二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第二十三幕 千歳緑《ちとせみどり》 ( No.33 )
- 日時: 2012/08/15 15:43
- 名前: 無雲 (ID: C5xI06Y8)
- 「ただいま戻りました。」 
 「お〜、お帰り〜。」
 気の抜けた声を出す主(あるじ)に、棗はわずかに口元を緩めた。
 彼の視線の先には、薄緑色の着流しを着た銀時と、彼にまとわりついている仲間の姿がある。今すぐそこに飛び込んでいきたい、という衝動をこらえ棗はゆっくりと銀時に近づいた。
 「おい棗、銀時様の甘味買ってきただろーな?」
 「俺が買い忘れなどするわけないだろう。それと朝露、あまり銀時様にくっつくな。」
 最後に暑苦しい、と付け足せば、朝露はフイと顔をそむけてさらに銀時にひっついた。
 「んで、どーだった?」
 何でもないような口調ながら、そこには心配そうな色が見え隠れする。それに気づきつつも棗は淡々と結果だけを伝えた。
 「土方は俺から見れば鬼でもなんでもない。強いて言うとすれば『鬼のなりそこない』だ。」
 「クスクス……所詮その程度ってことね。」
 千風が薄く笑えば、違いないと聖が同調する。
 「そういうことで銀時様、紅葉の件は無事片付きましたから。」
 その言葉に、銀時は満足そうに笑って棗の頭を撫でた。
 今回棗が土方に会ったのは偶然ではない。事の発端は先日、青嵐隊の諜報部長が勝手に暴走し沖田を挑発したことにある。
 彼は隠密活動時に使用する狐面を被り、真選組屯所内に侵入。一番隊隊長の沖田と一戦を交え、いけしゃあしゃあと帰艦した。
 もちろんその行動を仲間たちが見逃すはずもなく、のちに彼は捕えられ三刻ほど正座のまま説教されたのだが。
 ( 因みに説教をしたのは桂と千風《通称説教が長いコンビ》だ。)
 棗が土方と顔を合わせたのはそのことに対する謝罪と、真選組の鬼副長の実力を確かめるためのものだったのだ。
 「……銀時様。」
 「ん?」
 唐突に名を呼ばれ、銀時はその顔をのぞき込む。
 「あの童(わらべ)達と、姐さん——月詠殿をどうするおつもりで……?」
 頭をかき回していた銀時の手が止まった。
 彼の部下達は、銀時が戦争後どのように暮らしていたかある程度知っている。
 万事屋をしていたことも、雇っていた二人の子供のことも。そして銀時の最愛の女のことも。
 「このまま本当に攘夷に戻れば、その三人だけではなく多くの人が泣くことになります。銀時様はそれでよろしいので?」
 「…………。」
 光を宿した瞳。それはあの女と同じ色と強さを持っていた。
 「————あぁ、いい。」
 「っ、どうして!」
 棗が声を荒げる。これには長い付き合いである彼等も目を見開いた。棗が仲間、ましてや銀時に声を荒げるところなど今まで見たことがない。
 「何故自分を思ってくれる人達を泣かせる道を、易々と選ぶんですか!あなたにとってあの人たちは、……認めたくありませんが家族同然なんでしょう?それを」
 「棗。」
 名を呼ばれ棗は思わず口をつぐむ。そうさせるほどに、銀色の声には悲しい色がにじんでいた。
 「お前が誰よりも『家族』というものを大切に思ってるのは知ってる。けどな、」
 一度言葉を切り微笑む。それは声音と同じものをはらんでいて。
 「あいつ等は、俺の『家族』じゃねぇんだよ。」
 空気が静寂に支配された。
 棗はもちろん、千風も聖も朝露も、驚愕を隠しきれない表情で銀時を凝視している。
 「『家族』じゃない?じゃあ、じゃあ……なんだっていうんですか。」
 棗の言葉にも先程までの激情がない。それほどに銀時の発言が衝撃的だったのだ。
 「正確にいえば、『家族になっちゃいけない』んだよ。」
 自嘲の笑みを浮かべる銀時は、再び棗の頭に手を置いた。
 「————こんな血に濡れた俺がさ、真っ白なあいつらと家族になんてなれやしねぇよ。」
 この手は数多の命を消した。手にした刀は敵の血潮で汚れ、どれだけ洗おうと落ちることはない。そんな自分が何の罪もない彼らと家族?
 「おこがましいにも程がある……!」
 「銀時様……。」
 千風が心配そうに銀時を見やった。
 「すいません。俺は何も考えずになんということを……。」
 「いいんだよ。お前が人とのつながりを大事にしてる証拠だろ?」
 そう言って微笑む顔に先程までの憂いはない。
 その笑顔に、銀時以外の四人も知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
 「——けど銀時様。やっぱりある程度のけじめはつけた方がいいですよ?」
 今まで話に介入してこなかった聖が口をはさんだ。長すぎる前髪からは、滅多に見せることのない金色の目がのぞいている。
 「けじめ?」
 怪訝そうに発せられた言葉に、聖はうなずく。
 「今までお世話になった人とかに挨拶くらいはしたほうがいいですよ。」
 「挨拶って……。引越ししたての挨拶回りじゃねぇんだから。」
 銀時の口の端が引きつる。近所に『攘夷志士に戻る』などと言えば、確実に牢獄行きだろう。
 「ご近所皆に言うはずないじゃないですか。あくまでも『お世話になった人』。要するに信の置ける人達です。」
 若干呆れ気味の聖に反論したかったが、体力と時間の無駄なので言葉を飲み込む。彼の口八丁にかなうのは商売人の坂本と陸奥。そして相手の話を無視し、自分のペースに巻き込む禅くらいのものなのだ。
 「分かったよ。じゃあ明日にでも会いに「「「「それは駄目です!!」」」」はぁ!?」
 四人に台詞を遮られ、銀時は素っ頓狂な声を出す。が、状況を理解していない彼とは対照的に、四人は強い意志のこもった目で銀時を見据えていた。
 「直接会いに行くのは絶対駄目です!」
 「銀時様と離れるなんてやだアアァァ!!」
 「どうしても行くというなら、正座で丸一日過ごしてもらいますよ?」
 「甘味も無しです。」
 部下たちの怒涛の反対に、銀時は呆気にとられる。
 因みに先程の台詞は上から順に聖、朝露、千風、棗の順だ。
 「でも大事なことだし、直接行った方がいいだろ。」
 「駄目なものは駄目なんです!」
 断固として反対する部下たちは必死だ。何が彼らをそんなに駆り立てるのか……。
 「——だって銀時様、行ったら帰ってこないかもしれないじゃないですか。」
 ぽつりと呟いたのは朝露だった。俯き加減の彼からはいつもの明るさが感じられない。
 「その二人も月詠って人も、俺達からあなたを奪おうとしてるようにしか見えない……。」
 同意するように他の三人も押し黙る。
 「銀時様は俺達の全てなんです。……誰にも渡したくありません。」
 蘇るのはあの日の情景。
 焼け焦げた家々と人だった黒い塊。死臭の渦巻く場所にいた彼等に、白い人は手を差し伸べた。
 「——俺はどこにも行かねぇよ。」
 その言葉は、静かに空気に響いた。
 優しく、悲しく。
