二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: イナズマイレブン 黒田エリの好きな人 ( No.32 )
- 日時: 2010/09/05 15:41
- 名前: 紅花 ◆iX9wdiXS9k (ID: ubJFnUz6)
 第十七話 生贄
 *
 私を止めたければ、生贄をよこせ。
 *
 「…………っ!?」
 世界中の時間が止まったみたいだった。
 あたりの喧騒はもう、耳に届かない。
 どくんどくんと心臓の鼓動だけが異様に大きく聞こえる。
 私の、掴れていない、自由な左手は、相手の左胸の上にあった。
 どくんどくんと、相手の心臓の鼓動が感じられる。
 相手は、緊張なんかしていないんだってわかって、びっくりした。
 私の、緊張で弾けそうな心臓とは違い、彼は平静そのもの。
 彼が私を放す。よろけて廃墟の上で尻餅をつく。瓦礫の破片が足に食い込んでも、痛みを感じない。
 彼は廃墟の下で、驚愕に目を見開いている人々に向かって言葉を放つ。
 「私を止めたければ、生贄をよこせ」
 えっ……生贄ってまさか、私……?
 思考が停止する。
 風が吹いて、ぱたぱたと彼の髪が風に靡いた。
 私は、斜め下を見た。
 円堂たちが呆けた顔をしている。その中に、一郎太はいない。
 カゲトが立ちすくんでいる。何故か、カゲトが遠くにいるみたいな気がする。
 レーゼまで、私の遠くにいるような気がした。
 いっそ、この瓦礫の下に埋もれていたいよ。
 だって、そうしたら、あんなことされずにすんだ。暴走した彼を見なくてすんだ。
 ねぇ、私、どうしたらいいの?
 答えは返ってこない。
 私は残った力を振り絞った。そうだよ、私の任務、それは、
 ——<潜む者>を止めること。
 ゆらりと立ち上がって。腹蹴りをお見舞いしようとする。
 ふわりと、風のように動いてかわすレーゼ。私が蹴ったのは、空気。
 ちっと、わざと舌打ちをする。そんな気、全然ないのにね。
 なんで、こんなに無表情でいられるんだろう。
 じわっと、目頭が熱くなる。私は思い出した。
 ——女の子にしか使えない、最終武器を。
 思い出してみたら、六年生の時も、私はそうやって彼を止めたんだ。
 彼をみてるのがすごく悲しくて、泣いてたら、彼はもう、なにも壊そうとしなかった。
 「エリ、ちゃん……?」
 ああ、よかった。
 リュウジくんの声だ。
 冷たいレーゼの声じゃない。
 「俺、一体なにを……?」
 ぐるりとあたりを見回すリュウジくん。耳の前の髪は、もう曲がってない。
 黒と紫のサッカーボールを踏みつけていることと、この廃墟が雷門中だって気付いたらしい。
 「えええぇぇええ!?」
 おそろしい程慌ててる。見ると肩の傷はもう治っていた。
 よかったなぁ。
 きっと、あれは、<潜む者>がしたことで、〝緑川リュウジ〟がしたことじゃないんだ。
 そう思ったらなんか安心した。そして慌てている彼を見て、笑い出した。
 
 「ちょっと、笑わないでよ! 一体何があったの!?」
 「地球にはこんな諺がある」
 「どんなことわざだよ!?」
 「於事無補。起きてしまったことは、元には戻せないってこと」
 起きてしまったことは、私にもショックだし、雷門中のみんなにとってもショックなことだろう。
 ただし、慌てているリュウジくんを見ていると、なんだか笑えてきた。
 責める気持ちになんかなれない。
 でも、笑ってる裏で、私は思っていた。
 もし、また彼が<潜む者>に支配されたら、私……
 近づけるんだろうか?
 って。
 月曜日、学校で、一郎太に……
 会う顔があるのか?
 って。
 笑ってても、心の中は不安でいっぱいだった。
 *
 於事無補。起きてしまったことは、元には戻せない。
 *
 
