二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.34 )
日時: 2012/07/15 23:15
名前: わたあめ (ID: jBG6ii5p)

 森乃イビキは、覚えている。
 狐者異一族のたった一人の生き残りだ。燃え上がる家の中でしきりに泣き声がしていた。当時十六歳だった任務帰りのイビキは、正義感にも似た何かに導かれるままにその屋敷の中へと飛び込んで、そして火が燃え移りはじめた揺り籠の中のその娘を見つけた。その子はイビキを見るなり微笑してみせた。ぱちぱちと爆ぜる火の粉の中、イビキはまるで竹取翁が切り取った竹の中から女童を見つけたのと同じような驚きで彼女を連れて屋敷を飛び出した。走ってそこを離れる途中、家の崩れる音がした。
 ——回想から現実に帰る。先ほど第二試験試験官・みたらしアンコが突入に使った窓は砕け、窓ガラスが地面に散っている。それをせっせと監視員達が片付けていた。イビキはテスト用紙を回収しつつ、既に傾きかけた空を眺める。
 きっと彼等は既に同意書にその名を記して、死の森の中に入ったことだろう。

 イビキって奴が変な奴なら、アンコって女とベロベロ女は変態だ。
 ユヅルは手にした地の巻き物を半ば叩きつけるようにしてホルスターの中に潜り込ませた。今ではユヅルが九班公認の副リーダーとなっている。
 とりあえず現在一番にやるべきことは作戦の組み立てだ。ユヅルは口を開いた。

「先ず——正直いってこの第二試験は俺らにとってもっとも不利な試験だ」

 先ずは第三班。体術に優れ、尚且つあのガイに毎日付き合っている彼らはスタミナの点でもかなりの優勢がある。ネジの白眼で誰がどんな巻き物を持っているのか判別することが出来るし、テンテンの暗器の狙いは正確で、リーのスピードについていける下忍はそうそう少ないだろう。いってみれば今一番遭いたくない班だ。

 次に第七班。アカデミー首席のサスケの天才肌は周知の事実、この年で既に火遁を使いこなしている。ナルトもあんな野郎だが、スタミナだけはよかったのを覚えている。体術が全くだめだめなサクラも頭はいいし、次席とドベと、その構成は極端ではあるもののある意味バランスが取れている。

 更に第八班。こちらは感知タイプで固めてある。キバの嗅覚、シノの蟲にヒナタの白眼と、このような巻き物争奪戦においてはあまり出会いたくないような相手だ。赤丸は臭いで敵の強さを判断したり、キバとのコンビネーションもいい。シノは頭脳戦も得意な上に様々な蟲を操り、ヒナタはネジに同じく、巻き物の判別が可能である。

 そして第十班は情報戦を得意とするものだ。チョウジを除き個々の戦闘力は高くはないが、そのチームワークはルーキー達の中でも群を抜いているし、白眼などがなくても彼等は情報戦で相手の巻き物が何かを探りあてることが出来る。チョウジの肉弾戦車、シカマルの影真似、いのの心転身——いずれも食らうのはご遠慮したい技である。

 で、第九班といえば。
 サバイバル生活には一番適していないブラックホール胃の持ち主、女子ドベ狐者異マナ、アカデミー次席でありながら色々抜けているはじめ、それに犬神暴走の可能性と傀儡すらないのにチャクラ糸しかないユヅル、そして赤丸のように自分の言葉を解してくれる人のいない紅丸だ。ブラックホール胃の持ち主がいる以上、ここは出来るだけ迅速に巻き物を奪って塔にたどり着いたほうがいいだろう。
 そこまで考えた時、何かが傍を過ぎった。クズリだ。マナがそちらへ視線を向け、はじめが口を開いた。

「塔付近で巻き物を持ってきた奴等を襲うというのもアリだが、私的には余りそれを薦めないな。——初日で既に塔にたどり着けるような奴はかなり実力があるやつか、出なければ手口の巧妙な奴かのそのどちらかだ。手口の巧妙な奴らは、つまり実力と頭を使っているわけだから、そのマンセル内に頭脳派がいるだろう。頭のいい奴なら塔の付近での待ち伏せなど考慮済みだろうし、巻き物は考えているだけで手に入るものじゃない。素晴らしい作戦を考え付いたとて実行出来るだけの実力がなければいけない、違うか?」
「なるほどね。そして実力のある奴については論外だな——初日で突破できる実力派に俺達が太刀打ちできるとは思えないね。基本的に俺達の中で一番攻撃力があるのははじめだけど、リーさんほどじゃないし、それ以外は大して攻撃力がないでしょう? それに俺達って元々こんなサバイバル演習や長期戦には向いてないんだよね。ほらマナ、五日間も食べ物を得るのが難しいなんて状態、我慢できる?」

 交互に説明するはじめとユヅルの話を黙って聞いていたマナの顔が、ユヅルの最後の一言を聞くなり真面目な顔から絶望的な顔になる。

「無理。ぜってぇ無理。……まあミント野郎からして長期戦には向かないタイプだろうな。スピード重視の奴だし。……まあ、となるとアタシに作戦があるんだけど、聞く気ねえか?」

 マナの作戦? と二人が驚いたように顔を見合わせる。紅丸が不安そうな顔をした。

「ああ。心して聞けよ」


 大樹によって日光の遮られた森の中を、下忍達が歩いていた。

「ったく、地の巻き物持ってる奴、みつかんねぇなあ……。ウツツ、地の巻き物の臭いとか嗅げねえのかよ?」
「お前、ウツツもそういうのは嗅げないってさっきも言ってたろ? ま、ウツツに任せとけって。ウツツの感知能力は同期でも一番だしな!」
「褒めすぎよ。あたくしは本当に、地の巻き物の臭いなんてわからないんだもの」

 ウツツ、と呼ばれた少女は長い髪を翻して言った。どうやらウツツがリーダー格のようである。彼女たちが天の巻き物を持っているということは、偵察に出向かせていた紅丸が持ち帰った情報だ。といってもマナは紅丸の言葉を解することは出来ないので、「天の巻き物かYESorNO」と質問していたのだが。

「感知能力は同期でも一番っつーか、同期に感知タイプがいなかっただけだろ」

 ぼそっとマナは呟く。会話から察するに、ウツツは嗅覚型の感知タイプだ。嗅覚型の欠点は臭いを撹乱されたり水の中に入られたり、風下にいるとその臭いを嗅げないということで、マナたちは風下に潜んでいた。
 食遁の印を結ぶ。唾を口内にため、チャクラを練りこみ口内を唾で満たしていく。蛙のように膨らんだマナの顔は正直ギャグでしかない。紅丸に合図を出すと、マナに変化した紅丸はこくんと頷いた。
 唾液弾が放たれ、ウツツの傍で歩いていた少年の——ウツツを賞賛した少年のホルスターに直撃した。その一撃でホルスターは中身もろともどろどろに溶解する。

「っう、うわああああ!」
「っな、なんだ!? ホルスターが、溶けた……!?」
「あたくしにもわからなかった存在——つまり風下。そして、撃ちだされた方向は——っ」

 ウツツがこちらに視線を向ける。そしてすかさずマナに変化した紅丸が飛び出した。
 その強烈な臭いに、ウツツは一瞬顔を顰める。その臭いを嗅いだのはウツツだけではない、仲間の二人もだ。

「クズリの、糞……ッ」

 鼻を洗濯バサミで挟んだ紅丸がその身に擦り付けていたのは、クズリの糞だった。クズリの糞はかなり強烈な臭いを発する。一般人にとっても辛い臭いなのだから、嗅覚型のウツツには更に耐え難いはずだ。そして風上に移動した紅丸の体についたクズリの糞の臭いに気をとられたウツツは、三人が風下から飛び出てもそれに気付くことはない。
 ユヅルのチャクラ糸が三人を縛り付ける。はじめがウツツに駆け寄って、そのホルスターの中身から天の巻き物を取り出した。が、その瞬間。

「くそぉ……ってんめえ……!」

 声をあげたのは先ほどウツツに地の巻き物の臭いを嗅げないかどうか問うた少年だ。

「まずい、はじめ!」

 ウツツともう一人の少年と共に縛り付けられているのは一本の丸太。つまり変わり身の術というわけだ。はじめの水車輪を回避し、槍を口寄せしてはじめに襲い掛かる。

「唾液弾——!」

 しかしマナの唾液弾がべしゃりとその槍に命中し、少年は溶解しはじめた槍を遠くに投げる。そして幻術の印を組んだ。はじめの顔がハッとしたかと思いきや、はじめは苦しそうに顔を歪めて、見えない誰かに許しを乞う。その相手が彼の姉だと想像するのは容易い。

「はじめっ!」

 ユヅルはウツツたちを縛るチャクラ糸を右手だけで操り、左手のチャクラ糸をはじめとその手が握る天の巻き物に繋ぐ。少年が天の巻き物に近づけないよう、マナが唾液弾を放った。
 チャクラ糸を通じてチャクラを流し込むと、現実のチャクラの感覚に幻術から放たれたはじめが、ユヅルのチャクラ糸の力に沿って後ろへと跳ねる。

「三十六計逃げるに如かず——!!」
「っ、ヤバス!」

 マナの叫び声にはじめが起爆札を発動させる掛け声(と本人はマナの誤植によりそう思っている)をあげ、それに呼応するようにして起爆札が爆発した。
 それと同時に、ユヅルの爆笑も響いた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.35 )
日時: 2012/07/18 22:11
名前: わたあめ (ID: 0YLhVMcO)

 木の枝を蹴ってサスケは走り出した。草忍は赤い写輪眼を晒した彼に向かって余裕の笑みをみせると、印を結んだ。そしてその草忍が両腕を大きく広げるなり、その周りから衝撃波が起こる。
 それを写輪眼で見越していたサスケは宙に舞い上がり、チャクラを纏った足で大樹の枝や幹を蹴ってくるくると空中で回転し、方向転換しつつクナイを投げていく。
 草忍は相変らず余裕の顔つきでそれを避けていたが、不意にチャクラを纏った足で木の幹を蹴り飛ばし、掛け声と共に襲い掛かってきた彼の体術に余裕の顔を崩して、サスケの蹴りをクロスさせていた両腕でガードする。
 己の後方へ飛んでいくサスケに飛ばした蹴りも間一髪のところで回避され、すうっと彼は数メートル離れた地に着地する。
 そして両者は互いに距離を縮め、凄まじい体術の攻防を繰り返した。
 ——……見える
 とうとう本気を出したのだろう。草忍の姿が消えた。後ろで気配がしたかと思って振り返ると、既に草忍は風塵を巻き上げて消えている。かと思いきや付近を走っていく風の筋に、確かに草忍の纏う衣服の色がついていた。その下半身が伸びて、蛇のような風情になっている。
 ——見える!
 けれどそのような、一般人には見えないような動きも、写輪眼の持つ動体視力から逃れることは出来ない。

「見えるぞっ!」

 草忍が着地するであろう場所にめがけて火遁を放つ。一発、更に威力を強くして二発目。炎の竜巻が形成され、草忍は燃え盛る火の渦の中、閉じ込められる。
 その火が消え去った頃に地面を潜って進んできた草忍を飛び退って交わし、その攻撃の手が数秒止まったのを見て大きく息を吐く。しかし緊張は緩めずに、素早く構えなおした。
 草忍が口元に笑みを浮かべ、人の形態を取り戻して立ち上がる。そして掛け声とともに両掌を木の枝に叩きつけた。伝わっていく衝撃波に木肌が剥がれ落ち、サスケはさっと別の木へ飛び移った。彼の元いた枝が折れてぎぎぎと音をたてて落下していく。
 飛び移ったその枝から素早く飛び降り、丁度真下にいた草忍の体を捕らえて木の枝からそいつの頭を下へ向け、まっさかさまに急降下した。

「もらったぁあああ!」

 草忍が頭から地面に激突する。ここも木の枝とはいえ、上との差は十メートル以上にもなる。あんなに高い木の上から落ちて無事なはずはない。ぴしっと木に亀裂が入り、草忍は逆さまになって頭ごとのめり込み、大きな目が見開かれる。痙攣していた青白い手がばたりと体の両脇に落ちた。
 すっとその体から距離を取ると、更に今まではサスケに支えられていた両足がぱっくりと外向きに倒れてかくんと折れる。
 それを数秒長めていたサスケは、やがてその体が色を失って土くれとかすのを見た。

「変わり身!?」

 途端クナイの群れが飛び交い、サスケは写輪眼を用いてそれらを交わすと、両手の中から伸ばしたワイヤーを木にひっかけ、倍化の術を使用したチョウジが三十人くらいの幅を持つ大樹の周りをくるりと回転する。そして足場を見つけてワイヤーを放し、その上に着地。後ろを振り返ったその瞬間、前から聞えてきた足音に振り返ると、顔面に拳が叩き込まれた。
 今回は草忍の優勢だった。サスケが反応する暇すら与えず、膝や拳を次々とサスケの体に叩き込んでゆく。強めの拳を一撃叩き込めば、サスケの体は呆気なく吹き飛んだ。

「っサスケくん!」

 自分がいれば逆に足手まといとわかっていて見るだけにしていたサクラも、倒れたサスケを見て悲鳴に近い声で彼の名を呼ぶ。

「他愛のない……、うちはの名が泣くわよ? まあまあ、このままじっくりと嬲ってから殺してあげる。——虫けらのように!」

 気絶したふりをして目を瞑っていたサスケは、ゆっくりと写輪眼を開く。いつでも動けるように体を緊張させた。そろそろ仕掛けが発動する頃だ。

「——っうぁあ!?」

 草忍の衣服に取り付けられていたものが爆発し、草忍が前のめる。その隙を狙っていたサスケは素早く飛び上がって続けざまにワイヤーを草忍の周囲に張り巡らし、やや離れた木の枝の上に着地する。内数本を口で、そして残り数本を両手で操り、草忍を木の幹へ縛り付ける。草忍の顔が苦痛に醜く歪んだ。
 ワイヤーが緩まないよう口でワイヤーを噛み締め、両手で火遁の印を結ぶ。

 ——火遁・龍火の術!

