二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 夏目友人帳 —分かち合うのは— ( No.12 )
- 日時: 2012/04/10 20:59
- 名前: フウ ◆vauozlQS2w (ID: 4djK7y3u)
急きょ足したエピソードでございます!
やっぱり、短くてもいいから藤原家with白瀬は書いといた方がいいかなあと思いましたゆえ。
今はただ、のちのちやっぱいらなかったじゃねーか的なことにならんことを祈るばかりです。
————……
流し台に並び立ち、せっせと皿を洗いながら談笑のひと時を過ごす二人がいた。
藤原塔子と白瀬未幸である。
「ごめんなさいね。お客様を使っちゃって」
そう塔子が例えようもなく優しげに目を細めながら言えば、
「いえ! 一晩お世話になるんですもの。これくらいはお手伝いしないと!」
ぶんぶんと勢いよく首を振る。その子供じみた動作が可愛くて、塔子はまたくすりと笑うのだった。
遅い帰りに心配して戸口で待っていたら貴志が見慣れない女の子を連れて来たので、まさかと思いこちらの方が赤くなってしまったが、結局自分の早とちりだった。なんでも、彼女は以前貴志が住んでいた家のご近所さんだったらしい。たまたま今日は、名取周一主演ドラマの聖地巡礼、とかでここに来たそうだ。
ところが旅館の方で手違いがあったらしく、未幸が申し込んでいた部屋にはすでに他の人が止まっていたらしい。余っている部屋もないので再手続きもできず、半ば追い出されるような形で宿を出た時、貴志と出会ったのだそうだ。
二人して遠慮気味に、ここに一晩泊めて(もらって)いいかと尋ねてきたのだが、塔子はあっさりと、二つ返事で未幸を迎え入れたのだった。日が出ている今はともかく、夜に女の子が一人で歩き回るような事になれば本当に危ないし、貴志が連れてきた子だ、悪い子ではあるまいと思ったが故のことであった。
実際、未幸はいい子だった。今のように家事を率先して手伝うし、夫の滋を交えての夕食ではご飯を呑みこむ間もないほど笑ってしまった。
「手際がいいわねえ。お母さまの躾の賜物なんでしょうね」
「えへへへ。あ、洗ったお皿は吹いていきますね」
「まあ、ありがとう。……あら」
濡れた手をふく未幸の頬に、飛び散ったらしい洗剤の泡がついていた。当人は気付いてないらしい。
手早く自分も水気をふき取る。
向かって右の頬に手をあてがい、そっと親指で拭った。
「ほっぺたについていたわよ。気付かなかったかしら?」
微笑みと共に、そう言った。
するとなぜか。
未幸の表情が少しだけ、強張った気がした。
引きつって、震えた気がした。
その表情は、思いもよらぬところで小さな怪我をした時、一瞬だけ形作られる痛みの表情にとてもよく似ていて、
「二人とも。風呂が沸いたぞ」
居間に入ってきたのは滋だった。その後ろには貴志もいるようである。未幸に触れている手が自然に下りる。
「先に入るといい。泊まっている身だからと思わず、ゆっくりつかってきなさい」
「あ、いや、滋さん! 白瀬は腕に怪我を……!」
「だーじょうぶだってー! ちょっとこずえで引っかいただけって言ったでしょー? 心配性だねえなっちゃんは!」
「へ、変な名で呼ぶな!」
軽やかに笑うその様子には、ほんの少しだけ見せたあの表情の名残は一つもない。未幸は戸惑う塔子にも笑顔を向けた。
「じゃあ、お言葉に甘えて入らせてもらいますね。すみません、お手伝い途中なのに……」
申し訳なさそうに未幸が笑む頃になって、ようやっと自失状態から立ち直る。彼女が刹那の間に見せた面持ちに、目を奪われるあまりぼうっとしていたのだ。
「え、ええ。いってらっしゃい、未幸ちゃん」
「はい!」
天真爛漫な笑みを浮かべ、流しから走り去る。右耳より上で結んだ黒髪を弾むようになびかせながら。
————……
後ろ手にドアを閉め、もたれかかった白瀬の顔は、うつむいているせいで髪に隠れていた。……故に、その表情から笑顔が剥がれ落ちていく様は誰にも見えない。
重い吐息は長く長く、尾を引く。彼女に似つかわしくない、薄暗いものを吐き出すようなため息だった。
ずるずると、崩れ落ちるように床にへたり込む。背は丸まりこうべ両腕は力なく垂れ、嘆息と共に生気までも抜け出てしまったのか、微動だにしないまま短くない時が過ぎる。
皮肉げな笑い声が上がる。
それはむしろ喉元のけいれんによって発生した音のようで、あれだけ鮮やかに笑んでいた姿はどこへやら、見るも無残な有様だった。
ぐいっと勢いよく天井を仰ぐ。
さっぱりとした寂しさがにじむ素朴な笑みが、そこにあった。
体はさらに沈んでいき、しまいには完全に仰向く形となった。
乾いた笑い声をもう一度、そして交差させた両腕をまぶたの上に乗っける。
誰にも届かぬむせび声は、夜闇をより深くした。