二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: ボカロⅠsing for you [ココロのプログラム]編 ( No.121 )
日時: 2012/05/07 21:23
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

06 § ココロのプログラム §

王都から少し外れた所にたたずむ一軒家。
家、というほど狭くもなく、屋敷、というほど広くもなく。
廃墟、というほど古くもなく、新築、というほど新しくもなく。
つまりは少し広めの建物が、ぽつんと建っているのだ。

そこには、一人の青年が住んでいた。
最年少で博士号を取得した若き天才、などと注目されたのは何年も前のこと。
歳は20前後だろうか。少し幼さの残る顔で、白衣が似合わない。

その青年の前には、少女が立っている。
ヒマワリのような明るい金髪と大きな白いリボン。
人形のように可愛らしい容姿だが、少女の身体に伸びる複数のコードが、彼女がそもそも人間ではないことを示していた。

青年が部屋に設置されている機械を操作すると、閉じていた少女の瞼が開く。
深くて青い、無機質なガラス玉の瞳。

「‥‥‥聞こえる?」

青年が少女に聞いた。
少女はガラス玉の瞳を青年へ向け、しばらくして頷いた。

[‥‥‥‥はイ]

少女の口から漏れたのは、奇妙な訛りのある言葉。
美しく澄んだ声だったが、機械のように抑揚がなかった。
だがそんな口調にも青年は満足そうに、

「そうか。じゃあ、僕の言葉の意味はわかる?」

[‥‥‥‥はイ]

「OK‥‥‥‥完成だ」

青年は手元の紙面を眺めた。
そこには難解な図形や計算が書かれており、素人には読み解くのは不可能だろう。
それは————青年が何年もの時をかけて作り上げた、ロボットの設計図だった。
その完成品は、青年の前にいる————。

「まず、君に名前を付けなくちゃね」

[‥‥‥‥名前?]

「うん。君の、呼び名」

小鳥のように少女は首を傾げた。
名前を付ける必要はあるのか、とでも言いたげだ。
少女は心を持っていない。心を知らない。まだ。

心は、もっと時間をかけて作らないといけない
それが青年の次なる目標だった。

[アナタにも、名前はあるノ?]

「僕はヒューイ。両親にもらった名前だ」

少女はまた首を傾げる。
彼女にとってこの世界は、知らないことばかりなのだ。

そんな少女を見ながら、青年は名前を考えた。
心のない機械。未完成。
Labile。

「エル‥‥‥‥」

不安定、という意味の英単語の頭文字を、青年は呟いた。

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.122 )
日時: 2012/05/10 21:02
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

「エル、ちょっとここで待ってて」

子供でにぎわう真昼の公園。
青年————ヒューイが、可愛らしい金髪の少女に声をかけた。
エルと呼ばれた少女は、黙ってこくりと頷いて、近くのべンチに座る。

ヒューイがエルを散歩に誘ったのは今朝のことだった。
理由は「なんとなく」、とのことだが、それがどういう意味なのかエルにはわからない。

走り去っていくヒューイの後姿を眺め、エルは推測する。
ヒューイはここのところ部屋にこもりきりだった。そして、不便なことに人間は食料がないと生きられない。
では食料を買いに行ったのだろうか。だが市場までは歩いて数十分かかる。それではヒューイの「ちょっと」という言葉と矛盾する。
つまりヒューイは、食料を買うための金を、銀行からおろしに行ったのだ。銀行まではここから数分。一致する。

[‥‥‥‥‥]

エルは青くて眩しい空を見上げた。
特に意味はないのだが、なぜか人間はよくこの仕草をする。
空なんて見ても面白くない。なぜ人間はそんなことをするのだろう。

その時、エルの靴にコツンとなにかが当たった。
人間の頭くらいの大きさの白いボール。

「おねえちゃん」

そんな舌足らずな声がして、見ると幼ない少年が立っていた。
やっと歩き始めたくらいの歳だろうか。
やけにキラキラとした目でエルを見つめてくる。

[‥‥‥‥‥?]

