二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: アヴァロンコード ( No.156 )
日時: 2012/09/30 14:53
名前: めた (ID: UcmONG3e)

「あの時私が見失わなければ…体が丈夫でいたら…すぐに出て行ってティアの元に走っていたら…」

ティアがいなくなってからというもの、ティア誘拐の唯一の目撃者であるファナは自分を責めていた。

体が悪いのに、さらに悪くしてしまいそうな勢いで自分を責め続ける。

「おまえのせいじゃないよ、ファナ…。ティアは…ティアはきっと無事だよ」

しくしくと泣き出すファナをそのたびに慰めてあげるヘレン。

ティアのことも心配だが、ファナのほうが心配だった。

真夜中に悪夢を見て悲鳴を上げたり、不意にぼろぼろと涙を流す愛しき孫娘。

最近は悪夢が怖いと、ろくに寝つけていないので体力が著しく低下している。

「困ったねぇ…」

一階に戻ったヘレンは、キッチンのいつもの立ち居地に戻ってぼそっとつぶやいた。

ファナが心配だ。

ティアがいないと、あのこの寿命の時計が早く回ってしまう。

そう、ファナは長くないかもしれないのだ。

つい先日、ティアの英雄としての頼みにより、カレイラで一番の名医がファナの元にやってきた。

診察をし始め、ファナの病状を何時間にもわたって調べ上げた。

最初は余裕の笑みを浮かべていた名医も、徐々に顔色が悪くなっていく。

それでもファナを不安にさせないように二階では笑顔でいた名医。

けど、一階におりたとたんに名医は笑顔を崩した。

「残念ですが…わたしにも原因はわかりません。さじを投げるようですが、手の施しようが…。最近強いストレスを感じているようですね。それが原因で、体のほうも相当…」

言いにくそうに名医は最後に言った。

「お嬢さんの…余命は長くないでしょう」

ヘレンはそのときのことを思い出してぎゅっと目をつぶった。

どうしてあのこが…。

いったい何故、あのこなのだ?

わたしが代わってあげれたらどんなにいいか…。

せめて、あの子がこの世からいなくなる前に—。

「ティアよ、早く帰ってきておくれ…」






Re: アヴァロンコード ( No.157 )
日時: 2012/09/30 15:27
名前: めた (ID: UcmONG3e)

