二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 35章 リオvsアーティ ( No.70 )
日時: 2020/08/26 19:54
名前: 霧火 (ID: HEG2uMET)

「アーティさん。審判はボクがやりましょうか?」

額の上でモンスターボールを転がしながら名乗りを上げたのはピエロ姿の男。

「うん。頼むよヨウスケ」
「よろしくお願いします!」
「はい!」

ヨウスケが元気良く返事をしたのを見て、リオはホッと胸を撫で下ろす。
リオはアーティの元に辿り着くまでに、ヨウスケの他に同じ格好をしたジャック、ケリー、
リックの3人と戦ったのだが、ジャックは何度も「芸術」について語り、ケリーはテンションが高く、
リックは駄洒落を言う為、この3人の内の誰かが審判を務める事に僅かに不安を感じていた。
ヨウスケはその3人に比べ普通だったので、リオは彼が審判に名乗り出てくれて心底ホッとしていた。

「では……これよりヒウンジム、ジム戦を始めます。使用ポケモンは3体。どちらかのポケモンが
 全て戦闘不能になった時点でバトル終了とします。ポケモンの交代はチャレンジャーのみが
 認められます。それでは両者、ポケモンを!」
「ボクから手の内を明かそう。1体目は……出ておいで、フシデ!」

アーティの最初のポケモンは、ムカデポケモンのフシデ。
気合いが入っているのか、フシデは触覚をブルルッ、と震わせる。

「それなら私はこの子です。出て来て、チラーミィ!」

そんなアーティに対し、リオはチラーミィを繰り出した。

「試合開始っ!!」
「悪いけど先攻は貰うよ。フシデ、《嫌な音》」

フシデは触覚を震わせて金切り声に似た高い音を出す。
その音はチラーミィと、そしてトレーナーであるリオの身体を少しずつ蝕んでいく。

『ミィ〜……!』
「負けないで、チラーミィ!《スピードスター》!」

チラーミィは高音を聞かない様に耳を折り畳むと、尻尾を振るい星型の光を発射する。
星は円を描きながら音波の中を突き進んでフシデに命中した。
攻撃を受けた事により、フシデの出していた音も止まる。

「ビシィッ!!スイッチ入ったよ!!《毒針》!」
「《アクアテール》!」

フシデは体勢を立て直し、触覚から毒を含んだ紫色の針を無数に飛ばす。
しかしその針も、チラーミィの尻尾から放たれた水圧の前には無力で、全て撃ち落とされる。

「……もう1度《毒針》だ!」
「後ろよ!ジャンプして《アクアテール》!」

フシデは水飛沫に身を隠してチラーミィの背後から紫色の針を飛ばす。
それを逸早く察知したリオがチラーミィに回避を指示し、チラーミィは間一髪で攻撃を躱して
続けて飛んで来た残りの針を水圧で撃ち落とした。

「《嫌な音》!」
「させません!チラーミィ、フシデの触覚を掴んで!」

チラーミィはフシデの懐に飛び込むと、2本の触覚を掴む。
フシデの場合《嫌な音》と《毒針》は触覚から繰り出す技だ。
そしてその大切な触覚はチラーミィがガッシリと掴んでいるので、フシデは《嫌な音》を出せない。
小さな足をパタパタと動かして暴れるが、フシデの抵抗を打ち砕く様にリオがチラーミィに指示を出す。

「《往復ビンタ》!」

チラーミィは塞がった両手の代わりに、自慢の長い尻尾でフシデの頬を叩く。
身軽で、自由自在に動かせる尻尾を持つチラーミィだからこそ出来る芸当だ。

「何事も深追いは禁物よね。チラーミィ、離れて」

5発目の攻撃を当て終えると、即座にチラーミィは触覚を離し、フシデとの距離を取る。
至近距離の反撃を予期しての行動だ。

「息つく暇も無い怒濤の攻撃……キミのチラーミィの速さと力強さには、本当に驚かされるよ」
「ありがとうございます」

アーティの口から出た称賛に、リオは微笑む。
自分のポケモン──友達が褒められるのはやはり嬉しい。
暫しアーティの言葉に酔い痴れていたリオだが、急かす様なチラーミィの声に慌てて意識を
バトルに集中させる。

