二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: ボカロ ただ今[くわがた∞ちょっぷ]編! 【短編集】 ( No.21 )
- 日時: 2012/01/31 21:03
- 名前: 麻香 (ID: OPnZeq72)
- 03 § くわがた∞ちょっぷ § 
 目の前に広がる未来都市。
 立ち並ぶ高層ビル。
 煙突がむくむくと煙を吹き上げ、空を覆ってしまっている。
 日の光も差さない薄暗闇の中、周りを歩く人々も、どことなく元気がない。
 愛しのペット、クワガタのジョンが肩を這う。
 わたしも、ジョンのようにグダグダしていたいが、そうもいかない。
 「ここ‥‥‥どこ?」
 ☆★☆★☆
 ある日のことであった。
 学校という名の地獄から抜け出したわたしは、鞄の中からジョンを取り出す。
 「学校なんて無くなっちゃえばいいのに」
 誰もが1度は思ったことがあるだろう。
 だが本当に無くなってしまったら、この世はわたしのような馬鹿が増殖するだろう。それこそゴキブリ並みの繁殖力で。
 ジョンが頭の上をカサコソと動き回る。
 クワガタにジョンってダサい、とか言わないでほしい。ガラスのように繊細な(?)わたしのネーミングセンスが傷つくからである。
 ジョンはわたしの小さい頃からの友達。クワガタは普通2〜3年の命だが、ジョンは不思議と長生きだ。
 その時わたしは、なんとなくアレをしたくなったのである。
 アレをする意味は別にない。ただ、なんとなくアレをしたくなったのである(2回目)。
 攻撃対象をジョンに定める。そして。
 「ちょおっぷ!」
 指をびしりと揃えた手を、ジョンに振り下ろす。そう、チョップだ。
 チョップをする意味は別にない。ましてやジョンに恨みがある訳でもない。
 なんとなくチョップをしたくなったのである(3回目)。
 突然だった。チョップがジョンにヒットすると同時に、ジョンが七色に光った。
 「へっ!?」
 あっと思う間もなく光に呑み込まれ、現在に至る。
 ☆★☆★☆
 未来都市、というのは直感であった。
 過去の世界かもしれないし、別世界なんてこともある。
 もちろん、わたしが悪い夢を見ているだけかもしれない(それなら早く覚めてくれ)。
 わたしは、一介の健康な学生に過ぎない。アニメや漫画のヒロインではない。もちろんタイムスリップなんてしたらパニックになるわけで。
 「なに、ここどこ!?‥‥ジョン、何か知らないけど、あんたがやったんでしょ!いいから、わたしの街に戻して!今なら百歩譲って、何もなかったことにしてあげるからっ!」
 なにせ、ジョンにチョップした途端に未来に来たのである。あの有名な、たいむすりっぷ、というやつである。
 ジョンのせいとしか思えない(虫に罪をなすりつけるわたしって一体‥‥‥)。
 とにかくわたしは、ジョンにチョップをし始めた。
 「戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ‥‥‥!」
 チョップで未来に来たのだから、チョップで過去に帰れるはずだ。
 だがジョンは光らない。
 一般的な道路の真ん中で、少女が涙目でクワガタにチョップをしている図を想像してほしい。それが今のわたしだ。
 通行人は、奇怪な物を見るようにわたしを見る。視線がイタイ。
 それでもジョンは光らない。
 完全にパニックになったわたしが、ジョンに渾身の一撃をしようとした時、後ろから声をかけられた。
 「そこの、歯並びがリアス式海岸の君!なにをしているんだ!」
 振り返ると、髪が生け花みたいに散らばっている警官がいた。ある意味、怖い。
 リアス式海岸だと!?
 初対面の人に、コンプレックスを指摘された!
 そりゃ歯並びは悪いけど!
 ちなみにリアス式海岸とは、入り組んでて、なんかでこぼこした港のことである。
 小学校高学年で習うから、覚えておくよーに。
 わたしは、人の歯を港呼ばわりした無礼な警官に訴える。
 「クワガタにチョップしてるだけです!」
 それとほぼ同時だっただろうか。警官がジョンを見て叫んだ。
 「そ、それは10年前に絶滅したクワガタじゃないか!」
- Re: ボカロ ただ今[くわがた∞ちょっぷ]進行中! 【短編集】 ( No.22 )
- 日時: 2012/04/21 17:49
- 名前: 麻香 (ID: mo8lSifC)
- たいむすりっぷした、というわたしの話を信じた警官によると、今は20××年。つまり、50年後の世界。 
 この50年の間に、色々なことがあったらしい。
 空気が汚染されて灰色になった空。
 その影響でたくさんの動物が絶滅した。クワガタもその1つ。
 わたしは警官に、もとの時代へ帰りたい、と訴えた。
 警官は少し考えた後、提案する。
 「この時代の君に会ってみたら、帰る方法が分かるんじゃないか?」
 この時代の「わたし」。
 「わたし」も、今のわたしみたいに、たいむすりっぷしたはずだ。
 「わたし」に帰る方法を聞けばいい。
 ☆★☆★☆
 警官は粘着質に「わたし」の家を探し出した。
 どこにでもあるような、フツーの家。ザ・庶民。
 そこにはなんと、「わたし」の娘と孫が住んでいた。
 まだ学生のわたしが、自分の孫を見るのは、変な気持ちだ。
 孫がテコテコと近寄ってきて、こんにちわ、と笑った。
 その歯を見て、わたしは愕然とした。
 その子は、驚くほど歯並びが悪かった。
 二世代経たのに、無様にわたしのが遺伝しちゃってる。
 わたしは孫を抱きしめ、励ました。
 「大丈夫!リアス式海岸は港としては優秀だから!」
 単にでこぼこしてるんじゃないんだから。魚とかいっぱい住んでるし!
