二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 29章 別れ道 ( No.56 )
- 日時: 2020/08/24 16:23
- 名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)
天井近くまで燃え盛っていた炎は、やがて音を立てて崩れ落ちた。
そして炎の中から所々火傷を負ったミルホッグが歩いて来た。
『……ッグ』
頭の炎を大きく膨らませて身構えるヒトモシ。
あの時とは違う、闘志を燃やした瞳にミルホッグは笑い、そして──
「ミルホッグ!!」
ミルホッグは、ゆっくりと前のめりに倒れた。
「ミ、ミルホッグ戦闘不能!よって、勝者は……リオちゃんなのです!」
呆然とミルホッグを見つめるリオとヒトモシ。
しかし観客席から聞こえる拍手と祝福の声で、状況を理解する。
「……ヒトモシ」
『モ……』
振り返ったヒトモシは、今にも泣きそうな顔をしていた。
恐怖からじゃない、申し訳無さからじゃない。
1歩を踏み出せた喜びから、ヒトモシは心から涙を流した。
「本当にありがとう。貴女はやっぱり最高だわ!」
『モシシ!』
そして感謝を告げて抱き締めるリオに、ヒトモシは久しぶりの笑顔を見せた。
「ご苦労だったね、ミルホッグ。ゆっくり休みな」
アロエはミルホッグのボールをじっと見つめた後、ヒトモシを見る。
(《弾ける炎》なんて生易しい物じゃなかった。今の技は、間違いなく《煉獄》。
でも、ヒトモシのレベルはそこまで達してない筈だ。リオの想いに応えようと、ヒトモシが一時的に
強力な技を出したって言うのかい?)
「——だとしたら完敗だね、本当に」
「ママ?」
アロエはキダチの前を通り過ぎ、リオ達に近付く。
「大したもんだよ、リオ。女なのに惚れちゃうじゃないか」
「アロエさん」
「こちらの先入観を逆手に取った戦術と技の応用力。無駄の無い決断力と予想を上回る攻撃。
そして何より、互いに支え合い高め合う強く深い絆!しっかり見させて貰ったよ。こんなに
熱くなったのも、負けても清々しい気分なのも久しぶりだ」
リオとヒトモシを交互に見てアロエはくしゃりと笑う。
口を大きく開いて体全体を震わせて豪快に笑っていたアロエが見せた、とても柔らかで優しい笑みに
その場に居た全員が見惚れた。
アロエは周りの視線に気付かず、笑みを浮かべたままエプロンのポケットに手を入れる。
「このベーシックバッジを受け取るのに相応しいポケモントレーナーだよ、アンタは」
アロエは紫色で黄色の縁取りがされたバッジを取り出してリオに差し出した。
「受け取りな。あたしに勝った証だよ」
「あ……ありがとうございます!」
リオはバッジを両手で受け取り、上に掲げる。
証明の明かりとヒトモシの炎でバッジはキラキラと輝く。
斯くしてリオは2個目のジムバッジをゲットし、ヒトモシは大きな1歩を踏み出したのだった。
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「次のジムはヒウンシティにあるみたいだな」
ポケモンセンターでヒトモシ達を回復するのを長椅子に座って待っていると、隣に腰掛けていた
アキラがパンフレットを広げ、地図を指差した。
「そっか。でもその前に長ーい橋があるわよね?」
(いくら夜目が利くとはいえ、視界が悪い夜に長い橋を黙々と渡るのは嫌なのよね。ジム戦を
終えたばかりのチラーミィとヒトモシにこれ以上負担も掛けたくない。とても頑張ってくれた
2人にお礼を兼ねて、張り切って沢山特訓してくれたのに出番を作ってあげられなかった
シビシラスにお詫びを兼ねて、今日はご飯をいつもより豪華に作ってあげたいし……別に無理して
今日中に渡らなくても良いかな)
リオは隣に座っていたアキラにも意見を聞く事にした。
「私は、もう夕方だし今日はポケモンセンターに泊まろうと思ってるんだけど、アキラはどうする?
