二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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ベストボールセレクト
日時: 2011/11/24 05:39
名前: 山田 (ID: t7y4Iwob)

第一章「批判王子登場」
湊一成は東北フェニックス所属の高卒三年目。球団最小の身長165センチ投手。
中学生並の体格しかない彼に期待を寄せる者は、殆んどいなかったのだが・・・
東北フェニックス。

お荷物球団と呼ばれ、Bクラスの常連だ。

ここ10年の最高順位は四位。日本一を経験していない、最も優勝の二文字から遠い球団だ。

開幕前の順位予想で圧倒的支持を受け、最下位と予想されていた。

そんな中にあって、悪い意味で注目されている選手が一人。

高卒三年目の左腕投手、湊一成(みなと いっせい)である。

彼が注目される最大の理由にして、最大の特徴。

それは、身長であった。

身長165センチ。

それは、プロ野球選手としては、あまりにも小さすぎた。
湊一成は、見ただけではプロ野球選手には見えない。

ユニフォームを着ていても、良くてボールボーイといった感じだ。体格だけではなく、顔も幼顔。今年で21になるが、十代で通用する。

地元では有名な進学校出身で、甲子園出場経験は無し。

地区大会でも最後の年にベスト8したのが最高。しかし、本人はリリーフに登板しただけで先発としては投げていない。

それが、高校生ドラフト二位指名で入団。入団時は「秘密兵器」「小さな巨人」とメディアの注目を浴びたが、一軍どころか、二軍ですら登板しない彼に、批判的な意見が殺到した。

「プロ選手として不適格」

「フェニックスは無意味な選手に金をかけた」

と、マスコミから総叩き。高卒選手に連日の批判だ。精神的にさぞ堪えているかと思いきや。

「さてと、明日から春キャンプだ。頑張るぞ」

全く堪えていないのであった。

大物なのか、天然なのか・・・。
東北フェニックスの一軍春キャンプは、沖縄で行われる。

主力メンバー他、新人の中から何名かが一軍の枠を賭けて凌ぎを削る。

その中には、湊一成の姿もあった。

これが湊がマスコミから批判される理由の一つであった。

二軍ですら登板しない投手が一軍キャンプに参加している。無意味を通り越して、酔狂だ。

東北フェニックスは、機動力に優れたチームだ。チーム本塁打は少ないが、盗塁数はダントツであった。が、決定力不足で得点力には結びついていなかった。

投手力は、先発が試合を作るものの、それに続くリレーがなかった。

後半になると先発投手が中継ぎ、クローザーを代わる代わる務め、辛うじてシーズンを戦っていた。

その為、先発以降の投手陣の確立。得点力向上が求められていた。その為の補強もある程度、進められていたのだが、確定していないポジションがあった。

司令塔の捕手と、信頼できるクローザーである。

クローザーには、シーズン終盤にクローザーに落ち着いたサイドスローの林原か、大学ナンバーワン投手、最高球速158km/hを記録した右腕。新城健児が務めるのではと大方は予想していた。

捕手はベテラン伊吹克を主軸に行くのだろう。そう予想されていた。

しかし、勝負師の異名を持つ就任三年目の井原保の考えは、それらの斜め上を行っていた。
「え〜、監督の井原だ。知っての通り、我ら東北フェニックスは、昨年ようやく四位になり、定位置の最下位を脱出した」

フェニックスの面々を前にした監督挨拶。全員が井原の言葉に聞き入っている。

「そして、今年は思い切ってもっと上位を目指したいと思う。その為には、去年と同じことをしていては無理だ。そこで、勝つ為の一軍メンバーを選んで行きたいと思う。新入り、ベテランに関係無く選ぶので気を引き締めてキャンプに取り組んで欲しい」

そこまで言うと代わってヘッドコーチの和田が前に出る。

「全員に言えることだが、怪我だけには気をつけてくれ。焦って怪我をするような選手はプロ失格だ。プロとしての自覚を持つように」

かくして、東北フェニックスの春キャンプが始まった。

昨年活躍した先発陣は、初日からブルペンで投げ込みを行っていく。

野手は定位置確保の為に特打、特守で猛アピールだ。

その中にあって、マイペースに身体作りに取り組んでいる選手がいた。

湊である。

準備体操を終えるとすぐにランニング。戻ってくると、ウェイトトレーニングと、筋トレ重視のメニュー。

当然マスコミは彼の存在を無視し、新人王最有力候補であるドラフト一位ルーキーの新城を追いかけていた。

宮城放送のレポーター、久住愛美もその一人である。

短大卒の入社二年目。一年目の去年からフェニックス専属レポーターに抜擢され、選手の間でも評判が良い。小柄で、小動物を思わせる愛くるしさは、男ばかりのグラウンドではかなり目立つ。