 自分の周囲から巻き起こった炎がぶわりとワイヤーに燃え移り、そして滑るように草忍の方へと向かっていく。飢えた火は燃え盛る口で草忍を、草忍の縛り付けられた木ごと飲み込んだ。火の粉の爆ぜる音に混じって草忍の凄絶な悲鳴が響き、「やった!」と嬉しそうに輝くサクラの声が耳に届いてくる。明るく嬉しそうなサクラの声と苦しさに悶える草忍の悲鳴は奇妙なコントラストを成していた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.36 )
日時: 2012/07/18 22:53
名前: わたあめ (ID: 0YLhVMcO)

 ——アタシの標的は、嗅覚型の感知タイプ——キバとか、もしくはそれに似た奴だ
 ——さっきクズリが通ってったろ? したらクズリの糞発見したんだけどよ、これすっげえ臭いだから、使えると思うんだ。嗅覚型の感知タイプの奴は確実に悶絶するぜ、間違いない。それに相手がそうじゃなくてもだ、この臭いをつけた敵が風上にいたらいやでもそっちに注意が向く。囮に使うには持ってこいってこった
 ——で、アタシの唾液弾を使って、相手のホルスターを攻撃するんだよ。そういうのって普通リーダーか一番強い奴が持ってるから、弱そうな奴か馬鹿そうな奴か日和見そうな奴かうるさそうな奴に狙いを定めればいい。ベストは恐慌に陥ってくれること。警戒心を起こされても別にいいさ、クズリの糞の囮で注意をそっちに引き付けて、ユヅルのチャクラ糸で縛る。そんではじめが巻き物を取ってくれ。こういう場合グダグダしてねーで早く巻き物取った方がいいから、スピードが九班一のはじめに任せる
 ——まあ最適の相手は嗅覚型の感知タイプだろうけど、そうでなくても相手の注意を引ければ同様に使える作戦さ。場合によってはクズリの糞を使わなくてもいーけど、役に立つかもだから一応とっとこう
 ——そんで最後は起爆札で派手に締めくくろうぜ。こういう時は、逃げるが勝ち、だっけ。あ、そうそう。三十六掌逃げたらシカニク。ネジ先輩の必殺技。え? 違う? どうでもいいんだよそんなの

 それがマナの立てた作戦だった。今の紅丸は川で体を洗って貰っている。

「ありがとなー紅丸ー。臭かったろー?」

 鼻に洗濯バサミの痕が痛々しい。紅丸の体を泡まみれにしているのはマナがポケットの中に持っていたサポナリア、別名シャボンソウというもので、葉から石鹸のような泡を出すことが出来、石鹸の代用となるものだ。彼女がそんなことを知っていたとは、と軽く驚きながらユヅルとはじめは話し合う。

「マナにはサバイバルは向かないと思ってたけど、訂正。マナも意外にやれるもんだね」
「ああ——単純だがわかりやすい計画だな」

 高度なテクニックや凄まじい威力の技を必要としていない。クズリの糞、風下と風上——嗅覚型でなくとも十分使える作戦ではあるし、唾液弾もチャクラ糸も、使用される技は皆他の技に変わっても構わないような技だ。例えばこれが七班なら、唾液弾は豪火球、チャクラ糸は普通の縄、もしくは縛る必要すらないかもしれない。
 以前は女子のドベだからと侮っていたところもあったのだろう。けれど彼女は予想以上だった。

「これならきっと第三試験だってばっちりだよ。そう思わない? はじめ」
「まあ……あっさりやられるような、無様な真似は晒すまい」

 マナが体を起こす。すっかり綺麗になった紅丸がはしゃいでマナの足元でぐるぐる回っていた。

「じゃあ塔へ向かうぞ、おー!!」

 拳を空に向かって突き上げたマナに、ユヅルが微笑んでみせる。相変らず無表情なはじめも、僅かに目元を緩めた。
 けれど一歩も進みださないうちに、焦げ臭いにおいが鼻をついた。思わず振り返ると、森の一部だけが明るく燃え上がり、周囲の闇に更なる影を落としている。目のいいユヅルには、細めた目の先で、確かに鮮やかな桜色を目に捉えた。 

「……サクラ? それに……ナルトも?」

 眩しい金色が、オレンジの服をクナイで固定されている。気絶しているのだろう、だらんと四肢が垂れ下がっている。

「じゃああの火遁はサスケか。流石じゃねーか、もうじき巻き物ゲットしてこっちくんじゃねーの? ……おい、ユヅル?」

 マナが能天気な声で笑うが、ユヅルは笑わなかった。地面に蹲って肩を震わすユヅルに、どうした、とはじめが屈みこむ。ユヅルの息が荒い。脂汗が滲み、そしてその服越しに、明滅する青白い光が零れていた。

「ユヅル? ……なあ、ユヅル?」
「いたい……」
「……え?」

 いたい、とまた彼が呟いた。体ががくがくと震えていた。青白い光の明滅の頻度が上がり、彼はうわごとのように呟く。 

「痛い、痛い痛い痛いよ。痛い痛い痛い————ッ」

 赤い瞳の中に新たな赤い光が現れた。澱んでいてそれでいて澄み切った赤。醜悪でありそれでいて美しい赤。忌々しくそれでいて神聖な赤。危険を示すと同時に欲望を示し、憎悪と同時に愛を示す赤。
 それがユヅルの赤い瞳に広がっていく。その真紅に恐怖を覚えて、はじめは一歩後退った。

〈あの蛇め。覚えておれ、覚えておれ——! この恨み、晴らしてやる——〉

 ユヅルが胸元を掻き毟った。そこからしきりに聞えてくるのは犬神の、笑尾喇の憎悪に満ちた声だ。

〈待っておれ——あの蛇が。呪われた生き物めが! 待っておれ——覚えておれ!〉

 ユヅルが地面を蹴って跳ね上がる。その口が動いて、呪いの言葉を吐いた。
 ——ユヅルが、笑尾喇に乗っ取られている。そう感じたマナとはじめは顔を見合わせる。紅丸が唸り声を上げた。
 これはいくしかないと、二人と一匹はユヅルの後を追って走り出した。

「サスケくーん! やったね!」

 太い枝を駆け下りて、サクラはチャクラの使いすぎだろうか、荒い息をつくサスケの下へ駆け寄った。
 しかしサスケは答えずに、息をするのですら苦しそうにはあはあと荒い呼吸を繰り返す。足が疲労に震えた。サクラの喜びの色はすっかり顔の影に潜んでいく。

「……大丈夫? しっかりして!」

 ぷつんとワイヤーが切れて、草忍が数歩進んだことにサクラもサスケも気付かない。そしてその草忍は、印を結んだ。使用したのはアカデミーレベルの忍術だが、しかしその草忍が使用すると、威力も並みのものではない。サクラは数秒抗っていたが、力に押されて崩れ落ちてしまい、サスケはなんとか抗おうと必死だが、体は思うように動かない。

「——金縛りかっ!?」
「その年でここまで写輪眼を使いこなせるとはねえ……流石うちはの名を継ぐ男だわぁ」

 草忍の顔の表面はぼろぼろになり、偽の皮が破れかけていた。その下から病的な青白い肌と爬虫類じみた金色の瞳が除く。草忍が手をどけると、草隠れを示していたはずの額当てに、音符マークが——音隠れの忍びであるということを示すマークが現れた。

「やっぱり私は君が欲しい」

 草忍が——いや、大蛇丸が笑う。そんな大蛇丸を背後から襲ったのは、赤い二つの光。

〈はっ、——ほざいてろこの呪われた生き物め! 殺してやる殺してやる殺してやる——!〉
「っ!?」
「なっ、ユヅル!?」

 白い髪を靡かせたユヅルのクナイが、咄嗟にかわした大蛇丸の服を裂いた。勢いあまったユヅルはサクラとサスケの近くに滑り込むも、枝を蹴って大蛇丸のところへと飛んでいく。人間の口寄せはめんどくさい、と彼が呟きながら、扇子を口寄せした。
 一瞬集中力を散らした大蛇丸によって、サスケとサクラにかけられていた金縛りの術は解け、いきなり術がとけたことに、サスケは咄嗟にバランスがとれずに崩れ落ちかけたが、それをはじめが支えた。

「はじめ? それにマナも」
「大丈夫か、二人とも?」
「わ、私は大丈夫だけど——」

 サクラが気遣わしげな目線を向けたのは、疲労困憊しているはずのサスケと、クナイで大樹に固定された気絶しているナルト、そして目を血走らせたユヅルだ。

「サスケ……それは、写輪眼か?」
「そんなことはどうでもいい、それよりユヅルは——?」

 はじめの問いかけに若干焦った声で答えて、サスケは扇子で大蛇丸と戦うユヅルを見つめた。マナが短く答える。

「犬神っつー奴が、ユヅルの体を乗っ取ってんだよ」

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.37 )
日時: 2012/07/19 13:27
名前: わたあめ (ID: NsAz6QN0)

「そう。貴方は犬神なのね?」
〈忘れたとは言わせんぞ、この呪われた生き物が! 蛇は蛇らしく地を這っておればいいものを——砕いてやる、お前の頭をかち割ってやる!!〉

 歯をむき出して、ユヅルの扇子が激しい勢いで舞ってくる。それをクナイで受け止め、受け流したりしながら、大蛇丸はユヅルと——正確には笑尾喇と応戦していた。

「悪いけど私の邪魔をしないでくれるかしら。私はもっぱら、うちはの男の子に興味があるんだけれど?」
〈っが、ぐァアアアアア!〉

 にこりと笑って見せた大蛇丸にユヅルの白い髪が逆立ち、ユヅルは叫びのような、呻きのようなもの声を出す。大蛇丸が印を結ぶ。ユヅルが吹っ飛び、マナ、サクラ、サスケ、はじめ、紅丸は飛び上がって散り散りになった。
 マナがナルトを固定していたクナイを抜き、重力に手繰られ落下していくナルトをはじめが受け止め、上へと飛び上がった。着地したその傍にはサスケがいる。

「……サクラは?」

 呟いた瞬間、引き攣った悲鳴。振り返れば太い木の枝の上でサクラがゆっくりと後退っている。

〈小娘……お前か、この術をかけたのは、お前か!?〉

 看ればユヅルの左胸に円形の封印がかけられてある。そこが繰り返し明滅していた——成る程、とマナは瞬時に状況を理解する。笑尾喇はユヅルから出たくても出れないのだ。あれは恐らく封印術で、そしてそれがかけられたのは恐らく、ユヅルが健康診査をしにいったあの日。

「違う……私じゃない、私じゃないって言ってるでしょ!?」
〈大蛇丸め、お前か? 呪わしき生き物よ、お前か? 我を人間の小僧の体の中に閉じ込めようと、そういう魂胆か? いいだろういいだろう、受けてたとうではないか——!〉

 そしてユヅルの胸の封印の明滅が更に激しくなり、そしてそこから犬の頭が現れた。ユヅルは上半身を仰け反らせるような体勢になり、その瞳から光が消えて虚ろになる。

〈ああああああ!〉

 犬神の胴体が封印を突き破って出て来んとする。封印から言葉によって形成された鎖が現れ、犬神を繋ぎとめようとするが、しかし犬神はそれすら突き破って表に出てこようとしていた。けれどそれがユヅルの体に与える負荷もかなりのものだ。
 ユヅルの口から唾液が滴り、顔は血の気を失って土気色になる。ネジかヒナタだったら、白眼で経絡系が犬神と共にその体からつかみ出されていくのを看ることも出来たはずだ。

「そこまでするなんて、見苦しいわよ笑尾喇——犬神はもっと崇高であるはずの存在ではないのかしら?」

 大蛇丸が浮かべた笑みに、犬神の叫びが更に怒気を帯びたものになる。

〈黙れ! 黙れ! お前だ。お前が我をつくったのだ! 目の前に食べ物を置いておいて、我を柱に縛り付けて、そして餓死するなり我が首を切り飛ばしよった! そして我は、お前への怨念で生まれた! お前の頭を砕いてやる、首を折ってやる、目を抉って手足をもいで、内臓を喰らいつくしてやる。殺してやる殺してやる殺してやる!!〉

 笑尾喇を生んだのが大蛇丸。その事実にマナもはじめも目を見開いた。大蛇丸といえば里のSランク犯罪者だ。その上笑尾喇を柱に縛って、目の前に食べ物を置いて、餓死するなり首を切って笑尾喇を殺したなんて。それは笑尾喇みたいな犬神が生まれるわけだ。

