二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

単純に、手放す。 *氷橙風様との共同お題 ( No.289 )
日時: 2010/11/09 21:53
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

    〔 単純に、手放す。 〕


 毒々しい紫色が、嫌でも目を引いた。無意識のうちに指がそちらへと伸ばされかけていて、思い切り歯を食いしばって自らを牽制する。もうあれに触れてしまえば戻れないと、本能的にぼんやりと感じた。
 それでもまるで惹かれ合う磁石のように、無理矢理押しとどめた指先がぴりぴりと焦がれるように疼くのがわかる。触れたい、掴みたい、この手中に収めたい。そうすればきっと、俺は前へ進めるはずなんだ!
 思わず、叫びだしそうになった。けれどそれは、あれを俺の目の前に差し出しているウルビダの冷ややかな視線で射すくめられるように勢いを失い、呆気なく牽制されてしまった。

「決めるのが早いな。衝動だけで動けば、後々後悔することになるぞ」

 つめたい、まるで氷のように凍てついたウルビダの声。それは何を想っていっているのか、ウルビダの表情からも全くつかめなかった。無表情に限りなく近い、どこか空虚な悲しさが浮かぶ寂しげで凛とした顔。
 その顔は、去ってしまう直前の豪炎寺を思い出させた。それから思考が連鎖して、先程イナズマキャラバンから辞退すると告げてきたばかりの円堂のことが頭に浮かぶ。今まで俺を引っ張ってきてくれていた、キャプテンの顔が。
 
「お前は、どうしたい」

 優しく、まるで抱擁するかのような声音でウルビダが尋ねてくる。客観的にとらえればぞっとするほど不気味に思える雰囲気と声音のミスマッチさだったかもしれないが、しかし俺から見ればすっかりと凛とした雰囲気と寂しげな表情と優しい声音は、綺麗に調和していた。一つの絵画のように、酷く儚げで繊細に見えた。
 イナズマキャラバンを半ば自分勝手に離脱してきてしまったことによる罪悪感やごちゃごちゃとした思考は、ウルビダのその一言で全て霧散した。脳の隅においやられ、それらは酷く小さな異物になった。

「俺、は」

 酷く掠れた声が、喉の奥で鳴った。今にもウルビダの持つあれを手にしたい、一度手にすればきっと逃れられなくなるだろうが、それでいい。きっと手にすることで、この欲求や空しさや憤りは全て解消されるだろうから。
 ウルビダの濁ったような澄み渡っているような酷く不安定な瞳が、ゆらゆらと揺れ焦点を失くした。ぼんやりと、ウルビダと目を合わせようとした。けれど焦点をなくしたウルビダとは目があわせれるはずがなく、無駄な努力に終わる。
 
「つ、」

 先へ続く言葉はもう決まっているというのに。なのに何故、言葉は喉の奥で燻っているんだ。口に出して、形にしてしまえばいい。それが俺の願い、望み。その言葉を伝えれば、それで物事は進んでいく。伝えろ、言うんだ。
 いくら叱咤しても、俺の口はその先の言葉を紡ぎだそうとはしてくれなかった。情けなくて、無力感と脱力感と虚脱感が体をすっぽりと包み込んでいくような気がした。結局俺は小さな一歩も踏み出せない、弱く愚かな存在なんだ。
 それをぼんやりと脳が自覚して、まるで麻痺させられたかのように感覚が鈍っていく。

「それがお前の出した、答えなんだな」

 そんな状態は、ウルビダの声で氷水に浸されたかのように一瞬で霧散し、正常になる。俺は、ウルビダのことが好きみたいだな。自嘲気味に、そう思った。実際そうなのかはわからないけれど、なんとなくそう感じたから。
 次の瞬間、ウルビダがふっと微笑んだ。やわらかく、強かな笑み。生まれたときから兼ね備えていたであろう冷徹さや厳しさは拭えないが、それでも十分に綺麗でふんわりとした、穏やかな笑みだった。
 エイリア学園なんて名乗っているけれど、ジェネシスという脅威の力を兼ね備えたチームだけれど、同じ人間なんだ。脳髄の侵すように、そんな感覚が浸み込んでくる。極悪非道の心を持っているわけでも、人の哀しみを感じられないわけでもない。
 同じ、人間なんだ。

「……俺は、強くなりたい」

 不意に、言葉が口から零れだした。喉の奥で燻り続け、霧散してしまうかに思えたこの言葉。雷門イレブンを裏切り、エイリア学園へとつくという明確な意思を示すこの言葉。躊躇い続け、やっとのこと吐き出された想い。
 雷門イレブンを、円堂を、今まで一緒に頑張ってきた仲間を、裏切ることができるなんて。自嘲めいた笑みが口元にかすかに模られるのを感じて、もう一度言った。焦点の戻ったウルビダの目に、しっかりと目を合わせて。

「俺は、強くなりたい」

 へたり込んだ俺の目線の高さに合わせしゃがんでいたウルビダが、立ち上がった。口元には、はっきりと模られた、先程の優しく抱擁的な笑みではない明確な意思の強さと冷酷さを漂わせる笑み。
 そしてあれ——エイリア石を持っていない方の手を俺に差し出す。俺は躊躇うことなくその手を取って立ち上がり、エイリア石を受け取った。不敵な笑みが、俺にもウルビダにも浮かぶのが手に取るようにわかった。

「風丸一郎太、お前は今日からエイリア学園の“仲間”だ」

 不敵な笑みが残忍な笑みに変わっていくのを感じる。ウルビダは、はっきりとした言葉を一語一語紡ぎながら、俺に向けて言い放った。

「私の本名は八神玲名。これからよろしく、風丸一郎太」

 返事をして、エイリア石を首にかけた。雷門のジャージの上でエイリア石が輝くのは、この上ない皮肉だろう。
 俺は、手放した。今まで培ってきた様々な仲間や思い出を全て——単純に、手放した。




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氷橙風様との共同お題、玲風で「単純に、手放す。」です。ぎゃはー相変わらずの駄文でごめんなさい!
せっかく素敵なお題を拝借させていただいたのに生かしきれなくて申し訳ない……!
書いてて楽しかったです、いきなり迷惑なことを持ちかけてしまってすみませんでしたーっ!

書き忘れてた。
この話は二期風丸離脱直後の話でございます。わかってもらえるように頑張ったのですが失敗ですねわかります。