシュが危険なのだ。
自分は白い髪だから狙われることはない。こんなに怖がる必要はないのに。
フィーラは低くため息をついた。
「よりによって奥様がいない時に‥‥‥」
「‥‥‥‥シルヴィアナさんってそんなに強いの?」
「さん、じゃなくて、様、ね。当り前よ。国を一つ潰したって言われてる人の子孫なんだから。そういえば昔ね————」
その時だった。扉をノックする音が聞こえたのは。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.68 )
- 日時: 2012/03/22 21:57
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
ミリアとフィーラがびくりと肩を震わせた。
沈黙が続く。この屋敷の中だけ時が止まってしまったように。
数秒後、今度は少し強めにノックがされた。
誰よりも早く平静を取り戻したフィーラが、深呼吸をしてからそっと扉を開く。
「‥‥‥どちらさま?奥様は出掛けておられますが」
フィーラはよく言葉遣いが乱暴になるが、仕事が関わっていると驚くほど豹変する。
フィーラの静かな問いに、扉の向こうの相手もこれまた静かに答えた。
「ミリア・ヴァーミリオンさんに話があります」
「ミリアに?」
名を呼ばれたミリアが、セレシュと顔を見合わせた。
混乱状態のこの国で一体誰がミリアを訪ねてくるというのだろう。
ミリアの実家だという資産家の両親が差し向けたものか。
それともミリアに恋心を抱いている王子カインの救いの手か。
だがフィーラの表情から、そのどちらでもないことが分かった。
全く知らない人でもないが、信用できるほど親しくもない人。フィーラの仕草が、そう告げていた。
「すみませんが、今この国はこんな状態なので」
フィーラが客を追い返そうとする。
だがその瞬間、見えた。少女のような細い身体をした、少年が。
「どなたも信用できま————」
「あ、レイさんっ!」
止める間もなく、ミリアが叫んでいた。
その顔は、まるで好物の菓子を見つけた子犬のようだ。
フィーラが半分諦めたような声で諭す。
「ちょっとミリア!」
大の男でも怯んでしまいそうなトゲトゲした声だが、ミリアはそれくらいでは動じない。
自分からいそいそと扉を開け、こちらを向いてニッと笑ったのだった。
「大丈夫よ。レイさんは」
☆★☆★☆
ミリアが一通りセレシュとフィーラをレイに紹介する。
このような状況でにこにこと笑っていられる性格なのは、この世でミリアただ一人だろう。
「それで?ミリアに話ってなに。単純明快に答えて」
もちろんそんな性格ではないフィーラは、話をさっさと進めさせる。
その間にも目だけは油断なく外を見ていて、本当に彼女はただの使用人なのかと疑わせた。
散々迷った挙句、レイが口を開く。心なしかその顔は青い。
だが、それはフィーラに遮られた。
「あれ、ラキティアナ軍じゃない!?ついにここにも来たよっ!」
窓の外に、あの黄色い旗が見えた。
地獄が蘇る。
銃声。人の悲鳴。断末魔。自分が抱えている女性の胸の、赤い赤い血。
「フィーラ、どうする!?」
「逃げちゃだめよ!この屋敷をお守りしなきゃ!」
フィーラとミリアの声でさえ、遠くから聞こえているようだった。
思わず小さな悲鳴をあげて座り込んだセレシュに、ミリアが駆け寄る。
大丈夫、大丈夫、と耳元で囁かれて、不思議と動悸が収まってきた。
だが、まだ地獄が終わったわけではなかった。
「レイさん?ちょっとなに?短剣なんか持って‥‥‥‥」
フィーラの震える声に、おそるおそる顔を上げた。
まず、きらりと光る銀色のモノが目に入る。
それがなにかわかった途端、気を失ってしまいそうなほど頭痛がした。
あれは、昔、自分がいつも持ち歩いていたモノ。
人という生物を、簡単に壊してしまえるモノ。
レイが、短剣を構えて立っていた。
その光る刃先を、真っ直ぐミリアに向けて。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.69 )
- 日時: 2012/03/23 21:59
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
フィーラとミリアがなにか叫んだ。
レイもぶつぶつとなにか呟いている。
その、どちらも聞こえない。
セレシュの瞳に写るのは、レイが持つ美しい短剣のみ。
全てが止まってしまったように見える。いっそ時間さえ止まってしまえば良い。
レイがじりじりミリアに近づく。
ミリアがセレシュを守るように抱きかかえた。
狙われているのはミリアの方だというのに。
どうしよう。どうすればいい。
ミリアが誘拐された時、セレシュ一人ではなにもできなかった。
また同じことが起ころうとしている。
どうしよう。どうすればいい。
ミリアが殺されるのは嫌だ。怖い。見たくない。
胸の前で手をぎゅっと握った時、服の中のなにかが触れた。
その正体がわかった瞬間、セレシュはそれをレイに向けていた。
「来ないで‥‥‥っ!」
ミリアもフィーラもレイも、驚いた目でセレシュを見る。
セレシュが持っていたのは、けして人に向けてはいけないモノだから。
怖がりな娘が持っているはずのないモノだから。
それでもセレシュは、震える手でそれを持っていた。
セレシュがその昔、自らを傷つけるために持っていた、小さなナイフを。
セレシュは剣術などは習ったこともない。レイの方が優勢なのはわかっていた。
でも、このままで終わらせてはいけない。
ミリアは明日、自分の屋敷に帰るのだ。両親と仲直りをするのだ。
ミリアと自分の幸せな思い出を、最悪の結末にしてはいけない。
最初はレイも戸惑っていたが、やがて心を決めたようだった。
短剣が今度はセレシュに向けられる。
だがその時、よく通る澄んだ声が響き渡った。
「セレシュ。もう、いいわ」
ミリアが笑っていた。
これ以上ないくらいの、満面の笑みで。
「ミリア‥‥‥?」
「これはあたしの問題よ。あなたの綺麗な手を汚す必要はないの」
セレシュの手からナイフがそっと奪い取られる。
その時に触れたミリアの手は、不自然なほどに冷たかった。
「大丈夫。あたしは、消えるから」
ミリアはなんの躊躇いもなく、自分の胸にセレシュのナイフを、刺した。
そしてそのまま、くしゃりと崩れ落ちる。
陽炎のように儚く、緑の髪が舞った。
「いっ、いやあああぁあぁぁあああぁぁぁっ!!!!」
フィーラが彼女らしくない悲鳴をあげた。
その声は、静かな屋敷の隅々にまで染み渡る。
レイが短剣を取り落とし、カランという冷たい音でセレシュは我に返ってミリアに駆け寄った。
「ミリア!馬鹿っ!なにしてるのよっ!」
ミリアはまだ笑っていた。
その顔には、なんの後悔もない。
「セレシュ‥‥‥あなたは、不幸な人間じゃないわ」
突然の言葉に、セレシュはなにも返せない。
ミリアはどんどん白くなっていく唇で、言葉を続ける。
「あのね‥‥‥人間は幸福と不幸を同じだけ持っているのよ。セレシュはこれまで不幸だったかもしれないわ。でも‥‥これからきっと幸せになる。それにね。セレシュは‥‥きっと幸せを知らないのよ‥‥‥」
ミリアの緑の髪が、服が、どんどん赤く染まっていく。
セレシュはまた、なにもできなかった。
ミリアの話を聞いていることしかできなかった。
ミリアの手を、どこにも行かせまいとするように掴んでいることしかできなかった。
「美味しいものを食べたり、欲しかったものを買ったり、好きな人と並んで歩いたり‥‥そんなちっちゃな幸せを、セレシュにも知ってほしいから‥‥‥だからね‥‥‥‥」
ミリアがにっこりと微笑んだ。
綺麗な、とても綺麗な笑顔。
そして、その手が、くたりと地面に落ちた。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.70 )
- 日時: 2012/03/25 14:49
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
自分が泣いているのかどうかもわからなかった。
今、心の中にあるのは、なんの感情なのだろうか。
それは悲しみでもない、ただの単純な怒り。
ミリアの顔をただ見つめながら、セレシュは地面に落ちたミリアの手に触れる。
冷たい手だった。滑らかで繊細で、命の温かさを失った人形のような手。
「————る‥‥‥」
そんな言葉が口から漏れていた。
ミリアの胸からそっとナイフを抜き取り、立ち上がる。
そして、ただ立ち尽くしているレイを見た。
「————てやる‥‥‥」
初めての友達。心から信じてくれた人。
一緒に笑ってくれた、とても優しい人を‥‥‥。
「‥‥殺してやるっ!!」
許さない。
ミリアを死に追いやった人を。
孤独で小さな一人の人間を破滅させた人を。
レイはぴくりとも動かない。
容赦なくナイフを振り上げたセレシュは、だがそこで固まった。
「ミリアを‥‥‥殺した人‥‥‥‥?」
ミリアを殺したのは、誰なのだろう。
ミリアは自ら死を選んだ。ミリアにそこまでさせたのは、誰なのだろう。
ミリアを殺そうとしたレイなのか。
それとも、ミリアに刃物を与えた‥‥‥自分?