デュランとレクスは親友がさらわれたときから、馬車のあとが消えた周囲を捜索していた。

時には野宿し、大雨にさらされたともあった。

「おい、デュラン。手がかりは?」

もう夕方になってあたりが見えなくなったので、レクスは野営地に戻った。

すると、先にデュランが戻っているではないか。

「やあ、おかえり。残念ながら…なにも」

「そうか」

もともと友人同士だったレクスとデュランは協力してティアを探すことにしたのだ。

「…」

無言で草原に寝転がり、質素な夕食を食べ始める。

野営地なんて、名前こそ大げさだが焚き火くらいだ、あるのは。

ぱちぱちと燃える炎の前で、絶対にお腹いっぱいになれないりょうの夕食を食べ終わる。

「それじゃ、俺食糧確保してくるから」

デュランにいって、近くの川に釣り道具を持って出かけていくレクス。

器用なレクスは魚を、努力はしているが不器用なデュランは植物やらきのこ、木の実を拾ってくる。

一緒に食べると相性が悪いので、一日交代で拾ってくることにしたのだ。

早速河に釣り針をたらしてレクスは黙って水面を見つめる。

流れ行く川の音が不安な心を穏やかにしてくれた。

近くでスズムシたちが歌いだし、優しいかぜがふいてきてレクスの髪を揺らす。

ほたるがふんわりと宙を舞い、レクスを“あのとき″へフラッシュバックさせた。

それはティアにも話した事のないむかし。

まだ自分がすさんでしまう前のこと。


「おにいちゃん、今日も勇者サマごっこしよう!」

立派な家から足を踏み出すと、いつも先に待っていた小さな妹。

その脇には笑顔で笑うデュラン。

「ほんとに勇者ごっこが好きだなぁ」

あきれたように言うけれど、ほんとうは自分も気に入っていた遊び。

「じゃあー、デュランが勇者サマでー」

妹は決まりきった配役を、さも考えているようにいう。

「あたしがお姫様!」

立派な服装の妹はレクスにとってはお姫様そのもの。

外交官の娘だもの、村長とならぶほど金持ちだ。

きれいな服も着せてもらえるし、本だって好きなときに読めた。

「お兄ちゃんはね…」

笑顔で言う妹。

「それじゃあ、魔王ね!」

「ふつう俺が勇者だろ…まあ、いいけどさ」

それから勇者ごっこを三人でして、デュランに倒される。

「ありがとう勇者サマ!お礼にこの花を受け取ってください!」

地面に座りながら魔王として姫が勇者にお礼を上げるのを見る。

いっつも同じ花。

だけどデュランは笑顔で受け取る。

「ありがたき幸せ!」

そういってユウシャノハナを帽子に刺して笑うデュラン—。


いつの間にか涙がうかんでいた。

あわてて乱暴に涙を拭ききると、思い出す。

幸せな昔ではなく、先ほどのデュランの帽子。

「アイツ、帽子の花が枯れてた…よな」

毎日の日課、とりに行かせてやれなかったな。

明日は森に行きながらティアを探して、つんできてやろ。

妹と勇者が好きだったあのはな。

…デュランの分もつんできてやろう。

お墓におくぶんがあまってたらな。


Re: アヴァロンコード ( No.158 )
日時: 2012/09/30 15:49
名前: めた (ID: UcmONG3e)

「あーあ、嫌になっちゃうわ」

ドロテアの部屋の前で盛大にため息をつくエルフの少女—シルフィ。

そのアンティークドールのような端正な顔を不機嫌そうにゆがめてドアをノックする。

「なんでわたしがこんなこと—」

文句を言い終わるまでにドロテアの部屋より返事が聞こえる。

「誰じゃ!」

「報告係のシルフィです」

うんざりだっと言いたいところだが父からの頼み。

仕方ない。

「おお、そなたか。入れ!」

いくら王女といえど人間に敬語を使うなんて!

シルフィのプライドもずたずた。

けれど父の頼み。

…仕方ない。

「よく来たのう」

「ごきげよう、ドロテア様」

フンッと鼻を鳴らしたいところだが、礼儀正しくする。

「のう、グリグリは…?」

上目使いできいてくるドロテア。

相手がシルフィでは効果はない。

「あいかわらず、行方知れずです」

「なんじゃと?むう、役立たずな捜索隊じゃ!」

そう、シルフィはドロテアの愛猫、グリグリの捜索を頼まれているのだ。

切れそうになりつつもシルフィは平静を装って会釈する。

「それではわたしはこれで」

さっさと出て行こうとするシルフィにドロテアが引き止める。

「なんですか?」

するとドロテアはしばらく空中を目が泳いでいたが、観念したように言った。

「え、英雄はどうじゃ?見つかったかのう?」

「いいえ」

「そ、そうか…。ええい、さっさと探しに行くのじゃ!」

ふんっとドロテアは興味をなくしたようにシルフィに命令した。

イラットしながらもシルフィはゆっくりとドアを閉めて退室した。

「グリグリなんかより英雄のほうを探しなさいよね」

場内を検索する兵士を見てシルフィはあきれる。

別にティアのためにそういったのではない。

ティアは人間の癖に無礼者だし、人間の癖に話しかけてくるし、人間の癖にやさしく案内なんかしちゃってるし…とにかくゲオルグの負担がさっさとなくなればいいというのがシルフィの考えだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ティアがひたすらカレイラに向けて歩いてるのは書くとつらいんで、ひたすらティアがいなくなった頃のカレイラ諸事情を書いてる…

レクスの過去やら、ファナの病状やら、シルフィの猫捜索、デュランとレクスの妹なんかが中心。


Re: アヴァロンコード ( No.159 )
日時: 2012/09/30 16:10
名前: めた (ID: UcmONG3e)

