二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理—《ギャグ日》 ( No.18 )
- 日時: 2010/01/31 18:53
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
【其之五 血染めの来訪者】
静まり返った室内で、一人溜息をつく男の影。
「鬼男君……遅いなあ……」
外側に跳ねた黒髪がさらりと揺れ、『大王』と記された特徴的な帽子がずり落ちそうになる。と、それを寸前のところでかぶり直した。一房の前髪が帽子の隙間から覗いており、なんとも印象深い容姿だ。
着ている浴衣も見た目以上に軽装であり、髪と同じ濃い墨色であった。
——彼こそが閻魔大王。又の名を閻羅と略される、冥府の総司令官だ。
閻魔は机に突っ伏し、無謀な部下の帰りをひたすら待っていた。
全く。何処まで出かけちゃったんだ、あの子は。
そうぼやきながら、ぬぼーっと顔を上げ、自室への廊下を見つめる。
……やる気、出ないしなぁ。
今なら娯楽を存分に楽しめるチャンスだが、文字通りなぜか立ち上がる気すら起こらない。
それもこれも、飛び出したまま戻って来ない部下のせいだと頭を切り替え、大王は机の隅から用箋挟《クリップボード》を取り出し、茫々と捲り始めた。
彼らの業界において『閻魔帳』と呼ばれる、裁かれる死者達の個人情報が記された帳簿である。
が、閻魔はこれを、さも面白くなさそうに眺めていた。
——毎度毎度同じような罪人ばかり……。全くもって理解できないな、人間ってのは。
見飽きたとでも言うような無表情が、ふと眉を顰めた。
ある一点に視線が釘付けになる。
そこには存在する筈のない白紙が広がっていた。
——書類ミス? でも、あの生真面目な鬼男君が見過ごす訳ないし……。
他のページに再度目を通しながら首を捻る。
「……」
何かが、彼の脳裏を掠めた。頭の片隅に、普段だったら気にも留めないような事が、張り付いた焦燥感を煽る。
もう一度れいの白紙を確認しようと手を伸ばした。が、その腕が不意に固まる。
刹那、閻魔は帳簿を机に投げ出し、弾かれたように立ち上がった。
静かだ。
だが、漂ってくる異臭をみる限り、只ならぬ事態が起こっているらしい。
先程の騒ぎといい、血の臭いといい、今日は退屈しなさそうだ。
——鬼男君……大丈夫なのかな……
閻魔の頭に嫌な予感が浮き沈みした。だが護衛が不在な今だからこそ自身の事は自分で守らねばと強く念を入れ、何が起きてもすぐ対処できるよう心構えをしておく。
その時、戸口から見慣れた影が現れた。
「!! 鬼男君!」
すぐさま駆け寄る閻魔の姿を見て、鬼男はほっと息をつく。
上司が無傷なことに安心したのだろう。
一方の閻魔は不意に現れた彼の状態に、はっと凍りついた。
「血——!?」
強張った表情で身を引くのが普通であろう。
鬼男に肩を廻され、身を預けているもの。血達磨になり、今にもずり落ちそうだ。
最初は何かの死骸かと思った。しかしそうではないと、死骸の顔らしき部分から覗く表情から伺えた。
かろうじて人型を保っている事に改めて気づく。
「ひ……と……? なんで……」
「大王、早く手当てを——」
鬼男が絞り出すように懇願する。抱いているものが相当重いのか、時折ガクッと傾く。
事態が上手く飲み込めない閻魔であったが、だからといって脅える大王ではない。「わかった!」と承諾し、同じく腕を廻す。
血の塊が微かに呻いたことに仰天し、作業を早ませる二人は、そそくさと室内に退いて行った。
- Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理—《ギャグ日》 ( No.19 )
- 日時: 2010/01/31 18:54
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