予想していなかった出来事に、エルは困惑する。
こういう時はどうすればいいのだろう。

「おねえちゃん、あそぼ」

少年がまた言った。
エルは足元のボールと少年を交互に見て、言葉の意味を考える。
大体、これくらいの歳の幼児は、近くに親がいるものではないのか。親はどこへ行ったのだ。
そんなエルの疑問を見透かしたように、少年はぼそりと呟く。

「ママがね、となりの家のおばさんと、おはなししてるんだ。ぼく、つまんない」

[‥‥‥‥‥]

少年は不機嫌そうに唸り、ボールを拾った。
満面の笑みでそれをエルに突き出す。

「ねぇ、だから、あそぼ」

ボールの表面をエルはじっと見つめる。
あそぼ、とはこの少年とポールで遊べということなのか。
だが、エルには先に出された命令がある。

[‥‥‥駄目。ワタシは、ここで待ってないト]

「‥‥なんで?」

[命令されたかラ。ヒューイニ]

少年はエルの奇妙な口調に、きょとんとした。
だが徐々にその言葉の意味に気づいたのだろう。
頬をプッと膨らませる。

「ちぇ。いいもん。おねえちゃんとは、あそんであげないっ!」

そう叫んだ少年だったが、名残惜しいのか、エルの目の前でボールを蹴り始める。
時々エルの方をチラリと見ては、慌てて目を逸らした。
エルが見つめていると、やがてエルの視線に気づいた少年がぎょっと足を止め、勢いがついたまま飛び出したボールが転がっていく。

「あっ」

少年は我にかえってボールを追いかけた。
摩擦の少ないボールは止まる気配を見せず、そのまま公園の外へ飛び出した。
少年も後を追う。エルもその姿を目で追う。

[‥‥‥‥‥]

——————————ドンッ

鈍い音が響いて、少年の身体が宙を舞った。
時が止まってしまったようにゆっくりと。
鮮やかな赤い血が空にパッと花を咲かせ、重力によって散っていく。

地面に倒れた少年の前に、一台の黒い車が急停止した。
車はそのまま数秒間止まっていたが、やがて何事もなかったかのように猛スピードで走り去っていった。

[‥‥‥‥‥]

一部始終を見ていたエルは、ぴくりとも動かない少年に目をやった。
服や髪が赤く染まって、少年の日に焼けた肌に浸み込んでいる。
それを、無機質な美しいガラスの瞳で、エルは眺める。

近くで女の悲鳴があがった。エルと同じように、ひき逃げの現場を見てしまった母親のものだろう。
その絶叫で集まった人々が、少年の周りに輪を作った。

「ひき逃げか?」

「可哀そうに‥‥‥‥」

同情する声。哀れむ声。すすり泣く声。慰める声。
そんなものが入り混じった音を、エルは無表情に聞いている。

なぜ、あの少年は動かないのだろう。
なぜ、あの母親は少年を抱いて泣いているのだろう。
壊れてしまったのなら、直せばいい。直せないのなら、捨ててしまえばいい。
なのに、なぜ—————。

「‥‥‥あれ、なに?」

いつの間にか後ろに来ていたヒューイが聞いた。
その突然の声にもエルは特に驚かない。
冷静にヒューイの視線を辿り、少年を囲んでいる人垣を見た。

[車が、男の子を撥ねタ。男の子が、壊れちゃっタ]

「そうか‥‥‥」

ヒューイは重く低い声で呟き、そっと両手を合わせる。
その仕草を、エルは、不思議そうな目で見ていた。

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.123 )
日時: 2012/05/10 21:47
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

[人間って、どうして涙を流すノ?]

騒がしい市場の中で、エルは隣を歩くヒューイに聞いた。
屋台には新鮮な野菜や肉が並んでいる。
生臭い魚の匂いに顔をしかめながら、エルは荷物を持ち直す。

エルが持っているバッグには、生肉や野菜がぎっしり詰まっていた。
ヒューイは料理が苦手だ。基本は焼いたり生で食べられるものしか買わない。

「うーん‥‥‥悲しいからじゃないかな」

[悲しいと、泣くノ?]

