二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 幕末恋華 沖田総司×桜庭鈴花 《完》 ( No.18 )
- 日時: 2012/07/27 11:23
- 名前: 水草 (ID: T6JGJ1Aq)
何もかもが嫌になった。
無情な世の中に唾を飛ばしたくなった。そして何より、無力で非力でちっぽけな自分が嫌だった。憎らしくすらあった。
今、自分はきっと酷い顔をしているに違いない。
分かり切っていたからこそ鈴花は顔を上げたくなかった。
自分の醜態を態々想い人に喜々として曝す人間等、何処に居よう。
「桜庭さん、大丈夫ですか? 今、凄い音がしましたけど・・・立てますか?」
頭上から労わりに満ちた沖田の優しげな声が降る。
しかし鈴花は大丈夫と意思表示に首を振るだけで、地面に突っ伏したまま決して起き上がろうとはしない。
そしてすぐさま「平気です」とへらへら笑いながら起き上らなかったことに後悔した。
表面上だけでも空元気を取り繕うべきなのに。
こうして弱さを露呈している自分に不甲斐なさを感じ、唇をきつく噛み締める。
————気分転換に散歩にでも出掛けましょうと提案したのは沖田の方だった。
それは優しい彼なりの心配りなのだろう。どうやら自分はあらかさまに暗い顔をしていたらしい。
けれどそうやって彼を困らせ、気遣わせていることが酷く煩わしかった。
そして散歩の最中も何処か上の空だった私はそのツケが回って来たのだろう。
見事に足を滑らせて転んでしまった。
思い切り地面に強打した手のひらが痛みからかひりひりと熱い。
恥ずかしくて、悔しくて、涙が出た。
自分は一体何をやっているんだろう・・・?
池田屋で昏倒し、死病を宣告された目の前の彼は自分以上に苦しいに決まっている。
それなのに当事者を差し置いて勝手に傷ついて。あまりにも身勝手で横暴だ。
彼の患った労咳という流行り病は治る見込みは無い。有効な薬だって存在しない。
多量の血を吐き、最期には必ず死に至る。清浄な空気の田舎で静養するしか今のところ手段は無い。
きっと、天才だと称された剣も彼は握れなくなる。
それは絶望しても仕方がないような現実。
けれど彼は悩まない。迷わない。泣かない。
改めて思った。彼は真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐで人の感情に聡くて、優しくて・・・それでいて強い人だ。
彼は言った。自分の死は決して怖くは無いと。他人の死だって怖くは無いのだから、と。
ただ新選組を離れて己の剣を捨てて、布団の上で死ぬことだけが心残りだと。
私は彼からそんな話を打ち明けられたとき、たまらなく泣きたくなった。
けれどこの場で泣くのは何だか違う気がして耐えたのだ。
私は彼の死が、怖い。
「・・・・・・・・・・・・桜庭さん? 泣いているんですか? 何処か、痛いですか?」
河原の土手に転がる私の傍で沖田が座り込む気配がした。先ほどより幾分か声の距離が近く感じる。
こんなに傍に居るのに。こんなに彼は今、他の人と同じように生きているというのに。
———彼と離れたくないと、強く思った。
「痛いです。・・・・・・・・・・・・心が、痛いです」
痛いのは他のどこでもない。何より身を切られるような痛みを伴っているのは、心なのだと。
嗄れ声で辛うじて本音を吐き出す。
涙と鼻水と土でぐしゃぐしゃになった、こんな汚らしい顔は決して見せまいと、頑なに伏せたまま。
「・・・桜庭さん」
呟くと沖田は顎を触って少し考え込むような仕草をする。
そして答えを見つけたのか彼は普段のようににっこりと微笑むと、のんびりとした口調で問う。
「どうしたら笑えますか? いつものように桜庭さんは笑っていた方が似合います」
不意に彼の手が私の頭を撫でた。
・・・何でこの人はこんなに優しいのだろう。何でこの人はいつも、思わせぶりなことをするのだろう。
「僕は、あなたの笑顔が好きだから」
先ほどまでの決意も涙も何処かに吹っ飛び、弾かれたように顔を上げる。
そして眼前には思い描いていた何十倍も柔らかい表情をした沖田がこちらを覗き込んでいた。
あまりにも近すぎて、いやでもきっと彼はそんなこと意識していないのだろう・・・。しかし頬の熱が集まるのを私は止められない。
どこを見たらいいのかと視線を彷徨わせる。
それが擬古地なくて可笑しかったのか、彼はくすくすと笑う。
なんだかそれが癪で、言い返せずにはいられなくなった私はすぐさま起き上がり裾についた土埃を払うと眦を三角にして声を上げる。
「お、沖田さんは私を泣かせたくないんですよね・・・!? なら、ずっと傍にいて下さい! 私と、ずっと!」
少し押し付けがましかったかなと不安になったのも束の間。
「・・・・・・それだけで、いいんですか?」
目を丸くして、拍子抜けしたような彼の声に私は思わず笑みが毀れる。
彼は知らない。私にとって彼がどれほど価値あるかけがえのない人で、どれほど失いたくない人であるのかを、きっと知らない。
「それしか、いりません」
だからどうか伝えたい。あなたはずっと私の傍に。