この後出発するなら、」
「リオ」
リオの言葉を途中で遮り、アキラは立ち上がる。
「ここから先は──別行動だ」
「……え」
掠れた声が漏れる。
アキラの突然の言葉に、リオは戸惑いを隠せない。
呆けている幼馴染に、アキラは苦笑して話し始める。
「リオとの旅が楽しいから最近まで忘れてたけど、さ。俺達は幼馴染みで親友で、仲間であると
同時に……ライバルなんだよな」
それはリオも理解していた。
「盗難事件の時、俺はリオに本当に励まされたし気持ち的にも助けられた。でもその日の夜、
じっちゃんに聞かれたんだ」
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———
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2人組の盗人からチラーミィを取り返した日の夜。
毛布で包んだポケモンのタマゴを抱いて、ポケモン達と夜風を浴びる為に外に出たリオを見送り、
アキラは寝室に向かった。
部屋に入り、専用のベッドで一足先に熟睡しているイーブイを一瞥して自分もベッドに横になる。
大の字になって手足を伸ばして力を抜き、瞳を閉じて深い眠りへと——
「……やっべ、眠れねぇ」
ベッドの上で体勢を変えてみたり、籠った熱を逃がしてから再度ベッドに体を預けてみても
アキラの脳は覚醒したままで、目を閉じても草木が揺れる微かな音でさえ耳が拾ってしまい、
それを気にしない様に意識すればする程、眠気が無くなる。
(さっきまで思いっ切り欠伸出てたじゃねぇか。どんだけ気紛れなんだよ俺の灰色の脳細胞)
アキラは深い溜め息を吐いて体を起こし、窓の外を見る。
リオを見送った時は綺麗な姿を見せていた月も、今は雲の中に隠れてしまっている。
「リオに説得されて、じっちゃんにも励まされたってのに……まだ納得出来てねぇのかよ、情けねぇ」
バトルには勝ったが勝負には負けた。
チラーミィを取り戻せたのも、盗人の1人が律儀に約束を守ったからだ。
(じっちゃんとばっちゃん、母さんと保母さんと園児達、盗まれたチラーミィに怪我は無かった。
それでも皆は不安に思った筈だ、恐い思いだってきっとした。俺の大切なモンに傷跡を残して、
元凶の盗人様はご丁寧に名乗ってとんずらだ?)
「——ふざけんじゃねぇ」
『……ブイィ?』
片耳を上げて目を覚ましたイーブイに気付かない程、アキラは盗人と、詰めが甘い上にリオに
怒鳴ってしまった自身に苛ついていた。
(これだとまた同じ事が起こる。それは駄目だ)
『ブイッ!』
「うおっ!……イーブイか。起こしちまって悪い、でも丁度良かった」
再度外を見るとリオの姿はどこにも無く、家の中に入ったのが確認出来た。
アキラはイーブイと共に部屋から出て、向かいの客室でぐっすり眠っているであろうリオを
起こさない様に外に出た。
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「《電光石火》!」
イーブイの攻撃が鮮やかに決まり、既に戦闘不能になっているシママの上にミネズミが倒れ込む。
ミネズミが戦闘不能になったのを目視して、アキラはふっと短めに息を吐いた。
アキラとイーブイが向かったのは【地下水脈の穴】の入口前の草むらで、同じヘマをしない為に
ポケモン達のレベルアップと、今度またあのコンビに会っても熱くなり過ぎて力を発揮出来ない
なんて事にならぬ様に、同じポケモンを相手に自身の心を鍛えていた。
午後11時に家を出て、特訓を始めてから2時間が経ち、現在午前1時。
「……流石にそろそろ戻らないとな」
