二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第五幕 漆黒《しっこく》之弐 ( No.8 )
- 日時: 2012/07/07 19:49
- 名前: 無雲 (ID: C5xI06Y8)
- チーターが獲物のウサギを追いかけて廊下の向こうへと消えた。 
 取り残された坂本はしばし廊下に座ったまま二人が消えて行ったほうを見ていたが、やがてのっそりと立ち上がり服の埃を払う。
 その時彼の視界の端に、弥太郎が捨てて行った電話の子機が映った。
 それを拾い上げ一応耳に当ててみるが、つー、という音が機械的に繰り返されているだけだった。
 なんとなく気になって、坂本は子機の着信履歴を開く。そしてそこに表示された数字に、サングラスの奥の目をわずかに細めた。
 ボタンを押してリダイヤルをかける。
 プルルルルという呼び出し音を繰り返すこと数回。プツッという小さな音がして、電波が繋がったことを伝えた。
 ———・・・、いたならさっさと出てくださいよ坂本隊長。
 電話口から聞こえてきた声に、坂本は口角が緩むのを感じた。彼と話すのは桂の所にエリザベスを置いて行ったとき以来だが、言うことは言う彼の性格は昔から変わっていない。
 「すまんのう、総。ウサギがチーターに追いかけ回されとるんじゃ。」
 ———チーター?よく分かりませんけどもう本題に入らせてください。
 坂本の調子に流されるといつまでたっても話が進まない。いたるところで脱線し、抜け出せない底なし沼にはまるのがオチだ。
 「おお、なんじゃ?」
 緒方はけっこう失礼な事を考えているが坂本にそんなことが分かるわけもなく、彼は明るく返事を返した。
 ———桂先生が今すぐ拠点に来るようにと。坂田隊長も来ますよ。
 「・・・なんぞあったがか。」
 坂本の雰囲気が変わった。
 どう変わったのかと聞かれると答えに困るが、明るかった声が一瞬にして波一つ立たない静かな声音に変わったのだ。
 緒方はそんな彼の様子に少しだけ昔を思い出したが、今はそれどころではないと自身に言い聞かせ、過去の思い出を振り払った。
 ———それは今の段階では言えません。
 「電話で伝えれんぐらい大切っちゅうことか。」
 緒方は何も言わない。
 沈黙は肯定。そのことを嫌というほど知っている坂本は一人苦笑を漏らした。
 「分かったすぐ行くき。いま地球の近くにおるきに夜には着くと思うぜよ。」
 ———はい、伝えておきます。あ、そうだ一つお願いしてもいいですか?
 「おん?なんじゃ?」
 ———高杉総督も呼んだんですけど、多分すっぽかすと思うんで連れてきてもらえませんか?
 坂本はあははと笑ってそれを了承した。最後に緒方がこちらに礼を言って通話が切れる。
 坂本は子機を持ったまま弥太郎達が消えた方へと向かった。
 いくつかの部屋の前を通り過ぎ角を五つほど曲がると、今まさにチーターがウサギを捕えようとしているところだった。
 「弥太!」
 そう声をかけるとチーター、基(もとい)弥太郎は首だけを坂本の方に向けた。彼の持っている槍の刃は、壁際に追い詰められた佐柳の首筋に当てられている。
 「もうええきに、ちょっと一緒に来ぃ。」
 その言葉に弥太郎は槍を下して佐柳を解放した。滝のような汗をかいていた佐柳はほっと溜息をつく。
 「ゆっきー。」
 坂本の声に佐柳は顔を上げた。
 「ちょっといってくるき!」
 いつもと同じ満面の笑みを浮かべてそう言うと坂本は彼に背を向け、弥太郎を連れて歩き出した。
 「ああ、いってらっしゃい・・・。」
 気が抜けて思考が上手く機能していない佐柳には止める気力も残っていなかった。
