二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: イナズマイレブン 黒田エリの好きな人 ( No.20 )
- 日時: 2010/09/04 00:16
- 名前: 紅花 ◆iX9wdiXS9k (ID: 08bdl7kq)
 第九話 マネキン
 *
 マネキンは、ゆらりと立ち上がった。
 *
 ふうううう、と息を吐く。
 疲れたなぁ、と呟く。
 くそ、部活が七時まで続きやがった。
 と鬼道に文句を言ったが、本音ではない。
 実はかなり長い時間サッカーが出来て、成就感を味わえた。
 疲れているけど、満足感が体中に溢れている。
 なんだか嬉しくて、楽しくて、不思議と笑いたくなるおかしな気持ち。
 家へ帰る。
 俺は玄関のドアを開けた。
 気付いてなどいなかったんだ、電気がついてないことになんて——。
 
 暗い。
 家中が暗い。まるで停電したみたいだった。
 閉めたカーテンの隙間から月光が入り込み、ぼんやりと家の中を照らす。
 「父さん? 母さん?」
 呼んでみる。しかし反応はない。
 嫌な予感が胸に押し寄せる。
 恐怖という感情を押しつぶして、靴を脱ぐ。
 因みに、両親の靴は消えていた。
 歩いていく。一歩歩くたび、不安が増していく。
 「ひっ」
 リビングに踏み入れた瞬間、俺は思わず小さく悲鳴を漏らしていた。
 思わず鞄を抱きしめる。俺も案外臆病なのかもしれないなぁ、と麻痺した脳が何故か冷静に分析する。
 俺が悲鳴を漏らした原因は、リビングのあちこちにあるモノにあった。
 それはマネキン。
 エリの姿をしたマネキンだ。
 真っ白な顔。黒い天然パーマ。
 エリの姿をしたマネキンは、色んなことをしていた。
 パジャマを着たまま、鏡をのぞいて髪を梳いているマネキンの隣は同じ服装に歯磨きをしている。
 制服を着て、朝ごはんを食べているマネキンもいれば、猫の人形を抱いたエリまでさまざまだ。
 幼稚園くらいのエリや、小学生のエリ、赤ん坊のエリなど、様々なマネキンが写真を持って笑っている。そしてそれらのマネキンに囲まれるようにして、真ん中にいる、中学二年生のエリが、アルバムを抱えて笑っている。
 そこにいるマネキンは、全て、エリ。
 愛しい愛しい姿。
 なのに、感じるのは恐怖だけ。
 俺は目を閉じ、また開いて、また悲鳴を漏らした。
 全てのエリのマネキンが、みんな揃って俺に顔を向けて、笑みを浮かべているのだ。
 猫の人形を抱えたエリなんか、猫の人形までがこっちを見ている。
 感情のない、マネキンの笑み。
 恐怖のビッグウェーブは、俺を呑みこみ、恐怖の海へと沈ませる。
 壁によりかかった形のマネキンが、ゆらりと立ち上がった。
 俺に向かって歩いてくる。
 彼女の、マネキンのエリの手が持ち上がる。
 「っ、来るなっ!」
 威勢よくいったつもりが、涙声になる。
 鞄を思いっきり振り回す。本当のエリが言っていた、男子をひっぱたく方法だと。
 鞄にぶたれたマネキンのエリは、ぼろぼろと崩れ落ちる。
 
 「……あぁ……」
 ぽたりと、涙がエリのマネキンの残骸に落ちる。
 マネキンだったとは言え、彼女もエリだったのだ。
 エリと同じ顔をしていた。
 エリと同じ髪をしていた。
 エリと同じ体をしていた。
 黒くない目や感情のない笑み、白すぎる肌は似ていないけど、でも、やっぱりエリ。
 今、俺が見ている全てのエリのマネキンは、エリが毎日していることを再現している。
 罪悪感に苛まれる。心も頭も真っ白になる。
 マネキンのエリたちが、笑みを浮かべながら崩れ落ちる。
 ごめんね、とマネキンのエリたちにわびてから、残骸の山を跨いで歩く。
 
 廊下を歩いていると、俺はまた嫌なものを聞いた。
 見たのではない、聞いたのだ。
 聞いたのは、エリの声。
 殆ど空気に混じってしまったような笑い声や、
 しゃくりあげる声や、
 歓声をあげる声や、
 怒鳴る声や、
 暴言を吐く声や、
 美しい歌声など、
 エリの声が響いてくる。
 俺は両手で耳を塞いだ。
 聞きたくない。
 ここで聞くエリの声は、まるで狂ったみたいだ。
 逃げだそうと走り出す俺の耳に入ってきた最後の声、それは、
 「好きです」
 俺に告白してきたエリの声だった。
 俺は自分の部屋の前に来て絶句した。
 ああ、エリのマネキンだけじゃなかったんだって。
 エリのマネキンが、細い腕を、俺の形をしたマネキンの腕に絡ませていた。
 エリのマネキンも、『風丸一郎太』のマネキンも、笑みを浮かべている。
 恐怖に体が震えだす。鞄を思いっきり振り回す。
 でも、この二体のマネキンだけは、どんなにぶっても倒れない、崩れない。
 相変わらず、笑みを浮かべている。
 俺のマネキンが、俺の腕を掴む。
 「トモダチ、トモダチ、マタフエタ」
 俺の声。俺の声。彼が発したのは、俺の声。
 歌うようにそう言うと、彼はくっくと笑う。
 そんな彼の後からでてきたのは——両親の姿をしたマネキン。
 「キミモナル?」
 「……放せっ、放せったらっ!」
 思いっきり怒鳴る。しかし、彼は笑ったまま俺を見つめる。俺の腕を掴む手だけに力がこもってゆく。
 
 「起きやがれ————ッ!」
 耳を劈く怒鳴り声が、暗い家の中で響いた。
 「…………?」
 「あーぁ、よかったぁ!心配したんだぞ!?」
 怒鳴り声が聞こえる。見上げると、エリがいた。
 しかめっ面で、わざと鼻のほうに皺を寄せているのをみる。
 「その顔不細工だからやめろ。エリじゃなくてブサって呼ぶぞ」
 淡々と言うと、あぁ、ひっどーい!と言って抗議の声を上げるエリ。
 それからにっと笑った。
 「でもよかったよ、一郎太が無事で!」
 「ぐぇ!」
 いきなり俺の上にのしかかってくるエリ。
 その直後に、コホンと空咳をする音が聞こえる。
 見ると俺の右側に顔を赤くした鬼道がいた。
 どうやら空咳をだしたのは彼らしい。
 見回すと、メンバー全員が顔を赤くしていた。
 「お前は練習の途中に突然ばったり倒れた。原因はエリによる睡眠不足らしい」
 淡々と言う鬼道。顔はまだ赤い。
 「なにが原因はエリ、よ!それは不動のバカが冗談混じりに、」
 「莫迦。俺は本気だ」
 と言う不動。その顔が微かに赤くなっているを見て、俺の顔が更に赤くなる。
 
 「おまえがあんな風に飛びつくから睡眠不足になるんじゃねぇか」
 
 なるほど、筋が通っている。
 うんうんと頷く俺。
 「もー、いちろーたまで!ひっどいなぁ!」
 そう言いながらエリはにやっ、と笑った。
 
 「ま、いいや。やるんでしょ、サッカー?」
 「もちろん!」
 夏が終わりかけている。
 でも、気にしない。
 俺の傍には、永遠に枯れない向日葵がいるから——
 
 *
 でも、たしかその向日葵の所為で、俺、睡眠不足になったんだよね?
 *