「あ‥‥‥‥あぁ‥‥‥‥」
ミリアは、セレシュのナイフを使って死んだ。
もしも自分があそこでナイフを取りださなかったら‥‥‥。
自分の行動が、ミリアを苦しめたのでは‥‥‥。
ミリアはあの時、あなたの手は汚さなくていい、と言った。
セレシュはミリアを守って死のうとした。
だから、逆にミリアがセレシュの手を汚させないために、死んだのではないだろうか。
だとしたら。
「‥‥‥‥‥‥‥‥っ」
ミリアが自ら死んだ原因は、自分にもあるかもしれない。
☆★☆★☆
気がつくと、フィーラが心配そうにセレシュの顔を覗きこんでいた。
あれからずいぶん経っているようだ。
「っ!あの、男の子はっ!」
「‥‥‥もう出て行っちゃった」
一瞬、夢を見ていたのではないかと期待したが、やはり現実。
ミリアは真っ白な顔で床の上に眠っていた。
フィーラから聞いたところによると、セレシュはレイをナイフで刺そうとした後、そのまま固まってしまった。
そしてナイフを取り落とし、うつむいて、なにかをぶつぶつと呟いていた。
あまりに長い間そうしていて、レイがラキティアナ軍と帰ってしまった後も呆然と立ち尽くしていたそうだ。
セレシュはその話を黙って聞いていた。
ミリアが死んだ、ということが今さらながらに信じられなかった。
だがその時、屋敷の扉がガチャリと開いた。
「ひっ」
フィーラが悲鳴をあげてセレシュの後ろに隠れる。
セレシュはぼんやりとした頭で扉の方を振り向き、呟いた。
「シルヴィアナ‥‥‥さん?」
いつものふんわりした笑顔で、この屋敷の主、シルヴィアナが立っていた。
シルヴィアナはそのままセレシュ、フィーラと順々に見回していき、最後に床に倒れているミリアに目を向けた。
その顔からスッと表情が消える。
「あの‥‥‥‥えっと‥‥奥様‥‥‥‥」
フィーラがなにか言おうと言葉を探したが、結局なにも言えずに黙り込んだ。
シルヴィアナはしばらく空中をジッと見つめていた。
その藍色の瞳になにが写っているかはわからない。
そして、シルヴィアナはセレシュたちの横を無言で通り過ぎ、自室へと入っていってしまった。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
セレシュはフィーラの方は見やったが、フィーラも困惑顔だった。
しかし2人がなにか言葉を交わすより早く、シルヴィアナが再び姿を現した。
「は‥‥‥‥」
「奥様‥‥‥?」
シルヴィアナは今まで見たことがないような、踊り子の薄い服を着ていたのだ。
長い髪を高く結い上げて、手にはこれまた薄い布を持っている。
そんな無防備な恰好をしているのに、見ているだけで倒れてしまいそうな気迫があった。
「行ってくるわ。留守番お願いね」
シルヴィアナはそこでフッと笑うと、そのまま荷物も持たずに屋敷の扉を閉めて出て行った。
まるで風が通り過ぎただけかと思わせるくらい、静かに。
セレシュは唖然とそれを見ていたが、隣でフィーラが呟く声は聞き逃さなかった。
「奥様が‥‥‥怒ってる‥‥‥‥」
恋人を殺されたことに怒り狂い、国を一つ潰したと言われているガクヴェンド・マーラ。
それが、シルヴィアナの、祖先。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.71 )
- 日時: 2012/03/26 21:44
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
シルヴィアナが帰ってきたのは、それから数日後のことだった。
いつの間にか帰ってきて、何事もなかったかのように居間で食事をしていたのだ。
その笑顔からはなにも読み取れない。
ミリアの葬儀を終えてきたセレシュとフィーラは、それでも、なにがあったのかどこへ行ってきたのかシルヴィアナに聞く勇気はなかった。
シルヴィアナがあまりにも日常的で、かえってなにも聞いてはいけないように感じたからだ。
「あの‥‥‥シルヴィアナさん」
セレシュがシルヴィアナに声をかけたのは、それからさらに数日後。
シルヴィアナは快く本を読む手を止め、顔を上げた。
その瞳は、大きな鞄を持っているセレシュを面白がっているように輝いている。
「なあに?」
「えっと‥‥使用人辞めても良いですか」
シルヴィアナは表情を動かさない。
それはなんとなく予想していたので、なぜか安心する。
「どうして?」
「‥‥‥旅に出たいんです。ミリアの代わりに、色んな世界を見たくて‥‥‥その‥‥‥」
「ふーん‥‥‥」
シルヴィアナはセレシュの嘘に気づいただろうか。
そう。セレシュは旅に出たいわけではない。
ここにいるのが辛いのだ。
屋敷の扉。居間。見るたびに、あの赤い血を思い出す。
「いいわよ。今から?」
「え、あ、はい」
思ったよりも簡単にシルヴィアナが納得したので、セレシュの方が逆に驚いてしまった。
そんなセレシュに気づく素振りも見せず、シルヴィアナは屋敷の門までセレシュを送ってくれた。
「あの‥‥‥楽しかったです。さようなら」
適当に礼を言って立ちさろうとしたセレシュの肩を、シルヴィアナが掴む。
ふんわりした笑顔が間近に迫った。
「セレシュ、聞いて」
「は、はい?」
「別れのない人間関係なんてないの。どれだけその人を大切にしていても、結局は死別という形で別れは来るわ。それは神様にしか変えることはできない。でもね。“別れ”を儚く美しく飾ることは、その人自身にしかできないことなのよ」
シルヴィアナの言っていることが一瞬わからなくて、黙り込んでしまう。
別れのない人間関係はない‥‥?