祖父母の仕事を何度か手伝った事のあるアキラには分かるが、育て屋夫婦の仕事は分担制だ。
受付とタマゴの有無確認とは別に、祖母のハツは毎朝育て屋周囲の掃除と昼行性のポケモンの世話を、
祖父のハジは毎夜巡回と夜行性のポケモンの世話をしている。
ハジが床に就くのは早くて午前2時なので、少なくともあと30分は特訓出来るが、明日——否、
今日にはシッポウシティに向けて出発する予定なので、今から寝なければ道中支障が出るだろう。
「結果も上々だしな。付き合ってくれてサンキューな、イーブイ」
『イ、ブァ〜……』
大欠伸をするイーブイを小脇に抱え、アキラは育て屋方面に向かって歩き出す。
歩いて5分、育て屋の屋根と、ドアの前に立っているハジの姿が見えた。
「精が出るのう。今まで特訓しとったのか?」
「ただいま、じっちゃん。特訓に熱が入りすぎちまって……遅くなってごめん」
「構わんよ。わしもリオちゃんと話をしていたら盛り上がってのう。いつもより仕事を始めるのが
遅くなってしまったわい」
「へえ、リオと……って、遅くなった割には寝られる格好してるけど」
普段この時間は作務衣を着ているハジが、今は寝間着として愛用している紺色の甚平を着ている。
首を傾げて疑問を口にしたアキラにハジは照れ臭そうに笑った。
「若い娘さんと夜に話すのは久々だったんでのう。テンションが上がって、仕事が速く終わったんじゃ」
「俺も俺だけど、じっちゃんもじっちゃんだよな」
「否定はせん。それより特訓した成果はどうじゃ?」
「俺的には上々。また盗人が来ても俺とリオなら完全勝利出来ると思えるくらいにはさ!」
アキラは笑顔でハジを見る。
ハジもそんなアキラに笑顔を返してくれるかと思いきや——
「じっちゃん?」
照れ臭そうな笑みから一変、ハジは真剣な顔でアキラを見つめていた。
アキラは顔を強張らせ、何か不味い発言をしたかと少し考えてから、思い当たる単語を口にした。
「ごめん。盗人が来ても、なんて縁起でも無ぇよな。俺もそんなの御免だし、配慮が足りなかった」
「違うんじゃ。わしが言いたいのはそんな事ではない」
悲し気に頭を振り、ハジはアキラを見た。
「アキラ。これから先……ずっとリオちゃんを縛り付けて、あの子に甘えて旅を続けるのか?」
「——え?」
突然過ぎて、何を言われたのか分からなかった。
いや、言われた事は分かったが意味を理解出来なかった。
「……に、言ってるんだよじっちゃん。俺は別にリオを縛った事も甘えた事も無い」
「自覚が無いとしたら重症じゃな。言ったであろう?俺とリオなら、と」
「それが、どうしたんだ?」
声が震える。
夜風は涼しい筈なのに、体はどんどん熱くなる。
「リオちゃんが大怪我をしていたら?病気で絶対安静だったら?それでもお前さんはリオちゃんに
力を貸してくれと甘えて、物事を解決しようとするのか?」
「そんな馬鹿な事するわけねぇだろうが!!」
ハジの極論にアキラは思わず声を荒げる。
(俺はリオに笑ってて欲しい。その俺が、リオを苦しめる事をするわけが、)
アキラはそこで思い出す。
手を貸してくれたリオに、逃亡する盗人を追うのを制止されただけで怒鳴ってしまった事を。
口を震わせながら閉口して静かになるアキラに、ハジは容赦無く言葉を続ける。
「リオちゃんは強い。弱さを見せる時があっても、お前さん達が出会った頃よりずっと強くなった。
昔を知るアキラがリオちゃんを心配して傍に置きたい気持ちも、強い彼女に甘えたくなる気持ちも
とても良く分かる。しかしトレーナーとして旅立った今、あの子にはあの子の、アキラには
アキラの旅がある。くっ付いたままでは、同じ物しか見られない」
「……っ」
「もう1度問おう」