エルは子供のように純粋だが、表情は人形のように空っぽだ。
嬉しそうに笑ったり、辛そうに泣いたり、人間にあるべき感情がない。
透明で美しいガラスの瞳で、真っ直ぐこちらを見つめるだけだった。

「嬉しい時にも泣くけど‥‥‥‥」

[泣いて、なにかいいことがあるノ?]

「んー‥‥‥涙は、悲しみの雫なんだよ。泣いて泣いて、涙が全部なくなってしまえば、悲しみも忘れるんだ。‥‥‥嬉しい時の涙は別だけど」

悲しみの雫、と呟いて、エルは押し黙った。
さっきの、子供が車にはねられてしまった母親。泣いていた。
あれは、悲しみの雫をなくそうとしていたのか。たくさん泣いて、子供のことを忘れようとしていたのか。
‥‥‥‥やはり、人間はわからない。

その時、ふわりと風に流されてきた“音”が聞こえた。
“音”は高く低く響いて、不思議な余韻を残して消えていく。

「歌‥‥‥‥」

ヒューイが立ち止まる。
市場の一角、古壁の前に一人の男が座っていた。
薄汚い服を着た男は、ギターを自らの爪で鳴らし、口からあの不思議な“音”を発している。
そんな彼の前には古びた帽子が置いてあった。

[歌?]

エルの問いにも、ヒューイは答えない。ただ静かに、ヒューイの口角が持ち上がっていた。
人間が嬉しい時に見せるという、笑顔。
なにが嬉しいのだろう。この不思議な“音”のどこがいいのだろう。
だが確かに、ヒューイは笑っていた。

ヒューイが男の前の古びた帽子の中に小銭を投げ入れると、男は軽く頭を下げた。
そしてまた男は、何事もなかったかのように“音”を発し続ける。

ヒューイの背中を小走りに追いかけるエルの頭では、ずっとあの不思議な“音”が鳴り響いていた。

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.124 )
日時: 2012/05/12 17:49
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

家に戻り、ヒューイは机に向かった。
ペン先を紙に付ける————が、ペンは進まない。
何度も書こうとはするのだが、書けない。書くこと自体が間違っているかのようだ。

心、はどうやって作るのか。
エルを作った時は、難解な計算に悩みこそすれ、ペンが止まることはなかった。
なぜ作れないのだろう。なにが「心」というものを難しくしているのだろう。
そもそも心とはなんなのだろう。

「‥‥‥‥‥くそっ」

頭が真っ白になった。
なぜ。なぜ作れないのだ。
エルの「形」は作ることができたのに。なぜ、中身が作れない。

プログラムされたことしかできない機械を作りたいんじゃない。
ものを見て、知って、考えて————一緒に笑って、一緒に泣いてくれる人を作りたいのに。

「心」だけが作れない————。

               ☆★☆★☆

エルは、机に向かっているヒューイをじっと見つめていた。
無表情な空っぽの顔。美しい無機質な光を宿らせる瞳。

ヒューイは苦しそうな顔をしている。
ペンを持った手を無理矢理動かそうとしている。
辛そうな、どこか諦めたような表情で。

[‥‥‥‥‥‥]

なぜあんな顔をしているのだろう。
自分は、ヒューイのこの表情が嫌いだ。あんな、苦しそうな顔をしてほしくない。
もっと、嬉しそうに‥‥‥‥市場であの不思議な“音”を聞いた時の、あの顔をしてほしい。

でも、どうすればヒューイをあの顔にできるのだろう。
優しそうに、楽しそうに、嫌なことを全て忘れてしまったように‥‥笑って‥‥‥‥くれるのだろう。

[‥‥‥‥‥‥]

わからない。
なぜ人間は笑う?なぜ人間は泣く?
なぜ‥‥どうやって人間は、幸せを感じる?

