二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 92章 黒ウサギの赤い目 ( No.173 )
- 日時: 2015/10/17 22:37
- 名前: 霧火 (ID: 6fmHesqy)
「目覚めるパワー!」
ヒトモシは大きく息を吸い込み、冷気を纏った球体を出現させた。
大きさは通常の物より小さくなったが、通常の3倍程多くなった球体をチルットへ放った。
しかしチルットはその数を目の当たりにしても慌てる事なく、最初に飛んで来た4個の球体を軽々と避けた。
「速い!身軽!凄いぞチルットー!」
両腕を挙げてぴょこぴょこ跳ねるAの声に張り切ったのか、チルットのスピードはどんどん増して行き、球体を次々と躱して行く。
「『…っ』」
今まで本気を出していなかったのか──そう思ってしまう程の動きに息を呑むリオとヒトモシ。
怒濤の如く飛んで来た球体がピタリと止み、もう終わりか?と言わんばかりにチルットが得意気な顔でヒトモシを見下ろした。
そこで。
チルットがヒトモシの手の中で揺らめく物を認識したのは。
顔色が変わったAとほぼ同時だった。
「避けろ!!」
Aの大声にハッとして回避しようとしたチルットの左翼に、遅れて発射された1個の球体が命中した。
ピィ、と小さな悲鳴をあげたチルットは落下した。
(当たった!)
引き攣り顔で固まったAとは対照的にリオの口は綻んだ。
たった1個とはいえ飛行タイプのチルットには効果は抜群、しかも翼を凍らされて動きが鈍っている。
「今がチャンス!もう1度目覚めるパワー!」
「かっ、躱せ!」
飛んで来た球体を寸での所で躱したチルットだったが、すぐに数個の球体が飛んで来た。
意図したのか将又偶然か、網の形状をして向かって来る《目覚めるパワー》に、このままだとマズイ──
そう思ったAが視線を彷徨わせると、
右側のある一カ所だけ球体が無い所を発見した。
まるで網にぽっかり穴が空いているかの様なソレに、Aは汗を流しながらもニヤリ、と笑った。
(見付けた、攻撃の欠陥部分──穴を!)
チルットも気付いたのか、凍った左の翼を必死に羽撃かせてその穴へ向かって行く。
身体を捻って穴を抜け、攻撃を回避したチルットとAはほっとした、が。
「掛かったわね!煉獄!」
《目覚めるパワー》の網から脱出したチルットを待っていたのは、神々しくも雄々しい紫色の炎だった。
(《目覚めるパワー》を右側に撃たなかったのはわざとか…!)
罠に掛かり悔しさで下唇を噛むA。
それでも焦らずに指示を出すのは流石と言った所か。
「包み込め!コットンガード!」
チルットが力むと翼の綿が風船の様に大きく膨れ上がった。
倍以上に膨れ上がった綿で身体を包んだ所で炎がチルットに直撃した。
ボロボロと火が付いた綿が降ってきて、その綿が凍った地面に落ちて泥水が増えていく。
ぐるりと辺りを見回すリオの耳に羽撃く音が聞こえた。
「…防御を上げる《コットンガード》じゃ特殊技の《煉獄》のダメージを軽減する事は出来ない。
でも綿を多くする事で直接肌に伝わる熱を和らげる事は出来る。当然、火傷状態だって回避出来る!!」
Aの言った事が正しいかどうかは分からない。
しかし翼を広げて地面に立っているチルットの身体に火傷は無く、あながち間違いでも無いとリオは思った。
「チルットが右側の、決められた一カ所を通る様にわざと攻撃の穴を作って誘導…仕向けるなんていやらしいな。
Aの知る変態程じゃないけど」
「へ、変態?」
「上空ドラゴン注意報!ドラゴンダイブ!!」
チルットは己を奮い立てる様に高く鳴くと急上昇、青い龍のオーラを纏って急降下する。
「今度は怯まないでヒトモシ!…上に向かって弾ける炎!」
殺気に負けず放たれた炎はチルットの真横を通り、天井に当たった。