薄暗い中、レクスは釣りに行ってしまった。

暗闇の中で河に釣り針がなげられた音がしてデュランは視線を帽子に移す。

茶色のお気に入りの帽子。

勇者の帽子はいまやみすぼらしい。

美しく飾っている白い花—ユウシャノハナはしおれてしまった。

毎日の日課、花を摘んで帽子に飾ることが今は出来ないでいる。

それに…レクスの妹にも花を上げなきゃ。

何日もあいにいくの、サボってる。

サボってるわけじゃないけど、彼女のいるカレイラのあの場所は、ティアのさらわれたところより遠い。

ごめんね、あいにいけなくて。

でも友人も大切なんだ。

それにずっと野宿で、カレイラに帰ってない。

いまは命のあるものを優先させてくれ…。



「今日は勇者サマごっこしないの?」

レクスの妹はそうなの、と頷く。

なぜだかしょんぼりしている。

あぁ、そっかとデュランも納得する。

「レクスが勉強にいっちゃってるからね」

「あたし、勉強嫌い。おにいちゃんはあたしと遊ぶより勉強のほうが好きみたい」

すっかり落ち込む彼女に、デュランは声をかけずらい。

外交官の息子ともなれば勉強は強制的だ。

彼女もやがては自分をおいて勉強しにいくのだろう。

悲しい。

「そうだ、隠れん坊しようか」

魔王役のレクスがいないから使用がなく隠れん坊をする。

二人で隠れん坊とか…。

じゃんけんでデュランが隠れることになった。

外交官の広い家にかくれ、彼女が探しに来るのを待つ。

そのとき、悲劇が起きた。



Re: アヴァロンコード ( No.160 )
日時: 2012/10/01 20:11
名前: めた (ID: UcmONG3e)

「もーいーかーい?」

外交官の家で広いクローゼットの中に隠れたデュラン。

レクスと彼の妹の両親が立派な身なりをして昼食をとりながらにっこりとデュランと愛娘を見守っている。

「いい遊び相手が出来てうれしいよ」

「ほんと、そうですねあなた…レクスがいないんであの子ったらへそ曲げてましたもの」

楽しそうに笑う外交官夫妻は愛娘がデュランを探しに家の中へ入ってくるとそ知らぬ顔をした。

「おかーさん。勇者サマはー?」

「さぁ—どこかしらね」

こんなところすぐ見つかってしまうだろうな、と考えていたけれどそうでもなかった。

彼女は家中を飛び回ったり転げまわったりして自分を探している様だった。

「もー、デュランったら隠れるのうまいじゃない」

すっかりデュラン探しで忙しくなった彼女はレクスのことを忘れられたようだった。

「そろそろ出てってやろうかな…」

そんなことを考えていると、ふいに乱暴な音がした。

どん、どんっと物音がして、家の入り口を重たい足音が走り回る音。

「…?」

レクスでも帰ってきたのかな?勉強がうまくいかなくっておこってるのかな?

