二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 夏目友人帳 —分かち合うのは— ( No.8 )
日時: 2012/04/07 15:36
名前: フウ ◆vauozlQS2w (ID: 4djK7y3u)

「…………え?」
「なぬう!? 夏目、お前また面倒事に首を突っ込む気か!?」
 ニャンコ先生はじたばたもがくが、丸くなった少女の瞳を真っ直ぐ見つめながら続ける。
「その依頼内容を聞く限り、妖はたぶん名を返してもらいたがってるんだと思う。
 だけど、名をつづってある紙を持っていけば勝手に自分に還っていくわけじゃない。おれじゃないと、その妖に名を返すことはできないんだ」

 返し方はさほど難しくない。紙を咥え手を打ち、ふっと息を吐くだけだ。しかしこの行為に必要なのは、友人帳を作ったレイコ、そして血縁者である夏目の唾液と吐息。つまり、少女が紙を持って行ったところでどうにもならないのだ。

「そ、そういうものなの?」
 あれ。
「友人帳のことは調べたんじゃないのか?」
「必要以上のことは調べてないよ。私が知ってるのは、その帳簿が君のおばあさんによってつくられた、妖の名を封じている用具だってことだけ」
「そうだったのか。
 ……それで、構わないか? おれが一緒に行っても」
「…………なんで?」
 なんでこんな厄介なことに、自分から? そう漆黒の瞳が語っている。
 それに答えるのは造作ない。
「その妖に、祖母がどんな形であれ世話になったからさ。……いや、少し言い方が違うかな。
 祖母が、世話をかけてしまったからさ」
 レイコさんにはもうできないことを、おれという家族が引き受けるのは当たり前だろう?
 そんな意味合いを込めて笑うと、少女はむうと顔をしかめて、……。
 苦笑いを浮かべた。
「変なの」
「そうか?」
「ほとんどヒントなしで、こんなクソ暑い中山中をかけずり回るんだよ? 万が一の事故もあるかもしれない。
 それでも?」
「ああ」
 う〜〜〜〜んと唸りながら腕を組んで、右手の人差し指がトントン左腕を叩く。本格的に先生が喚きながら暴れ出した。
「お前ら! 私をおいて話を進めるでない! こんな殺人的な暑さの中タチの悪い探検ごっこをさせられてたまるか!」
 先生も必死なのだろう。十中八九自分も連れ出されることは明白なのだから。
 仕方ない。というわけで、黙らせるための必殺の一言。

「先生。確かあの村、うまいって噂のアイスもなか屋があるぞ」
「よしつれてけ夏目」
「変わり身早ぇえっ!」

 なぬう、とむくれる先生。
「なんだ小娘。美味なものに釣られて何が悪い!」
「開き直ってるし。……プッ、あはははは」
 笑いながら、無事な方の腕で先生の頭をワシャワシャ撫でる。「やっ、やめんか! 高貴なる私になんと乱暴な……!」なんていう先生の抗議も意に介さず、掴みどころのない不思議な毛の感触を楽しみながらぐしゃぐしゃに掻き回していた。
「いいよ、そう言うなら。……ううん、言い方が違うね。
 助かります。どうか力を貸して下さい」
 きれいなうなじが見えるほど深く頭を下げられ、逆に夏目の方が慌ててしまった。
「い、いや別に! そういうつもりじゃあ……」
「あはは。……じゃ、長くひきとめて悪かったね。そろそろおいとまするよ。タオル、ありがとね」
 小気味よく笑いながら少女が立ち上がったとき、ふっと疑問が浮かんだ。既に歩き出し、影から出た少女の背中に声を投げかける。
「なあ、君はこれからどうするんだ?」
 振り返った少女の表情は悪ガキの笑みに似ていた。
「安い軽食屋で昼ごはん食べたあと寝床探し。持ち合わせがあんまなくてねー。あまり人目に付かないで眠れる場所があればいいんだけど」
「のっ、野宿!?」
 あっははは。変な顔ー。
 笑う少女に歩み寄り、左手首を掴んだ。

「行く場所がないなら、うちに泊まらないか?」
「へ!?」

 目を白黒させている少女を尻目に、胸中で藤原夫妻に詫びを入れる。足元で先生が前足で夏目を叩くが眼中になかった。
「君におれがどんな人間に映ってるかは分からないけれど。少なくとも、怪我をしていてこれから野宿するっていう女の子を黙って見過ごすほど、おれは冷血漢じゃないよ」
「…………」
 鳩に豆鉄砲を喰らわせたかのような表情が、夏目を見上げていた。真剣な面持ちでそれに返す。
 ————転瞬、

「ぶっ、……はっはははははははは!!」

 抱腹絶倒。体をくの字に曲げて、痛快極まるとでも言わんばかりの大笑いである。
「お、お人好し過ぎるって絶対……! こんなわけわからん女を家にあげるとか! あ、あり得ないあり得ない! ぷーはっはっはっはっはっはっは!!」
「お、おい笑うな!」
 顔を火照らせた夏目を、ひいひい息をつきながら見上げた少女の目には涙さえ浮かんでいた。
「わかったわかった! それじゃあちょっくらお邪魔するよ。よろしくね夏目くん!」
「…………ああ。それじゃ、家はこっちだから」
 土から盛り上がっている木の根っこに立てかけてあった鞄を持ち、少し重い足取りで歩く。隣には納得いかない様子のニャンコ先生、そして背後には弾むような足取りで後を追う少女を連れて。
 あ、その前に。
 振り返ると、戸惑ったように夏目を見つめる、妖よりも怪しい女の子。
「なあ。君、なんて言う名前なんだ?」
 朗らかな微笑みが、太陽の光を受けて輝いて見えた。


「白瀬。白瀬未幸」