二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 薄桜鬼 沖千 《完》 ( No.13 )
- 日時: 2012/06/17 16:04
- 名前: 水草 (ID: T6JGJ1Aq)
「僕は今から君を好きになるけれど、君はそれを許してくれる?」
信じた振りをして、騙されてみようと思った。
土方は彼女の上手く行きすぎた新選組との接近から、他の組織からの間者では無いかと疑っている。
否、土方だけでは無い。
おそらく彼女の存在を知る幹部連中は皆そうだ。
しかし表向きはそんな様子を見せないよう、愛想良く取り繕っている。
警戒心を露わにしたまま接すれば当然相手も手の内を簡単に見せはしないだろう。
なにせ男所帯に単身で乗り込んで来たような女だ。相当な遣り手に違いない。
だからこそ雪村千鶴には好意的な態度を見せつける必要があった。
誰もが彼女に心を許し、油断しているという錯覚を植え付ける。
そうして彼女がわざと動きやすいようにした。
人間は愚かな生き物だ。
余裕が生まれると慎重になることを忘れてしまう。
だから新選組の者達は大したがないと高を括らせて用心を怠るように促した。それが、命取りになるとも知らずに。
此れらは全て事態を迅速に片付ける為だ。
一刻も早く彼女に化けの皮を剥がすように仕向けた。
総司は千鶴を見た目通り清純な少女だとは、思わない。
女は嘘をつく生き物だと知っている。醜い感情ばかりをヒステリックに撒き散らすことも知っている。
だから総司は弱く見苦しいだけの女を疎ましく思う。
そもそも初めから彼女が本当に綱道の娘だとは信じていなかった。
遥々江戸から京にやって来たところ偶然浪士に絡まれ、丁度狂った羅刹に目を付けられ不運にも新選組の秘密を知ってしまった憐れな少女・・・なんて出来過ぎた話は疑って当然だ。
千鶴が少しでも不審な真似をすればすぐさま殺す。そう心に決めながら彼女の監視に目を光らせた。
しかし一向に動きを見せない彼女にいい加減痺れを切らしてきた。
これならいっそ千鶴を締め上げてそれこそ刀をちらつかせてでも吐かせた方が余程建設的で利口な手段に思える。
だがそれは近藤が望まない。だから総司は考えたのだ。
そして思い出した。
自分が男であり、彼女が女だということを。それを利用する。
土方はこのような手段を嫌うだろう。斎藤はヘマはしないだろうがそもそも女の口説き方を知らない。平助では些か警戒心が足りないから安心出来ない。原田は顔立ちも女好みで細かい気遣いにも長けるから適合者と言えるが、女には甘い節がある。永倉に至っては大根役者であり嘘をつくのが専ら下手だ。ついでによく花街で女に振られている。
だからこそ自分が適任だと思い、彼女に近付いた。
女嫌いで嘘をつくのも得意であり、予測不能の事態が起きても動揺しない。
そんな自分だからこそ篭絡にも引っ掛からない自信があったのだ。
「・・・・・・・・・・・・私で、いいのですか・・・?」
目の前の少女は雪のように真っ白な肌を赤らめて、指先をもじもじと絡ませたまま不安げに問う。
これも演技なのだろうと思うと滑稽だ。
総司は喉の奥で笑いを押し殺した。
そして彼女の手を握り誠実な声色を努めて、笑いかける。生憎表情を作るのは得意である。
「君じゃなきゃ意味が無いんだ」
君じゃなきゃ意味がない。
なるほど、確かにそうだ。上手いことを言ったものだと自身に感嘆する。
・・・そう、彼女が間者であるからこそ信じた振りをする必要がある。
彼女に心酔した振りをすることで最も近しい人間となるのだ。
そうすれば幾ら彼女が用心深い人間であろうと、自分を利用出来る存在だと思うだろう。
それこそ上手い理由を取り付けて自分に新選組の幹部しか知りえないような情報を引き出すのにも使えると。
だから総司は千鶴に何度も愛を囁く。反吐が出るような、甘い笑みを振り撒く。
そうやって何度も何度も。愛した振りをして、殺そうと思ったのだ。