だが、次にシルヴィアナが呟いた言葉には、思わず聞き返してしまった。
「美しい散り方だったわ。ミリアも、悪ノ娘も」
「え?」
悪ノ娘。それは、誰のことなのだろう。
だがそれを聞き返す前に、シルヴィアナの身体が離れる。
「じゃあね。God bless you!」
セレシュの目の前で、門がガチャリと閉まった。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.72 )
- 日時: 2012/03/28 21:02
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
ふわりと涼しい風が吹く。
セレシュの目の前には、高い大きな木。
神が住むと言われている千年樹。
なぜか、無性にここに来たくなったのだ。
全ての始まりの地点に。
敷き詰められたように茂っている葉を見つめる。
ここで、ミリアと出会った。
ここで、ミリアに全てをぶつけて泣いた。
もしもそれがなかったら‥‥‥ミリアに出会わなかったら、自分はどうなっていたのだろう。
ふりだしに、戻ってしまった。
なにも持っていない自分に。なにも失う物がない自分に。
木漏れ日が顔に当たり、セレシュは目を細める。
「神様は、なぜわたしにミリアを与えたのですか」
突然聞こえた言葉。
それが自分の口から発せられたものだと気づくのに、時間がかかった。
「神様は、なぜわたしからミリアを奪ったのですか」
言葉は止まらない。
それほどに、セレシュの心は憎しみで溢れていた。
誰に向けられたものなのか。虐殺を命じた王女へか。ミリアを殺したレイへか。全てを仕組んだ神へか。
「わたしは神様にいつも祈っていたけれど、それは無駄だったのですか!」
なぜ神はこんなことを仕組んだのだろう。
なぜ自分は神に毎日祈りを捧げていたのだろう。
なぜ人間は、見たこともない神などに熱心に祈ることができるのだろう。
セレシュは服の下からナイフを取り出す。ミリアを貫いたナイフを。
それを千年樹の幹に突き刺した。それを抜いて、また刺して、抜いて‥‥‥。
神の住む樹なんて、なくなってしまえばいい。
神なんて、いなくなってしまえばいい。
「わたしのことが、そんなに嫌いですかっ!」
こんなことになるなら、ミリアに出会わなければよかった。全てなければよかった。
それならば、自分は親友といる楽しさを知ることはなかった。
親友を失う無力感を知ることはなかった。
自分のことをこんなに嫌いになることなんてなかった。
「どうせ覚めてしまう夢ならば、なぜわたしに見させたのですか‥‥‥‥」
セレシュはナイフを取り落とした。
そのまま倒れこむように千年樹の幹を抱く。
「うあああぁああぁぁぁあぁんんっ!!!!」
少女の吠えるような泣き声は、静かに千年樹の森に染み込んでいった————。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.73 )
- 日時: 2012/03/28 17:23
- 名前: 木苺 (ID: ozdpvABs)
初めまして!
書くの上手いですね!!
文才がありますよ^^
あ!
「秘密〜黒の誓い〜」や「Sigh」、「悪食娘コンチータ」など、いかがでしょう?
どれもいい曲です^^
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.74 )
- 日時: 2012/03/28 21:08
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
こんにちは!
可愛らしいお名前ですね。木苺さん^^
秘蜜もコンチータも、一時期は書こうか悩みました。
秘蜜はまだ考え中ですが、コンチータはどうしても「感動モノ」から遠ざかってしまう気がして‥‥‥。
でも、ご提案ありがとうございました!
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.75 )
- 日時: 2012/03/29 21:05
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
あれからまた、数日後。
海辺にある小さな建物。白を基調としたデザインのそれは、この町唯一の教会。
その扉を開いて、白い髪の少女が出てきた。
木でできたバケツを両手に一つずつ持っている少女ことセレシュは、海の方を見て、ふぅっと溜息をつく。
シルヴィアナの屋敷を出たは良いが、追放された村に戻ることもできず、途方に暮れている所に教会の神父に声をかけられた。
神父は神から、困っている人を助けなさいとかなんとかお告げを貰ったらしく、半分強制的に教会に泊まることになった。
泊まる所に困っていたから嫌ではないのだが。あれだけ神を貶した後に教会に泊まるのは、なんとなく気が引ける。
だが無料で居候するわけにもいかないので、今も忙しい神父の代わりに井戸へ水を汲みに行くところだ。
この教会と井戸は離れているから困る。
周りにはこんなに水があるというのに。まぁ、海水だから飲めないのだが。
「‥‥‥‥‥ふふ」
こんな生活も、いいかもしれない。
もう一緒に笑ってくれる親友はいないけど。
一人で生きていれば、なにも失わずに済むのだから。
そんなことを考えているうちに、井戸に着いた。
縄を括り付けたバケツを井戸に投げ入れ、引っ張る。
が、強い海風が邪魔をして上手くいかない。
悪戦苦闘していると、突然首筋に生温かい息がかかった。
「ひゃっ!」
振り返ると、そこには白い馬。
鞍もつけていないし、辺りに飼い主らしき人もいない。
野生馬だろうかと思ったが、この辺りに野生馬がいるなど聞いたこともないし、この毛並みの良さはどこかで飼われていた証拠だ。
馬はセレシュの服の裾を噛み、そのまま引っ張り始める。
邪険に追い払うこともできず、セレシュはされるがままに馬に付いて行った。
「あ」
道の端‥‥‥誰も注意を向けないような草むらの中に、ボロ布の塊があった。
その布の塊からは白い手が伸びていて、かろうじて人間の形を作っている。
「ちょっと、大丈夫っ!?」
セレシュはそれに駆け寄りながら、心の中では恐怖を感じていた。
これに関わってはいけない。見なかったことにして通り過ぎるのが一番だ。
でないと、またあの悪夢を見てしまう。
その恐怖を必死に振り払い、セレシュはそれを抱き起した。
思った以上に軽い身体だった。
「ほら、起きて!」
「うぅ‥‥‥‥‥ん」
小さな呻き声があがる。
だがセレシュの心には、安堵や喜びではなく、じわりと嫌なものが広がっていった。
セレシュが見つけた人間は、綺麗な顔をした少女だったのだ。
あの時と、全く同じ。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.76 )
- 日時: 2012/03/28 22:03
- 名前: みーあー。 (ID: 0T2ECwzo)
こんにちはー!大分話が進みましたね!今度はどんなことになるんだろう・・・?
私にもリクエストがあります!
GUMIの、「最後のリボルバー」を知っていますか?
悲しい内容ですが、私はけっこう気に入っています!
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.77 )
- 日時: 2012/03/29 21:11
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
もうラストスパートに入りました^^
最後のリボルバーですか!