誰か。誰でもいい。ヒューイを笑わせて。
あんな顔は見たくないヨ。誰カ、ワタシヲ助ケテヨ‥‥‥

[‥‥‥永遠に歌うよ アナタに届くまで‥‥‥‥]

ヒューイが弾かれたように振り向いた。
驚いた目で、信じられないものを見たような顔で。

「エル‥‥‥?」

[Ⅰ sing for you‥‥‥‥Ⅰ will meet you someday‥‥‥‥‥]

エル自身も、驚いていた。
この高く低く響く声はなに?この美しい旋律はなに?
これは、あの、不思議な“音”‥‥‥?

[Thⅰs is our story‥‥‥‥]

いつもの奇妙な訛りのない、澄んだ声。
エルの口が言葉を紡いでいくのを、ヒューイは呆然と見ていた。

[1つ目のキセキは ワタシが生まれたこと‥‥‥‥]

こんなプログラムはされていないはずだった。
こんな歌を登録した覚えはなかった。
まさか、エルが自分で‥‥‥‥作りだした‥‥‥‥‥?

[2つ目のキセキは アナタと過ごした時間‥‥‥‥]

エルが生まれたのは、“奇跡”だった。
偶然、他の科学者たちが気づかなかった突破口を、ヒューイが見つけただけ。それだけだった。
そして今、ヒューイが造った“奇跡”が、新しい“奇跡”を生みだしている‥‥‥‥。

[3つ目はまだない 3つ目はまだないよ‥‥‥‥]

その時、ヒューイの目からぽろりと涙が落ちた。
エルが驚いたように歌を止める。ガラス玉の瞳と目が合った。

「やっと‥‥‥できたんだ‥‥‥‥‥っ」

しゃくり声が泣き声に変わった。
機械だって心を持てる。人を励ますことができる。
友達に、なることだってできる。

涙が止まらない。
エルの前で泣くのは気恥ずかしくて、ヒューイは無茶苦茶に目を拭った。
涙を止めようと嗚咽する。

[‥‥泣いていいんだヨ?]

「っ!!」

ヒューイの頭に白い手が乗せられた。
そのまま、子供をあやすように、ゆっくりと撫でられる。

[涙は悲しみの雫だかラ。いっぱい泣けば、悲しいことは忘れられるヨ?]

「‥‥‥‥違うよ。僕は、嬉しいんだ」

[嬉しいノ?嬉しいのに、泣くノ?変なノ]

苦笑気味にヒューイは笑った。
こんなの、久しぶりだ。温かい。優しい。

エルの白い手を握って、ヒューイは声をたてて泣いた。

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.125 )
日時: 2012/05/11 22:13
名前: 桜咲 紅葉 (ID: uwZWw1uD)

初めまして!・・・ですよね?
すごく読みやすい小説でした!・・・ウラヤマシイナァ
特に囚人の紙飛行機が泣きそうになりました!
これからも頑張ってください!

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.126 )
日時: 2012/05/12 17:28
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

初めまして、だと思います!
お名前はなんと読むんですか?
漢字は苦手なので‥‥‥

私より小説が上手な人はたくさんいますよ。
私はカキコは1年半やってますが‥‥‥
1年半やったにしては下手な方ですし‥‥‥

なにより、発想が平凡だ、って言われます^^;
誰か発想力を私にくださいwww

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.127 )
日時: 2012/05/13 10:53
名前: 桜咲 紅葉 (ID: uwZWw1uD)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel3/index.cgi?mode=view&no=24175

「さくらざき もみじ」と読みます

1年半ですか。長いですね
私は…まだ8ヶ月です(笑)

参照が私の小説です
全然ですよ?めちゃくちゃヘタwwww

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.128 )
日時: 2012/05/13 14:13
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

「もみじ」‥‥可愛い^^
馬鹿な私は最初「こうよう」と読んでいた件については黙秘w

元.ピアニッシモppさんですか!?
何度かそのお名前を拝見したことがあります。
8ヵ月‥‥でもお上手ですっ!
そのころの私の小説なんて目も当てられないもので‥‥///