愛美も、新城をレポートしようとしていたのだが、報道陣が多すぎてレポートどころではない。

「今の内に、他の若手選手のインタビューをしちまおう。新城には、後日単独インタビューを取るから」

ディレクターの指示でインタビュー相手を探すが、めぼしい選手は見当たらない。

と、

「お? 丁度良い、湊一成だ。久住、湊にインタビューだ」

「え? 湊選手にですか?」

「そうだよ。今の内にフェニックスの不思議くんにインタビューだ。今年の抱負とかな」
下卑た笑いを堪えながらディレクターが言う。

確かに他にめぼしい選手はいない。愛美はランニング帰りの湊に声をかけた。


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Re: ベストボールセレクト ( No.1 )
日時: 2011/11/24 05:41
名前: 山田 (ID: t7y4Iwob)

「あの、湊選手。宮城放送の久住ですが、インタビューよろしいですか?」

可能な限り明るく声をかける。

「はい。構いませんよ」

湊は満面の笑顔で応じる。

実は、二人は初対面であった。局の売り出し中アナが、チーム最大の汚点と言われている選手と接点など、そうはない。

「キャンプ初日ですが、調子はどうですか?」

無難な質問だ。

愛美は心苦しさを感じていた。まるでピエロだ。

「まずはキャンプを乗り切る身体作りです。見ての通り、身体が小さいですから、人一倍調整して置かないと」

これに湊は素直に答える。屈託のない笑顔は、やはり評判通りプロ選手には見えない。

「今シーズンが三年目ですが、具体的な目標はありますか?」

「具体的にはありませんけど、怪我をしないようにしたいですね」

良いながら軽いストレッチを始める。

「ブルペンに入る予定などは?」

「今はまだ。来週以降に入れたら良いですね」

「ありがとうございました。頑張って下さいね」

「はい、ありがとうございます」

インタビューを切り上げると湊は室内練習場に、足早に行ってしまう。

不思議くん。

そのあだ名の通り、不思議な選手だ。あそこまでプロ手も珍しい。

入団からこれまで、二軍を含む実戦登板0の選手。来年、彼はチームに残っているだろうか。

「気にしても仕方ないか」

気持ちを切り替え、愛美はインタビュー相手を探す。
「今の、宮城放送の久住愛美だろ?」

大型な男が、室内練習場に入ってきた湊に親しげに声をかける。

大卒ドラフト三位ルーキーの大庭鉄也捕手。年齢以上に落ち着いた雰囲気と鍛え上げられた体躯は、正にアスリート。湊とは正反対のタイプだ。

「そうなんですか? 僕テレビって全く見ないから分かりませんでしたよ。大庭先輩」

二人は高校時代のチームメイトだ。大学進学後に頭角を現し、仙台六大学野球でリーグ本塁打王を獲得しているスラッガー。身長188センチ体重90キロを誇る。

「お前、少しは世間を見ろよ。お前らしいけどな」

二人並んでトレーニングルームに入る。完全に大人と子どもだ。

ウェイトリフティング。軽々と自分と同じ重さを上げる大庭。見た目通りの怪力の持ち主。小柄な湊はそれよりも軽い設定を上げる。

「湊」

「はい?」

「アレは、健在なんだろ? じゃなきゃ、お前、今年で終わっちまうぞ」

「大丈夫ですよ。その為に二年間、鍛え続けてきましたから」

「なら良いんだが」

意味深な言葉。それが何を意味するのか・・・。

一方その頃、ミーティングルームで井原は投手コーチの星野と投手について協議をしていた。

「やはり抑えですね」

「だろうね。一瞬、新城をって考えたが、アレじゃ、抑えに向かない。緊張状態を延々と持続させ、それに耐えることが出来ないと」

沈黙が部屋を包み込む。

「あいつは、完成したのか?」

「まだ投球練習を行っていませんので、はっきりとは」

「就任三年目。その条件は果たしてもらった。そろそろ報いる時期だろうな」

「監督、それでは!」

「再来週の紅白戦で結論を出す。ギリギリのシーズンで神経磨り減らすか、夢の勝利の方程式って奴を確立するか」

勝負師の異名を発揮する時が来た。

就任三年目。三年契約の三年目だ。

勝負の時に勝負しないで、何が勝負師か。
春キャンプ二週目。

各選手はメニューを消化し、実戦向きのメニューに移っていた。

その中で一人。

ようやくボールを握った選手がいた。

湊である。

「え? 湊選手がブルペン入りする?」

愛美はその話を聞き、驚きを隠せないでいた。

そして、何より驚いたのは、それを取材しろということだ。

フェニックスのお荷物がブルペン入りする。新城以外にこれといった話題のないフェニックス。この辺りで別の話題が欲しいとのことだ。

(完全に、ピエロじゃないの!)