わたしも一度だけ聞いたことがありますが、すごく心に残る曲でした。
なるほど。う〜ん‥‥‥。
悪ノ娘の後に一話短編を入れる予定ですが、その後に入れるかどうか考えてみます。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.78 )
- 日時: 2012/03/29 21:56
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
少女を背負って教会に戻ると、最初は驚いていた神父も、快く部屋を貸してくれた。
べッドの上に少女を寝かせ、毛布をかける。
セレシュより少し年下に見える少女だった。
肩の辺りまである透き通るように綺麗な金髪に、真っ白な頬。
そして、なぜか高級そうだが男物の服。
雰囲気がどことなくミリアに似ているのは気のせいだろうか。
セレシュは少女が手になにか握っているのに気づき、覗きこんでみる。
ペンダントのような鎖の先に、なにかガラスのように光るものが2つある。
よく見ようと少女の手を開かせてみるのだが、しっかりと握られていてなかなか開かない。
その時、少女の長い睫毛がゆっくりと動き、瞳が現れた。
海のように澄んだ青い瞳。
「あ、起きた」
「んん‥‥‥ん」
少女は低く呻くと、たった一言だけこう言った。
「お腹‥‥‥すいた」
☆★☆★☆
少女への食事は、あの時と同じ、ほんの少しの米と塩とネギしか入っていないおかゆ。
それを少女はひったくるように奪うと、すごい速さで口にかきこみ始める。
あの時と違うのは、少女が一言もしゃベらないこと。
「ほらほら。そんなに速く食べると、むせるわよ」
「‥‥‥‥‥っ!」
セレシュの注意もむなしく、むせた少女の背中をセレシュは叩いてやる。
やがて茶碗を空にした少女は、ほぅっと溜息をついてべッドの上に座る。
なにも言わずに、不審者を見るような目でセレシュを見た。
「‥‥名前は?」
沈黙に耐えかねたセレシュは、少女に問う。
少女はその声にびくりと身体を震わせた。
「‥‥‥‥イ‥‥‥イリアナ」
イリアナと聞いて、今度はセレシュが驚いた。
イリアナといえばラキティアナ国の王女と同じ名前だ。
緑の髪の女たちを、ミリアを、虐殺した国。
だが、偶然同じ名前だったのだろう。嫌いな人と同じ名前というだけでは、この少女を嫌う理由にはならない。
「そう。イリアナは、どこから来たの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「お父さんとお母さんは?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「なんで、あそこにいたの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
優しい口調で聞いてみるのだが、イリアナは答えない。
それどころか逆に質問をしてきた。
「ジョセフィーヌは?」
「ジョセフィーヌ‥‥?あぁ、あの馬のこと?馬なら、教会の外であなたを待ってるわよ。賢いし、とても綺麗な馬ね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
また会話が終わってしまった。
セレシュはこのやりとりに正直うんざりしながら、次の質問をする。
だがその質問には、イリアナが明確に反応した。
「手に、なにを持ってるの?」
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.79 )
- 日時: 2012/03/30 21:54
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
「っ!!」
イリアナはサッと手を後ろに隠した。
鋭い目つきでセレシュを睨む。
そのあまりの変わり様に、セレシュも一歩後ずさる。
「‥‥‥‥まぁ、言いたくなければ別にいいけど」
「‥‥‥‥‥‥‥」
そう言ってみてもイリアナは肩の力を抜かない。
だが、イリアナの怒りはすでにセレシュに向いてはいないようだった。
イリアナの持っているものに、辛い思い出がある。それを思い出しているような目。
イリアナはしばらく空中を睨んでいたが、やがてその視線はうろうろ彷徨い、下を向いた。
その口から、聞き取るのが難しいほど小さな声が出る。
「‥‥‥大切な‥‥‥ものなの‥‥‥‥」
今にも泣き出しそうな顔だった。
イリアナは、もしかしたら、この前の大量虐殺の時に両親を失ったのかもしれない。
町にはそんな子供たちがたくさんいる。友人を一人失ったセレシュは、まだ軽い方なのだ。
「大切なものなら、絶対に離しちゃ駄目よ。あなたがどれだけ大切にするかで、あなたが持っているものの価値も変わってくるんだから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
セレシュはふぅっと溜息をつき、汚れているイリアナの服の代わりになるものがないか探しに、部屋を出た。
その背中を、イリアナはじっと見つめていた。
☆★☆★☆
「この服、あなたに合うかしら—————」
やっとのことで小さな修道女の服を見つけたセレシュが部屋に戻ると、べッドの上はもぬけのからだった。
しかも外に通じる窓が開いている。
「イリアナ‥‥‥‥」
まだ体力も戻っていないというのに、外へ抜け出したのか。
なにをそんなに焦っているのだろう。まぁ、本人のやりたいことをやらせれば良いか。
セレシュがそう思った時、雷の鳴る音がした。
開いた窓から雨がなだれ込んでくる。
「‥‥‥‥もうっ!」
軽く舌打ちをして、セレシュは外に走り出た。
わずかの間に雨は強くなっていた。体を激しく打たれ、身を竦める。
教会からそれほど離れていない所に、白い馬が見えた。
その足元に転がっている小さな塊。
体力がろくに戻っていないうえに、この視界の悪さだ。泥にでも足を取られて落馬したのだろう。
「イリアナ!」
抱き起すと、イリアナは寒さで真っ白な顔をしていた。
虚ろな視線をこちらに向けてくる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「なんて馬鹿なことするの。危ないじゃない!ほら、帰るわよ」
イリアナを背負って歩き始めると、ジョセフィーヌという名前らしい白馬も後をついてきた。本当に賢い馬だ。
雨の激しい音の中、イリアナがなにかしゃべった。
慌てて聞き返すと、イリアナはセレシュの耳に口を寄せてまた呟く。
「ねぇ‥‥‥大好きな人が‥‥自分のせいで死んじゃったことって‥‥‥ある‥‥‥‥?」
「っ!!」
一瞬だけ、ミリアの笑顔が浮かんで、消えた。
どういうことかイリアナに問い詰めようと首を捻ると、イリアナは目を閉じていた。
小さな寝息が聞こえる。今のは、寝言だったのか‥‥‥?