「ひっでえ……っ!」

 マナが顔を引き攣らせる。そのような死に方はマナにとって死刑以上の拷問だ。そんな死に方したらマナは確実に幽霊どころか悪霊になって嫌がらせをしまくるだろう。というかそんな死に方死んでも死に切れない。とりあえずマナなら首を切られても確実に首だけは食べ物へぽーんしそうな死に方だ。

「ふふ……精々喚いているがいいわ」

 めきめきとユヅルの体が嫌な音を立てる。だめ、とサクラが叫んで、無理矢理ユヅルを木の枝に押し倒すなり、服を捲り上げて封印式に視線をやった。犬神は言霊の鎖に縛られながら尚も外へ出ようともがいている。

「サクラ、危ない! 離れろ!」

 サスケが叫んだが、サクラは聞いていなかった。

「この術式、看たことがあるわ! 確か術の解き方はこうだったはず——!」

 サクラが慎重にチャクラを込めて、封印式に手を当てる。逆封印と呼ばれる解き方だ。封印式をかける手順を後ろからやっていけばこの術は解ける、はずだった。

「サクラ、やめろ!」

 サスケがサクラを抱えてユヅルの傍から去る。ユヅルの封印は解かれなかったものの、しかしサクラのお陰かはたまたその所為か、術は緩くなったらしい。言霊の鎖を断ち切り、笑尾喇が更に出てこようとしていた。

〈ありがとよ、小娘——いつか礼を言おう〉

 笑尾喇が笑って、出てこようとする。しかしその前に、ろくろ首のように首を伸ばした大蛇丸が、ぐさりとその歯をユヅルの首の付け根にあてていた。

「見苦しいわね——まあ、そこまでするのなら。貴方をまた違った方法で封印してあげるわ」

 ゆっくりと三つの勾玉が浮ぶ。そして大蛇丸は更にサスケの元へ首を伸ばすなり、同じ場所に噛み付いた。

「——ユヅル!」
「サスケくん!!」

 安心してねと、大蛇丸はちっとも人を安心させられない、おぞましい笑顔を口元に浮かべた。

「ユヅル君、だったかしら? あの子のはついで。本命はやっぱりサスケ君よ——サスケ君、もし貴方が私に、この大蛇丸に会いたいと思うなら、この試験を死に物狂いで駆け上がっておいで」

 首を元に戻した大蛇丸が取り出したのは、数時間前サスケが渡してしまった天の巻き物だ。それが緑色の炎をちらつかせながら大蛇丸の掌で滅びていく。

「——巻き物がっ!」

 サクラの目が驚きに見開かれる。ふふふと大蛇丸はまたおぞましい笑い声をあげた。

「てんめえ、サスケとユヅルに何しやがった!?」
「別れのプレゼントよ」

 怒鳴るマナに大蛇丸は微笑してみせる。

「サスケ君、貴方はきっと私を求める。——力を求めてね」

 君の力が見られて楽しかったわ。
 笑いながら大蛇丸は、木の中に溶けこむように消えていった。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.38 )
日時: 2012/07/19 13:29
名前: わたあめ (ID: NsAz6QN0)


「サスケくん、ねえ……! サスケくんってば」

 つけられた“呪印”の痛みに失神したサスケを抱きしめて、思わず泣きそうになってしまう。泣きそうに歪むの頬に、そっとはじめの手が添えられた。

「落ち着け、サクラ」

 その言葉はただサクラの涙を流させる切っ掛けになっただけに過ぎなかった。安堵と恐怖が綯い交ぜになって、つうっと涙が彼女の頬を伝う。彼女は目を瞑って、抱きしめているサスケの黒い髪に頭を埋めた。

「わたし……私、どうしたらいいの」

 頼れるチームメイトが二人も倒れてしまって、サクラのような、チャクラコントロールと頭しか取り柄の無い少女が一体どうすればいいというのだろう。そんなサクラに、「大丈夫だ」とはじめが静かにいった。その顔は相変らず無表情だ。

「私達が、ついているから」

 はじめなりの、精一杯の励ましだった。そうね、とサクラは儚く笑って、サスケを抱えあげる。マナが背伸びして、サクラの桜色の髪を撫でた。

「紅丸がいいとこ見つけたつってたから、そこ行こうぜ、サクラ」
「うん……二人とも、ありがとう」

 マナもユヅルを抱え起こした。犬神の憤慨が、ユヅルの体を通して伝わってくる。
 どうやらサスケの呪印とユヅルの呪印は似て非なるものであるらしい。サスケのが禍々しい黒であるのに対して、ユヅルのは灰色だ。効力の方はサスケのが上らしい、というのは多分間違っていない。元々大蛇丸の本命はサスケだ。ユヅルの方は、暴走しかける笑尾喇を抑止する為につけたに過ぎないのだから。
 それでもユヅルの状態もよくはないのは、恐らく笑尾喇が関係している。憤慨する笑尾喇を、封印式と呪印の二つが邪魔しているのだ。笑尾喇は尚更ユヅルの体内で暴れ、呪印と封印式は尚更それを止めようと発動し、そして結果ユヅルの体にかけられる負荷も多くなっている、ということだ。
 ナルトを背負ったはじめが行くぞ、と言う。サクラとマナは頷くと、紅丸を追って移動を開始した。


 大樹の根元、ちょうど何らかの戦闘かで根っこがもりあがってしまっているような場所で、マナやサクラ達は野宿を開始した。
 怪我人三人を横たわらせ、念の為に火は焚かずにいる。はじめの水球の術で出した水で手拭いを濡らし、高熱を出し始めたサスケの額と、時たま体を痙攣させるユヅルの額に置く。しかし暫くして、痙攣するユヅルの額においても落ちるだけと察して、そちらはマナが団扇で仰いでやっていた。 
 横たわるチームメイトの姿を眺めて、サクラは拳を握り締める。マナ達は既に巻き物を得ていて、こちらは天の巻き物も地の巻き物もない。その上チームメイトたちは傷つき疲れきり、呪印にも苛まれてとても戦える状態ではない。マナ達がサクラを助ける義務なんてどこにもないのだから、もしユヅルが回復してからは、それからはサクラ一人でナルトとサスケを守らなければいけない。サクラたった一人で。
 ——私が……私が守らなきゃ
 一人は片想いしてきた相手。もう一人は少し前までうざいと思っていた、でも今では掛け替えのないチームメイト。
 両方守らなければならない。両方とも自分にとってはとても大切な存在だ。だから尚更守らなければならない、自分の力で。

「サクラ」
「どうしたの、マナ?」

 はじめは紅丸と共に食物採取だ。曰くマナはつまみ食いするので駄目、ということで、マナとサクラ、女子二人が残されている。今晩は三人が交代制で見張りと看病を努める予定だ。

「これ、やるよ」

 投げてよこしたのは地の巻き物だ。受け取ったサクラは目を白黒させてマナを見つめる。

「巻き物二つも無くなっちゃったんだろ? そっちあげるから。あ、それとも天の巻き物の方がよかったか?」
「ま、マナ!? ちょっとやめてよ、これはマナやはじめ達が手に入れたものでしょ!? 私には——っ」
「とっとけよ。役に立つかもしれねえから。おべんとつくってくれたお礼だからさ!」

 にやっと悪戯っぽく笑って、マナは人差し指を立てる。

「これで貸し、一個返したからな!」
「……なによ、マナったら……こんなの、幾ら借りがあっても足りないくらいよ……っ」

 また溢れてきた涙を拭って、サクラは渡された巻き物を握り締めて笑う。暫くの間することもなく横たわる三人を見つめていたマナとサクラだったが、その内サクラがうつらうつらと船を漕ぎ始めた。その頭がすうっと下がりかけて、しかしサクラはぱっと頭を起こすなり、ぶるんぶるんと頭を振った。先ほど一番の見張りには自分がつくと決めたばかりなのに。

「サクラ、寝たら?」

 マナが声をかけてきたが、いいの、とサクラは首を振った。

「大丈夫よ。ちょっとぼーっとしてただけだもの。最初の見張りはやっぱり私がやるわ」
「……いいよ、アタシがやるから。寝てろよ。バテるぞ」

 先ほどの戦闘でサクラは見ていることしか出来なかったとしても、精神的な消耗は酷かったはずだ。

「でも、マナは」
「アタシは特になんもしてなかったし……ちょっと寝てろよ。あとでまた起こしてやるから」
「……そう? じゃあ約束ね。マナの番が終わったら、私を起こして。それからは私がはじめを起こすから」

 うん、とマナは頷いた。月明かりに照らされたマナの顔はいつも以上に大人びていて、神秘的に見えた。
 目を瞑る。大丈夫。もうじきはじめは帰ってくるはずだし、マナも傍にいるから。
 サクラは夢のない眠りの中に堕ちていった。マナに凭れ掛かりながら。


 マナはサクラの桜色の髪に顔を埋める。そこからする匂いは花や香水の匂いではない。汗と血と、それから土の臭いだ。それは戦いの臭い。いい匂いとは言えない。これは女の子の匂いじゃない。けどこれはくノ一の臭いだ。それもこれは、戦うくノ一だけの臭いだった。
 マナはどこかでこの臭いを嗅いだことがある。それが誰からの臭いからはわからない。けれど若しかしたらそれは母の、狐者異ネリネと言うらしい母の臭いなのではないかと今なら思う。

「……お腹空いたなあ」

 はじめ、早く帰ってこないかなあと空を見上げる。腹がぐう、となった。
 マナは凭れ掛かってくるサクラの白い手首を掴んだままにぽっかり浮んだ月を浮かべて、小さく溜息をついた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.39 )
日時: 2012/07/22 00:34
名前: わたあめ (ID: XVANaOes)


 ——最低だ最低だ最低だ!!
 汗が滲み、体が震える。少女は泣きながら、背後の大樹に凭れ掛かった。
 ——嫌だ嫌だ……誰か。誰か助けて
 いもしない助けを求めて、少女は泣き荒ぶ。


「おはよう、サクラ……って、もう朝?」

 あの後はじめが帰ってきて、二時間ほど見張りをし、そしてサクラを起こしてからも数時間一緒に見張りをしていたが、やがて眠りについた。サクラは寝る間際のはじめに水球を水筒の中に足してくれるよう頼み、それから既に温くなった手拭いを取って、サスケの額に乗せる。ユヅルは先ほどよりもずっと落ち着いてきていた。笑尾喇ももう付近には大蛇丸がいないことを悟ったのかもしれない。ただサスケの熱は一向に下がらなかったし、とても苦しそうだった。それでもサクラに出来ることはこうやって看病し続けるだけだ。

 ——私が二人を守らなきゃ

 ぎゅっと拳を握り締める。はじめもマナも、ユヅルさえ落ち着けばサクラ達を手助けする義理はない。はじめが採ってきた木の実を一粒、口の中で噛み潰した。甘酸っぱい味がする、と同時に、気持ち悪くなった。毒でも入っていたのだろうか? いや、それなら今はマナの傍で丸くなっている紅丸がはじめにそう警告していた筈だし、第一はじめがそれを食べてから眠ったのをサクラも目撃している。
 腸が引きずり出されるような感覚に口元を押さえた。ぼんやりと遠くなりかけた意識の中で、穏やかに眠るユヅルの胸元が僅かに発光する。

 ——小娘。そう、お前だ。お前、この封印術を解けるか?
 ——貴方は……
 
 二足歩行の犬が、白装束を纏ってそこに立っていた。これは幻覚だろうか? 目を擦っても、その姿は消えずに、犬の癖して紅を塗った口元を笑うように歪ませるだけだ。

 ——あの木の実は、食べた人間を眠りの境へ追い込む作用を持ってる。毒ではない、寧ろ薬に近いな。後ほどあの黒い髪の小僧にも食わせてやれ、幾分か落ち着くかもしれぬ
 ——眠りの境? ……それって、
 ——眠りの境に追い込まれれば、人は正気も狂気もない。一分でも多く留まろうとすればするほど、お前の目は冴えていく。……我はお前と交渉しにきたのだよ、小娘

 笑尾喇が扇子をサクラの顎の下に宛がい、上を向かせた。

 ——この封印術を解け。これは白い目の男が、大蛇丸の実験体の女の息子だった男が我につけたものだ。まあ、そうはいってもあの男は大蛇丸のことなぞ露ほども覚えておらんが。寧ろ我へ対する記憶の方が深いらしい。まあそれも当然だろう、あの男は使い捨てにされた哀れな小娘に助け出されたんだから

 くくと笑尾喇が笑う。

 ——白い目……日向一族?
 ——ああ——そうとかいったな。どうだ小娘、封印術を解いてくれはせぬか? 交換条件もそれなりに悪くないと思うが
 ——交換条件……?

 そうだと笑尾喇は漂うような笑みを見せて、背筋を伸ばし、扇子片手にくるりと一回転、肉球のついた手のひらを差し出した。二足歩行の、白装束の犬が少女に向かって肉球のついた手を差し出す——それはある意味かなりシュールな光景だ。

 ——_____。____________
 ——!! ……でも
 ——さあ——解くんだ。これは我のため、我が主のため、そしてお前のためだ、春野サクラ。我は笑尾喇——しかし真の名は、__と言う
 ——_、_

 成立だ、と笑尾喇が笑い声をあげた。サクラは身長にユヅルの服を捲り、印を組んでいく。これが施されたのとは逆の順序で。彼の左胸に浮んでいた二重丸の封印式がチャクラの塊と化して、持ち上げられていくサクラの左手に従って吸い取られるようにその肉体を離れていく。ユヅルがほう、と大きく溜息をついたかと思うと、呼吸は前に増して安定し、彼は安らかな表情で眠り始めた。
 
 ——礼を言うぞ——小娘。ふふふ……あの蛇の頭を砕いてやる! 殺してやる殺してやる——柱に縛って、食べ物を目の前に置いてやろう。あいつが餓死したらその首を切り、頭をかち割ってやろうぞ!

