二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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ポケモン ラティオス
日時: 2010/09/23 12:09
名前: あむぴぃ (ID: PXRK1w0w)

 空で、満月の片割れである半月が凛として輝き続けている。
 砂漠の民達の花のランタンの蛍は逃げてしまったため、暗い中を歩くはめになったが、そのおかげで砂漠の静かな表情を見ることが出来た。
 月明かりの中、黒い砂にうっすらと少年たちの影が、自身にぴったりと寄り添っている。まるで、凍った波の上を歩いているみたいだ、と少年は思った。潮鳴りの響かない、凍りついた黒い海。その様子を、少年はぼんやりと幻想した。

「ほら、あれが今の私たちの住んでいる町だよ」

 遠くに見える、朽ちた日干し煉瓦の家々の町を、小夜が小さな指ですっと指差した。蛍の明かりのせいで、町全体がぼうっと緑色の光を放っているように見え、あたかも異国の城下町のようだ。しかし、城下町と呼ぶには、それは朽ちすぎていた。

「今の? 今のということは……」

「うん。前は別の所に住んでいたの。私たち一族はね、いろんな町を移動しながら生活しているんだ」

 誇らしげににっこり笑って少年に言う小夜を、ぴしゃりと青年が冷たく叱った。
 自分たちを襲った危険な神を、自分の住処に案内することが、ひどく不愉快なのだ。というのも、この青年、かなり自尊心の高い砂漠の民。自分の術を身軽にあっさりとかわされて、たまったものではない。

「小夜、言葉をつつしむべきだ。まだ信用が出来ぬ神相手に、我らのことを気安くしゃべってはならぬ」

「で、でも……」

 小夜は急にしゅんとして俯き、黙り込んでしまった。ずんと空気が重く沈んだ時、娘がやわらかに笑いながら少年を見る。

「町へ入ったら、まず、ばば様の所へ案内します。ばば様は、私たち一族の中でもっとも力が強く、そして賢く、強いお方です。すべては、ばば様の判断にあるのです」

 町へ入ると、娘の言うとおり、ばば様の住む天幕へ案内された。他の家々はすべて、廃墟のような日干し煉瓦の家ですっかり寂れてしまっているのに、その天幕は、大きくも小さくもなく、まるで中に占い師がいるかのような、独特の雰囲気に満ちていた。紫と黒色の覆いには、月輪と北斗七星、月と南斗七星、そして、点と点を結ぶ正座が金色で描かれ、異形の気配を放っている。
 
 思わず畏怖の念を抱きそうになってしまった少年は、ぐっと気持ちを押し戻すと、「失礼します」と言い、中へ入った。ここからは、一人でなければならない。

「そなたが異世界からやってきた、竜神かえ?」

 呟くような静かな声で言われ、少年は返事をすることが出来なかった。
 天幕の中はひどく暗く、狭かった。そして、猪皮の敷物の上に座った老婆は、枯れ木を思わせるほど痩せており、小柄だった。くすんだ純白の髪。どんよりと濁った瞳はじっと少年を見つめており、実は見えるのではないか、と思うほどだ。しかも、砂漠の民に共通する額の刺青は、この老婆だけ星型だ。
 老婆から放たれている気配は、焔のようで、暗い輝きを放っている。それは、粗末な衣をまとった外見を裏切るほどのものだった。

 見えていないとわかっていても、見つめられているような気がして、少年はどういうわけか何度も瞬きをした。老婆から立ち上る気は、少年の緑の瞳まで移りこんでしまいそうなほどだ。
 
「これこれ、そう警戒するではないぞ」

 老婆は、皺だらけの顔でわずかに微笑み、少年を安心させようとした。それを見て、少年も無理に筋肉を引きつらせて笑い、くっと顔を引き締める。

「そなた、名は?」

 ゆっくりと聞かれ、少年は一瞬迷った。異形の気配を放つ老婆に、自分の真の名前を教えてよいのか。しかし、この老婆はその見えぬ瞳の変わりに、力を持っている。「ハク」と言ったところで、真の名前でないことを見抜かれそうだ。信用の出来ない相手に、気安く名を渡すことはあまり好ましくないが、外見とあのほほえみからして、湯婆婆のように名を奪い、呪縛するような老婆ではないということはなんとなく感じることが出来た。
 少年は心を決め、顔を上げてしっかりと老婆を見つめた。白い目と緑の目が、じっと見つめあう。