セレシュは黒雲が広がる空を見上げた。
これだけ濡れて教会に戻れば、神父は、セレシュの涙になど気づきはしないだろう。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.80 )
- 日時: 2012/03/31 17:58
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
それからも、イリアナは度々脱走した。
ジョセフィーヌに乗って走り、力尽きて倒れたところを追いかけてきたセレシュが拾う。
一度など海に落ちたので、セレシュが早く脱走に気づかなければ死んでいただろう。
だがいくら言い聞かせてもイリアナは反応しない。
こんなに力のない目をしているのに、どこにそんな根性があるのだろう。
そして、この日もイリアナが部屋からいなくなった。
放っておいた方が良いのかもしれないが、イリアナはまだ十四歳の少女。
下手をすれば奴隷商に捕まって売り飛ばされてしまう。そうなれば、未来から光が消えるのは確実だ。
だが今回は、いつもの脱走とは違った。
イリアナは教会の目の前にいたのだ。
大人でも後退りしてしまうほどの形相で。
「ちょっと、返してよっ!!」
イリアナが叫んでいるのは、同い年くらいの少年。
セレシュはその少年に見覚えがあった。
大量虐殺で両親を失い、盗みや強盗を繰り返していることで噂なのだ。
つい先日も、すれ違った婦人の籠から財布を取っているのを目撃してしまった。
少年は手に蒼い石のついたぺンダントを握っていた。
イリアナの言葉からすると、あのペンダントはイリアナの所有物なのだろう。
だが少年はイリアナの反応を面白がっているようだった。イリアナの背が少し低いことを利用して、わざと手を高く掲げてペンダントを躍らせている。
「やだね。俺が持ってるんだから俺のもんだ」
「なによ、あなたが取ったんでしょうっ!」
「ぼーっと歩いてる奴が悪いんだろ」
イリアナは途端に顔をくしゃりと歪めた。
泣きだすと思ったのか、少年は身構える。
だが気丈にもイリアナは泣かず、胸元から別のペンダントを取り出した。
「お願い。この朱いペンダントはあげるから、蒼い方は返して。お願い‥‥‥」
イリアナは朱い石がついたペンダントを少年に突き出す。
少年は反射的に朱いぺンダントを受け取り、イリアナの顔をしばらく見つめてから、蒼いぺンダントを差し出した。
だがイリアナがぺンダントを掴む直前、少年は手をひっこめた。
そのままくるりと背中を向ける。
「へっ、両方いただきーーっ!」
「‥‥‥‥っ!!」
イリアナは数歩追いかけかけたが、自分の体力を思い出して踏みとどまる。
そして呆然と遠ざかる少年の後姿を眺めていた。
我に返ったセレシュがイリアナに近づくと、イリアナはぎゅっと抱きついてきた。
「セレシュ‥‥どうしよう‥‥‥あれ、大切なものなの‥‥‥‥」
こんなにも掠れたイリアナの声は初めて聞いた。
されるがままに、セレシュは立ち尽くす。
「セレシュは、大切なものをどれだけ大切にするかで価値も変わってくる、って言ったよね‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「わたし、大切にできなかった‥‥‥取られちゃった‥‥‥‥。あのペンダントは、わたしにとってそれだけの価値だった、ってことなのかな‥‥‥‥‥」
子供のようにイリアナは泣きじゃくる。
あれだけ無口で固く見えたイリアナが、この時だけは年相応の子供に見えたのだ。
セレシュはイリアナの背中を優しく撫で、囁いた。
「大丈夫。大切なものなら、一度離してしまっても追いかければいいわ。あなたの本当に大切なものだったら、わたしも手伝ってあげる」
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.81 )
- 日時: 2012/04/02 21:53
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
セレシュとイリアナは連れだって市場に来た。
ここなら、新たな獲物を求めてあの少年が歩いているかもしれない。
イリアナはセレシュの服にぎゅっとしがみつきながらも、油断なく辺りを見回していた。
以前は活気があった市場も、今は人通りが少ない。
なにせあの大量虐殺があった後なのだから。
生き残った人も家で怯えて震えているか、亡くなった人を思い出して泣いているかだ。
「あ」
しばらくしてイリアナが声をあげる。
運が良かったのか少年とばったり出くわしたのだ。
少年はセレシュを見て怪訝そうな顔をしたが、イリアナを見つけた途端にさっと視線を逸らした。
そのままなにも気づかなかったように歩いていこうとするのをセレシュが止める。
「待って」
「な、なんだよ」
少年は挑戦的にセレシュを睨んだ。
昔ならこれで怯んでいただろう。だけど、今は負けられない。
イリアナの大切なものなのだから。
「さっき、イリアナからなにか盗ったでしょう」
「人違いじゃ—————」
「教えて。それを、どうしたの」
無理矢理だと思いながらも詰め寄る。
イリアナは心配そうにセレシュと少年を見やった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
少年は黙り込んだ。
だが、セレシュとイリアナの視線に負けたのだろう。
怒らないでくれよ、と前置きしてから呟く。
「売っちまった」
「!!‥‥‥誰に」
「女の人2人。どっちもすっげぇ綺麗な人。‥‥だけど、なんか怖い人だった」
少年は市場の奥に指を突き出した。
「あっちの方に行った」
イリアナの方を見ると、イリアナはすでに少年の指した方向に歩き出していた。
どうやら行く気らしい。
セレシュは心の中で苦笑しながら、イリアナを追って駆け出した。
☆★☆★☆
おそらくこの辺りにいるはずなのに。
セレシュとイリアナは念入りに見回す。
少年がイリアナのペンダントを盗ってから、そんなに時間は経っていない。
つまり、少年が女性2人にペンダントを売ってからそんなに時間は経っていないはずだ。
だけど辺りにいるのは、とても裕福そうには見えない痩せた男や子供。
大量虐殺の影響なのだろうか。
「セレシュ、ごめん」
イリアナが呟いた。
付き合わせてごめん、という意味だろうか。
セレシュはイリアナに向けて首を振った。
まだ希望はある。あきらめてはいけない。いや、あきらめたくない。
その時だった。
聞き覚えのある声がかけられたのは。
「あら。奇遇ね」
ふんわりとした笑顔。
どんなものにも怯まない、不思議な迫力。
背後に、なんの気配も出さずに、シルヴィアナが立っていた。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.82 )
- 日時: 2012/04/03 21:54
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
「シ、シルヴィアナさん‥‥?」
なぜこんな所に。
そう続けようとしたが、その前にシルヴィアナの後ろから女が顔を出した。
シルヴィアナと同じくらいの歳だろうか。
だが丸みを帯びたショートへアで少し幼なく見える。
「誰?この子」
女がシルヴィアナに聞く。
シルヴィアナに敬語なしとは。よほど親しい仲なのだろう。
「セレシュよ」
「あぁ。前にシルヴィが言ってた、使用人の子か」
女はにこりと人懐こく微笑むと、セレシュに近寄った。
そのまま握手を求められ、慌てて握り返す。
女性らしい滑らかな肌ではなく、男のように固くて温かい手だった。
男勝りな口調に人懐こい笑顔。どことなくフィーラに似ている。
「わたしはメル・ラクセス。シルヴィとは、悪ノ娘を一緒に倒してから仲が良いんだ」
「悪ノ娘‥‥‥?」
「あれ、聞いてない?」
‥‥‥いや、聞いたことはある。どこでだっただろう。村を出てから今までを思い返してみるが、わからない。
