二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

それは誰かの幸福論 / バメル兄弟とミストレ ( No.357 )
日時: 2011/02/18 17:40
名前: 宮園 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

@それは誰かの幸福論

 今流行りの曲を、控え目な音量で携帯が垂れ流す。本日何度目かもわからないその着信音にエスカはきつく顔を顰め、またこれも何度目かわからないため息を洩らした。現実と夢の間をぶらぶらと彷徨っていた意識が一気に現実に引き戻され、確実に脳を蝕んでいた睡魔が一層される。眠たげに細められていた目をさらに細めて——今度は苛立ちで——エスカはベッドの上に投げ出された携帯を手に取ると、電話をかけてきた相手を確認することなく通話ボタンを押した。誰からの着信かなど、わかりきってしまっている。相手が言葉を発する前に、まくしたてるようにエスカは携帯に向かって言葉を吐き出す。
「一日に何度かけてくンだよ」
 刺々しい突き放すような声音と言葉に、エスカの隣で壁に体を預けベッドの座り込んでいるミストレーネが冷ややかな目線を送る。その視線はエスカの先程の様子を咎めるものだったが、エスカはその視線に気づきつつもそちらへは目を向けようともしない。ただ白い天井を睨みつけて、相手の言葉を待った。がたがたと貧乏ゆすりで揺れる脚は明らかに苛立ちを表しており、ミストレーネは不快そうにそれを眺める。やがて通話口から、相手の声が返ってくる。
『おにーさまが弟のことを心配するのは常識だろ?』
 エスカとよく似た性質の声が通話口から発せられ、ひょうひょうとした風体で言葉を形作る。その言葉に強烈な不快感を表情で示し、エスカは投げやりでぞんざいな声音で言葉をぶつける。
「てめえなんかが様をつけられるわけねーだろうが」
 確実な怒気と苛立ちを孕んだ声を吐き出すと、エスカは切断ボタンを押そうとした。しかしミストレーネに「やめなよ」と小さく声をかけられ、結局は相手の言葉を待つことになる。ミストレーネをきっとねめつけながら、エスカは返ってきた言葉に今度こそ切断ボタンを押した。
『それは誰にとっても同じだろうが、阿呆』
 ぶち、と音を立てて通話が切断される。ばたんと乱暴に閉じた携帯をやわらかな毛布に放り出して、エスカは電話がかかってくる前までと同じように、ミストレーネと同様に壁に体を預ける形をとる。すっと細められた黒い目は、ぼんやりと放り出された携帯を見つめている。いくらか苛立ちもひいた、どちらかといえば不快感のほうが勝るエスカの横顔を見据えて、ミストレーネが苦笑を交えて問いかけた。
「和解する気はないのかい?」
「和解も何もあるか。元から喧嘩なんぞしちゃいねぇ」
 そっけない口調でその問いを一蹴するエスカの言葉を反芻しながら、ミストレーネはぼんやりと思考する。確かにこの緩んだ国に惑わされ落ちてしまったエスカの兄は情けない。エスカ自身がひどく嫌うこともわかる。だがエスカの兄は何も悪くないのだ。それに軍人となるため訓練を重ねる自分らにとっては情けなく見えるが、世間的に傍観すればエスカの兄のほうが普通なのだと。いつかは自分らもエスカの兄のように何かを悟り、自ら今までの訓練を無駄にする日が来るのだろうかと。果たして一般的に生きるのと、今までのように軍人になるために生きるのと、どちらのほうが幸福なのだろうかと。
 とりあえず確実にわかることは、まだまだバメル兄弟が仲良くなる——エスカが一方的に嫌っているだけだが——日は遠いということだけだ。いつもの癖で結った髪の毛をいじくりながら、ミストレーネはかすかに口角を上げた。今日も綺麗に整った髪だ、いつものようにそう思いながら。