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.129 )
日時: 2012/05/15 21:08
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

全てが変わってしまったのは、木々が色とりどりに紅葉した秋のことだった————。

エルが自らの意思を見せたのはあの時だけだった。
後はひたすら空中を黙視しているか、命令に従って動くのみ。
エルが歌ったことでエルの何かが変わったかもしれない、と期待していたヒューイをがっかりさせる結果であった。

だが、エルに自分の意思があるのは確かだ。
あの歌は無駄じゃない。けして。

何を考えているのか、床をじっと凝視しているエルを、ヒューイは見つめる。
その時。玄関の扉がノックされた。

「‥‥‥!」

ここに誰かが来ることは、ないはずだった。
ヒューイは親しい友達も持っていないし、親戚とも疎遠だ。
だがもしかすると、道に迷った人が訪ねてきたのかもしれない。
この辺りは道が複雑で、人通りも少ないからだ。

「どなたですか‥‥?」

おそるおそる扉を開けてみると、中年の男が立っていた。
ダンボール箱を腕に抱え、無理したような愛想笑いを浮かべている。

「宅配便です」

坦々とそう告げられるが、ヒューイに心当たりはない。
違うとは思いながらも後ろにいたエルに聞いてみる。

「エル。なにか、注文とかしてないよね?」

[イイエ]

エルが小鳥のように首を傾げる。
人違いじゃないですか、と男を振り返ろうとした、まさにその瞬間だった。

「動くな」

ヒューイの頭に、固くて冷たい筒状のものが当てられた。
神経が一気に張り詰める。それがなんなのか、振り返らなくてもわかる。
————拳銃だった。

「な、なにを‥‥‥‥」

「黙れ。手を上げて、そのまま家の中に入れ」

ヒューイは言われた通りに扉を離れ、椅子に座っているエルの橫に立った。
男はそれを確認し、家の外に合図を送る。
途端に数人の人間が入ってきた。屈強な身体つきをして、口は意地悪い笑みが絶えない。男の仲間のようだった。
男が拳銃を向けたままヒューイに聞く。

「ここに若い科学者が住んでいると聞いた。それはお前か?」

「‥‥‥そうですが」

「なんでも命令を聞く、奇跡のようなロボットを作った、という噂は、本当か?」

「‥‥‥‥‥‥」

「それは、この小娘のことか?」

男がエルを指差す。
そんなこと、どこで聞いたのだろう。誰にも言っていないはずなのに。
ヒューイは質問に答えず、逆に男に問うた。

「あなたたちは誰ですか。なんの目的でこんなことを」

「ロボットはどこだ。それを言えば、教えてやってもかまわない」

「‥‥‥‥‥」

「それともなんだ?この小娘の手を切り落として、機械かどうか確かめてやろうか?」

ヒューイは唇を噛みしめた。
男の後ろで、男の仲間たちが残酷な歓声をあげる。
間違いない。男は、本気だ。

そんな張り詰めた雰囲気の中、エルだけが静かだった。
赤ん坊に似た、どこかあどけない無表情。

「そこの女の子‥‥‥エルが、そうだ」

ヒューイは声を振り絞ってそう呟いた。
満足そうな笑みを浮かベ、男はずかずかとエルに近寄る。

「っ、エルに指一本触れるんじゃないぞっ!」

「‥‥‥あぁ。俺たちは、指一本こいつに触れないさ」

エルと男の視線が交差する。
静かな沈黙が続いた。2人は瞬きもせずにじっと目を合わせている。
ふいに、男が口を開いた。

「お前に、頼みたいことがある」

[‥‥‥ワタシニ?]