「これから先、ずっとリオちゃんを縛り付けて、あの子に甘えて旅を続けるのか?」
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「結局、俺はその問いに何も返せなかった。それで思ったんだ。何も返せないのは、心の何処かで
じっちゃんが発言を撤回してくれると信じて甘えているからだって。そこで、自分のあまりの
格好悪さに気付いたよ。今の現状に甘えたままの俺じゃあ、絶対に後悔するし駄目なんだって」
アキラは拳を握る。
「お前と一緒に旅すんのは楽しい。一瞬一瞬を共感出来る相手が居るのは素晴らしい事だって、
昔じっちゃんも言ってた」
拳を映していた目が、今度はリオを映す。
「……けど、俺はお前に頼らずに自分で道を切り開けるくらい、強くなる。大切な人を全員守れる
くらいに。何も出来ずに突っ立ってる事しか出来ない、そんな無力な人間で終わらない」
言葉を止め、アキラは足元に座っていたイーブイを抱き上げる。
「本当に強くなりてぇなら、いつまでもリオに甘えてられねぇ。お前にも、負担掛けちまうし。
そう思いながら未練がましくズルズルと今日まで来ちまったけど……ヒトモシのバトルを見て、
やっと決心がついた」
そう言って微笑んだアキラの表情は大人びていた。
「はぁ……黙って聞いてれば、なーにカッコつけてるのよ」
やっと口から出たのは溜め息混じりの言葉だった。
しかしそれは決して馬鹿にした言い方でなく、拗ねた様な、そんな言い方だった。
「甘えてた?負担を掛けてる?……そんなの、全部私の台詞じゃない。それなのにハジさんも
アキラも、まるで全部アキラが悪いみたいに言わないでよ!」
眉根を寄せるリオに、アキラは言葉を失う。
「……別行動の件は分かったわ。でも、これだけは言わせて」
リオは一息置いて、胸に手を当てる。
「私は負担を掛けられてるなんて、1度も思った事ない。どうしても上手く行かなくて困った時は
お互い相手に甘えて、支え合って、助け合って良いと思うの。遠慮せずに接せられる——それが
親友って物でしょ?」
ニヤリ、と悪戯っぽく笑ったリオに、アキラは小さく笑う。
「……確かに、どうしても上手く行かない時はあるな」
「そうよ。上手く行かないのに意地張って失敗したら、それこそ後悔するわ」
「支え合い、助け合いか。あれ、その言い方だとリオも俺を頼ってくれんの?」
「私が頼りたくなるくらい頼もしくなってくれたらね。私も逞しく成長出来るように鍛えるわ」
「若干上から目線なのに男らしくて反論出来ねぇ!」
腕を組むリオに小さく吹き出して、アキラは荷物を担ぐ。
「……もう行くの?」
「ああ。一度じっちゃん家に戻って、イーブイ達をもう少し鍛える」
「そっか。じゃあ一応ここでお別れね」
しゃがんでイーブイを撫でるリオ。
イーブイは嬉しそうに一鳴きすると、アキラの肩に乗っかった。
「姿とか見掛けたら、声ぐらい掛けてよ?」
「分かってる」
ポケモンセンターの出口へと歩いて行くアキラの背中に、リオは声を大きくする。
「悩みや、困った事があったら遠慮しないで電話してよ?相談に乗るし、近くを通り掛かったら
絶対に力になるから」
「リオこそ変な男にホイホイついて行くなよ?」
互いに笑い合って手を上げる。
「またね!/またな!」
去って行くアキラの後ろ姿を、リオは見えなくなるまで見送っていた。
今回はアロエ戦決着、そしてアキラとの別れでした。
リオとアキラが一緒に旅する話を執筆するのも好きなんですが、この2人はライバルなので
アロエ戦の終わりを機に、こういう形を取りました。
そんなワケで次回からリオの一人旅、スタートです!
それでは次回もお楽しみに!