 喜悦に歪んだ顔で笑尾喇が笑みに似たものを浮かべた。紅を塗った唇を真っ赤な舌が一舐めする。
 サクラの意識が遠のいた。せめてマナを起こさなければと手を伸ばすけれど、その手が届く前にサクラの意識はもう、暗闇の中に沈んでいった。
 サスケの瞳のような暗闇に。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.40 )
日時: 2012/07/22 00:36
名前: わたあめ (ID: XVANaOes)

「んーぁあー! あー!」

 サクラは目を覚ました。ナルトが大きな欠伸をしながら両腕を天に向けて伸ばし、「よく寝たってばよぉ」とまだ些か眠そうな、しかし能天気な声で言う。

「ナルト! ——サスケくん、それにユヅルも」

 それに相次いで、手拭いを額に乗せたままのサスケも起き上がり、ユヅルがもぞもぞしながら這い上がった。すぐ近くに視線をやると、見張りをしていたであろうはじめが「起きたのか」と振り返り、マナが木の実を食べているのに気付く。

「……お前が、看病してくれたのか?」
「あったりめーだろ? サクラ頑張ってたんだからな、感謝しろよー」
「ありがとうサクラちゃあん、お陰ですっかりよくなったってばよ!」
「ありがと、サクラ。迷惑かけちゃったね。……それにマナやはじめも」

 手拭いとサクラを見比べたサスケの問いかけに、マナが笑いつつ返答する。ナルトが明るい声で礼を言い、ユヅルも穏やかに礼を言ってから、マナやはじめに笑顔を見せた。

「……よかったぁ……」

 三人とも回復したことに、嬉しさのあまり思わず涙が出る。しかし直ぐに、ざわざわと茂みの揺れる音がしたような気がして振り返れば、そこには実物より数倍醜悪な大蛇丸が叢の中に立っていた。

「獲物というものは、常に気を張って逃げ惑うものよ……捕食者の前ではね!」

 その首が、サスケやユヅルに呪印を施したときと同じように伸びて、蛇のようになって地を這い近づいてくる。サスケとナルト及び九班は今後のことについて語り合っており、大蛇丸に気付く様子もない。真っ直ぐサスケめがけて這ってくる蛇に、サクラは皆に注意を促がそうとする、が。

 ——声が出ない!

 どんなに叫んでも彼等には届かない。その間にも大蛇丸は近づいてくる。お願い、気付いて、気付いて!
 急に彼等が遠ざかっていくような気がした。叫ぶ。気付いて。大蛇丸よ。サスケくん! ナルト! マナ、はじめ、ユヅル! ねえ! 気付いて——お願い、気付いて!
 体が金縛りにあったかのように動かない。大蛇丸がぱくんと口をあけた。
 そしてその口はサスケを一思いに飲み込んでしまった。


「——!!」

 頬が濡れる感覚に目を覚ませばそこは先ほどいたのと全く同じ場所で、紅丸が自分の頬を舐めていた。振り返れば三人とマナ、はじめはまだ眠っている。

「わん」
「夢、かぁ……」

 紅丸の明るい声にほっとするのと同時に正夢ではないかという不安が過ぎる。ちゅんちゅん、という鳥の声と、明るくなってきた森を鑑みるに、もう朝であるらしい。先ほど眠ってしまったことに思い至り、その失態を恥じるのと同時に誰かもう一人起こさないと、と考える。まずはマナを起こしてみたが、こっちは中々起きなかった。諦めて一番手近にいたはじめの体を揺らすと、彼はあっさり体を起こす。

「もう朝……なのか?」
「……ええ」
「どうして起こさなかった」

 些か不機嫌そうな声ではじめが聞く。ごめんなさい、と笑尾喇とのことも眠ってしまったことも口に出せずに俯くと、やはり不機嫌そうな声の彼は溜息をつく。

「……もっと頼って欲しかった」
「っえ? ……そ、そう?」
「私たちは仲間だから……助け合わなければ」

 はじめは黙り込む。本当はそうじゃないのだ、仲間だからじゃない、好きだから頼って欲しいのだ。一文字はじめがどうして春野サクラを好きになったのかは、至って簡単だ。とりあえず一文字一族の男はこぞって女顔であり、そしてこぞって強気な女に目がないのだ。ついでに言えば一文字一族の女は皆かなり強気である。はじめの姉に瓜二つな母だって強気だったし、姉である初とて同じだ。初は強気を通り越してバイオレンスだが。
 で、何故好きになったのがサクラでいのではないかというと、それはナルトがサクラちゃんサクラちゃん言っている内にサクラのことが気になりだし、それからサクラを目で追っていたら好きになったというだけのことである。
 そういうはじめは自分の先輩がサクラに一目惚れしていることをまだ知らないが。

「食べるか?」
「あ、ありがとう」

 差し出されたスモモを受け取って一口齧ったその時、がさっという音がした。まさか大蛇丸じゃないかという考えが脳裏に浮ぶ。情況的には違うが、もしかしたらあれは予知夢的なものだったのかもしれない。思いつつクナイをとって握り締める。自分に出来るだろうか。大蛇丸を殺すことが、出来るだろうか——。スモモを転がして、両手でクナイを掴んだ。両手が僅かに震える。それが恐怖からかもしくは武者震いからなのかはわからないが……はじめに目配せすると、はじめはきょとんとした顔で首をかしげ、それからハッという顔つきになる。

「サクラ、お前——!」

 大丈夫、私にだって出来る。そう言い聞かせて振り返ると——

「リスを食べるつもりなのか?」

 そこにいたのは何かの種を齧っている、一匹のリスがいた。
 ——リス?
 思わず拍子抜けしてしまう。はじめがあまりにどぎまぎした表情で問いかけてくるので、なんだ……とサクラは溜息をついた。しかしその表情も、走ってくるリスの姿を見た途端焦ったものにかわる。
 素早くクナイをリスの進路に投擲すると、リスは驚き、慌てて逃げ帰っていく。どうした、と問いかけてくるはじめの耳元に、そこに新たな罠をしかけたんだと耳打ちした。

「よくやったな」

 とはじめは感心した顔つきになる。サスケの額に乗せた手拭いを換えて暫くすると、紅丸が何かの気配に感づいたらしい。うううう、と唸り声をあげる紅丸に二人して振り返る。

「寝ずの見張りかい? でももう必要ない。サスケくんを起こしてくれよ。僕達そいつと戦いたいんでね」

 振り返ればそこには、ザク・アブミ、ドス・キヌタ、キン・ツチの三人が並んでいる。音の忍び——マナとキバ、そしてカブトを攻撃した忍びだ(正確にはマナとキバを攻撃しようとしていたのをカブトが庇い、そしてマナとキンプラス紅丸が互いに取っ組み合っていた、というべきか)。そしてあの大蛇丸の額当ても、音だった。
 はじめが似之真絵を口寄せして立ち上がる。紅丸が全身の毛を逆立てた。サクラもホルスターに手を伸ばす。手の震えを悟られないよう、勢いよく立ち上がって、出来るだけ強気に問いかける。

「何言ってんのよ? 一体何が目的なの? ——大蛇丸って奴が、影で糸引いてんのはしってるわ!」

 大蛇丸、その名前を出した途端三人の顔色が変わった。余裕に満ちた、小ばかにした表情から驚愕と戸惑いの顔にかわる。

「サスケくんとユヅルの首筋の痣はなんなのよ? サスケくんにこんなことしといて、何が戦いたいよ!」
「……さあて、何をお考えなのかな? あのお方は」

 数秒して、ドスがそう言った。ザクも余裕の表情を取り戻して言う。

「しかしそれを聞いちゃあ黙ってられねえなあ……ピンクの女もオレが殺る。サスケとやらも俺が殺る。隣の紫女と犬はお前等に任せたぜ、ドス、キン」
「待てザク」
「ああん?」

 ドスは自信に満ちたザクの言葉を否定するでもなく、数歩進むとしゃがみこんで土に手をやる。

「ベタだなあ? ひっくり返されたばかりの土の色……この草、こんなところに生えないでしょう」
「なっ、わ、私の性別について突っ込んでくれるのではなかったのか!?」

 最後の一言はニッタリ笑いながら、サクラに問いかけるように言う。一方紫女と言われてしまったはじめは珍しく驚いた顔つきだ。「てめえの性別なんてどうでもいい!」とキンに突っ込まれ、サクラは仕掛けた罠に気付かれた焦りも忘れて溜息をついた。

「トラップってのはほら、バレないように造らなきゃ意味ないよ……」

 草の色をした布を剥がすドスに、サクラの頬を汗が伝う。

「チッ、くっだらねえ。あのクナイはリスがトラップにかからないようにするためだったのか……」

 ザクのその発言を鑑みるに、どうやらあのリスには起爆札とか閃光球とか、そういった類のものが仕掛けてあったようだ。

「すぐ殺そう」

 ドスがそう言ったのが合図だった。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.41 )
日時: 2012/07/22 11:15
名前: わたあめ (ID: /OJeLYZk)

「すぐ殺そう」

 首を傾げて言い放ったドスの言葉を合図に、三人は空へと飛び上がる。
 しかしサクラもちゃんと予防線は張ってあった。自らの傍らに突き刺したクナイから伸びるワイヤーをクナイで断ち切る。それとほぼ同時に、巨大な丸太が三人に襲い掛かる。それは昨晩、はじめがまだ起きていたころ、サスケと大蛇丸との戦闘で落ちたのを、見張りを紅丸に任せて、はじめと悪戦苦闘しつつ仕掛けたものだ。もっともサクラははじめが寝付いてからも新たにトラップを仕掛けていたのだが。
 
「——はっきりいって才能ないよ君ら」

 そんな声と共に、丸太が爆破された。驚愕に目を見開くサクラの前に、似之真絵を握り締めたはじめが立ち塞がる。三対二プラス紅丸では、限りなくこちらが不利だ。その上こちらは寝ている奴等を四人も守らなければいけない。おきろマナ、とはじめが叫んだ。

「そういう奴は、もっと努力しないとだめでしょ!」
「——木ノ葉旋風!!」

 三人が蹴り飛ばされ、サクラとはじめの目の前に緑の全身タイツのおかっぱが着地する。サクラはぎょっとして、着地したその少年を見上げた。試験開始早々、まだ幻術を解いて間もない頃に現れて、「僕とお付き合いしましょう! 死ぬまで貴女をお守りしますから!」といきなり告白してきたゲジマユである。

「だったら君達も、努力すべきですね」

 その肩に乗っているのは先ほどやってきたリスだ。放心して地面に崩れ落ちたサクラには、リーの姿がいつになく凛々しく見えた。はじめが目を見開き、肩の力を落として「先輩」と呟く。

「……何者です?」
「——木ノ葉の美しき青い野獣、ロック・リーだ!」

 状況が状況じゃなかったら、思いっきり「はぁ?」な台詞だったが、しかし今のサクラにはそれより、なんで彼がここにいるのかが問題だった。

「何故先輩が……ここに」
「ふふ、出来ればそれはサクラさんに聞いてもらいたかったですね……。何故ならはじめくん、君は恋というものを知っていますか?」
「恋……? それって、」
「ええ。サクラさん、僕は貴女がピンチの時は、いつでも現れますよ」

 なんてね、と呟きながらリーはリスを地面に下ろして、「ほんとは君のお陰だよ」と囁く。リスは数秒きょろきょろしていたが、リーの「さあお行き」という言葉に去っていった。

「でも、今は、貴方にとっても私は敵よ? ……はじめも、だけれど」

 僅かに顔の表情筋を緩めつつも、切なげにサクラが俯けば、「前に一度言いましたね」とリーは柔らかな微笑を崩さずに言う。

「——死ぬまで貴女を守るって」

 その顔に、サクラは勿論だが、ナルト以外の恋敵を見つけたはじめもはっとした顔になる。その言葉にサクラは何と言っていいのかわからず、消え入りそうにか細い声で、「ぁ、ぁりが、と……」と呟いた。
 勿論そのサクラとその傍にいるはじめに、嬉し涙を零しながら(くーッ! 決まった! 決まった! 決まりましたよガイ先生!!)とガッツポーズをとるリーの顔は見えていない。

「サクラさんはそこにいて、サスケくんたちを見ててあげてください。いきますよ、はじめくん」
「……承知した」
「仕方ないなあ……ザク、サスケくんは君にあげるよ」

 言って、ドスは地の巻き物を懐から出し、後ろにいるザクに向かって抛る。それを受け止めたザクに、「こいつらは僕が殺す」とドスは腰を落とし、サクラとリーを見据えて構えを取る。

「じゃあ、あたしはお隣の紫と、青い髪のチビでいいわよね?」
「……お好きにどうぞ」

 キンがはじめと、まだ寝ているマナに視線をやって嗜虐的に笑みを浮かべた。ドスは答えるなり、リーを見据え、そして袖をまくって機械を取り付けた腕を露出させるとリーの方へ向かって駆けていく。咄嗟にサクラが投げたクナイを飛び上がって回避する。それを看たリーは右腕を土の中に潜り込ませた。そしてその中に埋まっていた木の根っ子を——恐らくずっと前に、何かの術で土に埋まった木が残っていたのだろう——を無理矢理引っ張り上げてドスの攻撃を防ぐ。