だがすごく気になった。なんとなくミリアに関係しているような気がしたから。
そして、悪ノ娘という単語を聞いた途端、セレシュの服を掴んでいるイリアナがびくりと震えたから。
「ラキティアナ国の若き王女のことだよ。国民に酷いことをしてた。‥‥‥わたしも、母さんを殺されたんだ」
ラキティアナ国の王女。
大量虐殺を起こした国。ミリアを殺しに来た、レイがいる国。
嫌悪感が再びこみ上げたが、それよりも後ろのイリアナが気になった。
セレシュの背中に隠れるように移動したのが。
どこか晴れ晴れとした悲しい表情で上を向いている、メルという女はそれに気がつかない。
だがシルヴィアナは目ざとく見つけ、笑顔で聞いてきた。
「ねぇ、セレシュ。後ろの可愛い女の子は誰?」
「あ‥‥あぁ、この子はイリアナ。帰る所がないらしいから、わたしと暮らしてるんです」
シルヴィアナは中腰になり、じっとイリアナを見つめた。顔がつきそうなほど。
イリアナの手が汗ばんでくるのがわかった。
しばらくそうした後、シルヴィアナがイリアナの耳元で囁く。
「Your brother is a courageous boy」
セレシュにはわからない異国の言葉。
だがそれを聞いた途端、イリアナは目をかっと見開いて、一歩さがった。
そして後ろには隠れるものが何もないことに気づき、さっとセレシュにしがみつく。
「イリアナ‥‥‥‥?」
唇を噛みしめ、イリアナはシルヴィアナと目を合わせようとしない。
それでもシルヴィアナはなにもなかったように微笑んだ。
「それで?セレシュはここになにしに来たの?」
「あ‥‥‥」
忘れていた。
セレシュは事情を説明しようとして、ふと気づく。
少年がイリアナのペンダントを売った相手。
女性2人。どちらもすごく美人。だけど、どちらもなぜか怖い人。
まさか。
「シルヴィアナさん。ペンダントとか‥‥買いませんでしたか?」
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.83 )
- 日時: 2012/04/05 21:07
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
「え‥‥‥買ったわよ」
シルヴィアナが胸元から朱いペンダントを取り出す。
大きさといい形といい、間違いない。イリアナのものだ。
イリアナは身を乗り出してペンダントを凝視していたが、シルヴィアナに近づこうとはしなかった。
「さっき男の子から買ったの。メルも同じもの買ったわよね?」
「あぁ。シルヴィとお揃いだからね」
メルも蒼いペンダントを見せた。
セレシュはシルヴィアナとメルの正面に立つ。
「あの‥‥無理なお願いだってわかってます。でも、それはわたしの親友の大切なものなんです!いただけませんか‥‥‥?」
深く頭を下げた。
自分の口から再び親友という言葉が出てくるとは。
もしかして、自分は前と同じ道を進んでいるのではないだろうか。また親友を失うようなことになるのではないだろうか。
それでも。たとえ再び同じことを繰り返すことになったとしても、イリアナを裏切ることなんてできない。
「いいわよ」
頭上から声が聞こえた。
顔を上げると、シルヴィアナのふんわりした笑顔が見えた。
「セレシュの頼みだもの。断れないわ。メル、いいかしら?」
「いいよ。持ち主のもとに帰ったほうがペンダントも幸せだ」
シルヴィアナとメルが2つのペンダントを差し出した。
それを信じられない思いで見つめる。
「あ、ありがとうございます‥‥‥‥っ!」
慌てて財布を取り出し、対価にそれを差し出そうとすると、やんわり止められた。
シルヴィアナとメルの優しい顔。
昔の自分なら、けして向けられることのなかった笑顔。
「お金なんていらない。わたしからのプレゼントだと思って。どうしてもお金を渡したいんだったら、この出来事を仕組んでくれた神様に渡しなさい」
☆★☆★☆
帰り道。
夕日で赤く染まった道を歩きながら、隣のイリアナを見た。
イリアナは無事戻った2つのペンダントを抱きしめて、瞼を半分閉じている。
そのペンダントに秘められた思い出を辿っているのだろうか。
「‥‥‥良かったわね。ペンダントが戻って」
「‥‥‥‥‥‥うん」
なんとなく沈黙に耐えかねて話しかける。
数日前ならイリアナは返事など返さなかった。
大きな進歩だ。
それにしても、イリアナはなぜシルヴィアナをあれほど警戒していたのだろう。
シルヴィアナがイリアナに囁いた、あの時からだ。
「ねぇ。シルヴィアナさんが言ってた言葉って‥‥どこの言葉?」
「‥‥‥‥あれは英語よ。英国の言葉。‥‥‥ちっちゃい時に習ったの‥‥‥‥」
「ふぅん‥‥‥‥。なんて意味なの?」
イリアナは黙り込んでしまう。
その顔が辛そうなのに気づいて、セレシュは慌てた。
なにかいけないことを聞いてしまったのだろうか。
だが、しばらくしてイリアナは口を開いた。
「‥‥知ってる?この世には、不幸な人間と幸福な人間がいるの」
それは、セレシュの質問に対する答えではない。
だがその口調は重々しく、怖いほどに静かだった。
「誰かが幸福な時は、それに影響されて誰かが不幸になる。この世界はそういう仕組みなのよ」
「‥‥イリアナ‥‥‥‥‥」
「‥‥わたしはね、誰かを不幸にして自分だけ幸せになろうとは思わない。そんなの大っ嫌い。他の人が幸せなら、わたしは、不幸でいい」
イリアナはフッと笑った。
初めて見せるイリアナの笑顔。だが、夕日に照らされたその表情は、自らを自嘲するようなひどく歪んだものだった。
まるで、かつて他人を不幸にすることで自分が幸せになったことがあるかのように。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.84 )
- 日時: 2012/04/07 17:36
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
その、夜のことだった。
セレシュは蝋燭の明かりを頼りに辺りを見回す。
今は神父の代わりに、教会内を警備しているのだ。
最近は治安が悪いので泥棒が多い。特に教会の燭台や聖杯なんかは金や銀でできている。
警備は必要不可欠だ。
とはいえ、蝋燭の照らす範囲は少ない。それも風でよく消える。
蝋燭の火を付け直すのも何度目か。
セレシュが溜息をついた時、小さな声が聞こえた気がした。
「‥‥‥‥っ」
神経が一気に緊張する。
風の音だろうか。いや、確かに人の声だった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
また、声が聞こえた。思ったよりも近くだ。
そっと首だけを動かすと、祭壇の隣にある扉が少し開いていた。
あそこは、あの部屋は、懺悔室。
懺悔室は、その名の通り懺悔をする場所だ。
神の前で罪を認め、悔いることで神の許しを得ることができる。
懺悔の内容は様々。主人の家宝である皿を割ってしまった使用人から、悪事の為に殺人を犯した極悪人まで。
姉のお菓子を黙って食べてしまった、なんて可愛らしい少女が来たこともある。
だが、あそこに高価な品はないはずだ。
侵入者はそれを知らないのか。それとも、盗み以外の目的があるのか。
ある程度の覚悟を決めて懺悔室を覗いたセレシュだったが、中の光景には唖然としてしまった。
「‥‥‥‥っ!!」
声を呑み込むのがやっとだった。
蝋燭の火がゆらりと傾いて、消える。
懺悔室の中央でしゃがみこんでいる小さな塊。
それは時折ひくひくと痙攣していて、微かに泣き声も聞こえる。
そして、首の辺りで光る、ペンダントのような金属の鎖。あれは‥‥‥。
(‥‥イリアナ‥‥‥‥?)
イリアナは泣いていた。それは暗くてもわかる。
懺悔室でなにをしているのだろう。
「神様‥‥‥お願いします‥‥‥‥」
風に乗って流れてくる声。
その言い方には、聞き覚えがあった。
(もしかして‥‥‥懺悔?)