※
閉じた瞼を通して、淡い光が目に差し込む。
立ち上がろうにも弛緩した身体はまるで言う事を利かず、状況が知りたくりたくても、瞼を上げることすらままならない状態であった。
少しも空気が動かない事から、自分がどこか室内に居るのだと推測する。
何度か息を吸い込んだ彼は、もう一度身体を起こそうと努力したが、身じろぎ程度の動きすら出来ずに終わった。
全身の血が砂か鉛にでも変わってしまったかのようだ。
頬と手に柔らかな布の繊維が当たっており、毛布か布団に寝かされているようだった。彼はその感触に身を任せ、未だ霞の掛った脳を起こそうと、過去を追憶し始めた。
何がどうなって自分が今ここに居るのか、それはまるで思い出せなかった。
ただ、自分が何日も、何十年も昔から眠り続けていた気がする。
人間である限りそんな事は不可能であるが、彼ならば十分有り得る話しであった。
途切れ途切れの記憶を辿り、これまでの経緯を探る。それでも、覚醒しきってない脳で考えるのは限界があった。
何度か思い出そうとする度に、それを拒むかのような鈍痛が広がる。この様子では当分無理そうだ。
半ば諦めかけたその時、彼は胸の奥にじわりとした温かさを感じて、意識をそこに向けた。
熱が石化した肌を溶かす。急に意識が冴え、めまいさえ及ぼした。
悪寒が過ぎ去っていくのに伴って、耳元で何やら囁く声が聞こえだした。うまく聞き取れないが、双方とも困惑を滲ませている。
『京一郎……きこえるか?』
不意に名を口にされ、京一郎は我に返った。とても懐かしい、とうの昔に捨てた本名だ。
(そう心配なさらずに。ちゃんと聞こえてますよ)
脳裏に直接響いてくる、囁き声とは違った別の声。
得体が知れないその人物に対して、彼は平静を装った。
もちろん聞き覚えなどない。
『そうか無事目覚めたのだな。これで一安心だ』
(何が起こっているのです? 私は一体——)
「京一郎、お前は我が守り通す。それだけは忘れないでほしい。そして……自分が何者なのかも。なぁ、“紅の王”——……」
それまで半信半疑で耳を傾けていた京一郎であったが、その瞬間、信じがたいといった感じに唖然とした。
(“紅の王”!? まさか、貴方は……!)
徐々に遠ざかるその声に、京一郎は引き戻そうと手を伸ばすも、無論掴める筈もなく、微かな気配は次第に薄れて行く。
(お待ちください! “初代……紅の王”——!!)
惜しくも、意識はそこで途絶えた。
- Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理—《ギャグ日》 ( No.20 )
- 日時: 2010/01/31 18:57
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
※
「どう?」
寝室に怪我人を運び終えると、待っていましたと言わんばかりに閻魔が問いかけた。
「とりあえず峠は越せました。あとは彼次第でしょう」
額の汗を拭うと、うっすらと赤い跡が残ってしまった。閻魔に指摘され、初めて未だ血だらけだった事を思い出す。
「良かったぁ……。こんなとこで死んでもらっちゃ堪らないからね」
代えの衣服に着替え、すでに掃除に取りかかっている閻魔。
それを横目に、鬼男はそそくさと風呂場へ駆けて行った。
血まみれのものを運んだのだ、当然床にも滴る。転々としていたり、寝室への道を引いた赤い汚れを、彼は猛然と水拭きをしていた。
いくら地獄の番人と言えど、不衛生な環境で過ごしたくないのは皆同じ。
そういえば風呂場も汚いのだと思い返し、閻魔はがっくりと肩を落とした。
- Re: ギャグマンガ日和 —日和光明記— ( No.21 )
- 日時: 2010/01/31 18:58
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
