二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 52章 閉ざされた瞼 ( No.99 )
- 日時: 2018/02/13 19:03
- 名前: 霧火 (ID: OGCNIThW)
列車は火花を散らしながら【シリンダーブリッジ】の下を走る。
周りの景色は森から海へと変わり、車窓からは水面がキラキラと輝いている美しい海が見える。
こんな状況で無ければ感動出来たのにと、誰もが思った。
「イーブイ、噛み付く!」
『ブイッ!!』
イーブイは頷くと、シンボラー目掛けて小さな牙を剥き出す。
『…』
しかしシンボラーは慌てる事無く、飛び掛かって来たイーブイをひらり、と躱す。
攻撃を躱されたイーブイは吊り革に頭を派手にぶつけ、床に落ちる。
(うわ、痛そう…)
赤くなった額を押さえて瞳をうるうるさせるイーブイに、リオは顔を引き攣らせる。
『ブイヤ〜ッ…』
「泣くなイーブイ!男だろっ!!」
『…ッ、ブイィッ!!』
アキラの喝にイーブイは体を起こし、吠えて自分を奮い立たせる。
その様子を見てリオは忍び足で運転席に向かう。
(アキラもイーブイも、頑張って…私は、自分に出来る事をする!)
敵が自ら進んで行った事だとしても、結果的にフェイクの逃げ道は無くなった──だが、
それにしては相手に焦りの色は見えない。
リオ達はこのフェイクという人物の事を知らない。
今は律儀にアキラからのバトルを受けているが、実は他に逃げる手段を隠し持っていて、
こうして戦っているのはソレを悟られない為かもしれない。
(…深読みしすぎなのは分かってる。でも、絶対無いとも言い切れない)
運転席に設置された装置を一通り見る。
(コレは車掌スイッチ…で、こっちがブレーキね)
リオは運転レバーにそっと触れる。
先程までは独りでに動いていたがシンボラーがバトルに集中している所為か、今は静かになっていた。
(いざという時は──私が、何とかしなくちゃ)
リオはイーブイに指示を出すアキラを見た後、ライブキャスターに視線を落とした。
「イーブイ、目覚めるパワー!」
一方、アキラはシンボラーの掴み所の無い動きと耐久力に苦戦していた。
何度攻撃を打ち込んでも躱され、運良く当たったとしても表情の変化が無いシンボラーだ、
効いているのかさえ分からない。
その事がアキラをより一層不安にさせていた。
「気持ち良いシャワーだったねー、シンボラー♪」
「ぐっ…!」
シンボラーが羽撃くのを止めて羽を上にピン、と伸ばすと、その勢いで羽に付着していた水滴が床に落ちた。
本気で繰り出した技をシャワー呼ばわりされ、悔しさで歯を食いしばるアキラにフェイクは肩を竦める。
「その子…特攻がかなり高いみたいだけど、やっぱりレベルの差なのかな?どの攻撃も生温いねー」
「そう言うが、フェイクさん…アンタは何で攻撃しないんだ?塵も積もれば山となるんだぞ?」
「だってボクのシンボラー、攻撃技は殆ど覚えてないもん」
フェイクの言葉にアキラは驚くが、やがて口許に弧を描いた。
勝機の光が見えた気がした。
「…それなら悪ぃけど、一気に畳み掛けさせてもらうぞ!奮い立てる!」
イーブイはシンボラーを見据え、全身を震わせる。
フェイクは何も喋らない。
「続けて突進!!」
イーブイは息をヒュッ、と吐くとシンボラー目掛けて突っ込む。
小さな体から放たれる気迫に、僅かにシンボラーが身じろいだ。
(イーブイの特性は適応力。タイプが一致する技…ノーマル技の威力が2倍になる。突進はノーマル技で、
更に奮い立てるで攻撃が上がってんだ、)
「こいつで流れを変える!!」
『ブイー!!』
シンボラーの視線がフェイクに注がれる。
しかしフェイクは楽しそうにイーブイを見つめる。
「なーる。今まで《噛み付く》と《目覚めるパワー》しか指示しなかったのはこの為かー」
『イー、ブイッ!!』
『…!!』
フェイクが頷いている間にイーブイ渾身の攻撃が決まり、シンボラーの体勢が大きく崩れた。
「良いぞ!そのまま噛み付く!」
アキラは拳を握り、更なる指示を出す。
フェイクはシンボラーを見て頷くのを止め、目を細めた。
「でも、」
…ゾクッ
フェイクの目を見た途端、アキラは冷水を浴びた様な感覚に陥った。
(な、んだ…何だよ、このプレッシャーは…!?)
「この技使えるの忘れたのかなー?」
下ろされていたフェイクの手がゆっくり挙がり、スッとイーブイを指差す。
「催眠術」
波紋状に紫色の光がイーブイに放たれる。
最初は大きく開かれていたイーブイの目は徐々に細められ、やがて──
「イーブイ!」
瞳は完全に閉じられ、シンボラーに寄り掛かる形でイーブイの体は倒れた。
アキラは眠ってしまったイーブイに向かって声を張り上げる。
「起きてくれ!お前しか…お前しか居ないんだ!!」
しかし、悲痛な叫びは無情にも列車の音に掻き消された。
「…ふぅ。後はタイミングよね」
リオはライブキャスターの画面から目を離し、手元のレバーを見る。
ドッ
後ろで大きく鈍い音がした。
分厚い辞書が入った鞄を落とす様な音に、リオは後ろを振り返った。
「え」
無意識に声が出た。
リオの目に映ったのは、眠っているイーブイと──
「……アキラ?」
顔を床に付け、微動だにしないアキラの姿だった。