「君の攻撃には、何かネタがあるんだろう? 馬鹿正直には避けないよ! 君の技は、前に見せて貰ったからね!」

 前に見せてもらった、というのはマナとキバをカブトが庇った時だ。カブトは完全に見切ったはずなのに、それでも吐いた。ということはきっと何かのトリックがある。
 ちらりと近くに目をやると、キンの背後に回りこんだはじめが似之真絵を振り上げていた。

「——!!」

 間一髪それに気付き、右に飛びのいて回避することが出来たキンは千本をはじめに食らわさんとするが、はじめは一歩下がって回避するなり刀でそれを弾く。キンが印を結ぼうとしたが、そうさせるほどはじめは甘くない。似之真絵を振りかぶってキンを攻撃する。回避を余儀なくされたキンは印を結べずに、鈴を結わえ付けた千本を投擲した。
 はじめはそれを弾いたが、しかし彼は鈴のついていない千本がその下で飛んでいたのに気づけず、内一本がその頬を掠る。流れ出た血を看て顔を顰めると、再びキンに向き直った。

「わん!」

 紅丸が背後からザクに襲い掛かり、その首を噛み千切らんとする。クナイで突き刺されそうになるのを間一髪で避け、紅丸は唸り声を上げた。

「犬っころが……調子にのるなよ!」

 投擲された手裏剣を上手く避けて、紅丸は穴を掘り始める。ザクの罵声は気にした風もなく、投げられた手裏剣も回避して、それから紅丸は掘り出した骨を咥えて走り出す。

「なんだあ、食べ物持って逃げようってか?」
「うううう!」

 紅丸は一歩後ろに飛んで、骨をザクの片目めがけて投げつけた。目を押さえて一歩よろめくザクの足に噛み付き、前足でその足を抱え込み、後ろ足でザクを蹴り飛ばす。

「んだようぜえ!」

 振り下ろされるクナイはまたしても回避、こんどはもう一方の足に噛み付く。紅丸なりに、ザクをドスやキンに加勢させないようにと考えた結果だ。キンの千本とはじめの水車輪がぶつかり合い、そして一方ではリーが、両腕に巻いたサポーターを緩めていた。
 走ってくるドスを見据えて、緩めたサポーターを地面に垂らす。
 ——今こそ、

「——大切な人を、守る時!!」
 
 瞬間、リーがドスの前から消えた。ドスがリーの姿を探す暇を与えず、下方からその顎を蹴り上げてドスの体を宙へと跳ね上げる。なんてスピードなの、とサクラは目を見開いた。 
 そして片手で地面を弾いて跳び上がり、ドスの背後を跳んだ。

「まだまだ!」

 腕のサポーターをドスの体に巻きつけ、縄抜けの術を使用出来ないよう両手を固定。頭からドスともども逆さまに急降下。紅丸を遠くに投げ飛ばして、ザクは印を切った。

「ったく! あれじゃ受身も取れねえ」
「喰らえぇえええ! 表蓮華!」

 紅丸が掘った穴に両手を突っ込み、穿った穴から風を送る。ぼこぼこと土の表面が盛り上がり、そしてドスが地面に激突し、リーが空へ飛び上がった。

「フッ、やれやれ……どうにか間に合ったぜ」

 ドスの下半身がザクの送った風で盛り上がった土から突き出ている。風によって盛り上がったその土の内部は真空になっているはずだ。ドスが本来受けていたであろうダメージはかなり減っただろう。

「っ馬鹿な!」
「……恐ろしい技ですね……土のスポンジの上に落ちたんじゃなかったら、これだけじゃ済まされなかった」

 ふるふると頭を振りながら、起き上がったドスが言う。
 しかしこれはリーにも負担を与える技らしい。リーの息が乱れてきていた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.42 )
日時: 2012/07/22 23:22
名前: わたあめ (ID: HyoQZB6O)

「次は……僕の番だ」

 袖をまくって、機械を取り付けた腕を見せ付ける。リーの体はまだあの技の反動から回復していない。振られる腕を一歩下がって咄嗟に避けるが、しかしドスの腕にはリーの言った通りネタがある。ぐわん、と目の前が不意に歪んだように思えて、そして痛みが左耳を襲った。
 目の前のドスの波打つように歪み、その声質もかわって聞えた。彼が何をいっているのかはよくわからない。水の中で話される声を聞いているかのようだった。
 リーは膝から崩れ落ちた。眩暈と痛みが酷い。
 なんてことだ、とリーは思った。サクラのピンチを救いに来たはずが、自分もピンチに陥ってしまっている。
 ふと脳裏にチームメイトの顔が浮かび上がった。そういえばもう集合時間だった。彼等は心配しているだろうかと、一瞬関係のないことを考えた。
 そしてリーは、吐いた。あの時のカブトと同じように。左耳から血が流れ落ちるのを感じる。

「リーさん!」
「ちょっとした仕掛けがあってね……交わしても駄目なんだよ、僕の攻撃はね……」

 ドスの腕の機械は音を発することが出来る。拳をかわせても、音は見えないからかわせない。音は震動だ。音が聞えるというのは空気の震えを鼓膜がキャッチするということ。人間の鼓膜は百五十ホーンを越える音で破れる。その更に置くにある三半規管に更に衝撃を与えると、全身のバランスが崩れる。それが音であるとわからせない為には、人間には聞えないくらいの高音を発すれば問題はない。

「君は当分、満足に体を動かすこともできない……」
「俺達に古臭せー体術なんて通じねーんだよ……まー途中まではよかったが、オレの術まで披露したんだ、そう上手くは……っ」
「声東撃西!」

 そんな声がして、咄嗟に振り返ると目の前に銀色の光が迫っていた。咄嗟に地面に伏せてそれを回避すると、逆手に握った刀でこちらを攻撃してきていたはじめは刀を手の中で回転させて、順手に持ち返る。

「東に声して西を撃つ……私がお前のチームメイトと戦っているからと油断するのはよくないな」

 すっと刀を振るい、ザクを攻撃すると見せかけ、順手から逆手に握り替えてリーの前に立っているドスの片腕に命中させる。刀が肉を破る、気持ち悪い音がした。

「っく……! やってくれますね!」
「チッ……オレの能力は超音波と空気圧を自由に操る能力……古臭ぇ剣術でどうにかできると思うなよ!」

 ザクとドスが同時に攻撃を放った。はじめは体を屈めて空へ飛び上がり、木の枝に飛び移ると口寄せを解いて刀を消す。確かに彼等の力は剣術でどうにかなるものではないだろう。紅丸もキンから離れて枝に飛び移る。はじめは記憶を辿って、一度も使ったことのないその術の印を組みだした。

「ふん……そっちは任せたよ、ザク、キン。次は君だぁああああ!」

 言うなりドスは身を翻してサクラに襲い掛かった。
 咄嗟にクナイを構えるサクラとドスの間に、リーが割って入る。バランスを失っているはずなのになぜそんなことが出来るのだろうかと目を見開くドスに向かって木ノ葉旋風を放とうとするリーだが、しかしさっきの攻撃が利いているのだろう、足に力が入らない。

「さっきの攻撃……やっぱり利いていたみたいだね! 少々驚かされましたが——あの閃光のような体術が、面影もないじゃないですか!」

 そしてドスの拳がリーに向かって飛ぶ。咄嗟に左耳を庇うリーだが、ドスの腕から出る音は彼自身のチャクラによって方向を決めることが出来る。スピーカー作用を持つその腕から放たれた音はリーの左耳を穿ち、絶叫をあげてリーは前に崩れ落ちた。

「リーさん!!」
「先輩!!」

 気を失ったリーには目もくれず、ドスはサクラに向き直る。次はサスケを殺る気だ、そう悟ったサクラの目が見開かれた。

「させないわ!」

 一気に三本のクナイを投擲するが、それは全て防がれてしまう。ドスが腕を振り上げて迫ってきた。はじめは振り向いて、自らに変化した紅丸に合図を出す。ポーチの中から出したハッカ特製・ミント味の兵糧丸を口に含み、サクラとドスの間に飛び降りた。
 はじめの目の前から水が湧き出る。それがぐるりと仲間達全員——当然、四人が寝ている、野宿用に使っていた大樹も含む——をぐるりと囲み、上からこられないように上部をドーム状に封鎖する。

「水陣壁!!」

 水の無い場所でチャクラを水に変えて、七人を囲んで守り、尚且つ水が崩れないよう維持し続けるのは、はじめのような下忍如きには高等すぎる技だ。出来たくらいでも奇跡だろうし、はじめはこの技に必要な最低限のチャクラ量が掴めていない。だからハッカ特製の、一般よりもチャクラ増量の多い兵糧丸を食べてでもかなりのチャクラを消耗してしまうくらいだ。

「はじめ……!」
「マナだけでも起こしてくれ! それだけで随分違うはずだし、私のこの術もそうはもたない……」
「わ、わかったわ」

 サクラはマナの体を揺らした。暫くするとマナが体を起こして、ぼんやりと目を擦りだす。もっと早く起きなさいよと叱咤しつつサクラは襲われている現状を説明し、リーがつい先ほど倒れたこととドス、ザクの能力について説明している。
 後ろで女子二人なんで起こさなかったんだだの起きなかったそっちが悪いなどと騒いでいるのが聞えるが、今はそれどころじゃない。水牢の術を発動させようと試みるが、三人分は今のチャクラ量では結構きつい。

「マナ! 兵糧丸を三つくれ!」
「おーけー、持ってけドロボー」

 ミントの爽やかな味が口内に広がって、口の中がすうっと涼しくなるのと同時に、体が燃え上がるように熱くなった。三つもハッカ特製の兵糧丸を食べて無理矢理チャクラを増量させたのだ、体へかかる負担は大きいかもしれないが——これも皆を守るため。

「水遁・水分身!」

 水陣壁の外部に現れた三人のはじめが、無表情のままに腰を落とす。水分身のはじめが無表情なのに対し、本体はかなり顔色が悪い。

「水車輪!」

 一気に投擲されたそれらは目くらましに過ぎない。本当の目的はそれを避けようとしたドスたちが、新たに作成された三人の水分身に背後から術を喰らう時。

「水牢の術!!」

 三人が三つの巨大化した水球のようなものの中にそれぞれ閉じ込められる。中も水というわけではないのでちゃんと呼吸も出来るようになっているから、ちゃんと生きていけるだろう。はじめが水陣壁を解き、六人になっていた水分身の内、三人を水に戻す。

「古きものは即ち基礎……古臭いと貶めているだけで、古きから極めようと思わないお前等は、どんなに新しきを極めても強くはなれない……!」

 息絶え絶えになりながらも、はじめは水牢の中の三人に向かって叫ぶ。水牢の中の彼等の顔が怒りと恥辱に歪んだ。

「……とは言え、これは流石に厳しいな……っ」

 水陣壁・水分身・水車輪に水牢を使ったのだ。兵糧丸を食べていたとは言えチャクラ消耗は激しいし、兵糧丸を食べ過ぎた所為で体の具合もおかしくなり始めている。元々兵糧丸というのは食べ過ぎると体に毒という。食べる量については個人差があるが、はじめの場合四つは多すぎたらしい。頭がギンギン痛む。

「うぅ……っ」

 地面に這い蹲って、それでもなんとか術は維持する。

「ちょっとはじめ、大丈夫!?」
「おい、大丈夫か、はじめ!」
 
 サクラとマナが駆け寄ってきた。視線を巡らすと、樹上にはじめに変化した紅丸が立っている。ということは、救援を呼ぶことには一先ず成功したらしい。一応、十、三、八班に頼んでもらうことにしたが、一体どの班が呼びかけに応じてくれたのだろうか。

「げぉっ、ぐ、おぇぇ……」

 吐き出した胃液の中に混じっていたのはぐちゃぐちゃになった、未消化の兵糧丸の爽やかな空色だ。兵糧丸が吐き出されるのと同時に、燃えるように熱かった体から体温が逃げていくような気がした。すうっと寒気がする。指先からチャクラが逃げていくような感覚。
 そしてはじめのチャクラは、もう水牢と水分身の負荷には耐え切れなかった。

「っく……!」

 拳で地面をどんと叩いても何にもならない。水牢と水分身が水となってばっしゃりと地面に散る。水牢から脱することの出来た三人が、不敵に笑いながらはじめを見下ろした。

「結局、君も古きを極めきれなかったようですね……!」
「か、は……っ」

 出し抜けに振るわれた右腕から発された拳を腹に食らって、吹っ飛んだはじめの体がずるずると地面を削る。更にその腕から発された音に、はじめは耳を押さえて蹲った。つうっと赤い血が耳から流れ出る。はじめの両腕がぶるぶる震えながら持ち上げられ、何かの印を結ぼうとした。しかしその手は印を結び終える前にぱったりと地面に落ち、はじめの頭ががくんと下がった。苦悶の色を浮かべた瞳からしてまだ意識はあるようだが、もう戦える状態ではないだろう。
 これからはもう、マナとサクラと紅丸で戦うしかなくなった。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.43 )
日時: 2012/07/22 23:28
名前: わたあめ (ID: HyoQZB6O)

