二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの ( No.129 )
- 日時: 2010/08/20 17:15
- 名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
(誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの 2)
「バーンさま、バーンさま」
あたしが悪いんです、あたしが、あたしが。ごめんなさい、ごめんなさいバーン様、ごめんなさいごめんなさい。
まるで壊れたカセットテープのように何度も何度も謝罪を繰り返すレアンを抱き締めて、バーンはレアンの髪を梳くように頭で撫でた。しかし、それに対する反応はない。
ただ怯えだけに体を震わせて、ごめんなさいごめんなさいとそう呟くことだけが存在意義かのように言葉を紡いでいく。
レアンのユニフォームは返り血で所々汚れており、さらに血まみれのヒートに触れていたためどこかから出血しているのではないかと思うほど血塗れていた。そんなレアンを抱き締めるバーンもまた、頬や腕にこすれたような血がついている。
「レアン、落ち着け。どうしたんだ、レアン」
尋ねかけてみるも、返ってくるのは怯えた言葉ばかり。バーンのことなど全く視界に入っていない様子で、一心不乱に謝罪の言葉を、自らを罪悪感で締め付ける言葉を囁き続ける。
バーンはどうすることもできず、かといって強い口調で問いただすわけにもいかず、先程のことをぼんやりと頭に思い浮かべた。
室内へ入ってまず感じたのは、きつい鉄の胸焼けのする臭いだった。その鉄の臭いが血の臭いだと悟るのは、考えるまでもなく容易すぎることだった。
そして、血まみれで倒れているヒートに同じく血まみれでヒートの元に跪くが外傷は負っていない様子のレアン、傍らに投げ出された赤黒く染まった包丁。
その光景が彼を一つの結論へとたどり着かせるのに、三秒も時間は掛からなかった。掛かったのは、それをしっかりと理解するまでも時間だ。
尋常ではない何かを感じた。しかしそれも当たり前のことであって、普通ならば遭遇するはずのはい非常な現実なのだ。
レアンが、ヒートを殺した。動機やただの事故かどうかはともかく、それだけははっきりと突きつけられた事実だった。
嘘だろ、と自分の見ている光景をバーンはすぐさま疑った。それが普通の人間の、ごく当たり前の反応だ。
しかしそれ以外にも、バーンを酷く動揺させる事実がいくつかあった。一つは、ヒートもレアンも大切な仲間で、チームメイトだということ。二つは、ヒートは幼馴染で腐れ縁で、小さい頃から凄く仲が良くかけがえのない存在だったということ。そして、三つはレアンがバーンの想い人だったということだ。
レアンがヒートに惚れているということを、彼はネッパーやバーラから聞いていた。ヒート自体がどう思っているかまでは、知りうることはできなかったが。
その時彼がヒートに対して強い嫉妬感を覚えたのは紛れもない事実で、それに気づいて酷い自己嫌悪に陥ったのも今となっては彼の苦い過去である。
けれども吹っ切ったわけでなく、……ヒートやレアンを前にすると嫉妬がふつふつと沸き起こり、自己嫌悪が思い出されどうにも不愉快な気分になるのだった。
「レアンッ……」
レアンが、ヒートを殺した。その事実がはっきりと脳に刻み込まれた時、バーンはまずレアンへと問いかけた。『どういうことなんだ』、と。しかしレアンは上の空なのかぶつぶつとただ謝罪の言葉を涙ながらに零すだけ。
衝動的に抱き締めたバーンは、しかしそれからどうすることもできなかった。
喜ぶべきなのだろうか。ふっと頭の片隅に浮かんだその考えを、彼はすぐさま打ち砕いた。最低だ、なんでこんなことを思ってしまうんだ、とどうしようもなく自分が嫌になり、できれば傍らに転がっている包丁を手にとって胸に突き刺したい衝動に駆られた。
けれどそんなことできるはずもなく、ただ震えているレアンを抱き締めることしか、バーンにはできなかった。
- 誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの ( No.130 )
- 日時: 2010/08/20 17:30
- 名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
(誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの 3)
「バーンさまっ……」
ふと、ずっとバーンの胸にすがり付いて狂った人形のような無機質な瞳から涙を流して懺悔の言葉を繰り返していたレアンが、光の戻った瞳を顔を上げた。
レアン、とバーンが名前を呼ぶとレアンはバーンのユニフォームを掴みながら、驚くほどやんわりとした綺麗な笑顔を浮かべた。思わず自分の顔が熱くなるのを感じながら、加え何故この状況でそんなことを思えるのかとバーンは自分に微かな恐れを抱いた。
さっきまで赤子のように泣きじゃくっていたレアンはどこへいったのか、意思の灯った強い光を瞳に宿らせて、レアンはバーンへと言った。
「あたしが、あたしがヒートを殺したんです。ヒートのことが大好きで、でもヒートはクララと付き合い始めたから。あたしはヒートには認めてもらえなかった、クララに負けたッ! だからあたしは、ヒートを愛したんです。これでヒートは、あたしだけのものなんです。ねえバーン様、そうでしょう?」
哀しみ、怯え、懺悔——そういったモノは全て消え去り、レアンの口から放たれたのは様々な感情をぐちゃぐちゃに捏ね回した激情で、どこか狂った雰囲気が滲み出ている。
有無を言わせぬレアンの迫力——否、狂気にバーンは思わず唖然とした。呆然とした。愕然とした。レアンは、いまや完全に狂ってしまっているのだ。自分が好きだった、元気で優しい笑顔の綺麗なレアンは、もういないのだ。
バーンは何もいえなくなり、ただ押し黙る。否、恐怖や混乱や呆然というもので声が出なかった。
「バーン様、ねえバーン様」
強い口調で問うてくるレアンを自らが恐怖の対象として捉えてしまっていることに気付き、バーンは激しい自己嫌悪に苛まされる。何をやっているんだ、レアンを落ち着かせなければいけない。
早くしろ、落ち着かせるんだ。元のレアンに戻らせるんだ。真っ白な脳が滅茶苦茶に命令を行い、結果バーンは何もすることができずただ硬直することしかできない。
いつの間にか床に垂れていた腕の間からレアンがすっと抜け出した。そして、傍ら——包丁が置いてある場所へと、駆けていく。ぴちゃん、と固まりかけた血がはねる。
「あたし、けじめをつけにいきます。だから、ごめんなさい。バーン様、——死んでください」
何故彼女がそんな結論に至ったのか、彼は知らない。ただわかるのは、どろどろに汚れた包丁をレアンが構え、どうすることもできない自分の胸へと深く突き刺し、抜いて刺しを繰り返すおぞましい感触と灼熱する不快な痛み、そして体中から血が抜けていき——明らかに<死>というものが後ろにいる、それだけだった。
「バーン様、ごめんなさい。あたしは今から、……クララを殺しに行きます」
彼が最後に聞いたのは、狂った彼女のそんな言葉だけだった。
「本当に、ごめんなさい」
彼女の次いで放たれた懺悔の言葉が彼に届くことは、もう、無い。
- 誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの ( No.131 )
- 日時: 2010/08/20 18:30
- 名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
(誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの 4)
誰も、誰も答えてくれなかった。誰も、誰も歌ってくれなかった。あれだけ、喉が擦り切れそうになるまで泣いて叫んで問い続けたのに、誰も何も言ってくれなかった。
ねえ、どうして? あたし、なにかした? どうして誰も答えてくれないのかな。どうして誰も歌ってくれないのかな。どうして、どうして。あたしは、独りぼっち。哀れで空しい、独りぼっち。
ヒートが、クララを選んだ。それは、仕方の無いことだと思うのに。なんで、なんで? 人が人を好きになるのは悪いことじゃないし、誰もその好きになる権利を奪えるわけがない。
誰が誰のことを好きになろうとも、それは全て自由なのに。自由のはず、なのに。わかってる。あたしが全部悪いってことは、ずっと前にわかってる。それでも認めたくないのは、ただのあたしのずたずたなプライドがそれを許さないから。
——クララに負けて、悔しいんでしょ?