「私は、饒速水小白主……と申します」

「うむ。そなたは賢い神じゃ。安心せえ。わしは、名を奪い、そなたを苦しめるようなことはしない、また、しようとも思わぬ」

 老婆の声は決して大きいわけではなかったが、腹の底から響く、力強い声だった。一言一言の言葉が、どっしりと少年の心に染み込んでくる。
 少年が頷くと老婆も頷き、はて、と小首を傾げた。

「ニギハヤミコハクヌシよ、そなたは竜神であろう。水を司る神じゃね。川か?」

「……はい……」

 失った川のことを思い、少年は目を伏せた。勿忘草を初めて目にした時と同じように、胸がじーんと苦しくなる。知らず知らずのうちに、ぎゅっと拳を握り締め、唇を噛み締めていた。
 むぅ、と顔をしかめると、老婆は右手を差し出し、人差し指と中指を立てて、すっと横に線を引いた。

「そなた、純粋な水の神だというのに、随分と穢れと痛みを背負っておるな。神としての力もない。どういうことなのかえ?」

 今度こそ、完全に少年は黙り込んでしまった。辛そうに顔をうっすらゆがめ、老婆の瞳を見れないでいる。老婆もますます顔をしかめ、食い入るように少年をじっと見た。

「川を人間に汚されたのか? ならば、なぜ湯屋で疲れを落とし、川に戻らぬのじゃ? なぜ、こんなところまで来たのじゃ」

「……」

「そなた、強情じゃね。言いたくなければ言わんでもよい。じゃが、砂漠の方でわしの教え子とそなたが戦っている力の気配がしたのじゃ。わしは、わしの一族の力なら、どこで発動しているのか、誰の力なのか、手に取るようにわかる。小夜がそなたを眠らせたことは後で謝らせるが、そなたも少しは頭を冷やした方がよかったと思うのじゃ。そなたはどう思う? わしらにも、知る権利があると思わぬか?」

 有無を言わせないその力強い剣幕に気おされ、とうとう少年は顔を上げて老婆を見た。心なしか、老婆の口元が笑ったように見えた。少年は、静かに、凛として話し出す。旅先でであった人に、ここまで自分のことを詳しく話すのは、初めてだった。

「私は、確かに川を護る竜神でした。しかしある時、私の川は人間の手によって埋められ、私は残った力を振り絞り、この世界へ来ました。そして、湯屋の湯婆婆と契約し、名を奪われ、そこで弟子として働いたのですが、それは決してよい仕事ばかりではありませんでした。この手で、どれだけ汚いこともしてきたか……。そうしているうちに、私は過去をも忘れ、名さえ忘れていきました」

「ううむ……ただ闇雲に闇の中を走っているだけか……」

「はい。しかし、あの少女がやってきてから私の胸の内に炎が燈った気がしたのです……」

「あの少女? 人間かえ?」

「はい。あの子と会った時、初めてのはずなのに知っているような気がしたのです。後になって、あの子が私の川に落ちた子どもだということがわかったのですが、あの子のおかげで名を思い出すことが出来ました……」

 少年は胸が熱く苦しくなってきて、そこでいったん言葉を止めると、ふぅっと息を吐いて、心を落ち着かせた。

「あの子は、私が真名を預けた唯一の人間です」

「そなたが神の力を持たぬことには、わけがあったのじゃね……。しかし、清らかな川の神であるそなたが、なんと惨(むご)い日々を送れたものじゃ……」













 小夜は、他の砂漠の民たちが目覚める前に、少年を東の門まで案内した。この東の門で、今夜まで小夜は東の方角の見張りをしなくてはならないのだという。
 少年と小夜は、東の門前ですっくりと立ち、辺りを見渡した。一面が、砂の海。緑色の生命の輝きが、まったく感じられない。普段、湯屋という生命の気配の多い所で暮らしていた少年にとっては、腹の底がびくびくするような、不思議な恐怖に襲われてしまいそうなほど、砂漠は静まり返っている。そして、ナイフで切ったような地平線の果てに、老人のいる別荘地の丘はまったく見えない。真っ青な空と砂色の大地は、まったく対照的だが、手を触れれば吸い込まれてしまいそうなほどの微妙な存在感を湛えているのは、どちらも同じだった。

 いよいよ、太陽の日差しがじりじりと照りつけ始めると、小夜はどこからか呪符を二枚取り出した。陰を結びながら、呪文を唱える。

「我から炎のごとく照る光(ひ)を退けよ。急々如律令」
 
 すると、二枚の呪符に青と赤が絡み合ったような行書が浮かび上がった。一枚の呪符は小夜に張り付き、もう一枚の呪符は少年に張り付いた。そのまま、溶けるようにすうっと消えていく。張り付いた所には、跡すら残っていない。

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