「あぁ。ある所に行って、ある物を取ってきてほしい」

そして男は、ここよりもさらに森の中の、ある研究所の名前を告げた。
ヒューイはその名前に聞き覚えがあった。あそこは、去年————。

「そこの一番奥の部屋にあるスーツケースを取ってきてくれ。お前なら、できるな?」

[‥‥‥‥ワカッタ]

エルはヒューイが止める間もなく、立ち上がった。
脇目も振らずに男の橫を通り過ぎていく。
一瞬の迷いもなかった。命令されたことを忠実に守る、機械の動き。

エルを止めなければ。
男たちの目的が分かった今、エルを止めなければ、この国の運命が変わる————。

だが無情にも玄関の扉は閉ざされ、男たちの息遣いや含み笑いだけが響く、静かな空間に戻った。


エルが取りに行ったもの。
去年、何十人もの科学者たちが人生をかけて完成させた、街一つを吹き飛ばす爆弾。

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.130 )
日時: 2012/05/13 15:03
名前: 桜咲 紅葉 (ID: uwZWw1uD)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel3/index.cgi?mode

>>128
はい、元ピアです☆
この間ついにHNを変えました♪
あれ?名前何度か見たことある?
マジですか!?

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.131 )
日時: 2012/05/14 21:19
名前: 麻香 (ID: RXnnEm2G)

はいww
何度か小説を拝見させていただいたこともあったと‥‥‥
ゴメンナサイ、記憶力悪いので、ぼんやりとしかおぼえてなくて‥‥

Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.132 )
日時: 2012/05/16 22:30
名前: 麻香 (ID: l/9ga28M)

エルが出て行った後、男たちは何かの作業に取りかかった。
ダンボール箱から大きなテレビのようなものを取り出し、ヒューイの部屋から勝手に取ってきたコードで繋いでいく。
その間も、男の拳銃は油断なくヒューイを向いていた。

よく見るとその拳銃は、威力も弱めの小型のもの。
最近になって護身用に一般人に売り出されたものだが、急所を狙われれば確実に致命傷を負う。

やがて、テレビの接続が終わったのか、画面が明るくなる。
映しだされたのは、森に囲まれたどこかの建物を正面から撮ったものだった。
画像は荒いが、色もついているし、それなりに高価なテレビなのだろう。

「‥‥‥これは?」

ヒューイが聞くと、男は面倒くさそうに顔をしかめた。
だが暇なのかぶっきらぼうにも答えてくれる。

「あの小娘が行った、例の研究所だ。事前に隠しカメラを仕込んでおいた。偽物を掴まされちゃたまらねぇからな」

「‥‥‥‥‥‥っ!」

男の言葉を証明するかのように、画面の端に人影が映った。
明るい金髪に白いリボンの、小柄な少女。エルだ。

建物の門の前には武装した衛兵が2人立っている。
爆弾やら危険なものを扱う場所だ。強盗などの犯罪が起きる可能性もあるのだろう。
その門へと姿勢正しくエルは歩いていく。

『っ、何者だ』

画面の中。衛兵たちはエルに槍を向ける。
その槍にエルが一瞬止まった————ように見えた。

だが一瞬後、エルは跳んだ。
人間離れした、美しく神秘的な跳躍。その一跳びでエルは高い門を飛び越えてしまった。
地面に軽く降り立ち、何事もなかったかのように建物へ歩き始めたエルを、衛兵たちは唖然と見つめる。
数秒の後、硬直が解けた衛兵2人は、エルに走り寄りながら叫ぶ。

『と、止まれっ!この槍が見えないのか!!』

だがエルは平然と歩き続ける。
焦る様子を見せず、無表情に、不気味なほど静かに。

幼い少女を傷つけるのが怖かったのだろう。
躊躇しながら、それでも衛兵はエルに槍を突き出した。
衛兵は雇い主を守ることを優先しなければ。それに、こんな子供なら、少し血を見ただけで驚いて逃げだすだろう。そう思ったのだ。だが。

『う、うわぁっ!!』

驚いて悲鳴をあげ、逃げだしたのは衛兵たちの方だった。
槍はエルの腕を軽く切り裂いた。そこから見えた、黒い部品と、青白い火花。
エルが人間ではないのに、彼らはようやく気づいたのだ。

