二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 日和光明記 (現在訂正中) ( No.59 )
- 日時: 2010/01/31 19:45
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
- 参照: http://noberu.dee.cc/novel/bbs/niji/index.cgi
横になっていた人物は、苦しげな呻き声をあげながら顔を歪めていた。
「……うぅぅ。大……王……っ!」
鬼男は、ハッと目を開いた。見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。常闇ではなく、仄暗い室内。
息が上がっている。ともすれば泣き声が混じりそうな状態だ。視界が少し潤んでいて、目尻に冷たいものが溜まっているのがわかった。汗ばんだ皮膚がじっとり濡れていて、気持ち悪い。
「助かった……のか?」
少々疑問形だが、心底安堵してほっと息をつき、彼はふと眉をしかめた。
息が苦しい。胸の辺りにずしりと何かがのし掛かっていて、それが呼吸を圧迫しているのだ。
何だろうか。別に病や呪術にかかったわけでも——。
鬼男は上半身を起こそうと肘と腹筋に力を込めたまま、ぴたりと動きを止めた。
「…………」
見知った墨染の衣を纏った物体。それが横大の字に広がり、乗っかっていたのだ。深く息を吸い込み、呼吸を整え、彼は目を眇めた。
「……おい」
「くかー、くかー、くかー——」
鬼男の身体を下敷きにして呑気に鼻提灯を膨らますイカ……改め、閻魔大王。
そんな上司に鬼男は無言で、しかし額に血管を浮かべたまま、ぎりぎりと拳骨を握った。
- Re: 日和光明記 (現在訂正中) ( No.60 )
- 日時: 2010/01/31 19:47
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
- 参照: http://noberu.dee.cc/novel/bbs/niji/index.cgi
※
東の空が紫色に変じてきている。やがてその色は徐々に薄くなり、白い朝日が覗き出す。——夜明けだ。
閻魔庁の朝は早い。仕事相手が死者などといった人外生物(死者だけど)からしてのことであるが、今朝のような、まだ暁から起床するのは稀である。
それは全て、閻魔の身に降りかかった災難が原因だ。
「大体、人様の部屋に無断で入って来るのが悪いんですよ」
ぶつぶつと文句を吐きながら、鬼男は朝餉を口に運んでいた。時折、味噌汁を流し込みながら朝餉の横に広げた巻物に目を通す。
冥官秘書の仕事内容はどのようなものか、と問われれば、彼は返答にしばし時間を費やすだろう。一言二言では到底説明しきれないからだ。それでも押し切って話すと、大まかに三つある。
ひとつは補佐。日々仕事に追われる閻魔の右腕となり、手助けをすること。仕事放棄をして脱走する上司を捕まえるのもこれに含まれる。
二に守護。冥界の住人というのは、その内に秘めた霊力ゆえ、妖からして見れば至高の獲物。自身と共に、閻魔を魔の手から守ること。
最後は——……相棒として存在すること。
そのためにも、心身共に精進することが大切だ。
そんな秘書の基本事項を頭に浮かべる鬼男の真向かいにはもうひとつ膳が用意されているが、手つかずのまま湯気をたてている。「ほら、食べなきゃ冷めますよ」と注意するも、当の閻魔は隅でうずくまっていた。しこたま殴られたらしい頭を抱えて。
まったく。いつまでいじけてんだか。
鬼男が眼を眇めたその時、ガラリと後ろ手の戸が開いた。
「おはようございます、皆様」
鬼男達よりも少し遅れて起床した京一郎が、ふらふらと姿を表した。どうやら朝は苦手のようだ。
閻魔は、まだ覚醒しきってなく戸口に凭れ、うつらうつらする彼を見るや否や、途端に眼を潤ませ、「紅ノスケー!」と飛びかかった。
「聞いてくれよ紅ノスケェ! 鬼男君ったらひどいんだよ。人がせっかく心安らかに寝てたら、急にガンガン殴ってきたんだぁー!」
茜色の瞳からほとほとと涙をこぼしながら、京一郎の衣にしがみつく閻魔が切々と訴える。
そんなか弱き彼に、鬼男は歯を剥いて反論した。
「突然上に乗っかって重い思いさせて、おまけに夢見の邪魔をしたヤツがなにを言いますか!」
「だってだって、恐い夢見ちゃったんだもん。そんな出来事の後ひとりで寝られる方がおかしいんだよ! ……本当だもん」
ひんひんと泣く閻魔をサッと睨みつけて黙殺し、鬼男は京一郎へ視線を向けた。
「当分仕事はありませんよ。昨日の分で殆ど片付きました。……ところで、今日も書庫に?」
「いえ、今日ぐらいは自室に居ようかと。何分気になることがありましてね。あの、閻魔さん」
今まで京一郎によしよしと宥められていた閻魔は、ふと顔を向けた。
まだ潤んだ茜色の眼をしぱしぱと瞬きする。
「書簡庫にあった論語の書、あれは貴方のものですか?」
いつの間にそんな古書を見つけたのだろうか。
論語とは、儒教の祖、孔子が説いた教えである。それを仏教の対象であるにも関わらず、全く興味を持たない閻魔の書庫にあったというのだから驚きだ。だが、多種多様の書物が収められた倉庫であるからして、とりわけ変なものがあってもおかしくないのかもしれない。
- Re: 日和光明記 (現在訂正中) ( No.61 )
- 日時: 2010/01/31 19:47
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
- 参照: http://noberu.dee.cc/novel/bbs/niji/index.cgi
京一郎と鬼男は黙然と閻魔を見詰めた。一方の閻魔は厳しい視線を感じながら、腕を組み眉根を寄せ、自分の記憶を手繰り寄せ始めた。
やがて、閻魔は難しい表情をしながら呟いた。
「論語?——あー、あ? そういや、この間友達から貰った気が……した、かな?」
いまいち記憶が曖昧であるらしい。
首を捻る閻魔に、京一郎は意味不振な相槌を打つ。
「なるほど。では、その方は鳥を飼っていらっしゃいますか?」
「鳥? いや、犬が欲しいと言ってたけど、鳥はどうかな……」
「そうですか。……じゃあ、何であんなモノが——……」
顎に手を据えたまま踵を返し、京一郎は再び自室へと退いて行く。
「あっ、紅!?」
ピシャリ。
慌てて閻魔が声をかけるも、既にして戸が閉められた後だった。
しばしの沈黙。まるで嵐が過ぎ去った後のよう。
事態の展開に言葉を無くし狼狽する閻魔に、鬼男は言い含めるように口を開いた。
「勉強熱心でなによりです。どこかの誰かさんとは違ってね。一日中あぁして読書に耽ているのですよ。書物も良い方に読まれて幸せでしょう。いっそ全部あげてしまったらどうです? 年中埃を被ってるより断然マシでしょう?」
そして一拍置いてから、思い返して問いかけた。
「……というか、論文なんて誰から貰ったのです?」
「ありゃ? 鬼男君、わからないのぉ?」
ぶすくれた表情をコロッと変え、閻魔は意地悪げにつついた。
「俺の心の友にして、根っからの犬好き。おまけに自己中。儒学なんて馬の耳に念仏の自由人っ」
楽しそうに笑う彼の様子からして、その人物とは文字通り深い友人関係にあり、相当気が合うようだ。しかし閻魔が心から友と述べるからには、彼同様、裏があるに違いない。
自己中、自由人、犬好き。
鬼男の知り得る中では、そんな迷惑主要人物はあの馬鹿しかいない。