《目覚めるパワー》で凍っていた部分が溶けて、室内だと言うのに雨が降り注いだ。
「残念、ハズレだ!」
ドオォ……ン
大きな音を立ててチルットがヒトモシの上に落ちた。
砂埃と砂利、破片等が飛び散り、Aとリオは咄嗟に腕やフードで顔を守る。
視界が開けていき、目を開けるとうつ伏せに倒れて顔だけ持ち上げているヒトモシの姿が映った。
「…良く耐えたな。でももうおーわり!外さないよ!燕返し!」
Aは高らかに人差し指を挙げた。
・
・
・
。
「…って!!チルット!何で飛ばないんだ!?」
「飛べないからよ」
訳が分からない──そう言いたげな顔のAにリオは補足する。
「綿は熱に強いと同時に吸水性にも優れている。《コットンガード》で新しい綿を身に纏ったとしても、
1度濡れた綿は簡単には渇かない。そして、水を吸い取った綿の翼は重くなって飛ぶ事が困難になる」
「…そうか。翼に砂が付いて余計重くなって、それで飛べないんだ!」
「正解。でも、それだけじゃないわ。普通の砂なら叩けば落ちるけど、翼に付いた砂は水を吸い取って泥みたいに
なっているから簡単に落とせない。この中には泥を落とせる水場も無いから翼はそのまま」
ヒトモシは身体を起こすと、ゆっくり後退してチルットとの距離を取る。
それでも動かないチルットにリオは目を細めた。
「…これ以上汚れたくない。そう思ったからチルットは戦いを早く終わらせたくて、攻撃するのを止めたのよ」
「つ、翼が重くなった理由には納得したけど、汚れたくないから攻撃しないなんて…そんなバカな話あるか!!」
「ありえない話じゃないと思うわよ」
噛み付きそうな勢いで喰ってかかるAにリオは首を横に振った。
「《燕返し》は普通の技と違って躱す事が困難な技だから背後を取って不意をつく必要なんて無い。
そんな事しても相手に与えなくても良い時間をあげる様な物だからね。それを理解していたからチルットは
真正面から攻撃して来た…でも2回目の《燕返し》は、何故か迂回して背後から攻撃した」
「そっ、それは反撃を警戒して攻め方を変えたんだ!状況に応じて戦い方を変えるのは基本中の基本だ」
「チルットは至近距離の《目覚めるパワー》をも躱す身軽さを持っている。今更こっちの攻撃を警戒するとは
思えないわ。チルットのあの動きは貴女にとっても予想外だったんでしょ?思いっきり驚いてたし」
図星をつかれたのか、Aは「ぐぬぬ…」と唸る。
「私はチルットに正面から攻撃出来ない理由があった──そう思ってる。あの時、ヒトモシの背後には
泥があった。真正面から攻撃してヒトモシが泥の方へ倒れたら、泥がこちらに飛んで来るかもしれない。だから
チルットは自分に泥が付かない様に背後からヒトモシを攻撃した。少し高めに飛んでいたのも、
脚に泥が付かない様にする為ね」
喋り疲れたのかリオは大きく息を吐いた。
「…私が色々言った所で全部憶測だから納得出来ないとは思うけど、こうして喋っている間に攻撃するチャンスは
幾らでもあったのに、チルットにその気が無いのが、全ての答えなんじゃないかしら」
静かに言ったリオとこくこくと頷くヒトモシにAは唇を噛む。
「そんなの間違いだ、妄想だ!」
反論するAとは対照的に翼に付いた砂を落とすのに専念しているチルットからは、もう戦う意志は感じられない。
リオはヒトモシのボールを手に取る。
「…どうしてヒトモシのボールを持ってるんだ?」
「戦う意志が無い相手をこれ以上攻撃する必要は無いからね」
「戦えない?…違う。違うなぁ。大間違いだよリオ」
ぐしゃり、と髪の毛を掴んだAは小さく笑う。しかしその口は裂けそうな程に吊り上がっていた。
「これは戦いじゃない、純粋な遊びだよ。遊びに怪我は付き物なのに何で遠慮するんだ?もっと遊ぼうよ」
満面の笑みを浮かべて両手を広げたAにリオは身震いする。
細められた赤い瞳は、そんなリオの姿をはっきりと映していた…