二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: バトテニ-At the time of parting- ( No.720 )
日時: 2010/05/08 16:46
名前: 亮 (ID: cX1qhkgn)

 118 ココロの準備




「え・・・ 明日?」(香澄)

香澄は放課後、職員室で、オサムから昨日の隼人との出来事を聞いていた。
喜んで良いのか、どうしていいのか、よく分からない。
オサムの話を聞いてから、自分でも単純だとは思うが、隼人に対して素直に怒りの感情を出せない。

「おぉ。 明日の午後2時。 12年ぶりの再会や」(オサム)

オサムは、悲しそうであリ、それでいて少しだけ嬉しそうだった。

「それは、良かったです」(香澄)

これは本心。
まだ、本当に“良かった”のかは分からないが。
オサムは一呼吸置いて、香澄に話す。


「もう一度訊くで。 香澄。 隼人と、おうてみるか?」(オサム)


その言葉に、香澄は一瞬であの日に戻される。
背中に、冷や汗をかく。
目の前には、真剣な眼差しのオサム。
この人は、嫌がらせやその場の思いつきで言っているんじゃない。

「・・・無理に、とは言わんけど」(オサム)
「・・・」(香澄)

“乗り越えろ”、ということだろう。
彼らを忘れるんではなく、過去を乗り越えるんだ。
それは、ちゃんと分かっている。


「・・・はい」


精一杯の、勇気を使って。
下を向いたまま頷く。

桃、私はちゃんと進めてる?

オサムは、微笑む。

「そうか」(オサム)



オサムとの話しを終え、香澄は大半のモノが部活に行って校舎にいない中、廊下を歩いていた。


怖い、ワケじゃない。
怖くない、と言い切ればウソになるけれど、怖いワケではない。
あの人の素顔を、少しだけ知れた気がするから。
素顔がどんなモノだって、彼のしたことが許せるわけではないけれど。
会わなくては分からない、そう言ったのは自分だ。
会いたい。
そう思う。
だけど。
彼に会うことが、皆を裏切ることになるような、そんな気がする。
彼を許すことは、皆を裏切ることになる。


香澄は窓の外を眺める。
テニス部が練習していた。
皆がまだそこで練習しているような錯覚に襲われる。
此処は、青学じゃない。 四天宝寺。
誰も居ないんだ。
そんなこと、分かり切ってるじゃない。


「香澄」(白石)


ボーッとしていると、後ろから白石にかたを叩かれる。

「しら、いし、さん」(香澄)

おそろい手、とぎれとぎれに返事をする。
そんな香澄を見て、白石は笑う。

「おもろいもんでも見えたか?」(白石)
「あ、皆、がんばってるな、と思って」(香澄)

考えていたのは、皆は皆でも、青学の皆のこと。
でも、それを白石に素直に言えない。
頭で判断する前に、口が勝手に動く。

「そうか?」(白石)
「はい。 あ、金ちゃん、また光に怒られてる」(香澄)
「今、“金ちゃん”てゆうた?」(白石)
「え?」(香澄)
「今まで、“遠山君”て、呼んでへんかった?」(白石)

白石は急に、焦りながらそんなコトを訊く。
その目には少しだけ、不安の色も見えた。

「あ、この前から。 なんだか、自然とそうなっちゃったみたいで」(香澄)

香澄は落ち着いて白石をなだめるように言う。

「そう、か」(白石)

白石は少し考える。

あれ、香澄が名前で呼ばんの、俺だけとちゃうか?えっと、謙也は“謙也さん”やろ?んで、金ちゃんは“金ちゃんで”、財前君は“光”やし、健二郎のコトも“健二郎さん”て呼んでたで!?オサムちゃんも“オサムちゃん”や!師範は?!あ、“銀さん”や!・・・や、待て待て落ち着け、小春とユウジは、ちゃうやろ、たぶん、きっと、おそらく、いや、絶対そや!

「あーッ 香澄ちゃん!」(小春)
「ホンマや、かーすみーッ」(ユウジ)
「あ、」(白石)

「こんにちはー、小春ちゃん、ユウジさん」(香澄)

「!?」(白石)
「何してはるん? こないなトコで」(ユウジ)
「アタシら部活ないし、たこ焼きでも食べに行かん?」(小春)
「いいですね」(香澄)

呼んだ! 呼びよったぁぁぁぁ!

「蔵リンも行く??」(小春)

小春がわざとらしく白石を“蔵リン”と呼ぶ。
そこに、さっきまでいた白石はもういなくて。

「あれ?」(香澄)
「おかしいわぁ、さっきまでおったのに」(小春)
「そうですねェ」(香澄)
「ま、蔵リンはおいといて、行きましょか」(小春)

小春はユウジと組んでいたかたを抜け、香澄の手を引く。
後ろで、ユウジが嘆いているのは言うまでもない。

「え、いいんですか? アレ」(香澄)
「ええの、ええの〜」(小春)

小春は楽しそうにスキップを始める。
香澄はそれに小走りで付いていった。


鈍いねんなぁ、香澄ちゃん。
しゃーないから、蔵リンのお手伝いでもしたるわ。


小春の心中を、香澄が知るはずもなく。
ユウジは知っていながら、何も言わず後ろを歩く。

「お節介なやっちゃ」(ユウジ)

笑みを浮かべて。



「なんか、勢いで逃げてしもた」(白石)

白石は階段に座り込む。

香澄にとって、自分はどういう存在なのだろう?
ただの先輩、なのだろうか。
財前のように、いつもぴったりくっついているわけではないし、
金太郎のように、何も考えず飛びついていけるような関係ではない。
それに、謙也とのように特別な共通点があるわけでもない。
唯一、2人だけのコトがあるとすれば、行き帰りの通学路くらいだろう。
俺はこんなにも、キミのコトを考えているのに。
キミは何も、考えてくれてはいないのだろうか。

「あ〜・・・ 分からへん」(白石)


自分にとっては?


ふと、疑問が浮かぶ。
自分にとって、香澄は——?
どんな存在なんだ?

キミと初めてあったとき。
キミの泣き崩れた姿を見たとき。
キミの消え入りそうな声を、電話越しに聞いたとき。
キミが初めて、笑って見せてくれたとき。
キミが改まって、お礼を言ってくれたとき。
キミの、思い悩む横顔。
キミの、不自然な笑顔。

全部、全部————。










もしかして、愛しかったのではないか?










ココロの準備が、まだ出来ない。
ココロの準備を、しなくてはならない。
進まなければ。










たとえそれが、苦しくて悲しくて寂しい、それだけの感情だったとしても。









「あ」(白石)

「なんや、千歳のコトは“千歳さん”て呼ぶやん・・・」(白石)


いつも、逃げてばかり。