二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 こわれたとけい 2 ( No.511 )
日時: 2010/10/11 19:17
名前: 氷橙風 ◆aeqBHN6isk (ID: yjS9W/Zh)

「れい、な?」

 驚いた。驚いたよ、素直に。
 こいつが最近おかしいなあとは思ってたけどまさか自殺願望があったなんて。一応——一応、俺玲名のこと好きだったんだけどな。気がつけなかった。
 でもまあいいや、今こうして結構呑気に眺めてられるってことは俺そんなに好きだったわけじゃなかったんだ。つまり、ただのチームメイト。どーせあれを使えば玲名ぐらいの力はすぐに補充できるわけだし、それなりに仲良かったけど別にいいよ。今更どうこうしようってつもりはないし。
 ほら、血がどんどんでてきてる。座っている椅子に赤い液体がはね、床に落ちて。椅子の足を伝って落ちたりもしているし、ああ出血量が凄い。どろどろというよりさらさらしてて、そこまで気持ち悪いとはなぜか感じない。
 もうすぐ出血多量で死ぬな。だとしたら、チームメイトの俺ができることは、玲名が天国——いや地獄か——で幸せに過ごせるように軽く祈りを捧げ、父さんに知らせる。そしたらまあ後は何とかなるだろ。というわけで、慣れない祈りというものをやるとするか。

「ひ、ろと、」

 状況が状況なだけに突然声がしてびくっとする。……玲名か。まだ生きてたんだ。人間ってそう簡単には死なないもんだな。
 で、なに? 遺言か。よし、ちゃんと聞いてやろう。別に玲名のことが嫌いなわけではないし。自殺願望のあるやつを死なせないほど執着があるわけでもないし強い意志もないけれども。

「ひろと、ひろ、と、ヒろト、ひ、ロト、」

 また使い物になっていないような目でどこかを見ながら、俺の名前をただ呟き続ける。
 うーん、ちょっと不愉快。言いたいことがあるならさっさとしてくれないかな! ないんならさっさと向こうに逝ってくれないかな!

「——だい、すき」

 今まで聞いたことのなかった甘くて暗い声が震え続ける小さい口から漏れ出た。
 だいすき、て言ったのか。そっか、そうだよな、実験台にされてるけれども父さんにはお世話になったし皆のことも好きだろう。わかった、それは伝えておくよ。皆涙を流すと思うよ。

「だいすき大好きダイスキひろと、ヒロト!」

 は。
 だいすき、ヒロト。それはつまり俺のことが大好きだと。それはどういう意味で。仲間として好きだった? それともあれか、俺が抱いていたとさっきまで勘違いしていたLoveの方か。……どっちにせよ、今の狂ったような玲名にはなにも答えられないんだけど。

 黙っている俺の方にぎこちなく首を向けて、ぎこちなく微笑んだ。光を失っている青い瞳に見つめられ、正直恐怖心が湧いてしまう。
 ホラーだなあ。でももうすぐ玲名は死ぬんだから。それに玲名が俺に危害を加える理由なんてないし、別に怖がる心配なんてない。
 深く息を吸い込む。淀んだような空気が一気に喉を通って肺の中までいって、粘つくような感覚が気持ち悪い。だけどそんなことよりも、俺は玲名が何て言うのかが楽しみだった。純粋な——であると信じたい——好奇心が何よりも勝っている。
 時計が、また鳴った。


「——ありがとう、」


 ぷつり、
 糸が切れた人形のように呆気なく目を閉じて手が動かなくなった玲名。もう命はないだろう。腹部に突き刺さったナイフとそこからまだ流れ出てくる血がなければ、眠っているように見えるけれど。
 それよりも、今聞こえた言葉がなんという意味だったのかを俺の頭は執拗に追い続けている。早くこの状況を父さんとかに知らせなきゃいけないのに、一瞬、すり抜けるかのように淡く吐き出された言葉が妙に気になって仕方がなかった。

 ありがとう、と言ったのか、玲名は。誰に対して?
 俺に? 何もしてないのに? 違う、俺に対してのわけがない。今までお世話になった人たちへの最後の言葉、そのへんだろう。そう、そう考えろ。この息苦しさを解消しなきゃ。感謝の気持ちを向けられたのに死んでもいいなんて考えた、簡単に愛してないって認めた、——そんなのどうだっていいんだ!
 時計の音が、何かを束縛するかのようにどんどん早くなっていく。絞めつけるように、少しずつ早く早く。かき乱されるような不快音。ああ五月蠅い五月蠅い五月蠅い!

 頭の中が真っ白になって、自分の手は玲名の腹にある銀色に煌めくナイフを掴んでいた。そのまま、衝動に身を任せて引き抜く。するり、と簡単に抜けて、赤が飛び散った。
 止まない時計の音を止めたい。壊したい。全部全部、壊れてしまえ。


——〝ありがとう〟

 そんな、あどけない少女の声が頭の中で響いたような気がした。

 からん、と床に何かが落ちた音がする。立っている足から急速に力が抜けて、いつのまにか静寂に覆い尽くされた部屋の中で、必死に嗚咽を堪えていた。


 〝こわれても戻らないけど、いつのまにかこわれていた、〟



解説を少々。

ヒロトはああは言ってるけど玲名のことが好き。だけどそれは普通の好きじゃなくて独占欲とか玩具にしたいみたいなそんなどろどろな好き。
玲名はヒロトが好きで、ヒロトの気持ちも知ってて、だけどヒロトがいるだけでよかった、どんな方向でも愛されてて嬉しかった。でも本当はヒロトにちゃんと愛されたい、と壊れ始める。
どうせなんににもならないのなら、とヒロトに手渡されたナイフで自殺。最後に、自分の想いと感謝を伝え。
ヒロトは自分が玲名を好きなわけではない、俺はおかしいから別にいいんだ、と思っているけど罪悪感は残ってて、息苦しさから全て壊そうとする。だけど玲名の「ありがとう」が——

ていう。
解説まで意味不明とは、解説の意味がないですね。