二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

ちいさな、ちいさな。 ( No.212 )
日時: 2010/09/08 21:09
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

(いつかの彼女の言葉)


 ごめんな、さえも言えなくて。最後までムキになって罵倒し続けて、大嫌いなんて口走って。死んでしまえと言ってしまった俺が一番死ぬべきだろうと今更思う。
 いくら謝っても、きっとアイツは許してくれない。むしろ、このままでいいんじゃないだろうか。そんなことを想い始めている自分に気付いて、酷い自己嫌悪に陥った。
 けど、でも。人のことを信じて好きになって愛して、それがどうなるって言うんだ?

——ごめんなさい、ごめんなさい、

 暴力を振るう父に怯えながら俺を守っていた、傷だらけの母。どうして父が母に暴力を振るうのか、どうして好きで結婚したのに、何故そんなことができるのか、不思議でならなかった。
 人のことを信じ、好きになる。その末路が、それなのか?

——駄目よ、

 いつか自分が愛した人間のことをめいっぱい拒絶して、否定して、まるでモザイクを掛けたような真っ黒な憎悪で塗りつぶして。それを愛だと呼ぶことなど、できるのだろうか。

——お父さんみたいになっちゃ、駄目よ

 愛なんて、所詮はそれぐらいのものなのだと、今更ながらに思う。そんなこと、幼い頃にとっくに気付いておかなければいけないことだっただろうに。
 もう、アイツには、謝らない。そう、決めた。もう、人が傷つく姿を、見たくなかったから。

***

「ごめん」

 謝らないと、決めたのに。もし謝られたとしても、決して許さないと決めたはずなのに。否、それよりも。謝るのは、酷いことばかり言ったのは俺のほうであって、まずアイツが謝る必要など無いというのに。
 俺が、謝らなかったから。悪くないアイツに、謝らせた。人を傷つけたくないから、また自分が昔のような目に合うのが嫌だから。だから、ただそれだけで。そんな、身勝手な自己満足な理由で。
 なんだか泣き出しそうにも見えるアイツの顔を見ていたら、どうにもやるせない気持ちになった。謝るのは俺だろ。悪いのは俺だろ。それよりも、なんで俺なんかに構うんだよ。
 朝から、ずっと避けてたのに。わざと、避けてたのに。部活中も、目を合わせようとさえしなかったのに。どうしてお前は、それでも俺に謝ろうと思うんだ。

「……本当に、ごめん」

 お前がそんなに優しいから、俺はそんなお前に依存してしまいそうになるというのに。いっそ、突き放してくれればよかった。そしたらきっと、全て吹っ切れたはずなんだ。
 人を好きになることなんてくだらない、きっと痛みを生むだけ。そう決着づけた俺の自論は、間違ってたっていうのかよ。確かに、間違ってるかもしれない。それでも俺は、実際のその様子を見てきた。
 目に、焼きつくほど。時折夢にも出て、うなされるほど。もう、何年も前の話だというのに。脳裏にこびり付いて離れないその記憶は、どうしても俺の中から消えてくれない。

「…………俺も、悪かった」

 突き放せばいいのに。向こうから突き放されるのを待っているだけでなく、俺自身も突き放せばよかったのに!
 無意識に口から転がり出た言葉に、酷い自己嫌悪に苛まれた。ここで謝るのは、恐らく常識的には正解。それでも俺にとっては正解ではなく、不正解どころではない。サッカーで言うなら、ファールでも掛かるような、そんな、言葉。
 それでも俺のこの口は、そんな言葉を紡ぎ続けることをやめてくれなくて。

「いや……俺が、悪かった。ごめん」

 謝るぐらいなら、コイツのことが好きになるのを怖がっているのなら。いっそ、突き放せばいい。いっそ、大嫌いになってほしい。なのに、そう思っているのに。俺はどうして、こんなことを言うのだろう。
 微かな、今にも消えてしまいそうな嗚咽が耳についた。ふっと前を見ると、アイツは泣いていた。顔を歪めて、涙を流していた。一瞬、何故泣いているのかとパニックに陥りそうになった。
 そんな時、アイツは綺麗に綺麗に綺麗に綺麗に微笑んで、言った。

「許してくれて、有難う……」

 理解、不能。どうしてお前がそんなことを感謝しなければいけないのか。お前は許されて当然のはずなのに!
 俺は、何を言えばいいのか。泣いているお前に、どうやって声を掛けてやればいいのか。

「……忍、」

 悩んだ結果、特に後先を考えることなくお前の名前を呼んだ。するとお前は、涙を腕で拭って俺のほうを見て、また笑った。微笑んだ。綺麗に、優しく、温かく。俺は、お前のそんな笑顔を向けられる権利があるのか?
 そんな疑問が脳を喰らいつくし、自己嫌悪が再度思考を蝕み始めた時——

「——あたし、明王のこと、好き」

 儚げな声が、ぼんやりと脳髄を侵していった。


(いつかの彼の笑顔)

いびつななみだ ( No.213 )
日時: 2010/09/08 21:26
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