傷を全く気にすることなく、エルは建物の中にするりと消えた。
ヒューイは再び現実の世界に引き戻される。

「爆弾を‥‥‥どうするつもりだ?」

できるだけ感情を抑えた声で男に聞く。
男はニヤニヤと笑っていた。

「あん?」

「だから、爆弾を何に使うつもりだと聞いてるんだ」

男の仲間たちの方から忍び笑いが漏れた。
ヒューイに光る拳銃を向けながら、男は歪んだ笑みを見せる。

「俺は、この国の隣国の大臣をしている。ここの国王は俺たちの国に莫大な借金をしているが、返そうとしない。だから、国王の代わりに、この国の国民たちにお仕置きを受けてもらおうと思ってね」

「‥‥‥‥‥」

「街一つを吹っ飛ばす爆弾。それが王都のど真ん中で爆発したらどうなると思う?さぞ面白いもんが見れるんだろうな」

「‥‥‥‥‥そんな」

男たちは、テロリストの集団。
この国に恨みを持ち、王都を潰そうとしている。
酷い話だ。だが、そんなことはどうだって良かった。王都が潰れようが、国王が死のうが、そんなことはどうでもいい。ヒューイに直接は関係ない話なのだから。
問題は————。

「そんなことのために、エルを利用したのかっ!!」

男が拳銃を持っているのも忘れ、ヒューイは男に飛びかかる。
心の中にあるのは、純粋な怒り。そして悲しみだった。

エルは関係ないのだ。
なにも悪いことはしていない。
機械として生まれたが、色々なものに触れながら、“心”を宿していく————そうなるはずだった。

自分勝手に利用するためにエルを作ったんじゃない。
ただ、寂しくて。一緒に笑ってくれる人が欲しくて。一緒に泣いてくれる人が欲しくて。
自分だけの友達が欲しくて。たったそれだけで。

「この野郎っ!」

「っ」

鍛錬された男の腕力は強く、ヒューイは地面に叩きつけられる。
起き上がろうと必死でもがいていると、頭に冷たい銃口が当てられた。

「あの小娘の設計図はもらった。戦争の兵器として使えそうだからな。人殺しを平気でする忠実なロボットは」

無情な笑い声。
それはヒューイの心を深く強くえぐる。

「じゃあな。天才科学者さんよ」



—————————引き金が、ひかれた。


Re: ボカロ短編song for you [ココロのプログラム]編 ( No.133 )
日時: 2012/05/24 21:19
名前: 麻香 (ID: l9EMFnR1)

数時間後————。

ヒューイの家に1人の少女が訪れた。
服や白いリボンは裂けて、ただの布切れとなってしまっている。
肌には切り傷が大量にあり、赤い血が流れ出す代わりに、銀色の金属が露出していた。
普通の人間なら倒れてしまいそうな傷にも少女はものともせず、なぜかスーツケースを大事そうに抱いている。

ノックもせずに少女——エルが扉を開けると、家の中には屈強そうな男が数人、居座っていた。
家の主であるヒューイの姿はない。
男たちはエルの容姿を見て一斉に息を吞んだ。
だがすぐに平静を取り戻したリーダーらしき男が、エルに聞く。

「‥‥頼んでいた例のヤツは、それか?」

[はイ]

エルはスーツケースを持ち直す。
中身がなんだかは聞かされなかったが、重さや大きさから強力な爆弾だと判断する。
だが、そんなことはどうでもいい。奴らがこれをどう使おうと。
問題は————。

[ヒューイ、ハ?]

「ん?」

[ヒューイは、どこですカ?]

奇妙な口調でエルが聞く。
声には高低がなく、流れるような喋り方だ。

「死んだよ。俺が銃で頭をブチ抜いてやったんだ」

[死んダ?‥‥壊れたノ?直せないノ?]