「はじめ!」
「くっそーてめえら、アタシの仲間と先輩に手ェ出しといてただで済まされると思うなよ!」

 マナの隣にはじめに変化した紅丸が飛び降りて、獣人分身を解いた。いくぞサクラ、と自分より小柄なその少女はクナイを構えて言う。マナが走り出して、クナイに結びつけたワイヤーをドスに巻きつけんとするが、それは簡単にかわされてしまう。ドスが袖を捲り上げて、右腕でマナを攻撃しようとした。そうはさせないと、その注意を逸らす為にサクラは手裏剣を投擲する。
 ——私だって、私だって!
 私にだって戦える。私だって忍びなんだから!
 四枚の手裏剣を連続で投擲するが、それはドスに届く前に、ザクの手に穿たれた穴から出る空気圧に跳ね返された。自分の方へ飛んでくるそれをなんとかかわす。風が止んだと思った次の瞬間、頭皮が引っ張られる感覚に尻餅をつく。
 気付けば後ろに立つキンが、サクラの髪を掴みあげていた。

「あたしのよりいい艶してるじゃない、これ。——髪に気を遣う暇があったら修行しろ!」

 そしてぐらぐらとその手を揺らす。髪が右に左に引っ張られて頭皮が痛い。甘いんですよ、という声が聞えたような気がして、視線を左に流せば、ドスに腕を捻り上げられたマナが身長足らずのために空中で宙ぶらりんになっていた。

「いっちょ前に色気づきやがって。——ザク! この色気虫の前で、そのサスケとかいう奴を殺しなよ。ついでに、あのマナとかいうチビもね」
「おーいいねー」

 愉しそうなザクとキンに、ドスは「おいおい……」と言うものの阻止する気は全く無い。寧ろクナイをマナの喉元に構えてそれを実行する気満々である。
 
「動くな!」

 少しでも動こうとすると、直ぐに髪の毛を引っ張られてもとの位置に戻される。
 ——サクラさん……!
 目を覚ましたリーは直ぐにサクラの窮状を見てとったが、体が上手く動かない。どうにかして彼女が脱出してくれるかを望むことしか出来ずに、リーはサクラを見つめる。
 ——体に、力……入らない
 悔しさと悲しさと自己嫌悪と怒りと後悔と、様々なものが交じり合って、そして涙となって零れ落ちた。堪えようと必死になるも、涙は止まらず落ちていく。
 ——私……また、足手まといにしか、なってないじゃない……!
 いつだってそうだった。落ち零れと言われるナルトでさえ自分より頑張っているし、波の国でも、大蛇丸との戦いでもナルトとサスケは各々自分の全力を尽くして戦っていた。
 ——いつだって守られてるだけ。……悔しい……!
 ナルト、サスケ、リー、はじめ。死の森で一体何人の人に助けられたことだろう。
 ——今度こそは、って、思ってた
 自分をいつも守ってくれたナルトやサスケが倒れて弱っている時、今こそ自分が二人を守らなければとそう思っていたのに。結局リーに助けられてはじめにも助けられて、それなのに今はまた、サスケとマナが死ぬのを看ていることしかできない。
 ——今度こそ、大切な人達を……私が守らなきゃ、って
 拳を握り締める。「じゃ、やるか」と残酷な笑みを浮かべて、ザクがサスケのところへと近づいていった。マナが足をばたばたさせてもがき、紅丸がドスの足に噛み付いている。サスケは相変らず苦しそうだ。
 マナの目と一瞬視線が会った。彼女もまた悔しそうに顔を歪めている。足をばたばたさせたって何の意味もないと、きっと彼女だってわかっているはずなのに——
 サスケを守らなければ。ナルトを守らなければ。マナを守らなければ。
 ——今度こそ、私が皆を守らなきゃ!
 ホルスターからクナイを抜き取って、構える。その動作に気付いたキンが冷たく言い放った。

「無駄よ。あたしにそんなものは効かない」
「何を言ってるの」

 サクラは不敵な表情で振り返った。絶対に負けられない——いや、負けない。皆は絶対自分が守る。

「——何ッ!?」

 そしてサクラは、その場にいた全員——叢の中で様子を伺っていた十班も含む——の驚愕の視線を受けながら、クナイで桜色の髪を断ち切った。
 それはかつて、サスケが長髪の子が好みと聞いて、長い時間をかけて伸ばしていた髪だ。切られた髪に沿うようにして、額あてが地面に落ちていく。

 ——私はいつも、一人前の忍者のつもりでいて。サスケくんのこと、いつも好きだといっといて。ナルトに、いつも偉そうに説教しといて。……私はただ、いつも二人の後姿を見てただけ。それなのに、二人はいつも、私を庇って戦っててくれた
 ——リーさんも……はじめも。二人とも必死で戦ってくれた。私なんかの為に
 ——リーさん。貴方は私のこと好きだと言って、私の為に、命がけで戦ってくれた。貴方に、教えてもらった気がするの
 ——私も、貴方たちみたいになりたい

 立ち上がる。桜色の髪が舞い散る桜の花びらのように空を舞う。かちゃんと音をたてて、額当てが地面にぶつかった。
 ——皆、今度は……
 拳を握り締める。
 ——私の後姿を、しっかり見ててください!!

「キン、やれぇ!」

 印を高速で組みだしたサクラの背後に、キンが千本を思い切り突き立てる。しかしサクラの体だと思っていたそれは一瞬にして一本の丸太にかわった。

「変わり身の術……!」
「マナ!」

 ワイヤーに括りつけた木の実を投げつける。それがマナの口に届く前にワイヤーを回収すると、マナの顔色が変わった。

「うらぁああああああああ!」

 食べ物の恨み効果でマナのチャクラが暴走しだし、マナは体を前後に揺らすと、勢いをつけて後ろへ向かって蹴りを飛ばす。ドスの顎に命中したその蹴りに、彼の手が一瞬緩んだ。体を捻って脱出すると、紅丸の体に手を置いて、紅丸を自分の姿に変化させる。その時のサクラはもう、既に次の行動へと移っていた。

「キン、離れろ!」

 ザクが印を結んで両手をサクラに向ける。風の進路にいたキンに離れるよう命じて、投擲されたサクラのクナイを空気圧で跳ね返す。途中、彼女が変わり身の印を結んだ。跳ね返されたクナイが彼女にぶつかり、そしてそれは一本の丸太に変じる。

「二度も三度も通用しねえって言ってんだろーがよォ……」

 空から落下してくる、変わり身の印を結ぶ少女にザクはクナイを四本取り出す。どうせ変わり身、己の技を使う必要すらない。

「おめーはこれで、十分だッ!」

 投擲されたクナイが、咄嗟に急所を庇った少女の手や足に命中する。「次はどこだァ?」とあたりを見回していると、不意に右頬が濡れた。目の前にふっと影が落ちる。

「なんだとっ!?」

 ——このアマ、変わり身じゃねぇ!
 先ほどの印を結ぶ動作はフェイクだったらしい。自らに突き刺さったクナイを抜いて襲い掛かってくる。咄嗟に顔を庇おうとした右腕に彼女のクナイが突き刺さった。そして左腕にサクラが噛み付いてくる。前方に立っていたキンに吹っ飛んできたドスの体が命中、二人が地面に転がり込む。クナイを両手に持ってドスとキンの方へ襲い掛かったのは二人のマナだ。

「放せこら!」

 クナイの突き刺さった右腕で、必死に噛み付いてくる女の頭を殴る。何度も何度も繰り返し殴っているのに、その顎が緩む様子はない。寧ろ殴れば殴るほど尚更ムキになって噛み付いているようだった。

「くっそ、放せ!」

 額や頬や鼻や顔からだらだらと血が流れ出す。それでもサクラは決してその顎を緩めない。死んだってずっとこの腕に噛み付き続けてやると、そう言わんばかりに。
 叢でその様子を伺っていたいのに、数々のサクラとの思い出が浮かび上がる。彼女がいのには負けないと言ったのを思い出した。

「サクラ、持ちこたえろ! こっちが済んだらアタシもそっちい——っ!」

 そっちいくから、その言葉が言い終わらない内に、ドスの音の攻撃を受けたマナが地面に崩れ落ちる。

「くそ、サクラ!」

 ザクに加勢しようとしたドスの足に右腕でしがみ付き、ドスのクナイの攻撃を左手に握ったクナイで防ぐ。先刻ザクの攻撃にしようした骨を拾い上げた紅丸は、それを使ってキンの千本と応戦していた。
 サクラが痛みに涙を浮かべても、血をだらだら流してもザクに噛み付いているのに、自分はここで隠れている。サクラもマナも、こんなに必死で戦っているのに、自分はここで隠れている。
 ——サクラ……それに、マナ
 殴られたサクラの口から血が流れる。それでもサクラは必死になってザクに噛み付いた。
 ——私は……私が……!
 不意にその顎が力を失って緩んだその瞬間、ザクがサクラを叩き飛ばす。ギャン、と叫びをあげた紅丸が地面を転がり、二度目の音の攻撃を受けたマナが、あの驚くくらい胃の丈夫なマナが、今度こそ吐いた。そのマナがサクラの直ぐ近くに投げつけられる。
 ——私が……皆を守んなきゃ!

「マナ」
 ——貴方も見ていて。私の後ろ姿を
「このガキどもがァ!」
 ザクが両手をサクラに向ける。殴られた左目の瞼が腫れ上がって、左の視界がよく見えない。それでもサクラは、マナと紅丸を守ろうと両腕を広げる。せめて二人だけでも守ろうと。
 そしてその瞬間、目の前を三つの影が覆った。

「へっ。また変なのが出てきたなぁ」

 それは正しく猪鹿蝶——第十班の三人だった。

「……いの?」
「サクラ、あんたには負けないって、約束したでしょ!」

 目を見開くサクラに、いのは笑って見せた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.44 )
日時: 2012/07/26 01:23
名前: わたあめ (ID: 7xKe7JJD)

「いの、どうして」
「サスケくんの前で、あんたばっかいいカッコさせないわよ!」

 いのがサクラの目の前に立ち、シカマルがその右隣に、長いマフラーをシカマルにつかまれた状態でチョウジがいのの左隣に立っている。

「またうようよと……木ノ葉の虫けらたちが迷い込んできましたね!」
「二人とも何考えてんだよぅ!? こいつらヤバ過ぎるって!!」
「めんどくせーけど、仕方ねーだろ! いのが出て行くのに、男の俺らが逃げられるか!」

 腰を抜かしたチョウジは、シカマルがマフラーさえ掴んでいなければ逃げ出していたであろう勢いだ。しかしシカマルはマフラーを掴んだまま放さず、めんどくさいといいながらも戦う気でいるらしい。

「巻き込んじゃってごめんね〜でもどうせスリーマンセル、運命共同体じゃな〜い」
「ま、なるようになるさ」
 
 不敵な表情で相手に向き直るシカマルといのだが、チョウジは未だに逃げようとしている。

「嫌だぁあ! まだ死にたくなああい! マフラー放してよぉお!」
「あーもーうるせぇ! じたばたすんな!」

 後ろを、つまりマナとサクラのいる方向を向いて体をじたばたさせなんとか逃げようとするチョウジを見て、ザクが小ばかにした発言をする。

「お前は抜けたっていいんだぜ、おデブちゃん」

 おデブちゃんん、その言葉をチョウジが耳に捕らえた瞬間、サクラとその後ろで目を醒ましたマナは見てはいけないようなものを見てしまった気がした。そしてその殺意が自分に向けられているのと思い込んだマナは目を硬く瞑って狸寝入りをした。サクラがごくんと唾を飲む。

「……今、なんて言ったのあの人? 僕は、よく聞き取れなかったよ」

 静かな声に、やっと殺意が自分に向けられたのではないと悟ったマナは薄目を開けた。紅丸が震えて縮こまる。
 マナもサクラも覚えている。男女共同の体術の授業、デブと嘲られたチョウジがキレた時のことを。

「ああん? 嫌なら引っ込んでろつったんだよ、このデブ!」
「ひぃいいいい!」

 そしてチョウジの凄まじい形相を見たマナと紅丸は二人して抱き合うと、サクラの後ろに逃げ込んだ。その時のチョウジの形相は怒りに彩られて筆舌し難い恐ろしい形相になっていたので、そこらへんの描写は省くとしよう。

「ぼォオくはデブじゃなァアアい! ぽっちゃり系だ、こるァアア!」
「ぽ、ぽっちゃり系ですそうです寧ろ痩せてますごめんなさい食べたら美味しそうなんて言ってごめんなさい!!」

 何故か謝ってるのが背後のマナだったが、チョウジの耳にそれらは入っていない。

「うぅううううるぁああああああ! ぽっちゃり系、万歳!」

 チョウジの全身から湧き出るチャクラのオーラにマナがびくびく怯えてサクラにしがみ付き、サクラは体中の痛みもピンチに同期が駆けつけてくれた感動も全て忘れて、呆れるやら状況が飲み込めないやらで、目をぱちくりさせていた。

「よぉおおし、お前等わかってるよなァ!? これは木ノ葉と音の戦いだぜい!」
「……ったく、めんどくせーことになりそうだぜ……」
「それはこっちの台詞だ!」

 何気にキャラまですごいかわってしまっているのだが、大丈夫だろうか。溜息をつくシカマルに、ザクも不機嫌に吐き捨てる。さっきまで逃げ腰だった奴がここまでキレるとは思ってなかったらしい。