イリアナの手は前で組まれている。
それは、罪を犯した者が神に懺悔する姿そのもの。
イリアナが何を懺悔しているのか気になったが、彼女は人に見られたくないから夜に懺悔をしているのだ。
見てはいけない。セレシュはそう思い、そっとその場を離れた。
「‥‥‥わたしは、人を殺しました」
低くて掠れた声が、セレシュの足を止めた。
自分は、聞いてはいけないことを聞こうとしている。頭でそうわかっていても、ついイリアナの声に耳を傾けてしまう。
「‥‥わたしは、自分の弟を殺しました‥‥。たくさんの人を殺しました」
そこでイリアナの声に嗚咽が混じる。
今だ。今のうちに逃げ出さないと。これ以上、聞いてはいけない。
でないと、また悪夢を繰り返してしまう‥‥‥‥。
「わたしは‥‥‥昔、悪ノ娘と呼ばれている王女でした。嫌いな人はどんどん殺す、悪い悪い王女でした。その結果、わたしのために双子の弟が死にました」
シルヴィアナの言葉が蘇る。
悪ノ娘。ラキティアナ国。王女。軍。大量虐殺。革命。レイ。短剣。血。ミリア。
そんな‥‥‥まさか。
「どれだけ人が死んでも気にしないわたしでしたが、弟が死んだ時は‥‥不思議な気持ちでした」
イリアナは、悪ノ娘。
大量虐殺を起こし、ミリアを殺した国の王女。
「わたしの弟は、わたしといつも一緒にいる存在でした。弟がいなくなるまで、わたしはそれに気づかなかったんです。一緒にいるのが当たり前だと思ってたんです」
ずっと続くと思っていた「いつもの」時間。
ある日それを突然失った人間は、気づくのだ。
当たり前すぎて知らなかったこと。自分がどれだけ幸せに生きていたかを。
「わたしが殺した人たちの家族も、わたしみたいな気持ちなんでしょうか。心にぽっかり穴が開いて、そこを風が通り抜けていくたびに痛みに呻くのでしょうか」
セレシュはその場から逃げ出した。
後ろからイリアナの声が追いかけてくる。
「神様‥‥‥‥。わたしは‥‥‥どうすれば良いんでしょうか‥‥‥‥‥」
突然の喪失感。
それは、ずっと消えることはない。
少しでもたくさんの思い出で、心の穴を隠さなければ、人間は生きることはできない。
だが、心の穴を隠してくれるはずの思い出が、より深くセレシュの心をえぐっていた。
自分は、親友を殺した人と仲良くしていたのだ。
まぶしい月の光が顔に当たり、いつの間にか外に出ていたことに気づいた。
そのまましゃがんで地面を見つめる。
(神様‥‥‥。わたしはどうすれば‥‥‥‥‥)
昔の過去を捨てて、仮面の笑顔で今を楽しむのか。
それとも。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.85 )
- 日時: 2012/04/07 00:43
- 名前: ゆりかん (ID: Ait4UdaY)
初めまして!!
ゆりかんと言います!!
私もボカロ大好きです〜〜!!
麻香さん、すごいですね〜〜!!
私にはこんなにうまくかけませんっ
あ、タメでいいですか??
それと、いきなりリクエストを...
GUMIの筋肉痛駆け落ちの滑稽な結末って知ってますか??
ものすごい感動して最後は泣きましたww
いい曲ですよ〜
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.86 )
- 日時: 2012/04/07 17:48
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
こんにちは!
タメ口は全然OKです。名前もマカで良いですし^^
「筋肉痛駆け落ちの滑稽な結末」‥‥泣けますね‥‥‥。
マンボウPさんの曲は大好きです。
小説化、ちょっと考えてみますね。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.87 )
- 日時: 2012/04/07 18:16
- 名前: ゆりかん (ID: Ait4UdaY)
ありがとう〜!!
じゃあ、タメでいくね!
それと、マカって呼ばせていきますww
ボカロっていい曲ばかりだよね〜
どれもいい曲で特に悪ノシリーズも泣いたww
滅多に曲で泣かない私が
泣いたんだよ〜
それと、友達に...なってくれませんか?
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.88 )
- 日時: 2012/04/09 21:08
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
いいですよ〜^^
もちろん、ネット上だけですよ?
メルアド交換なんかはNGです←昔言われましたw
私もやはり悪ノシリーズが好きです。
悪ノPさん天才っ!
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.89 )
- 日時: 2012/04/09 21:57
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
ザザザ‥‥と波が轟音をたてる。
港の突端である小さな岩場————1人の少女が海を眺めていた。
夜の冷気で白くなった肌を、強風で踊る彼女の金髪が容赦なく打ちつけた。
その青い瞳には、光さえも映っていない。
それは一つの風景画のようだ。
触れれば倒れてしまうほど細い少女の背後に、ゆっくりと近づく影があった。
ヴェールのように肩へと垂れる白い髪。
金髪の少女とは違い、その瞳はただ一つのものしか見ていなかった。
震える手に、小さなナイフを握って。
白い髪のセレシュは、じりじりと悪ノ娘‥‥‥イリアナ=ラキティアナににじり寄っていった。
やはり、仮面の笑顔で過ごすことなんてできない。
イリアナとの楽しい思い出を否定することなんてできない。
だったら、全てなかったことにすればいい。
人にナイフを向けるのは初めてではない。
だがそれは何度やっても馴れるものではなかった。
幸い、波の轟音でイリアナは気づいていない。
ただナイフを振り下ろせばいい。
そうすれば、また最初からやり直せる。
そうすれば、ミリアの敵がとれる。
(‥‥‥さようなら)
セレシュが心の中で別れを告げた時だった。
(なに‥‥‥‥?)
蜃気楼のように薄くて淡いものが、イリアナと重なっていた。
それは一瞬だけ形を造り、さっと消える。
無邪気に笑う、少女に見える幼い少年の形を。
(幻覚‥‥?)
たった一瞬のこと。
見間違いなのだろうか。
だけど、その幻覚はイリアナによく似ていた‥‥‥。
「セレシュ」
名前を呼ばれて顔を上げる。
イリアナがセレシュを凝視していた。しまった、と思った時にはもう遅い。
だが、イリアナの目にはナイフが見えているはずなのに、慌てる様子はなかった。
「イ、イリアナ‥‥‥。これは‥‥その‥‥‥‥」
「もういいよ」
イリアナが笑った。
今まで一度も見せたことのない、本当の笑顔。
なぜ笑っていられるのだろう。セレシュの方が混乱してしまう。
これではまるで‥‥‥あの時と、同じではないか。
「そう。わたしは罪人。人をいっぱい殺した。きっとセレシュの大切な人も殺してしまったんでしょう。‥‥‥その時は、それが正しいことだと思ってたから」
イリアナの声。仕草。笑顔。全て同じ。
このままでは駄目だ。このままでは。
悪夢が‥‥‥再び襲いかかろうとしている。
「‥‥‥わたしが全て悪いんだわ。だからわたしが全て終わらせる。セレシュの綺麗な手を汚す必要は、ないの」
知らないうちに、やめて、お願いだから、と呟いていた。
これからイリアナがしようとしていることが、全部わかる。
あの時と、同じだから。
「イリアナ‥‥‥っ!」
「大丈夫。あなたの大嫌いな悪ノ娘は消えるから‥‥」
一輪だけ咲く薔薇のように、気高くて、美しい、笑顔。
それはミリアと同じ顔。
イリアナの身体がゆっくりと傾き、夜の海へと、消えた。
悪ノ華は、自ら散ることを選んだのだ。
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.90 )
- 日時: 2012/04/09 22:34
- 名前: ゆりかん (ID: eOcocrd4)
やった~~!