「そうだ。永遠に直せない」

[そウ]

エルは無表情だ。
無機質な瞳には、なんの感情もこもっていない。
それを見て男は残忍な笑みを浮かべる。

「“奇跡”とはいえ、やっぱり機械は機械だな。創造主が死んでもあの表情だ」

男の仲間たちからも含み笑いが漏れた。
あの天才科学者が命をかけて守ろうとしたのが、これだ。
機械は機械。その事実は変わらない。

「ほら、そのスーツケースを渡せ。小娘」

男がエルの方に手を出す。
エルは無表情でその手を見つめる。冷たく。静かに。
やがて、言い放った。

[ワタシは小娘じゃなイ。ワタシはエル。ヒューイに、貰った名前]

「あぁ?」

男の苛ついた声を無視し、エルはしゃがんで、その場でスーツケースを開いた。
突然のことに男たちは咄嗟に反応できない。
スーツケースを見つめるエルの口から、やがて不思議な“音”が流れ始めた。

[‥‥‥永遠に歌うよ アナタに届くまで‥‥‥‥]

突如として響いたその“音”に、男たちはピタリと固まる。
美しい“音”だった。スッと耳を通り抜けていくのに、その余韻が頭に残っている。
聞く人を引き込ませる魅力がある、物悲しくて、聞くだけで辛くなる“音”。
男の仲間の一人が呟いた。

「これは‥‥歌、か‥‥‥?」

[Ⅰ sing for you‥‥‥‥Ⅰ will meet you someday‥‥‥‥‥]

ふと、少女の青い瞳から雫が落ちた。
それは「涙」と呼ばれるもの。人間が、嬉しい時に流すもの。人間が、悲しい時に流すもの。
悲しみの雫——————。

[Thⅰs is our story‥‥‥‥]

静かに、機械が流すはずのない「涙」を流しながら、エルはスーツケースの中を見た。
複雑な部品の中に【青】と【赤】のコードが2つ並んでいる。
片方のコードを切ると爆弾は機能停止し、片方のコードを切ると爆弾が爆発するという、ありがちなやつだった。

[1つ目のキセキは ワタシが生まれたこと‥‥‥‥]

人間がこの状況に出会えば、パニックに陥っただろう。
だがエルは人間ではない。
ヒューイが残してくれた、“奇跡”の知能が、エルを正解ヘと導く。
————【赤】のコードを切れば、爆弾は停止する。

[2つ目のキセキは アナタと過ごした時間‥‥‥‥]

エルの口が“音”を紡いでいく。
全てはヒューイが作り出した“奇跡”。
そこに、エル自身の意思はないかもしれない。

それでも、ヒューイは優しくしてくれた。人間の友達のように接してくれた。
ヒューイは寂しかったのだ。たった1人でいることが。

[3つ目のキセキは ワタシにできた“ココロ”‥‥‥‥]

機械のエルを馬鹿にしていた男も、エルの思惑に気づいたのだろうか。
エルを押しのけるようにして玄関の扉に飛びつく。
そこへエルは、最後の“宣告”を告げる。

[4つ目はいらない 4つ目はいらないよ‥‥‥‥]

エルは爪で爆弾のコードを引きちぎった。
—————【青】のコードを。

爆弾から光が迸り、全てを呑み込んだ。

ヒューイの家も。逃げ出そうとする男たちも。涙が伝うエルの口元に浮かんだ、幸せそうな微笑も————。


               ☆★☆★☆

数日後。流れだした事件の報道は、王都中を震え上がらせた。

隣国のテロリストたちが、ある研究所から強力な爆弾を奪ったこと。
王都から離れた森の中に住む、若き天才科学者の家を占領し、拠点としたこと。
だがそこで、暴発した爆弾がテロリストたちごと拠点を吹き飛ばしたこと。

人々は、原因不明の暴発に巻き込まれた若き天才科学者を惜しんだ。
同時に、科学者の家が王都から離れていたため、王都に大きな被害がなかったことに安堵したりした。


その裏で天才科学者が起こした“奇跡”の真相を知る者はいない——————。


                                                —END—