「サクラ、マナ。——後ろの人達、頼んだわよ」
「——うん」
「ラジャーっ」
「わんっ」

 いのの声に、新たな力が湧き出たようにサクラは頷く。マナも敬礼し、紅丸もさっさとサスケやナルト、ユヅルのところへと駆けていった。
 サスケの体からは紫色のチャクラが染み始めている。サクラとマナは頷きあって、リーとはじめをサスケとナルトの近くへ引きずりだした。

「——それじゃあいのチーム、全力で行くわよ!」
「おう!」
「フォーメーション、いの!」
「シカ!」
「チョウ!」

 掛け声を出して、先ずはチョウジが一歩前に進む。

「頼んだわよ、チョウジ!」
「オーケイ、倍化の術!」

 チョウジの腹部だけが衣服ともどもぼん、と膨らみ巨大化する。

「続いて、木ノ葉流体術・肉弾戦車ァー! ごろごろごろごろごろ!」

 手足と頭を衣服の中に引っ込め、自分でごろごろごろと効果音を出しながら前へ向かって転がる。破壊力は満点だ。こんなコミカルな体術が見れるのも恐らく木ノ葉だけだろう。

「なんだこのデブ? デブが転がってるだけじゃねえか! ——斬空波!」

 両手から空気圧を放ってその巨体を弾こうとするが、しかしその回転力はかなりのものだ。ザクの空気圧をもってしても弾けない。更に空気圧が強まると、チョウジは回転したまま空高く飛び上がる。
 こちらに向かってくるチョウジをどう始末しようか迷っているザクにドスが駆け寄るが、シカマルがそうはさせない。奈良一族秘伝の影真似の術でドスの影を縛り付ける。ドスの動きが止まった。そしてドスは彷徨わせた視線の先、ニヤリと笑うシカマルの姿を見つけた。

「ドス! こんな時に何をやっている!?」

 キンが罵声を飛ばしたのも同然だ、ドスは蟹股になり、両腕で丸を描いて両手を自分の頭にあてるという、なんとも間抜けなポーズをとっているからだ。いや、正確にはとらされている、というべきだろうか。ドスの前ではシカマルが同じ姿勢をとっている。

「いのー、後は女だけだ」
「うん! シカマルー、あたしの体、お願いねぇーっ」
「ああ」

 印を組んで、キンに狙いを定める。はっと目を見開いた少女目掛けて、いのは心を飛ばした。

「忍法・心転身の術!」

 いのの体が崩れ落ち、シカマルがそれを受け止める。ドスがシカマルの前で、何かを受け止める手つきになった。勿論かれの目の前には空気しかないわけだが。

「キン!」

 転がりまわるチョウジを避けながらザクが叫ぶ。キンは気をつけの姿勢で、目を瞑ったまま動かない。「どうした!?」と焦った声で問いかけるドスに、キンは勝ち誇った表情でクナイを喉につきつけた。

「これでおしまいよ!」
「——!!」
「あんた達、一歩でも動いたらこのキンって子の命はないわよ! ここで終わりたくなければ、巻き物を置いて、立ち去るのねあんたたちのチャクラが感じられなくなるまで遠のいたら、この子を解放してあげるわ」

 いのはキンの声を借りてそう宣言する。しかしドスとザクが浮かべたのは嘲笑だ。
 ——こいつら、何がおかしいの……?
 焦ったいのは、慌ててチョウジを振り返った。
 
「チョウジ!」
「——やばいっ、そいつらは!」
 
 サクラの焦燥に満ちた声。サクラがいのに、キンの体を離れるよう呼びかける前に、ザクの掌から放たれた空気圧がキンの体を吹き飛ばし、その背後の大樹に叩きつけた。キンの口から血が一筋伝い、シカマルに支えられたいのの口からも、やはり血が伝った。

「なんて奴らなの……仲間を、傷付けるなんて……!」
「油断したな!」
「我々の目的は巻き物を得ることでもなければ、ルール通りにこの試験を突破することでもない……」

 ドスはその名を口にした。彼の主人がご執心の、少年の名前を。

「サスケくんなんだよ」

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.45 )
日時: 2012/07/26 20:45
名前: わたあめ (ID: XiewDVUp)

 その言葉を言い終えると同時にドスは右腕を振り上げた。右腕に取り付けたそれに、かん、と音を立ててクナイが弾かれる。

「サスケサスケるせーんだよ、野郎の癖に気持ちわりィな!」

 駆け出したのはクナイを構えたマナだ。耳からだらだら血を流しながら走っている。ふらふらとその軌道が右に左に揺れていたが、それでも彼女が目指すはドスのところだ。

「ばかな、君は僕の攻撃を受けて……」
「てめえなんか食べ物もってんだろ! いいにおいしてんだよくっそやろう!」

 クナイを投げるが、しかし彼女は食べ物への執念でなんとか身動きできるとは言え、バランス感覚は依然崩れたままだ。投げられたクナイは目標を大きく逸れてザクの足元に突き刺さる。

「へっ、黙ってろ雑魚が!」

 ザクの掌から発される風に小柄な体が吹き飛ぶ。慌てて振り返ったサクラの視界の先、一人の少女が割り込んできた。両腕を広げた少女はマナの小柄な体を受け止めて、音忍達を睨みつけた。やがて少女の視線がリーへ向き、そしてその顔が心配そうな色を浮かべた。

「リー!」
「——気に入らないな」

 テンテンに抱きしめられたまま、マナは頭上を見上げる。腕組みをしたネジが凛とした風情でそこに立っていた。

「マイナーの音忍風情が、そんな二線級をいじめて勝利者気取りか!」

 倒れたリーを見下ろして、「ヘマしたな」と冷ややかに呟く。ザクが更に現れた木ノ葉の忍びどもに悪態を零す。ネジは音忍どもに視線を戻した。冷たい怒りがネジの白い瞳を燃やしているのを見てとって、テンテンはゆっくりとマナを地面に下ろすと、クナイを掴んだ。

「そこに倒れているおかっぱ君は、俺たちのチームなんだが——好き勝手やってくれたなァ!」

 発動された白眼の付近に浮んだ神経か血管か、もしくは筋肉的なもの(それが何なのかはテンテンに知りえることではなかった)は、ネジの抑えられた激情を示しているようにも思えた。普段はリーへの関心を余り見せないネジだが、ちゃんとリーのことをチームメイトとして思っているんだと再確認してテンテンは思わず微笑を零した。
 そんなテンテンの微笑を戦闘へ対する自信と余裕と読み取った音忍達は、ただでさえ初めて見る白眼の迫力に驚いているのに、テンテンの顔を綻ばせる姿にまだ何かあるのかと警戒と緊張の色を更に強めた。テンテンは別のことを考えていただけなのだが。

「これ以上やるなら、——全力で行く」

 そう言って殺気を放ちだしたネジの目が、唐突に驚きに見開かれた。その殺気が一瞬にして消え去り、白い視線は一点に注がれている。そんなネジを不審に思ったのか、「……どうしたの、ネジ?」とテンテンがネジを見上げた。

「気に入らないのなら、かっこつけてないでここに降りてきたらいい!」
「いや、どうやらその必要はないようだ」

 ドスの言葉に、ネジは余裕しゃくしゃくと言わんばかりの笑みを歪めた口元に浮かべた。
 ドスは逃げるつもりですか、と言葉を発しかけて口を噤んだ。視線の先、横たわるサスケの体から深い紫の禍々しいチャクラがあふれ出していた。——呪印だ、と彼は瞬時に悟る。
 天に向かって伸びる紫のチャクラを纏って、サスケが立ち上がった。

「サスケくん! 目が覚めたの、——っ!?」

 明るい声で振り返ったサクラの顔が凍りつく。禍々しいチャクラを纏ったサスケの肌は影に覆われよく見えないものの、僅かに見える肌は赤く爛れて見える。一歩踏み出して、サスケは魂を震わせる声で言った。

「サクラ」

 呼ばれたその名と共にチャクラが僅かながら収まり、サスケの全体がよく見えるようになった。赤く爛れているように見えたのは、赤く燃えながら地虫のようにサスケの左半身の皮膚を這っていた呪印だ。動きを止めた呪印は黒く変色して皮膚にへばり付いている。開かれた瞳は鮮血の写輪眼で、サクラにはまるで、サスケが何かの悪霊に取り付かれてしまったように思われた。

「……お前をそんなにした奴は、誰だ……?」

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.46 )
日時: 2012/07/26 20:46
名前: わたあめ (ID: XiewDVUp)

 サクラは答えるよりも先に、サスケの体に目が行っていた。

「サスケくん、その体……!」

 言われたサスケは左手を持ち上げて、そしてその手を這う呪印を暫し写輪眼で眺めていた。そしてサスケはなんでもないことのように、「心配ない」と言った。

「それどころか、力がどんどん溢れてくる。——今は気分がいい」

 その拳が握り締められた。その顔に僅かながら喜悦に近い何かが浮ぶ。あいつがくれたんだ、とサスケは言った。あいつ、という言葉が指す人を脳裏に思い浮かべて、サクラは「え?」と目を見開く。

「俺はようやく理解した。俺は復讐者だ。例え悪魔に身を委ねようとも、力を手に入れなきゃいけない道にいる」

 サクラは恐ろしかった。サスケがサスケじゃなくなる気がしたのだ。自分の好きなサスケが、自分から遠のいていく気がした。そしてサスケは本当に大蛇丸という悪霊につかれて、道を踏み外しかけているんではないかと、そう思った。

「——サクラ、言え! お前を傷付けたのはどいつだ!」

 サクラは言ってはいけないようが気がした。あんなに自分やリー、はじめにマナ、それにいのを傷付けてきた奴だとしても、それでも口にはできなかった。それほどにサスケが纏うチャクラは禍々しかったのだ。

「俺だよ!」

 しかしサクラの代わりに、ザクが自ら名乗り出る。サスケの写輪眼が激しい殺気を以ってザクを睨みつけた。その瞳に宿るのはネジの冷たい怒りとは異なり、激しく燃え上がっていながら絶対零度の憤怒だ。それでも臆せずにザクは余裕の笑みである。

「いのー! そのカッコじゃ巻き添えだぞ! 一度体に戻れーっ! チョウジもこっちこい、隠れんぞ!」

 いのの体共々叢に隠れこんだシカマルが叫んだ。チョウジがその傍に逃げ込み、いのが術を解いて自分の体に戻ってくる。とりあえずはチームメイトの安全を確保できたシカマルはほっとしたように笑った。
 呪印が紅く燃えあがった。赤く爛れたような色合いになった呪印はまた地虫のようにサスケの肌を這って、左半身から右半身へと移っていく。そのあまりのチャクラの量とその禍々しさ、そして呪印を受けても生き残れるその精神力の強さにドスは慄いた。

「ドス! こんな死に損ないにびびるこたぁねぇ!」
「寄せザク! わからないのか!?」

 焦燥に満ちたドスの声もザクは聞き入れない。

「——こいつら全員、一網打尽だ! いっきに片付けてやる」

 ザクの掌が、呪印を這わせたサスケ、地面に座り込んだサクラ、更に横たわるナルトに向けられる。

「斬空極波!」

 斬空波より更に上を行く、空気圧を使用した術だ。あまりの激しい風にドスすら体が引きずられていかれるような感覚に陥る。これを正面から受けたら一溜まりもないはずだ。
 風がやっと止んだ。それなりにチャクラを使うこの技を使用して、ザクの息も乱れている。風は進路にそって道を大きく抉り、そして七班の姿は見当たらない。ザクは嘲るような笑みを浮かべる。所詮はこのくらいか。

「へっ、バラバラに吹っ飛んだか」
「——誰が」
「!?」

 背後から突如として聞えたその声に振り返る暇もなく、自分の背後に立っていたサスケの左腕が振り下ろされる。首筋に直撃してきたその腕に叩き飛ばされたザクはドスの足元へ吹っ飛んだ。

「ザク!」

 サスケは斬空極波が放たれる一瞬前に、既にサクラとナルトの二人を抱えてザクの背後に回りこんでいたらしい。なんてスピードだ、とドスは慄きながらサスケを見つめる。そして素早くサスケの手が印を結び、そして火遁・鳳仙火の術が放たれる。火の固まりが数個飛んできて、ザクは空気圧で火を吹き飛ばすも、しかしその中には手裏剣が隠されていた。

「ザク、下だ!」
「!」

 飛来してくる手裏剣がザクの体を掠っていく中、ドスが叫ぶ。下方に視線を寄せれば、自分の飛ばした手裏剣を避けるように体を屈めて突進してきたらしいサスケが瞬時に自分の足元から飛び上がり、ザクの両腕を掴み、そして右足でその背中を押さえつけた。
 そして喜悦を滲ませたおぞましい笑みがサスケも口元に浮ぶ。

「両腕が自慢らしいな、——お前」
「っ、やめろ……!」

 サスケの意図を理解したザクの目が恐怖に見開かれる。そして聴くも恐ろしい音が響き、ザクは地面に倒れた。苦悶の呻きをあげるザクの両腕は動かない。よければ関節を外された、そして悪ければ骨折だろう。どちらにせよザクはもう戦えない。
 