 涙目で頷くわたしを、孫は不思議そうに見ていた。
 そしてわたしは、その家に「わたし」がいないことに気づいた。
 「わたし」の娘に尋ねると、娘からは驚く答えが帰ってきた。
 「母‥‥この時代のあなたは今、病院に入院しています。医者に余命一ヵ月と言われて、今日でその一ヵ月なんです‥‥」
 ☆★☆★☆
 「おばあちゃんはね、ここにいるんだよ」
 孫がわたしの手を引っ張って連れてきたのは、病院の一室。
 病室の扉に、わたしの名前を書いたプレートがかかっている。
 胸がどくりと鳴った。
 嫌だ。行きたくない。
 自分が死ぬところを見るかもしれない。そんなの、怖い。
 だが、わたしの体は意思に反して病室に一歩踏み出した。
 殺風景な部屋。
 ぽつんと忘れられたみたいに置いてあるべッド。
 その上に、痩せ細った老婆が寝ていた。
 それが「わたし」だとわかったのは、わたし自慢の直感だろうか。
 「よく来たね」
 その姿からは想像もできない、はっきりした声で「わたし」は言った。まるでわたしが来るのを分かっていたように。
 「何も言わなくていい。言いたいことはわかってる」
 「わたし」は続ける。
 喉元まで質問が出かかっていたわたしは、口を噤んだ。
 「今すべて教えれば、きっと今日死ぬ運命さえ変えられるだろう。 でも私が語るのはたった1つ」
 1つ‥‥?
 どんなことだろうか。
 目の前にいる「わたし」は、これからわたしの身に起きる全てを知っている。
 だって、「わたし」はわたしだから。
 そんな「わたし」が、話すこと。
 「これから君は、何度も何度も後悔し、何度も何度も傷ついて、何度も何度も泣くだろう」
 わたしはじっと聞き入る。
 緊張した。少し怖いとも思った。
 「でもその一つ一つを噛み締めて、時が経つほど、いつの日か熱を帯びて手放しがたくなるから」
 「わたし」は、歯並びの悪い口でふっと微笑んだ。
 「何も知らずに帰りなさい。私はちゃんと、幸せだ」
 そう言い終え、「わたし」は目をつぶる。
 そして、静かに息を引き取った。
 気が付くと、わたしは泣いていた。
 「わたし」は、どんな気持ちでこのことを話したのだろう。
 自分自身の死期を知っていたのに。
 その最後の時間を、わたしに使って。
 涙が頬を滑り落ち、肩にいたジョンに当たる。
 振れるや否やジョンが七色に輝き、わたしは目をつぶる。
 その目を次に開けた時、いつもの‥‥わたしの街が広がっていた。
 戻ってきたんだ。元の時代に。
 それでも嬉しいという感情は湧かなくて、ぼぉっとした目でジョンを見る。
 ジョンはわたしの肩の上で冷たくなっていた。自分の役目を果たしたように。
 わたしは寂しくなって、また泣いた。
 未来の灰色の空とは違う、青い青い空が広がっていた。
 ☆★☆★☆
 それから長い時間が過ぎた。
 その間に、わたしは同級生と愛し合い、付き合った。
 喧嘩をして別れて、寂しさからまた付き合って。
 そんなことを繰り返すうちに、大人になり、彼と結婚した。
 女の子も生まれて、わたしたちは静かに暮らした。
 派手でもなく、地味でもなく。そんな普通の生活が、嬉しかった。
 女の子はあっという間に大きくなって、わたしには孫までできてしまった。
 これまた歯並びの悪い子だった。わたしにそっくり。
 そして、わたしと長年愛し合った夫が、病で死んだ。
 病院からの悲しい帰り道。
 ふらふらとあてもなく歩いたわたしは、信号無視で突っ込んできたトラックに気づかず、はねられた。
 一命は取り留めた。だが、医者からの宣告は余命一ヵ月。
 分かっていたことだった。でも怖かった。
 もうすぐ過去の自分が来る。
 その時に、トラックにはねられたことを彼女に伝えれば、過去の自分は事故に会わないだろう。
 わたしは、もっと生きることができる。
 だけど、このままで良い。
 充分じゃないか。普通の生活ができて。
 わたしがしなければいけないのは、自分が少しでも生きのびることより、過去の「わたし」に幸せな日々を送ってもらうこと。
 ある日、孫が1人の少女を連れてきた。
 わたしが少女に微笑むことができたのは、これから起こることを知っていたからこそだろう。
 「よく来たね」
 —END—
