二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 紅葉【もみぢ】 ( No.3 )
- 日時: 2012/07/08 21:04
- 名前: 無雲 (ID: C5xI06Y8)
六月とはいえ、空気はもう十分すぎるほどの湿気を含んでいる。
鉛色の空を見上げて柳生九兵衛は額の汗をぬぐった。
立派な門構えの扉を背にしたその姿は、まさに美男子の部類に入るだろう。
だがしかし、皆さんご存知のようにこの九兵衛、れっきとした女性である。
「若ァアアア!!」
九兵衛が道に一歩踏み出した時、門の奥から目の細い長髪の男が姿を現した。
男は九兵衛に追いつくと、その長い髪を振り乱して何やらしゃべりだす。
「どこへ行かれるのですか若!お出かけでしたらこの東城がどこまでもお供致しますのに!!」
「お供されたくないから何も言わなかったのだが。」
「!!それはもしやツンデレ!?ツンデレなのですか若!!」
「……鬱陶しい!!」
東城というらしい男の物言いに、遂に九兵衛の堪忍袋の緒が切れた。
ゴツン、というすさまじく痛そうな音を立てて東城は地面と挨拶した。
「全く、少しは『自重』という言葉を学べ。それでも柳生の門下か。」
「はい!これでも柳生……いえ、若の門下でございます!!」
ガンッ
「さて、早くしないと妙ちゃんとの約束に遅れてしまうな。」
地面にめり込んだ東城を残し、九兵衛はすたすたと歩を進める。
と、背後からめり込んでいたはずの東城の声が聞こえた。初めは無視していたのだが、段々と苛立ちが募ってきて一言言ってやろうと後ろを振り返った。
「うるさいぞ、ご近所の迷惑も考えt「若アァァァ後ろオオォォ!」え?」
彼が叫びながら指差したのは九兵衛の背後。
振り返るも遅く、彼女の肩が何かにぶつかった。
「っと、すまねぇ。」
ぶつかったのは一人の男だった。紅葉の浮かぶ流水紋の着流しを着、手には煙管を持っている。その煙管の雁首にも、繊細な紅葉の模様が彫られていた。
とても美しい顔をしているが、それをさらに引き立てているのは彼の銀色の髪と、紅の瞳だった。
「い、いや、僕のほうも不注意だった。すまない。」
優しく細められた紅い瞳に、九兵衛は我に返り慌てて謝罪する。
(僕としたことが……男に見惚れるとは。)
「おいおい、どうした?」
ぶんぶんと頭を振る九兵衛を、男は不思議そうに見つめる。
あ、今なら女に戻ってもいいかも……、という邪念を必死に振り払い、九兵衛はいつものポーカーフェイスを装った。
「何でもない。とにかくすまなかった。では僕は急ぐので。」
あ、おい。という制止の声を振り切り、九兵衛は歩いて行ってしまった。
そのあとを追いかける東城の背を見送り、男はやがて動き出す。
二人の消えた方向を見ていた目を自分の進行方向に戻し、ゆったりとした歩調で歩きだした。
肺に満たした煙を吐き出し、男は口元に笑みを浮かべる。
「人間はやはり面白い。そう思わないか、甲。」
涼やかな風が吹き抜け、男の背後に黒髪の男が現れた。
甲と呼ばれた彼は、歪に切られた髪を風に遊ばせながらわずかに微笑む。
「あなたがそう言うのならば、そうなのでしょう。」
「———お前の意見を訊いているのだがな。」
男は苦笑し、また煙を吸い込んだ。
ゴウ、と一際強い風が吹いた。
砂塵を巻き上げたそれが吹き止んだとき、二人の男の姿は道から消えていた。
———それはまるで幻夢のように。