傷の手当てを施す際、鬼男は多くを語ろうとはしなかった。外で何が起きていたのか、怪我人がどこから来て、何者なのか。堅く引き結んだ口から発せられる事はなかった。
閻魔も緊張したままの鬼男を無理に問いただすこと無く、無言で作業していた。
少しの騒ぎでは微動だにしない彼が、見たこともないくらい取り乱している。それほどまでに事態は重いのだと、閻魔は改めて自覚した。
また悪い方にいかなければいいけど……
「——っと、あぁあ!」
モップの柄に寄りかかりながら物思いに耽っていた閻魔は、ふとバランスを崩し、無様に転倒した。
無駄に堅い床へドガッと顎を強打する。
と、続いてタイミングを見計らったかのように、放り投げた筈のモップが後頭部を直撃——。
「ヒーっ、強烈! 地味に痛……ゴフッ!!」
なぜか、ぶはっと吐血し、後頭部のたんこぶからプスプスと煙が上がる。
「チクショー! オレが何をしたっていうんだ!」
閻魔は仰向け状態のまま顔だけを上げ、泣きながら喚いた。
「許さね、もう許さねえ。いっそ黒魔術使って世界滅ぼしてやろうかな。いっそ悪の化身になっちゃおっかな!」
一体なにを許せないのだろうか。頭に特大のたんこぶを乗せ、一人泣き叫びながらめちゃくちゃな陰謀を企てるその姿は妙に滑稽であった。
「ふふふふふ……。そんでもって女性人はセーラー三昧に——」
その時、涙で潤む視界の先に見慣れぬ白地の袴が映り、閻魔の口は徐々に閉じていった。床を引きずるほど長く作られたその袴を見つめながら、ゆっくりと視線を上げていく。
見るからに高華な礼服が下へスクロールし、口をあんぐりと開けたまま凝視する男の顔を最後に停止する。
自身を呆然と見下ろしている視線が重なり合い、それを閻魔の狂乱した脳裏で理解するまで、数秒とかかった。
『チッチッチ……ポーン』
どこからか間の抜けたベルが鳴り響き、理解完了を表した。
「——!?」
閻魔は多大な精神的ダメージを喰らい、絶句する。
——みっ……見られたあ! 今、完全に初めから最後まできっちり目撃されちゃったよね!? 初対面の人に向かって、初っ端から大ハプニングだよねッ!?
「す、すまない……」
驚愕した表情のまま石化してしまった閻魔を見て決まり悪く思ったのか、男が困惑気味に首を竦める。繊細な体躯に合う澄んだ声音だ。
一人申し訳なさそうに縮こまる彼を見上げていると、堪え切れずぷっと吹き出してしまった。
「いいよ、いいよ。いつもの事だからね。オレってば普段からこんな調子だからさ。慣れてもらわなきゃ。体は? もう大丈夫なの?」
明るく笑いながら立ち上がる。
彼の笑顔につられて男も身を緩ませた。
「体……? え、えぇ。なんとか」
「良かったぁ。ほんと心配しちゃったよ。……あっ、ちょっと待ってね、他の仲間にも知らせるから」
タッタッタと軽快な足取りで向かうはもちろんあの場所だ。
風呂場の引き戸がガラリと開け放たれた。
「お・に・お・くーん! 聞いて聞い……“テトリス”ッ!!」
満面の笑みを覗かせたその瞬間、波動弾ばりの殺傷力を伴って放たれた桶が、またしても彼の顔面に直撃した。意味不明な悲鳴と共に崩れ落ちる閻魔。その上から大音量の罵声が降り刺さる。
「ついに人様の入浴タイムまで覗きに来たか、変態大王! 今度こそ裂きイカにしてもらいたいようだな!!」
そう怒鳴る鬼男の腰にはすでにタオルが巻かれ、閻魔が来ることを予期していたようだ。さすがは鬼男である。
「違っ……違うわアホ! 勘違いすんな! 誰が女の子でもない奴のゴールデンタイムだなんて——」
「じゃあそのカメラは何だ! おまっ、絶対ナイスショット狙ったとしか思えねーだろッ!!」
カメラ片手に負けじと抗議する変態上司に、爪を光らせながら憤怒する辛辣部下。さながら戦場と化すこの光景は毎日のように繰り広げられるものであるが、それを初めて眼前にして目撃してしまった彼には刺激が強すぎたようで。
男は隅で小さくなり、見るに耐えなかった。