(今の所、特にこっちはダメージを受けてない。フシデは見た目に反して素早さが高いポケモン……
だけど、私のチラーミィの素早さはその上を行く。毒を使った攻撃は確かに脅威だけど、
当たらなければ恐くない)

「ん〜……リオちゃんが考えてる事、当ててあげようか」

リオの様子を見ていたアーティが、ひょんな事を言い出した。
急に自分の名前を出されたリオは一瞬肩を揺らした後にアーティを見る。

「どんな強力な技も当たらなければ恐くない、だろう?」
「!正解です」

(凄い!アーティさんって、実はエスパー?)

自分の考えをピタリと言い当てたアーティに、心の中で拍手を贈る。

「確かにどんな攻撃も当たらなければ意味は無いね。だけどポケモンの技は色々な姿に形を変える。
 環境によって姿を変える虫ポケモンの様にね」

そう言ってチラーミィを見た後にバトルフィールドを見下ろすアーティ。
つられてチラーミィとフィールドを見たリオは──絶句した。

(……何で気付かなかったのよ私!!)

リオの視線の先には顔色を悪くしたチラーミィと、姿を変えたフィールドがあった。
フィールドには無数の針が突き刺さっていて、毒の影響で地面は紫色に変色し、今でも針の先端は
毒が滴り、テラテラと怪しく光っている。

「チラーミィ!」

リオの声に反応したチラーミィが振り返る。
額には汗が滲み、笑ってはいるがその表情もどこかぎこちない。
ポケモンの状態異常の1つ──毒状態にチラーミィはなっていた。

(油断した……まさか、撃ち落とした《毒針》がこんな形で活きるなんて!)

リオは下唇を噛む。血の味が口の中一杯に広がる。
フシデとチラーミィからは目を離さなかったが、フィールド全体までは見れていなかった。
そんな慢心していた自分には、チラーミィがいつ毒状態になったのか分からなかった。

「地面に刺さった《毒針》は《撒菱》と《毒菱》……両方の技に似た効果を発揮したのさ。
 皮肉にもキミのチラーミィの《アクアテール》でね」
「……最初から、こうなる事を読んでたんですか?」
「ううん。ボクも《毒針》が、まさかこんな形で活躍するとは思ってなかったよ」

そこで2人の会話が途切れる。
聞こえるのはチラーミィの荒い息遣いだけだ。

「さて。悪いけど、ここで決めさせて貰おう。フシデ、《転がる》!」

フシデは体を丸めると、タイヤの様に転がり物凄いスピードで迫って来た。
回転に巻き込まれて、フィールドに刺さっていた数本の針が衝撃で弾け飛び、偶然にもこちらに
飛んで来るというおまけ付きだ。

「——!チラーミィ、避けて!!」

リオはチラーミィに指示を出す。
しかし毒で体力が削られていたのとフィールドが針の山状態で思い通りに動けず、針は避けれても
迫り来るフシデは避け切れず、チラーミィはモロに攻撃を受けてしまった。

「チラーミィ、大丈夫!?」

リオはチラーミィに声を掛ける。
起き上がり親指を立てたチラーミィに安堵するが、直ぐに表情を引き締める。

(ダメージは少ないけど、嫌な予感がする)

止まる事無くフィールドを転がり続けているフシデ。
リオは目を凝らしてフシデを観察する。

「フシデ、《転がる》!」

フシデが再びチラーミィに迫る──先程の、倍のスピードで。

「戻って、チラーミィ!」

異様なフシデのスピードに、リオは咄嗟にボールを取り出しチラーミィを戻す。

「うん。今のは中々良い判断だね。でも、」

言葉を切り、アーティは口許に笑みを浮かべる。


「《転がる》の本当の恐さはこれからだよ」


静かに呟かれたアーティの言葉が、リオを戦慄させた。