(大好きさえも言えなくて)


「ねぇ、明王」
「……んだよ?」

 ぼんやりと半ば意識を手放そうとしながら活字を目で追っていた明王は、ふと耳に投げかけられた忍の言葉に気だるそうに返事をした。ふあ、と伸びをしながら欠伸をする。
 小さく、ぽつりと。呟くように、囁くように。風が吹けば飛んでいってしまいそうな彼女の続けられた言葉を、しかし明王はしっかりと耳に聞き留めていた。

「『好き』とは言ってくれるけど、『大好き』とは言ってくれないね」

 予想だにしなかったいきなりの言葉に、明王は少々面食らいながら活字の群れから目を離し、隣に座っている忍へと目を向けた。そして思わず、絶句した。
 泣いていた。笑顔で、けれど嬉し泣きとかそんなものじゃなく、切なげな笑顔で。涙が笑顔をかき乱して、今にも崩壊してしまいそうな口元の笑みが大きく歪んだ。
 やがて小さな嗚咽が洩れて、忍はそれに気付いて慌てて俯いた。頬には赤みがさしていて、しかしそれは涙で全て隠れてしまう。ごしごしと服の袖で涙を拭い、けれどもそれが意味を成すことは無かった。


(抱き締めることしかできなくて)

拝啓、大好きな貴女へ ( No.215 )
日時: 2010/09/09 21:27
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

(いつかの涙と)


 ぎゅう、とその華奢な体を抱き締めてみた。ぐい、と押しのけられる。余計に強く抱き締めてみると、右頬で痛みが灼熱した。カッターナイフなんてどこに隠し持ってやがったんだこの野朗! って叫んだら今度は頬肉じゃなく眼球を持ってかれそうだったんでやめておいた。
 みちみち、という肉が引っ張られる音がやけに脳内に大きく響いた。ずず、という頬肉へとナイフの切っ先が沈み込んでいく生々しいおぞましい感触で、いやでも体中に鳥肌が立った。
 真面目に、痛い。そりゃこれで痛くなければ感覚はもう手遅れなのだろうけれど。きりきり、と潜り込んでいくカッターナイフが軋む。今抜かれたら出血でショック死するかも……なんてねぇか。
 とはいえ出血が酷いのは恐らく事実になるだろう。いや当たり前か。なにはともあれ、とりあえずコイツを落ち着かせなければいけない。さすがに、ずっとこの痛みに耐えれる気はしない。

「明王は、あたしのことが嫌いなの?」

 不意に投げかけられた問いに、答えはしなかった。今口を動かせば痛みが爆発するであろうという恐怖に似た感情も交じっていたが、それよりぼんやりと頭にこびついたモノがあったからだった。
 ここで突き放せば、忍は俺の前から消えてくれる?
 そんなことを考えている自分に気がついて、どうせならもう失明させてくれと念じた。決めただろうに。誓っただろうに。ほぼ流れでだけど、付き合うと決まった時に。
 絶対に、忍を母のように哀しませないと、泣かせないと、傷つけないと——誓っただろうが!

「あき、お」

 ごめんさえも言えやしない。少しの言葉でも、忍に届けることができない。何故? そんなの考えてもわからなかったが、今の俺がどんなことを考えているのか——それだけは、ぼんやりとわかった。
 俺は、忍に言ってしまいたいんだ。『好き』じゃなく、『大好き』だと。もはや依存していると言ってしまってもいいほど、好きになってしまったのだと。
 額に、生温いなにかが触れた。そのなにかは、考えなくてもすぐにわかった。忍は、泣いてるんだ。何故? そんなのわかりきったことじゃないか。忍自身が口に出したじゃないか。

「ねえ、明王」

 俺に嫌われてるんじゃないかって思って、それで泣いているんだろうが。俺は、いつまで逃げていれば気が済むのだろう。もう、誓いを破ったじゃないか。忍を泣かせた、傷つけたじゃないか。
 不安に駆られて泣くほど、想ってくれている人がいるというのに。どうして俺は、こんなにも弱いんだろう。愚かなんだろう。馬鹿なんだろう。どうしてこんなにもちっぽけで、臆病者なのだろう。

 もう、言ってしまえばいいだろうが。

 言いたいと思いつつも、言い出せなかったこの言葉を。言ったら、きっと楽になれる。後悔とかするかもしれないけど、まずそれを乗り越えなければ始まらない。
 いつまでも今のままじゃ駄目だと、わかっていたんだ。いつまでも過去のトラウマに縛られたままじゃ、どうにもできないと。もう、吹っ切ってしまえばいい。勇気を、出せ。

「——忍、」

 戸惑うな。もう、伝えるだけでいい。その短い言葉で、全てが伝わるのだから。そしてきっと、全てを吹っ切ることができるのだから。それに、俺は——
 コイツのことが、好きなのだから。ただの好きじゃなく、大好きなのだと。だったら、後は伝えるだけなのだ。

「愛してる」

 大好きさえも、飛び越えて。今度こそは——嘘じゃないと、誓えるから。


(いつかの笑顔)