二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 薄桜鬼 沖千 《完》 ( No.1 )
- 日時: 2012/06/16 12:43
- 名前: 水草 (ID: T6JGJ1Aq)
「おいしそうだよね」
嫌な予感はしていた。
勝手場で夕餉の準備に取り掛かっていた千鶴の前に猫のようなするりとした身のこなしで前触れもなく現れた沖田。
思えば鼻唄を紡ぎながら彼は普段よりも幾分か上機嫌だった気がする。
気まぐれな節がある彼は他愛ない会話を一頻り交えたところで先ほどの台詞を言い放ったのだ。
千鶴は褒められたであろうにその瞬間冷や汗をかいた。
何故なら彼の視線は美味しそうな匂いを漂わせる料理そっちのけでただ一点、千鶴だけを捕らえていたからである。
そして大抵そのような悪い予感は当たるものだ。
「千鶴ちゃんっておいしそうだよね? 白くてすべすべしてるし良い匂いもするし・・・どんな味がするのかな?」
沖田は純粋な疑問をぶつける、少年のようなあどけない表情で可愛らしく首を傾げた。
・・・少しだけきゅんと来たのは生理的な現象だから仕方ないと思う。
彼は聡明な人だが一方でふと、子供っぽくなることがある。
その度に何だか母性本能が擽られて沖田の頭を童にするように撫で回したくなる衝動に駆られるのだ。
が、今はそんな場合じゃない。
そもそも人間は食べ物ではない。家畜ではない。あくまでも一般常識である。
どんな味がするのか?
・・・そんなことを聞かれても困る。何しろ未知であるのだから。
どう答えたらいいのかと柳眉を寄せて真剣に考え耽る千鶴に対して対照的に沖田はにっこりと笑う。人好きのする笑みだ。
「いいよ、手っ取り早く僕が自分で調べるから。いただきまーす」
言うはともわれ何時の間にか腰に手を回されて身動きが取れなくなってしまう。
あーん、と口を開けた沖田の顔が目鼻の先まで迫る。
これは質の悪い冗談などではない。彼の双眸が本気だと暗に物語っていた。
このままでは本当に食べられてしまう!
危険を察した千鶴は懸命にもがくものの沖田がそれを許すわけもなく・・・。
「ほら、大人しくして」
「ひぎゃっ!」
かぷり。
抵抗虚しく言葉通りまるで食べるかのように首筋を噛み付かれた。
ついでとも言わんばかりにぺろりと舐め上げられた。
舌の生々しい感触が這って千鶴はふるりと身体を震わせ、反射的に金切り声を上げる。
年頃の女の子にしては恥じらいの足りない、出してはいけない類の声な気がしたが今はそんなことに構っている場合ではない。
「お、おおおお沖田さん!! な、な、何をするんですか・・・!?」
どうしてこのような事態になったのか。
半ば混乱し取り乱しながらも非難の声を悲痛に叫ぶ千鶴に、沖田はやれやれといった様子で大袈裟に肩を竦める。
「何って分かっているでしょ?」
「そういう意味じゃなくてですね・・・!」
このままではいけない!
年頃の生娘である千鶴にとって貞操の危機を感じ取ったのはもはや生存本能的なものだろう。
さっと回された腕を振り解くと、千鶴は沖田と距離を取るように後ろへ下がる。
そしてなるべく眦を吊り上げることに努めて抗議してみる。
警戒心を露わにして本気の拒絶だと相手に理解させる為だ。
しかしケロリとした表情でどこ吹く風な沖田を見る限り効き目は無い。
そもそも沖田の悪戯を千鶴が過去に回避した試しは・・・・・・無いのだが。
「何が違うの? 千鶴ちゃん、この間僕に言ったよね? 僕があんまりにも好き嫌いして食事を怠るから、自分が食事当番の時は特別に僕の好きな物を用意するって。だから僕は千鶴ちゃんを頂こうと思っているんだけど、それの何処が駄目なの? まさか約束を破るのかな? ・・・千鶴ちゃん、君って見かけに拠らず意外としたたかだよね。僕の繊細で純朴な心を弄ぶなんて・・・・・・」
言うだけ言い終わると沖田は分かりやすいくらいにしゅんと項垂れた。
それこそ態とらしくもあったが、土方辺りが目にしたら何時もの小生意気な態度とは似ても似つかない、異様な光景過ぎて身震いのひとつでもするだろう。
それくらい、普段の強引な彼らしくもない悄然とした様子に千鶴も居た堪れない気持ちになる。
もしかしたら間違っているのは自分の方で自分が悪いのではないか・・・と。
それが沖田の狙いであるというのに、そんなことには勿論気付くはずもなく。
結局、純真無垢な子羊は狡猾な狼に食べられてしまうのだ。
「・・・あ、あの、ごめんなさい! でも、それとこれは話が別というか、私は何も沖田さんを欺そうとは・・・!」
「なら僕の好物、用意してくれるよね?」
にっこりと思わず見惚れてしまう程の綺麗な笑みに圧される。
・・・そして二、三秒黙考する。
沖田の言い分は何かが可笑しい気がする。しかし具体的に何かを問われても千鶴には分からない。
というのも沖田は饒舌なだけでなく弁が立つのだ。
だから千鶴は常日頃から彼に上手く煙を巻かれてしまうし、話に乗せられて流されてしまうなどよくある話だ。
「・・・・・・・・・・・・で、でも、こういうことは、その・・・好きな者同士が致す内容で・・・!」
「うん、だから別にいいよね?」
問題ないよね? と沖田の何の迷いも無い瞳が真っ直ぐ千鶴を射抜く。
あまりにもあっさりと返されたことに千鶴は思わず拍子抜けしてしまう。
「わ、私・・・・・・」
ぐっと拳を握る。
覚悟を決めなきゃ! 今こそ言うのよ、雪村千鶴!
そうして自分を奮い立たせ、ありったけの勇気を振り絞った千鶴は堅い意思があるのだと見せつける為に目の前の沖田をキッと見据える。
「沖田さんのことは嫌いでは無いです。さっきのことも不思議と嫌とかそういう訳じゃ無くて・・・・・・多分、寧ろ好きな方なんだと思います! けど!」
恋愛感情とは少し違う気がする。
沖田には散々意地悪されたり悪戯をされて来た試しはあるが、優しくされた記憶は・・・・・・正直少ない。
好きな相手に態々嫌われるような態度を取る人間が何処に居るだろうか?
今までの言動行動を思い出す限り、とても沖田が自分を女として扱っているとは思えない。
好意があるにしてもそれは子供好きな彼のことだから、妹や小さいな子供を可愛がる感覚に等しいように思える。
というか寧ろ小動物を愛でる感覚・・・? と表現する方がしっくり来る。
だから千鶴はどうにも釈然としないのだ。
「僕も君が好きなんだから尚更拒む理由はないでしょ? あ、分かった! 不安なんだよね? 大丈夫、痛いのは最初だけだから」
だからそういうことじゃなくて・・・!
言い返そうとした千鶴の声は彼の唇によって強引に呑み込まれた。