「おにいちゃん?おかえり—きゃっ?!」

とたとたと彼女の足音が玄関のほうへ向かった途端、悲鳴が上がる。

「きゃあー?!お父さんお母さん!」

その足音が尋常じゃなく走り去っていく。

彼女の足音に続いて追いかけるように荒々しい足音が家の中に駆け抜けていく。

「なんだ、おまえは?!くっそ、何故こんなところで!!」

彼女の父親が激しく叫んで何かをひっくり返した音が響く。

「早くこっちに来て…あなたも逃げて!!」

母親が金切り声を上げた。

「おかあさーん!!」

ドタッと何かが崩れる音。

同時に濡れたものが床に散らばるおともした。

「おまえ!っくそ、くそお!!」

父親の声が恐怖と怒りで震えている。

その間にも彼女が母親を泣き叫びながら呼んでいる。

デュランは体中がしびれたように恐怖で凍りつき、その場を動けない。

暗闇の中で、声と音しか聞こえないのにデュランの震えは収まらなかった。

助けなきゃ。

いつものように—僕は勇者サマなんだから彼女を—助けなきゃ。

なのに…体中の関節が凍りついた。

心拍数が上がって息も詰まる。

もみ合う音が激しさを増して、家中の家具やら割れ物をなぎ倒す音がする。

そしてついに甲高い苦痛の悲鳴と、彼女がさらに上げる恐怖の悲鳴。

行かなくちゃ。

大きな物が倒れる音がしてデュランは涙で濡れた頬を自分で叩いた。

「おとうさん…おかあ、さん…」

彼女の声はもう弱弱しくなってる。

「や、だ。おにいちゃん…助けてお兄ちゃん…!」

彼女の声はもはやデュランを必要としていなかった。

兄であるレクスを…いつも魔王だったレクスを呼んだ。

布を引き裂くような短い悲鳴を上げて彼女はそれっきり黙りこむ。

しばらく沈黙して、何も聞こえない静かになった。

グシャグシャという奇怪な音が響き、泥沼に沈み込んだ長靴を引っ張るような音がする。

デュランは震えながらクローゼットを出る決心をした。

クローゼットの隙間から流れ出てきた花瓶の水がレクスの両手をぬらす。

そっとクローゼットの扉を開けると、デュランは絶句した。

ほんの数分前までの暖かで幸せな家庭は消え去っていた。

家中ぐちゃぐちゃで、清潔な家は跡形もない。

ばらばらの家具、砕け散った昼食たち、ちぎれて散乱した本たち。

デュランは彼女とその両親がいるであろおう背にしていた半分の部屋に顔を向けた。

「うっ…ぁああ」

嗚咽が漏れた。

ぼろぼろと涙があふれてとまらない。

震えるまま、あわてて喉元まで競りあがった吐しゃ物を手で押さえる。

そして両手にまとわりついた血液を見て気絶しそうになる。

「そんな…そんな…なんで…」

家中を染めるのは赤。

三人の体をめぐっていた命の証が、今はその家の中に撒き散らされていた。

そのもっとも真紅の部分に彼の大好きな人たちが転がっている。

デュランはそれを直視してたまらず気絶した。


「—なんで今こんなときに…思い出したんだろう」

デュランは流れた涙をぬぐった。

レクスは相変わらず釣りで、帰ってきていないけれどそれが幸いした。

勇者サマは泣かない。

いっつも笑顔で姫を助けるのだ。

(でも—結局僕はお姫様を…彼女を助けられなかったけど…)

デュランは空を見上げた。

星がきらきら光っていて、美しい。

こんなきれいな景色、一人で見るのは忍びないくらいだ。

「ミーニャ、君に会いたい…僕のお姫様…」

星がじんわりにじんでいった。


Re: アヴァロンコード ( No.161 )
日時: 2012/10/01 21:05
名前: めた (ID: UcmONG3e)

ドロテアは自室のピンクの肘掛け椅子に身を投げてほうっと息をつく。

「なぜじゃ」

むうっとふくれてドロテアはかわいらしい顔を膨らませた。

「何故見つからんのじゃ!」

彼女はばんっと肘掛の椅子をぶったたいた。

するとバキンッと鋭い音がして肘掛け椅子がぶっ壊れた。

「むう、華奢な椅子じゃ…誰かおらんかー?」

文句を言いつつドロテアは高い声で小間使いを呼んだ。

すると二秒もせずにドアが開いて地味な美しい小間使いたちがそろって入ってきた。

「ドロテア様。お呼びでしょうか」

凛とした女性達はそろってかしづく。

「うむ。椅子が壊れた。新しいものに変えるのじゃ」

「い、いすですね。かしこまりました」

著とおどろいたように目をしばたいた小間使いたち。

けれどすぐにお辞儀して破壊された椅子を運び出していく。

重い椅子を5人がかりで引っ張って消えていくサマを見てドロテアはおまえ達も華奢じゃのうなどとつぶやく。

「うー。グリグリ…どこへ行ったのじゃ」

ドロテアは天が天蓋つきクイーンズベットに飛び乗ってぼやいた。

わがままな彼女にとってこれは耐え難い時間だった。

命令一つですぐに願いがかなっていたのに、見つかるまで待たされる。

「ヴァルド様の愛猫なのだぞ…はよう見つけないと。何かあっては困るのじゃ」

ドロテアはベットの上でため息をついた。

ヴァルド皇子。

銀の髪と赤い目を持ったやさしいお方。

読書が趣味で、猫を愛しているやさしくて思いやりのある人。

前に一度お会いした。

目をつぶればそのときにすぐトリップできる。


「こんにちはドロテア王女」

あったときその年齢は10にも満たなかったのにヴァルド皇子は礼儀をわきまえていた。

「む、むう。こちらこそヴァルド皇子」

ドロテアも挨拶を返す。

立派なカレイラの王城フランネル城にてそれは行われた。

今宵の社交パーティーは。悪裂していたカレイラとヴァイゼンの国交関係を見直すための友好パーティーであり、外交官やら大臣やら貴族がふんだんに招かれた豪華なパーティーであった。