もちろん、メアド交換とかはしないか安心してww
私も、ボカロの小説か書いてるんで
よかったら来てね(*^^*)
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.91 )
- 日時: 2012/04/10 21:32
- 名前: 麻香 (ID: 5fqeGTW2)
わかりました。
なんとか時間見つけて行きますww
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.92 )
- 日時: 2012/07/16 14:15
- 名前: 麻香 (ID: BxTNPAbK)
セレシュの持っていたナイフが、岩の表面を滑って海へ落ちた。
ナイフと幾つかの小石が落ちた音以外の音はしない。
「セレシュ‥‥どうして‥‥‥」
イリアナが半ば放心しているように呟く。
やっと絞り出した、小さくて震えた声だった。
イリアナの足は地面についていない。
彼女を空中に止めているのは、彼女の手首をしっかりと掴むセレシュの手。
細くて頼りない手だけだった。
「うっ‥‥‥くく‥‥‥‥」
軽いセレシュの身体は簡単に岸へと引っ張られていく。
岩場にはほとんど掴む所などない。それでも、セレシュはイリアナの手を離そうとしない。
なぜだろう。さっきまであんなにイリアナを殺そうとしていたのに。
「‥‥‥わ‥‥わたし、あなたの気持ちがわかるの。自分のせいで大切な人が死んでしまったって気持ちがわかるのっ!‥‥‥あなたは‥‥わたしと同じだから‥‥‥‥」
そう。
自分は、ミリアの敵としてイリアナを殺そうとしたんじゃない。
ミリアが自分のナイフで死んだことを認めるのが怖かったのだ。イリアナを殺して、イリアナが一方的に悪かったことにしてしまえば、セレシュは救われる。
だけど、イリアナは「悪ノ娘」などではなかった。
生まれた時から鎖に縛られて、必死に鎖から逃げようとするあまり、解放と引き換えに大切なものを失った、孤独な少女。
それはセレシュも同じであり、ミリアもそうだ。
「わたしは‥‥なにもしてないのに、皆が離れていく。わたしが汚れた人間だから、他の人とは違う存在だからって‥‥‥その時は、諦めてた。でも、ミリアは‥‥わたしの親友は、真っ直ぐわたしを見てくれたのよ。‥‥‥あなたも、そんな人がいたんじゃないの?」
イリアナの重みでセレシュの身体が引きずられ、ついに上半身が空中に乗り出した。
暗い海と所々に突き出す鋭い岩をまともに見てしまい、悲鳴をあげそうになるのを必死に堪えて歯を喰いしばる。
それでもイリアナはセレシュの手を掴もうとしない。
まだ、生きる覚悟も死ぬ覚悟もできないのだ。
「だけど、ミリアは死んだの‥‥‥。誰の手も汚すことなく、自ら壊れてしまったのよ‥‥‥‥」
「‥‥わたしの弟も‥‥‥レイも、そうだったわ。勝手にわたしを守って、勝手に死んじゃった‥‥‥。こんなことになるなら‥‥‥わたしが死ねば良かったのに‥‥‥‥っ!」
イリアナがやっと小さな声を出した。
それは幼い少女の心の叫びであり、悪ノ娘のものではない。
もしもイリアナの心が完全に悪に染まっていれば、セレシュは躊躇いなくイリアナを殺していただろう。
だがイリアナの声は、あまりに悲痛で、弱かった。
「‥‥‥確かにイリアナは、多くの人を苦しめた。その罪は消えることはない」
「っ‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥だからって、あなたが死んでも誰も得しないじゃない」
必死に呼びかける。
閉ざされてしまった少女の心を開くために。
「悪ノ娘」という鎖から彼女を解放するために。
「‥‥でもわたしが死ねば、わたしを憎んでいる人は喜んで————」
「それは違う!」
突然の大声に、イリアナの身体は震えた。
今まで信じてきた人に裏切られたような、それでいて新しい光を見つけることができたというような、不思議な顔。
「わたしも、前はそう思ってた!自分が消えることが人の為になると思ってた!」
「‥‥っ!」
「‥‥‥でもそれは、結局逃げてるだけなの。人は他人の為に死んだりしない。自分が苦しむのが嫌で、逃げるために死ぬの。‥‥死ねば全てが終わると思ってるから」
毎日ナイフで身体を傷つけていた自分。
苦しいのも悲しいのも、それで全て終わると信じていたから。
そして、それと同じことをイリアナがしようとしている。
全ては自分が助かるために。
「でもあなたは死んじゃ駄目。逃げちゃ駄目なのっ!自分の過去に後悔してるのなら、逃げずにちゃんと向き合って!‥‥‥生きてるのは苦しいよ。悲しいよ。でも、楽しい時も嬉しい時もあるの。それを知らずに、死んじゃ駄目だよ‥‥‥」
最後の言葉はイリアナに向けたものだったのだろうか。
もしかしたら、ミリアに、自分自身に向けたものだったかもしれない。
ミリアは、ずるい。
自分が苦しみたくないからって、人に悲しみを押しつけていなくなるなんて。
「ねぇ‥‥もっと何年も何十年も生きて、大切な人に、ミリアとあなたの双子の弟に、言ってやりましょう。わたしを置いて先に死んで、どういうつもり、って。あなたと違ってわたしはとっても幸せに生きたのよ、って。‥‥‥どうしてあの時、わたしを信じて一緒に生きてくれなかったの、って‥‥っ!そんな風に胸張って言えるように、生きようよ‥‥‥‥」
死ぬかどうかは、その人が決める。
でも、後悔してからじゃ遅い。どれだけ泣いたってどうしようもない。
そんな苦しみを、まだ人生の半分も生きていないイリアナが味わってはいけない。
ふと、セレシュは自分の手に温かいものが触れるのを感じた。
イリアナがセレシュの手を握り返したのだ。
強く、優しく。
「わたし、もうちょっと生きたい。レイに、心から謝って、心から文句言えるように。双子のくせに先に死んで、馬鹿じゃないの、ってね」
セレシュは微笑んだ。
イリアナも悪戯っ子のように明るく笑う。
「一緒に、帰ろ」
- Re: ボカロ [悪ノ娘]現在進行中! 【短編集】 ( No.93 )
- 日時: 2012/04/21 17:51
- 名前: 麻香 (ID: mo8lSifC)
【セレシュ】
わたしの親友へ
あなたに謝らないといけないことがあるの。
わたし結局、悪ノ娘を消すことができなかった。
それでもあなたは、きっと笑って許してくれるんでしょうね。
わたしもあなたも悪ノ娘も、皆、同じなんだから。
わたしたちは生まれた時から鎖に縛られてた。
でも、そのおかげでわたしたちは出会えたの。
悪ノ娘を港に引っ張り上げた後、わたしは彼女を抱きしめて泣いた。
とっても小さな身体だった。だけど、ちゃんと温かかった。
わたし、今度こそ親友を救えたのね。
あれから、わたしは悪ノ娘と旅をしてる。
たくさんの場所に行って、たくさん美味しいものを食べてるのよ。
そういえば、なにもできなかった悪ノ娘が、ブリオッシュを作るようになったわ。
あの子、ブリオッシュの上にパイナップルをのせてるのよ。
あなたと同じね。どこかで、あなたのブリオッシュを食べたことがあるのかしら。
前にシルヴィアナさんが言ってたわ。
世界には、神様にしか変えられないことと、人間にしか変えられないことがあるって。
わたしが今している行動は、もしかしたら神様が指図したものかもしれない。
でも、わたしが悪ノ娘を助けたのは、わたし自身の意思だって信じてる。
神様は人の願いを叶えてはくれないの。
ただ、チャンスをくれるだけ。
そのチャンスをどう活用するかが、きっと人間にしかできないことなのね。
それと。
悪ノ娘を助けた時、一瞬見えた幻覚。
悪ノ娘に似た少年。あれは、きっと‥‥‥‥。
—END—