二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 夏目友人帳 —分かち合うのは— ( No.2 )
- 日時: 2012/04/05 13:16
- 名前: フウ ◆vauozlQS2w (ID: 4djK7y3u)
「じゃ、おれら北本の家で勉強してっから。お前も気が向いたら来いよー」
「ああ。もし行くときは電話するよ」
「来るなら早めになー。カルピスでも入れておくからな」
手を振り合って、夏目は帰るべき家へと歩を進める。
その屋根の下に、血の繋がった家族は一人もいない。屋根の下どころか、この空の下に身寄りはどこにもいない。天涯孤独とはよく言ったものだ。
そのせいで親戚筋を転々とした時期もあったが、今自分を引き取ってくれているのは心優しい藤原夫妻。あたたかい、大切な人達。
あの人たちに迷惑をかけないためにも、
「夏目様」
一瞬。足が止まったが、何事もなかったかのようにまた歩き出す。この距離だと、こいつと話す声が二人にも聞こえてしまう。もう少し人気のない所まで行かなければ。
「お待ち下さりませ、夏目様。話を聞いて下さりませ」
か細い声に似合わずのしのしと重い足取りが後ろに続く。聞こえよがしにため息をつき早足で距離を離せば、「あぁああぁあ」という嘆きの声と共に慌てて足音が近づいてくる。
振り返らずとも分かる。西村にも北本にも、そしてその他大勢の人達に見えも聞こえもしない背後のそれは、妖怪である。
幼い頃からそれらに追われてきた夏目であったが、この町へ来てからは別の意味で付け回されることも多くなってきた。この妖が自分の名を知って訪ねてきたことから、その目的が何なのかおおよその目星はついている。
数分ほど、引き離しては追いつき、また引き離しては追いつきを繰り返した。相手が自分の名を呼ぶ声にひいひいという息遣いが聞こえ始めた頃、ようやく夏目は立ち止まる。
「悪いな。でも、人目がつく所でお前達とは話せないんだ」
振り向くと、相手は自分よりかなり背の高い妖であるのに気付いた。ぱっと見た限り、七福神の恵比寿に似ている。でっぷりした顔に糸目、丸く突き出した太鼓腹などはまんまである。しかしどこか霞んでいる千草色の着物を着ているせいか、煌びやかさとかいう類は一切ない。それどころか脂汗がずるずると頬を這っている辺り、どっちかといえばむさ苦しい。
「そ、そうでございましたか。とんだ御無礼を……」
自分よりも背丈がある者が指をこねくり回しているのを見るのは、何となく嫌だ。なんともまあ気弱そうな妖である。
「で。一応聞くが、何の用だ?」
最近は何かと妖の間の面倒事に巻き込まれることも多いので探りを入れてみると、びくりと相手の体が震えた。
「あ、あ、あのお。わたくしは、わたくしめは、
…………友人帳に……」
「ああ。名を取り返しに来たのか」
鞄から深緑色の帳簿を取り出すと、指いじりがぴたりと止まる。どうやら当たりらしい。
「待ってろ。今すぐ——……」
友人帳をのぞきこんだ時だった。
黒い巨大な影が自分をすっぽりと覆い、胸がざわつくのを感じて上を見上げる。
そこに蒼天の空はなく、闇に浮かぶ三つの瞳孔がにやりと歪む。