二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

曇天グロッキー / 一之瀬 / 晴天マイハニーと繋がってる ( No.351 )
日時: 2011/02/10 16:57
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

@曇天グロッキー

「……、え?」
 愕然とした。俺の受けた強い衝撃を一言で表すならば、それで十分だった。混乱などなく、ただ純粋な驚きで脳内がじんわりと満たされていく。聞き間違いかと疑うような余裕もなくて、ただひりついた喉からは小さな呟きだけが這い出た。
 例えるなら、目の前に宇宙人が現れたような。例えるなら、死んだ人間が目の前に現れたような。例えるなら、ダークエンペラーズが現れた時のような。驚愕とか、そんな生易しいものじゃなくて。そんなものは比にもならなくて、けれど事態はそんな大きなものじゃなくて、明らかに誇大で。
 ぴくぴくと目尻が痙攣して引きつって、視界がぐにゃりと歪んだ。何故こんなに動揺しているんだ。そんな疑問が心内で吐き出され、しかしすぐさま霧散していった。信じたくないとか、そういうよがりな思いは湧いてこない。ふつふつと起こってくるのは、漠然とした苛立ちとやり場のない悔しさだった。
「意外だよ。あのリカが、一之瀬以外を好きになるなんてさ」
 動揺とか、受けた衝撃とか、そんなものを悟られたくなかったから。思わず俯いて、できるだけ顔を隠して。体は今のところ震えていない。でもそのかわり、きっと今の俺の顔は酷いと思う。涙もたまってるんじゃないだろうか。脳内で今も這いずり回っている驚愕は、一向にひいていく兆しを見せなかった。
 嗚呼、こんな顔を見られたくない。ましてやリカと仲がいい塔子になんて、見られたらすぐさまこのことはリカに伝えられてしまうだろう。それだけはさけたかった。リカが他人を好きになって、それで動揺して馬鹿みたいに傷ついているなんて。絶対に、知られたくなかった。
 ここまでリカのことを俺が本気にしているなんてことも、知られたくない。むしろ、知られてはいけない。いつだって俺は、俺のことをダーリンと呼んで好きだと言ってくれるリカを軽く流していた。俺から好きだと言ったことなんてないし、その言葉を連想させる行動もしたことがない。向こうが勝手に惚れて、ただ、それだけ。別に俺から離れることはしなかったけど、周囲はきっとそう思っていた。
 俺がこんなにリカのことを好きだなんて、周囲は予測すらしてないだろう。俺は完璧に、安心してしまっていたんだ。あのリカなら、ずっと俺と一緒にいて俺のことを好きだと言ってくれるリカなら、俺以外の男を好きになることなどないと。けれど、今はどうだ?
 リカに好きだと伝えていれば、リカは他の男なんて好きにならなかったんじゃないか? 今も俺の隣で笑って、俺をダーリンって呼んでくれて、好きだといってくれていたんじゃないか? まだ俺を、好きでいてくれたんじゃないか——
「……いち、のせ?」
 塔子が呼ぶ俺の名前で、ふっと我に返った。ざわざわと心内は騒がしく、脳内には狂ったようにまだ動揺が暴れまわっている。そして頬を、生温い液体が伝っているのも察した。とめどなくそれは溢れて、視界を滅茶苦茶にかき回して。押し殺しきれなくなった嗚咽が微かに洩れて、脳はここで泣くなと叫ぶ。せめて塔子の前では泣いてはいけない、駄目だ、脳が叫ぶ。叫ぶ叫ぶ叫ぶ叫ぶ。絶叫する。
「いち、のせ」
 嗚咽混じりの塔子の声を聴いて、思わず泣いていることも忘れて顔を上げて。そして何故かとめどなく瞳から涙を溢れさせながら塔子にそっと抱き締められて——なにもかもが、決壊した。
 俺は馬鹿みたいに、赤子みたいに泣き叫んで、心内で自分を罵倒する。リカをもてあそんでいたような昔の自分を殴りたくなって、でもそんなことできるはずなくて。取り返しのつかないことだとわかっているのに、脳が叫ぶ。リカの元へ走れと、逢いにいけと。そして自分の気持ちを伝えろと、滅茶苦茶な命令を出す。今更俺が何をしたって、どうにかなるわけもないのに! 全部遅かったのだ。愛想を尽かされてから自分の想いの大きさに気付くなんて、俺はどうかしてる。とんでもない大馬鹿だ、死んでしまえばいいのに! 今更未練たらたらでリカの元へと駆けていったって、リカを苦しませるだけだというのに!

 弱弱しく俺の背中に手を当てる塔子に気をやることもできず、ただ我武者羅に、泣き叫んだ。
 それで何かが変わることなど、ないというのに。

(さよなら、ぐっばい)