「残るはお前だけだな」

 倒れてうるキンや痛みに気絶したザクには目もくれず、サスケはドスを振り返った。ひどく歪んだ、残酷な微笑だった。

「……お前はもっと愉しませてくれよ」

 ドスの体が小刻みに震える。全身の血を凍らす戦慄に、ドスは恐怖に目を見開く。
 ——こんなの……
 すたすたとサスケは進んでいく。そのおぞましい姿は自分の知っていたあのサスケとは程遠い。
 ——こんなの……!
 照れているサスケ、笑っているサスケ、「うざいよ」とサクラに言って来たサスケ、傷だらけになったサスケ、自分を必死で救ってくれたサスケ。思い浮かぶサスケのどれにも彼の姿は当てはまらない。
 ——サスケくんじゃない!
 大蛇丸が前に増して憎い。サスケくんをこんなに苦しめて、サスケくんに呪印をつけて、そしてサスケくんさえも変えてしまった。ねえサスケくんが貴方に何したっていうの。
 涙が頬を伝った。ゆっくりとドスへ向かっていくサスケの後姿に、サクラは必死で飛びついた。

「やめてぇ!」
 
 サスケをぎゅっと抱きしめて、「やめて」、ともう一度繰り返した。サスケが振り返る。鮮血の色の写輪眼の鋭い視線と自分の視線がぶつかる。涙はとめどなく溢れていたけれども、それでもサクラは必死にサスケを見返した。サスケを抱く腕は震えていても、でも彼を放したりはしない。お願い、とサクラは懇願する。

「やめて」

 そして、サスケの肌を這っていた呪印が赤く燃え上がって、ずるずるとサスケの首の付け根へ戻っていく。写輪眼も解かれ、そしてそれと共に力を失ったのか、がくんとサスケは尻餅をついた。荒い息をつくサスケの傍にしゃがみ、「サスケくん?」とサクラはその顔を覗き込み、その背に手を置く。

「——君は強い」

 そしてドスが差し出してきたのは地の巻き物だ。

「サスケくん。今の君は、僕達では到底倒せない。——これは手打ち料。……ここから、引かせてください。……虫が良すぎるようですが、僕達にも調べることが出来ました」

 ドスは巻き物を地面に置き、気絶したザクの腕を自分の肩に回して支える。そして左腕でキンを抱えあげると、彼は言った。

「その代わり、約束しましょう。——今回の試験で次に貴方と戦う機会があれば、僕達は逃げも隠れもしない」

 去っていくドスをサクラは呼び止め、大蛇丸とは何なのか、サスケに何をしたのか、何故サスケなのかを問いかけたが、しかしドスの答えは彼にもわからない、ということだけだ。
 サスケの体が震えている。手を握ることすら出来ないくらいに震えていた。先ほどの正気を失っていた自分に、自分でも驚いているようだ。 

「あのねサスケくん」

 宥めるようにその背に手を置いて、サクラは地の巻き物を取り出した。マナからもらったものだ。

「!? お前、自分で……?」
「ううん、マナ達はもう巻き物二つ揃えてて、それで内一つをくれたの。……だから、あの巻き物はマナに渡してもいい……かな。ご、ごめんね、サスケくんが勝ちとったものなのに……」

 サスケに意見することは少し気が引けるのか躊躇いがちなサクラに、サスケは視線をマナに移す。そして短く一言、わかった、と呟いた。掌を摩る。深呼吸してなんとか震えを押さえつけ、巻き物をもって立ち上がる。

「おい、マナ。この巻き物、やるよ」

 それを抱えられたマナの腹の上に投げる。マナがぼんやりとした目でそれを見つめ、持ち上げるなり、ホルスターから天の巻き物を取り出した。

「じゃ……やる」
「いらねえよ。お前がもってろ」
 
 その手を押し返すと、マナはそれを素直に受け取った。サスケの手がマナの手に触れた瞬間、一瞬マナは慄くように手を震わせる。
 けれど次の瞬間サスケには、それが自分の手の震えなのかマナの震えなのか、わからなくなってきていた。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.47 )
日時: 2012/07/27 16:36
名前: わたあめ (ID: WpG52xf4)

 ——ズクン、ズクン。
 あれからまた一日休んで、バランス感覚の回復してきたマナとはじめ、それに紅丸は出発することにした。マナは長い間木の実しか食べていないのでぐったりとなっている。
 ——ズクン、ズクン。
 まだまだユヅルは目を醒まさなかった。息は小さく、とてもゆっくりとしている。呼吸に上下する動きすら小さいから、時たびその穏やかな寝顔をしてどきっとなることがある。そして慌てて耳を口元に寄せたり、手を左胸にあてたりしてみれば、ひどくゆっくりな寝息と、手の中で小さく震える虫のように脈打つ心臓の鼓動が聞えた。
 ——ズクン、ズクン。

「……そろそろ行こう。ユヅルは私がおぶるから」

 ——ズクン、ズクン。
 頷いて、マナは獣人分身を使った紅丸と共に、しゃがんだはじめの背にユヅルの体を乗せた。首の付け根の灰色の呪印は動く気配を見せない。偶に視線を向ければそこで哂っている——そんな感じだ。
 ——ズクン、ズクン。

「はじめ、ダイジョブかー?」
「大差ない」

 ——ズクン、ズクン。
 はじめが飛び上がったので、マナもその後を追って走り出す。紅丸が術を解いてマナの頭に飛び乗った。
 ——ズクン、ズクン。
 マナの頭は朦朧としていた。多分長い間木の実しか食べてない所為だ、とマナはそれを空腹で片付けてはじめの後を追う。喉も渇いていた。乾いた唇を今一度唾で湿す。チャクラが減ってきたな、そう思ってハッカ特製の兵糧丸を齧ってみたが、効果は全くなかった。
 ——ズクン、ズクン。

「……くっそー……」

 ——ズクン、ズクン。
 どのくらい駆け続けただろう。やっとこさ塔が見えてきたが、ユヅルを負ぶさって走っていたはじめは流石に限界なようで、木の上に腰掛けると大きく溜息を吐いた。
 ——ズクン、ズクン。
 腹を空かせたマナも崩れるようにしてその傍に着地する。はじめから貰った木の実を数個口に放り入れた。途端口の中をなんとも言えない苦味が襲う。ばかな、この木の実は甘酸っぱい味のはずなのになんで。
 ——ズクン、ズクン。

「あーもー、アタシなんか食べ物とって来るー!」
「……任せても、いい、か?」
「任せとけ、はじめはユヅルのことよろしくなー」
「……承知、した」

 ——ズクン、ズクン。
 息絶え絶えに言って、はじめは頷いた。マナは紅丸と共に走り出す。
 ——ズクン、ズクン。
 
 ——ズクン、ズクン。
 火の国木ノ葉隠れの外れ、小さな村にその少年は住んでいた。
 ——ズクン、ズクン。
 少年は呪った。自分を生んだ母も愛しい姉も憧れの兄も、全て全て呪った。
 ——ズクン、ズクン。
 呪いにかかった者達は、或いは行方をくらまし、或いは命を喪い、少年の呪いにかかりし者は、一人も無事ではいられなかった。
 ——ズクン、ズクン。
 少年は呪い続ける。愛しき者も疎ましき者も皆呪いにかかりて危難に陥る。
 ——ズクン、ズクン。
 少年は呪い続ける。己の意思も関係なしに、ただただ呪う。彼が呪うことを望まずとも、彼は呪い続ける。
 ——ズクン、ズクン。
 それが少年にかけられた呪い。「呪う」という呪いであった。
 ——ズクン、ズクン。
 呪印が痛んでいる。呪いの蛇につけられた呪いの印は呪いの少年を、呪いの神の呪いの夢に引き込んでいく。
 ——ズクン、ズクン。
 少年は今眠りの淵に於いて、絶望と憎しみの内に果てていった犬神の夢を見ている。
 ——ズクン、ズクン。
 犬神が呪う。蛇の頭よ砕けてしまえと。絶望と憎しみの内に、お前も死んでしまえと。少年は呪う。
 ——ズクン、ズクン。
 噫、羨ましきと。
 ——ズクン、ズクン。
 呪いの少年は呪いの蛇のつけた呪いの印に引き込まれて、呪いの神の呪いの夢にいる。
 ——ズクン。
 少年は目覚めない。

Re: NARUTО 木の葉の里の大食い少女 ( No.48 )
日時: 2012/07/28 22:51
名前: わたあめ (ID: tdVIpBZU)

「ほらよ、はじめ」
「ああ、すまないな。……どうした、顔色が悪いぞ」

 はじめと紅丸にとってきた肉を放り投げる。いつも携帯している木で造ったお碗に肉と水筒の水をいれ、がぶがぶスープを飲んだり肉を食べながら、はじめの言葉には「アタシよりも寧ろユヅルの顔色のが悪いだろ」と返した。
 ああ、と振り返ってはじめは、紫に変色した唇に土気色の肌のユヅルを見て頷く。その額には手拭いが乗せられていた。曰く、先ほどから水を飲ませたりと色々な措置をとっているのだが、中々よくならないらしい。
 紅丸が肉からふいと顔を背けて丸まった。肉を食べながら、はじめも聞いてくる。

「……これは何の肉だ? あまり食べたこと無い味だな」
「何だと思う?」
「……鹿? 兎? それとも……」
「へび」

 怪訝そうに肉を眺めたはじめにそう告げれば、はじめは噎せ返って肉を喉に詰まらせた。その背をバンバン叩いて肉を吐き出させる。はじめは信じられないと言わんばかりにこちらを見つめてきた。

「へ、へび……?」
「そ。森ん中ででっけーのが死んでんの見っけたから、肉切れとってきた。へびスープだよへびスープ」
「お前、よくそんなものが食えるな……」
「お前だって食ってたじゃねーか。それによ」

 アタシ今、お腹空きすぎておかしくなりそうなんだよ。肉を食べても、味がしねえんだ。まるで灰でも食べてるみてぇでさ。
 マナは言いながらスープを飲み干した。もう食べ終わっているらしい。

「……そ、そうか……こっちは暫く食欲でないぞ……」

 お腹空きすぎて味覚を失うのは果たして狐者異らしいのか狐者異にあるまじきことなのかはわからなかったが、マナの感覚がちょっと他人と違っているというのは一応理解できた。はじめとしては大蛇丸なんぞに会った後で蛇なんか見たくもないというもんだ。

「なんかさー、力つく感じはあんのな。チャクラ持ってるからかな、この蛇も。けどよ、味しねえの。なんかなー、他の肉食べたい」
「チャクラ?」

 チャクラを持っている蛇を食べて力がつくなんてことはあるのだろうかと疑問に思ったが、しかしマナは狐者異だ。食に対する感覚は敏感なのだろう——狐者異にはそんなこともあるんだろうなと、はじめはそう済ませることにした。

「そろそろ行こうか」
「そーだな。塔いったら何か食えるかも」

 マナが立ち上がり、ユヅルをはじめに背負わせるのを手伝い、二人して塔へ向かって駆け出していく。紅丸はマナの頭の上に縮こまってくぅうんと鳴き声をあげた。
 やっとついた塔に入ると、はじめは雪崩れるように中に転がり込んだ。ユヅルを地面に下ろすなり、どっさりと崩れ落ちる。マナもばったーんと顔から地面に激突し、そしてそのまま動かなくなった。

「い、生きているか、マナ?」

 見ると額から血が流れていた。完璧に気絶している。あたふたしながらはじめは自分のホルスターをまさぐって、そして二本の巻き物がごろごろと地面を転がりながら開いていくのを見て目を見開いた。

「人?」

 人、という文字と共に口寄せの術式。咄嗟に身構えていると、そこから煙りがあがって二十代くらいの女性が現れた。短く切りすぎたみたいな前髪と、キバよりも更に短く、色の薄い茶髪。日に焼けた肌に白い上着で、その上着は片腕だけ袖がない。袖のないその方の腕はもう片方よりやや短く見え、そして生気のない白をしていた。左肩から右腰にかけて奇妙な青いスカーフを巻きつけてあり、右腰と左腰のところに青い結び目がある。スカートは紺で、黒いスパッツを履き、ホルスターも額当ても持たないその女性は、薄い青の瞳を煌かせて、にこっ、と笑った。

「貴女は、」
「私は白腕のユナトって言うの。ハッカとガイの元チームメイトだったんだ」

 白腕のユナト、という所でその特徴的な白い腕を持ち上げ、微笑。彼女はマナとユヅルを眺め、「大分消耗してるみたい」と呟くと、またにっこりと笑みを浮かべ、大仰な仕草で両腕を広げた。

「第二の試験突破、おめでとうです!」
「へ、あ、……あ、ありがとうございます」
「むー、テンション低いー。皆疲れちゃってるっぽいけどさあ、わあいとかそんなリアクションないのー?」
「わ、わーい」

 唇を尖らして子供のように拗ねた彼女に、引き攣った表情ではじめが万歳した。
 
「とりあえずそこの二人は医務室行きかな。きょーは三日目……早くも遅くもないね。とりあえずお部屋かしたあげるから寝てなよはじめくんも紅丸ちゃんも。紅丸ちゃんは、キバくんたち到着してるからそこで赤丸ちゃんところいってもいいと思うけどね」

 はじめは喉を震わせるように長い溜息を吐くと、マナやユヅルたちと同じにばったりと倒れこんだ。紅丸が目を瞑って丸くなる。仕方ないです、と溜息をついてユナトは、部屋の一角にかけられてあった鈴を鳴らして医療班を呼ぶことにした。