「美しいお城ですね」

同い年がドロテアしかいないためか、幼く見えるのでエスコートして上げようと思ったのかヴァルド皇子はドロテアと一緒にいた。

「もちろんじゃ。わらわのお気に入りの場所なんていっち番きれいなんじゃぞ」

ふふんとふんぞり返って言うとヴァルドはにっこりした。

「そう?見ても…いいかな」

「なんじゃ?どーしても見たいというならわらわについてくるのじゃ」

得意げになってヴァルドとある場所へ、中庭に向かった。

「ここじゃ!きれいじゃろ」

ドロテアが両手を広げてくるくる回るその場所は美しい噴水と夜空、あたりを円形にかこむ花壇たちで取り囲まれている。

調度満月で、その美しさは倍増中だ。

「ほんと、きれいだね。…お礼に僕の宝物を見せてあげるよ」

ひとしきり見回った後ヴァルド皇子はさっきから抱えているかばんのふたを開いていった。

「?」

覗き込んだドロテア。

するとかばんの中からくりくりした水色の目がのぞき返してくる。

最初自分の目が反射しているかと思っていたが、それがニャッとないた。

「ひい?!」

ドロテアが飛び上がると、ヴァルド皇子はおかしそうに笑った。

「なんじゃそれは!」

ドロテアが叫ぶとヴァルド皇子は赤い目に涙をためて笑いをこらえながらかばんに手を突っ込んだ。

「大丈夫—ねこだよ」

その手には黒い猫が抱かれていた。

「グリグリって言うんだ。僕の宝物」

ヴァルドの腕の中で子猫グリグリは眠そうにあくびしていた。

「猫じゃと?ふむ…猫がすきなのじゃな」

そろそろと近寄って猫を見る。

猫は水色のガラスのような目でドロテアを見上げた。

「ミャーミャー」と鳴いてヴァルドの腕から逃れた。

「む、なんじゃ?」

猫が地面に着地して花壇のほうを向いてなく。

「あぁ、猫じゃらし…だね」

ヴァルドがしゃがんで指を刺したほうに、黄緑色のふんわりした猫のしっぽみたいなものが生えている。

「なんじゃ、雑草かの?」

ドロテアが眉をしかめて言うとヴァルドはまた笑った。

「ううん、猫が大好きな草なんだよ。ヴァイゼンにはあまりない草なんだ」


その数時間後、社交パーティーは幕閉じて、仲良くなったヴァルドともお別れになった。

お別れの言葉を述べている中で、ドロテアは両手いっぱいに猫じゃらしをかき集めてきてヴァルドにプレゼントした。

ヴァルドは笑顔を浮かべてそれを全部受け取り、ドロテアを一目ぼれさせてしまったのだった。



「…そんな皇子が戦争に立ってカレイラを襲うなど…ありえないのじゃ」

すっくと立ち上がってドロテアは部屋を飛び出した。

中庭につくと、今宵も満月。

美しい。

そこでドロテアはふっと微笑を浮かべた。

薄闇の中で水色の目が見上げているのに気が付いたのだ。

「ここにいたか、グリグリ」

んにゃーとグリグリがドロテアの足元に擦り寄ってくる。

真っ黒の毛並みと小さな体はヴァルド皇子とであったときとそのまま変わらないでいた。

魔力を持った猫らしく、その寿命も恐ろしく長いらしい。

兎のように長い耳とへびのように長いしっぽがそれを物語っている。

「おおそうか、そうか。ネコじゃらしじゃな」

ドロテアはドレスが汚れるのもかまわずに花壇の隙間にはえたネコじゃらしに手を伸ばした。

「ほら。おまえもヴァルド皇子も、ほんとうにネコじゃらしが好きじゃのう」