愛美は憤りすら感じていた。

キャンプ初日から愛美は暇さえあれば湊の練習を見てきた。

小柄でありながら、厳しいメニューを誰よりも長い時間こなし、その懸命さに気付いた。

しかし、メディアはそんな彼をピエロとして扱えという。

ブルペンに入った湊は、普段と変わらない飄々とした態度だ。

ブルペンにはかなりの数の報道陣がいた。

肩慣らしにキャッチャーを立たせて2、30球軽く投げる。

と、キャッチャーが座り、湊が本格的な投げ込みを開始した。

決して変則ではない、サウスポー。スタンダードな印象のセットポジションからのオーバースローだ。

初球から球の感触を確かめるようにど真ん中へ速球。

だが、決して速くはない。130キロを若干上回るか否かだ。

と、ここで突然ボールが急ブレーキ。

速球と同じ腕の振りから投げ、タイミングを崩す変化球。

チェンジアップだ。

速球と勘違いしてバットを振ると、面白いように空振りや凡打が奪える。

なるほど、この球速差は凄い。

「球速差は凄いけど、アマチュアレベルだぜ」

誰かが呟き、所々で失笑がもれる。

失笑など気にする様子もなく、速球とチェンジアップを交互投げ込むこと20球程。

ここで、軽く水分補給をし、すぐに投球練習を開始する。

が、

「あれ?」

ブルペンが僅かにざわめく。

両腕を頭上に掲げる、ワインドアップにフォームが変わったのだ。

先程までのオーソドックスなフォームとは異なるダイナミックなフォーム。

そこから放たれた球は、コントロールが定まらずキャッチャーの頭上を越える大暴投。

スピードガンは122キロを表示していた。

次もワインドアップ。今度はど真ん中へ投げ込むも、キャッチャーが捕れず、ミットに入らない。


その様子を見て、多くがこう考えていた。

「今年で引退だな」


Re: ベストボールセレクト ( No.2 )
日時: 2012/03/18 23:20
名前: 山田 (ID: M8lfW802)

湊はブルペン入りしたあの日から、連日の投げ込みを続けていた。

最初はセットポジションからの速球とチェンジアップを交互に投げ込み、その後、ワインドアップでノーコンになる。

そんな彼の姿を取材にくるマスコミはおらず、完全に孤立していた。

愛美も、そんな湊の不思議な投げ込みが気になり、暇さえあれば様子を見に来ていた。

捕手が捕れない球を連投。

一体、何の意味があるのだろうか。

他の選手は、紅白戦に向けて調整しているというのに。

今年の東北フェニックスのキャンプは例年以上に注目度が高かった。

大卒ドラフト一位ルーキーの新城は、評判通りの豪速球を披露し、毎日のように150km/hを記録し、ドラフト三位ルーキーの大庭も自慢の怪力で柵越えを連発していた。

めぼしい新加入のなかったフェニックスにおいて、この新戦力の順調な仕上がりは、頼もしい限りだ。

若手もベテランも、怪我人が出ることなく、キャンプの仕上げに向かっている。

その中で、奇妙な投げ込みを続けている湊に、関心を寄せる物好きは、愛美位であった。

「ふぅ〜」

50球程投げ込んで休憩。

愛美は今日も見に来ていた。

連日見続けて気付いたことが少しあった。
まず、この休憩。

てっきり、湊が疲労して休憩しているかと思いきや、意外にもブルペンキャッチャーの疲労の方が明らかに激しい。

そして、ノーコンに見えた彼のワインドアップからの投球だが、実は全てストライクであること。ノーコンに見えたのは、キャッチャーがこぼしていたからだ。

そして、最大の謎は、正捕手候補の伊吹を筆頭に、フェニックス捕手陣が代わる代わる湊の投球練習に付き合っていた。

そして、ボールをこぼす。

手元で変化でもしているのか?

湊の投球を受けた捕手に聞くと、口を揃えて、

「間違いなくストレート。変化球はチェンジアップしか投げれない」

と言う。

全くもって不思議だ。

当の本人にインタビューを試みようとしたが、ブルペンから出ると人を避けるように行方を眩ませる。

(まるで、私が彼の追っかけみたいね)

愛美は自嘲気味にそう感じていた。

確かに湊は個人的にも、応援したくなる選手だ。好感が持てるし、何より、スポーツ選手らしからぬ爽やかさがある。

だが、決して好きだということではない。

しかし、気になるのだ。彼は何を考えているのか。

そして、何をしようとしているのか。


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