ずっとずっとずっとずっとそう問いかけてくるその言葉が煩わしくて、それでもその言葉はあたしの真意をついていて。そう、悔しいのよ。仮にも敵同士であるクララに負けたことが、とてつもなく。
なんであたしじゃないの。なんでクララなの。どうしてヒートはクララを選んだの。憎悪と嫉妬が頭の中を駆け巡り、答えが出ぬまま永遠と迷走を続ける。積もっていくのは、苛立ちばかり。
『どうしてヒートはクララを選んだの』
『どうしてヒートはあたしのことを見てくれないの』
『あたしのことを見てくれるようにたくさん努力したのに、どうして』
何度も何度も震えながら放ったあたしの言葉が、脳にじんわりと響き渡ってきた。寝る前に、ずっと叫んでた。悔しかった。たくさん泣いた。ヒートとクララが付き合い始めてから、あたしがどれだけヒートのことが大好きなのかをはっきりと感じた。
だからこそ、祝福することなんてできなかった。あたしのためだけにヒートが存在してくれればいいと、そんなことすら想い始めた。
——でも、そのヒート自身がクララを選んだ。
それを再度認識した瞬間、言いようも無いほどの嫉妬と憎悪と激情が脳を打った。体中を焼いた。心臓をはねさせた。大好きなヒートにもあたしの存在を否定されたような気がして、無意識のうちに涙が溢れ出した。
クララの部屋へと向かおうとしているのに、早くクララを殺してしまいたいというのに、脚から力が抜けた。からん、と廊下の床に包丁が落ちて、耳を突く甲高い音を立てた。
思わず跪いてしまって、涙が視界をぐちゃぐちゃにかき回していった。それでも、ここで誰かに気付かれるわけにはいかないから。声を押し殺して、ただ涙だけを流して泣いた。
何分だったのか、はたまた数秒だったのか、そんなこと全くわからない。時間感覚は狂ってしまっていて、ただ憎悪と嫉妬と激情と、心の片隅に空いた小さな小さな穴だけが、私を取り囲んでいた。
動け。動け。動くんだ。早く、早くクララを。
あたしだけのヒートでいてほしかった。あたしだけに微笑んでくれて、あたしだけに言葉を紡いでくれる。そうしてほしかった。そしてずっとずっと一緒にいて、ずっとずっと一緒に笑い合うの。
でも、ヒートは。結局、あたしだけのための歌なんてないのかな。人の心なんて、そんなものなのかな。ねえ、答えがあるなら教えてほしいよ。ねえ、ねえ。あたしは、悪い? ヒートがあたしだけのために微笑んでくれることなんて、無い?
あたしはこれから、どうすればいいの? クララを殺すことが、本当に正しいことなの?
——今更、何を思っているのだろう。
あたしは殺したじゃないか。ヒートもバーン様も殺してしまったじゃないか。もう、後戻りはできない。クララを、殺さなければならないんだ。それでこの胸のもやもやが晴れるのかどうかなんて、わかんない。
憎悪とか嫉妬とか自己嫌悪とかが全て無くなるのかなんて、そんなことわかるわけがない。
それでも、今あたしにできることは。誰も答えてくれないのなら。あたしは、クララを殺す。それがたとえ自己満足だとしても、あたし自身が決めたことなのだから。もう、後戻りはできないのだから。
「っ……立たなきゃッ……!」
いつまで座っているつもりだ。早く、包丁を拾って早くたってクララの部屋までいくんだ。誰かに見つかる前に、早く早く。そうすれば全てが終わる、そんな、気がした。
包丁を、拾い上げる。固まった血で刃はがたがたになってしまって切れ味は悪いだろうけれど、それだけ苦しむのならなんら問題は無い。相手は、ヒートやバーン様と違ってクララなのだから。
早く、行こう。もう、こんな気持ちの悪い想いは散々だ。早く、早く。
——もうすぐいくから、待っててね、クララ。